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【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです

僕らの無駄ハイスペック集合知

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 幾久から出て行けと言われた久坂と高杉の二人は当然困惑した。
 他の連中もそうだ。
「出て行け、って幾久」
 高杉が尋ねようとしたその瞬間、幾久は怒鳴った。
「ガタ先輩、なんでもチケット、発動!」
「効果は」
 カードゲームよろしく山縣が尋ねると幾久が答えた。
「瑞祥先輩とハル先輩を六花さん家へ帰省!代わりに桜柳から誉を召喚!ガタ先輩が総督として命令!」
「よっしゃ了解。カードはカードの役割をするぜ」
 山縣はいつもの猫背から、ひゅっと背を伸ばし、二人に言った。
「というわけで久坂君、高杉君、君たちは退場。荷物まとめて出てってくれ。御門寮、総督の命令だ」
 くいっと顎でしゃくると、久坂と高杉は互いに顔を見合わせ頷いた。
「ああ」
「わかった」
 二人はダイニングを出て、自室へ戻って行く。
 長井が出て行くまでの荷物をまとめるのだろう。
「あとは桜柳に連絡すりゃいいな」
「完璧っす」
 幾久が頷くと、山縣はさっさと部屋を出て行った。
(これで大丈夫だ)
 置いてけぼりの長井はあっけにとられているが、栄人は片づけを続け、児玉は驚き幾久に尋ねた。
「おい幾久、お前一体何考えてんだ」
「だって邪魔じゃん」
「邪魔って」
 幾久の言葉に長井は笑った。
「なんだよ、あいつら一年に逆らえねーのかよ。みっともない連中」
「先輩らが逆らえないのは総督の山縣先輩っすよ」
「オメーが命令したんじゃん」
「オレ、先輩の弱み握ってるんで」
 幾久が言うと、長井はじろっと幾久を睨んだ。
「へー、どんな」
 どうせ幾久のやったことが、長井から先輩達を守るためなんてとっくにばれている。
 だったら、全力で長井をぶちのめすしか、幾久には方法がない。
「山縣先輩の希望してるコネっすかねえ。うちの親父、政府の官僚なんで。先輩も東大うかったら、親父の後輩だし、ひょっとしたら部下になるかもっすし」
 すると長井の動きがぴたりと止まる。
(やっぱりだ。この人、学歴とか肩書に逆らえない)
 それでか、と幾久は納得した。
 山縣は東大東大うるさいし、長井本人もやたら院長に聞けというからひょっとして、と思ったが、幾久の想像は当たっていたらしい。
 親父なんて言葉を使ったことはなかったが、幾久はさもエライさんのドラ息子のように、胸を張って言ってみせた。
「オレのいう事聞かないと、親父のコネ、使えないかもしれないじゃないっすか。将来を見据えるなら当然考えますよねぇ」
 幾久が言うと長井は目を細め、品定めするようにちらちらと睨んだ。
「……じゃあ報国院でも特別枠ってことかよ」
「ま、そーいうことになりますかねえ」
 そんなわけはない。
 しかし長井にちょっとでも引っかかりを与えられるなら、適当にでも思わせておいたほうがいい。
 この寮では幾久の方が上なんだぞと、ちょっとだけでも思わせて大人しくなれば儲けものだ。
 長井には効果があったらしい、ふん、とだけ言うとダイニングを出て行った。


