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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない
祭りのあと
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ん?と首を傾げられ、幾久は判らないので正直に答えた。
「音楽の上手い、謎のおじさんたち……」
どっと笑いが起き、近くにいた大人から声がかかった。
「昔のバンドの、ピーターアートだよ!報国院のOB!」
「昔のバンドって何だよ!」
論が怒鳴ると、どっと笑いが起きる。
「まあいいや。それよりこいつら、最高だったよなテメーら!」
論がまわりに集まっていたオーディエンスに言うと、わーっと大人から拍手と声が上がった。
論がずいっと前に出て言う。
「えーと、急きょだけど、後輩の舞台に飛び入り参加させてもらいました!後輩の広い心に感謝します!」
そう言うと、経がじゃかじゃかとギターを鳴らし、じゃんっと音を締めると論が動きを止める。
どっと笑いが起きる。
「俺ら、学生の頃思い出したみてーで、楽しかった。けど一番の役者はこいつらです」
じゃじゃんっと経がギターを鳴らした。
「俺たちの、最ッ高の後輩に、最大の拍手をやってくれ!どうもありがとう!」
じゃかじゃかじゃか、と経と律がギターとベースをかき鳴らす。
花緒がタンバリンをしゃかしゃか鳴らすとわーっという歓声と拍手があがり、幾久たちはぺこぺこと頭を下げた。
観客に挨拶したり、映像研究部に言われ全員で写真を撮ったり、いそがしく動いていると論と目があった。
幾久は再び、論にお礼を言った。
「あの、今日は本当にありがとうございました」
論はてれくさそうに
「いーってことよ。入学式では脅して悪かった。悪気はなかったんだけどな」
握手を求められたので、幾久はそれに応じた。
「お前の役に立てたんなら良かったよ。古雪の恩返しにもなるしな」
横から経が顔をにゅっとのぞかせて言った。
「お父さんによろしくね」
「いっくんの助けになったのなら、俺らは嬉しいよ」
タンバリンを持ったおじさんもそう言ってうなづいている。
父の友人なのだろう。
「すっごく、すっごく、助けになりました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる幾久に、児玉も、御堀も、同じように頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
それを見て、再び次々に一年生が頭を下げ始めた。
「やめろよ!なんかパワハラしてるみてーじゃん!」
論がそう言って逃げ出すと、周りで見ていた大人たちがどっと笑った。
「論!写真とってくれ、写真!」
「サインくれ!俺、ファンなんだよ!」
論がファンらしき大人に怒鳴る。
「はあ?本当か?CD買えよ!」
「全部持ってるよ!」
「もう一枚買え!」
そうにぎやかに文句を言いながらも、ちゃんとサインに応じたり、写真を撮ったりしている。
入学式のときからずっとあった、なんとなくわだかまりのようなものがほどけた気がした。
(ああいう人だから父さんも友達だったのかな)
でもきっと、あの大声はきっとうるさいと思うに違いない。
そう思うとちょっと楽しくなった。
幾久達の抜粋公演が終わると、境内に放送がかかった。
『皆さま、本日は報国院男子高等学校、桜柳祭にお越しくださいましてありがとうございました』
雪充の声に幾久がばっと顔を上げた。
『前夜祭を含め三日間、滞りなく行う事ができました。ひとえに皆様のご協力、ご参加のお陰です。生徒を代表して、心からお礼申し上げます。ありがとうございました』
ぱちぱち、と境内からも拍手が上がる。
『今年の桜柳祭は、本日で終わりとなりますが、来年も、その次も、ずっと桜柳祭は続いて行きます。どうぞ皆様、来年も是非お越しください。報国院一同、お待ちしております。ありがとうございました。夜も更けてまいりました。足元にお気をつけてお帰りになってください。三年、桂雪充』
そう言って放送は切れ、拍手が起こった。
来年、雪充はもういない。
だけどこうして、来年の為に、準備をしてくれている。
(絶対、来年はすごいのにしてやる)
雪充は来てくれるだろうか。
そう考えていると御堀が言った。
「来年、雪ちゃん先輩に褒められるような桜柳祭にしなくちゃね」
「―――――うん」
何も言わなくても当たり前のように通じている。
(こういうの、久しぶりだな)
多留人とサッカーをしていた時。昔、ユースの仲間と試合をしていた時。
こんな風に確認なんかしなくても、判りあえている安心感があった。
サッカーを辞めたとき、失ったのはサッカーをする時間だけとか可能性だけじゃなくて、仲間とのささいな繋がりとか、一緒に過ごす時間とか、そういったものも全部失っていたのだと、改めて手に入って気づいた。
(多留人も、こんなだったのかな)
