城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです

いじめられる予言

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 いつもの和菓子屋で万頭を買って、三人はのんびりと歩いていた。
「殿から話は聞いたと思うが」
「ああ、ハイ。なんかオレがいじめられるかもってヤツっすね」
 幾久の言葉に高杉が頷く。
「ちょっと面倒な奴が泊まりに来ることになっての。ほんの二、三日だけなんじゃが」
 毛利の話はこうだった。
 報国院では、寮に所属していた生徒は、社会人になっても寮によっては宿泊することが可能になっている。
 勿論、学校からの審査のようなものはあるが、たとえば毎年寄付をしているとか、功績を残しているとか、そういった場合は大抵許可されるのだという。
 生徒との兼ね合いも考えての事だが、たまに、どうしても断りきれない内容があるのだという。
 そのひとつが、今回御門寮に泊まりに来る、チェリストの男性だった。
 毛利やマスターのひとつ年下で、三吉や犬養アナウンサーと同じ年齢の、元御門寮の寮生だという。
 何が面倒かというと、とにかく性格が悪く我儘で、弱いものいじめが大好きで年中マウンティングしている面倒くさいヤツだということだった。
 毛利いわく、『年中マウンティングヒステリーモンスター』だそうで、寮の中でもずっと浮いていたという。
「毛利先生とかマスターとかでも相当浮いてそうなのに、それ以上に浮いてるってなんか想像できないっすね」
「浮いてる、ちゅうか、感性が小学生のままというか」
 高杉がはあ、とため息をつく。
 久坂も頷く。
「面倒くさいんだよね、あの人」
 やっぱり二人とも知ってる人だったのか、と幾久は納得した。
「じゃあ二人とも、五月のGWの時みたいに寮に居なかったらいいじゃないっすか」
 別に今なら幾久ひとりきりじゃないし、一年生は児玉も居る。
 二年は栄人がいてくれれば問題ないし、山縣以上に面倒な人なんかそうそう居ないように思える。
「それがのう。もしワシらがおらんかったら、『逃げたんだろ』とずっと笑い続けて茶化しにくるような面倒くさい奴での」
「ほっときたいけど、わざわざコンタクト取ってきたりしてさ、ほんとあたり屋なんだよあれ」
 二人がはあ、とため息をついていて、そんなに面倒くさいのかと幾久は頷く。
「オレは別にその人知らないし、なんか適当に逃げておきますから。うまいことやりますよ」
 いくら面倒な人といっても、一応成人しているわけだし、1人だし、GWのあの面々よりはマシだろう。
 幾久はそう判断したのだが、それは後々、間違っていたと痛感することになるのだった。



 高杉と久坂のテンションが低いのは、寮に帰ってもよくわかった。
 暗いというよりは全身から面倒くさいオーラを出していて、あの頭のいい、要領よくやらかす二人があんなにため息をつくなんて相当嫌なんだろうなという想像しかつかない。
「おい後輩」
 夜、一人でいつものごとくサッカーを見ていると山縣が話しかけて来た。
「なんすか?」
「高杉のアレはなんだよ。お前、またなんかしたのか」
 高杉と久坂はテンション低いままにすでに部屋で寝ているはずだ。
 児玉もとっくに床についていて、幾久もこの試合を見たらすぐに眠るつもりだった。
「オレじゃないっすよ」
 以前、高杉に不躾な事を言って久坂を怒らせ、不本意にも山縣の手をやいてしまったことがある。
 なので山縣は幾久が、又なにかしたのかと思ったのだろう。
「じゃあ誰だよ」
 ちっと舌打ちしながら山縣が言うので幾久は答えた。
「なんか、面倒くさい先輩が来るんスって。毛利先生のひとつ下で、三吉先生と同じ学年のチェリストとか」
「それがなんで高杉に関係あるんだ」
「さあ。よくわかんないっすけど、ハル先輩も瑞祥先輩も、苦手な人らしいっス」
「あいつらが?信じがたいな」
 山縣のいう事ももっともだ。
 幾久だって二人のあの態度を見ていなければ、久坂と高杉に苦手なものがあるとは思えない。
「毛利先生曰く『年中マウンティングヒステリーモンスター』で、瑞祥先輩曰く『あたり屋』だそうで」
「ほーん。なんか相当面倒くさそうなヤツってことはなんか判るな」
 山縣はいちご牛乳をごくごく飲みながら言う。
「ま、犯人オメーじゃねえなら俺にはどーしようもねえな」
「オレが犯人って決めつけるのやめてくれます?」
「お前前科もんだろ。真っ先に疑うのは当たり前だ」
「そりゃそうっすけども、もうしないッスよ」
 むっとして幾久が言う。
 久坂を怒らせたのは当然だし、失敗したと思っている。
 今だって一応、自分が間違っているのはどこか、失礼をやらかさないように考えて行動はしている。
「したら追い出すぞ」
「しないッスってば」
 もう、と幾久はむくれるが仕方がない。
 山縣のおかげでいまこうして御門寮に居られるし、山縣には正直、教わったことも多い。不本意ながら。
「ところでその面倒くさい先輩とやらの名前は判るか?」
「判るッスよ。えーと、長いとか短いとかって名前」
「判ってねーじゃねえかカス」
「クラシック界隈じゃ有名なチェリストって言ってましたもん。ググったらすぐ出てくるんじゃないんっすか?」
「ナルホドな」
 わかった、と山縣は頷いた。
「テメーじゃねえならまあいいわ」
 じゃーな、と山縣は居間を去った。受験勉強の真っ最中だから、部屋に戻って勉強するのだろう。
(どうでもいいや)
 幾久は正直、甘く見ている。
 というのも、幾久にとっては五月のほうがよっぽど騒がしかったし面倒だったからだ。
 寮に来てひとつきも経たないうちに、たった一人寮に残された上に、先生や先輩にもみくちゃにされたあの騒がしさに比べれば、今回は寮生が全員居るし、来る先輩はひとりきりだ。
(なんとかなるだろ)
 そうタカをくくっていたのだった。