 残っていたのは児玉と栄人だけで、二人ともそれを見てほーっとため息をついた。
「いっくん、なんか凄かったね」
「幾久やるじゃん。第一ラウンドはお前の方がポイント取ってるぞ」
「うーん。なんかあの人、無礼で失礼だけど、怖くないって言うか」
 幾久の言葉に栄人と児玉は顔を見合わせた。
「栄人先輩、タマ、アイツって怖いっすか?」
 幾久の問いに二人は首を横に振った。
「怖いとは思わないけど、なーんか嫌だよね」
 児玉も頷く。
「うす。失礼で無礼でどーしようもねえ奴っす」
「けどなんかさ、ガタ先輩以外、みんなキレが悪いよね」
 いつものこの寮の連中なら、あの程度の無礼な奴なんてあっさり片づけてしまいそうな雰囲気なのに、久坂と高杉ががたがたに揺らされているせいか、どうも歯車がかみあってない感じがする。
「うーん、よくわかんないんだけど、なんていうか」
 栄人は考えて、ぽつりと言った。
「不気味っていうか、気持ち悪いっていうか」
 児玉もはっとして顔を上げた。
「そうっす!わかるっす!なんか得体のしれない奴って感じで、そういうイヤーな雰囲気がある!」
「そうなのか」
 幾久は全くその感覚が判らない。
 というか、長井にそんな感情を抱かない。
 むしろ、なんだか知っているような気すらしてくる。
「なんかオレ、全然アイツ平気っす。むかつくし嫌な奴だけど、なんか得意かも」
 嫌だなとは思うし面倒だなとも思う。
 だけど以前の恭王寮のあの二人にも似ているし、だったら対応もできそうな気がする。
「おい後輩。お前が拾ってきた一年、すぐに来るそうだぞ」
 山縣が顔をのぞかせて言った。
「あざっす!」
 なにも考えつかず、とりあえず御堀に助けを求めたが、来てくれそうで良かったなと思う。
「ところでダイセンパイはどうしたよ」
「部屋に籠りました」
「へー、何やったんだよ」
 山縣はうきうきとして様子を聞いてきたので、児玉がかいつまんで説明すると、ニヤニヤして楽しそうに頷いた。
「はーん、やっぱアイツ、そこんとこがコンプあったんだな」
「ガタ先輩、知ってたんスか」
「まーちょっと調べてプロファイルしたくらい。詳しくは桜柳の優等生が来てから説明するわ」
「誉が来てから?」
 幾久が言うと山縣は頷いた。
「おうよ。あいつは有能だから出来る説明は全部しといたほうがいいだろ」
 それに、と山縣は思った。
(御門に来るってんなら、今回巻き込んでおくのは正解だ)
 御門寮の今の支配権は、高杉と久坂にあるといっていい。
 その二人がどういったものを抱えているのか、どんな考えなのか、知っておいた方がうまくいく。
 梅屋からの情報で、御堀が御門寮に移るべく、いろいろやっているのはとっくに知っている。
 自分が卒業した時の事を考えると、今は協力しておくべきだ。
「幾久、お前なんで御堀を呼んでもらったんだ?」
 高杉と久坂を追い出すのは判るにしても、なぜあえて他の寮から無関係の御堀を呼び出すのか。
「え?なんとなく」
「いっくん、なにも考えずに御堀君を呼んだの?」
 栄人も驚くが、幾久は言った。
「だって、ぶっちゃけ瑞祥先輩とハル先輩いないのって、御門の損失っすよ。こういうとき、一番頼りになるのってあの二人じゃないっすか」
 判断力も考え方も、あの二人は山縣が言う所のチートで、高校生をカンストしている状態だ。
 しかし、今はそうじゃなくなった。
「でも今回はあの二人に頼れないんす。だったらオレがなんとかって思ったけど、オレじゃ正直頼りないし」
「おい自分で言うのかよ」
 児玉は呆れるが、山縣は笑った。
「悪くねー判断だな。こういう時全くの部外者がいると冷静になれるし」
「そうなんす。誉はいっつも冷静だし、ああいう手合いに慣れてると思うんで」
 桜柳祭の時、すました誉会の奥様方と待っている女子がトラブルになりそうなのを察してすぐに顔を出してうまく対応していた。
「誉が居てくれたら、ハル先輩と久坂先輩の代わりにはならないけど、緊急事態はどうにかなりそう」
「確かにそうだな。俺もアイツの言い分聞いてたら冷静でいる自信ないわ」
「だろ?」
 児玉は長井の嫌う杉松を尊敬しまくっているし、その杉松の弟である久坂の事も慕っている。
「だったら余計に、誉みたいな冷静なのが居てくれた方が良い」
「そうだな。幾久の言うとおりだ」
 頷く児玉に、栄人も納得した。
「確かにあの子は賢いからね。ここは素直に、いっくんの判断に従おう」
 誰だって、あの長井の傍に久坂と高杉をおいておきたくない。
 それだけは、はっきりしている。
 よし、やるか、と全員が妙な結束を感じた時、久坂と高杉が現れた。
「ハル先輩、瑞祥先輩」
 二人ともあれからすぐに身支度を整え、大きなバッグと通学用の鞄を抱えていた。
「支度おわった?」
 尋ねた栄人に二人ともが頷いた。
「ああ。姉ちゃんにも連絡は入れちょる。問題ないそうじゃ」
「そうっすか。六花さんによろしく言っといてください」
「ああ、判った」
 玄関に出て、靴を履く久坂と高杉を見て、幾久はちょっとさみしくなった。
(あいつさえバカなことしなけりゃ、んな事にならないのに!)
 久坂と高杉を追い出すのは自分の判断とはいえ、無性に腹が立つ。
「いっくん、なにムッとしてんの。追い出されるのこっちなんだけど」
 久坂が言うと幾久はむくれたまま言う。
「だって、なんかむかつくじゃないっすか。オレらの寮なのに、先輩らが居づらいって」
「仕方ないだろ。報国院の命令じゃ、さすがに僕らも従わないわけにはいかないし」
 でもまあ、と久坂が言った。
「僕らがこの寮にいなくちゃならないっていう命令は受けてないしね。いい判断じゃないの」
 そう笑う久坂に、幾久はちょっとだけ得意になった。
「あとはなんとかしますんで、二人とも、あいつがいなくなるまで避難しといてください」
「頼もしいのう」
 高杉が笑うと、児玉も出てきた。
「任せてください。俺も幾久をサポートするんで」
「頼むよ、タマ後輩」
 久坂が言うと、児玉が頷く。
 栄人が言った。
「おれは普通に過ごせると思うから、いつも通りにしとくよ」
「もしなんかあったら、お前の判断に任せる」
「はいよ」
 そう言って栄人と高杉は、ハイタッチする。
 ぱちんという音が、とても心強い。
 思わず笑ってしまうと久坂が尋ねた。
「いっくん、何ニヤニヤしてんの。僕らを追い出せて嬉しいの?」
「―――――なんかすっげえ、御門ってカンジ」
 先輩二人を追い出すという名目で逃がすのも、救援を頼むのも、こうして緊急事態に協力するのも、ものすごく幾久の中では『御門』という感じがする。
「いま試合したら、圧勝しそうな空気」
「またわけのわからんことを」
 高杉は幾久に呆れるが、幾久の頭に手を置いた。
「じゃが、なんとなく判る。今回はワシらの出る幕じゃない」
 わしわしと高杉は幾久の頭を撫でた。
「頼むぞ幾久。きっとお前ならうまくやれる」
「―――――はい!」
 きっとそうだ。
 幾久は思った。
 夏、久坂に言い寄る女子から自分たちを守るために、栄人が女子の味方をした時のようだった。
 あの時、わざと三人は「絶交」とか言っていたけれど、きっとこういう事だった。
 今なら、先輩たちが何をしていたのかが判る。
 表に出る言葉だけでもなく、判りやすい行動だけでもなく。
 何をしようとしているのか。
 何がしたいのか。
 何をすればいいのか。
 上手にやれる自信はないけれど、目的を見間違わない事は自信がある。
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