 中期のメインイベントである桜柳祭が終わると、残るイベントは期末の試験くらいのものだ。
 受験生である三年は、さすがに忙しいままのようだが、一年、二年はそこまででもない。
 学校内はのんびりとした空気が漂っている。
 そんな中、報国院では、勤労感謝の日に毎年、文化的なイベントを行う事になっているそうで、今年は音楽のコンサートになったそうだ。
 その音楽のコンサートに招かれたのが、卒業生である長井時雅というチェリストだった。
 久坂と高杉が苦手だと言い、毛利や三吉がため息をつく上に、幾久が『いじめられる』ということは、間違いなく杉松関係のなにかがあるのだろう。
(でもぶっちゃけ、オレ関係ねーもんな)
 もし幾久になにかあるというのなら、久坂も高杉もむしろ自分の事よりも幾久を心配するだろう。
 あまり気にしないでいた幾久だったが、たまたま職員室前の廊下を歩いていると、毛利に呼び止められた。
「丁度良かった。呼びだす手間はぶけたわ」
「なんすか?」
 毛利に近づくと、毛利は幾久の肩に手を回した。
「あのな、例のめんどくさいヤツだけど、今日、寮に来ることになってんだわ」
「知ってますよ。ハル先輩も瑞祥先輩も、めちゃくちゃテンション下がってましたもん」
「だろーな」
 毛利はそう言うと、幾久から離れ、廊下の窓を開けると、たばこを取り出して火をつけた。
(また三吉先生に怒られるのに)
 そう幾久は思ったが、あえて自分からはなにも言わない。
 おいしそうに吸い、煙を吐くと毛利は言った。
「お前、なんかあったら俺に直に電話入れろ。夜中でもかまやしねー。俺の番号はハルが知ってっから」
「はあ」
「そんで、なんかどーしようもねえな、って思ったら、そん時は合言葉言え」
「合言葉?」
「そそ。そしたら説明もクソもいらねー。すぐお前の言うとおりにしてやっから。そうだなー、『タバコおいしいですか』って言え」
「『タバコおいしいですか』?」
「そーそー。お前がその暗号を言えば、なんか起こってるっての判るだろ?どう使ってもいーから、使い方はお前の判断に任せる」
「なんかもう面倒くさそうな匂いがする」
「面倒なんだよ」
 毛利はムッとして言った。
「できるならお断り入れてーんだけど、報国院にもいろいろ事情があってな」
「事情って何スカ?」
 単に好奇心で尋ねただけだ。わりと横暴な報国院が断れないなんて珍しいな、と思ったからだ。
 毛利は指でわっかを作った。
「コレよコレ」
「……お金の問題ッスか」
「そうそう。儲かる場合は容赦ないのよ、ウチ」
 なるほど、と幾久は納得した。
 事はどうあれ、今回の事で報国院は儲かるか、もしくは儲かったことがあるということだろう。
「じゃあ、仕方ないッスね」
 報国院はお金にシビアだ。だったら、逆らえるような案件ではないのだろう。
「ま、とにかくお前にとばっちりの分は俺でなんとかできる分はなんとかするわ」
 そう言って毛利はすぱーっとたばこをふかす。
 幾久は煙を手で払いながら尋ねた。
「なんとかできない分は?」
 毛利は答えた。

「諦めろ」
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