夏、再開した時にサッカーがつまらないんじゃないと幾久と会って再確認していた。
多留人も自分で考えて、ユースを出て高校サッカーに行っているのだろうけれど、そこまでは考えていなかったのかもしれない。
(今度会ったら、話してみよう)
きっといろんなことと、もっと深く話せる気がした。
舞台も終わったので、役者は全員控室へ戻り、衣装を着替えた。
衣装から解放されるとほっともするが、これでもうこの衣装を着ることがないのか、と思うと少しさみしい。
「おわっちゃったね、いっくん」
三吉に言われ、頷く。
「うん。なんかあっという間だった」
正直、まだ終わったという気持ちはない。
また明日になれば、みんなで集まって、おしゃべりをして、舞台の練習をする気がする。
もうそんなことはないのだけれど。
「衣装、どうするんだろう」
「さあ?たまきんに聞けば判るんじゃないかな。だいたい、衣装ってとってあるけど」
ロミオとジュリエットの衣装は完全に松浦が新作として作ったが、他の衣装は一部だけだったり、以前からある衣装を使ったりしていた。
「そっか。じゃあこの衣装、ずっとここにあるのかな」
「松浦先輩次第かもね」
かなり出来のいい衣装だから松浦が手元に置いておきたがるかもしてない。
「かっこよかったもんね、その衣装」
三吉の言葉に幾久も頷く。
「うん。おかげでオレの演技も三割増し良く見えた」
「十割じゃん?」
笑って言ったのは入江だ。
「もー、そうかもしんないけどさ」
「あ、認めるんだ」
品川が言う。
突っ込む連中に幾久は言った。
「あんまり言うと雪ちゃん先輩にバラしちゃうぞ」
幾久が脅すと、さーっと皆が青ざめた。
「やめてやめて、マジでやめて!」
「りんご飴やっただろ!」
「絶対黙っとけよ!」
「ヒーローとの約束だ!」
「だったらもう黙ってよ」
幾久が言うと全員が頷いて口を閉じた。
着替えを済ませ、皆で境内に戻った。
出店で使ったベニヤ板や、飾りなど、燃やせるものは燃やしてしまうらしい。
「地球部の舞台装置とかも燃やすんすか?」
幾久が尋ねると、周布が言った。
「いんや?地球部のものってけっこういい木材使ってるから、再利用する」
「へえー、そうなんすか」
「上に乗ったりするとどうしても強度や重さがいるからな。あれ再利用していろいろ作る。サッカーゴールも出来るかもな」
「本当に!」
以前、サッカーゴールを作ってくれると言っていたが本当だったのか。
「おお、作る作る。けっこうみんな面白がってくれてるしな。桜柳祭終わったら、さっそく合間縫って試作品作るわ」
「楽しみッス!」
幾久が言うと周布が喜んだ。
「そっかー、そういって貰えるとなによりだな!作ったものを喜んでもらえるの、最高に嬉しいからな」
周布―、と呼ばれ、返事をした。
「じゃあないっくん、お疲れ。また打ち上げで」
「あ、ハイ」
ぺこっと頭を下げると、周布は呼ばれた方へ走って行った。
「それより誉、桜柳会はいいの?」
幾久の隣に居る御堀に尋ねると、御堀は笑って言った。
「え?だってもう桜柳祭は終わっただろ?」
「そ、そうだけど」
「終わったのに桜柳会とかあるわけないじゃないか。冗談じゃないよ」
あはは、と笑っているけれど、これ絶対に行きたくないやつだな、と思った幾久はそれ以上聞かないことにした。
「幾久!ここに居たのか」
たたっとかけてきたのは児玉だった。
「タマ、もういいのか?さっきはありがとう」
「あの人らスゲーわ、俺知らなかったとはいえ、めちゃくちゃ上手い人とセッションしちゃったよ」
「良かったじゃん」
幾久に児玉が頷く。
「うん。そんで、ありがたい事に今度から暇なとき、軽音部に顔出してくれるってなってさ、先輩らがめちゃくちゃ喜んでる」
「えっ、プロの人が?」
御堀が言うと、児玉が頷く。
「最近、こっちにスタジオ建てたとかで時間があるんだって。スッゲ―楽しみ!」
「へえーラッキーだったね、タマ」
「ホントだよ。あんな上手いギター聴いてたら、それだけで上手くなりそう」
「あはは」
それより、と児玉は幾久と御堀に尋ねた。
「サッカーボールだけど、あれ一体何だったんだ?演出?」
御堀が首を横に振った。
「いきなり誰かが投げつけてきたんだよ」
「なんだと?」
うわしまった、と幾久は慌てた。
(誉に口止めしとかないとだった!)
「いや、誉さ、あの」
「制服着てたから、うちの生徒には間違いないし」
「えーと、誉、その話はもういいじゃん」
幾久が止めると、御堀は露骨にむっとして返した。
「いいわけないだろ。明らかに幾を狙ってたじゃないか。幾の反応がよくなけりゃ怪我してたよ」
「まあそうだけどさ、タマには関係ないことだし」
正義感が強い上に責任を果たそうとする児玉の事だ、もし元恭王寮の連中だと知ったら、自分のせいでとまた落ち込むに違いない。
しかし悲しいかな、その言葉で児玉は気づいてしまったらしい。
「ひょっとして、あいつらなのか?」
幾久がびくっとしたので、児玉はやはり、と気づいてしまった。
「あいつら?」
御堀が尋ねるので児玉が答えた。
「御堀は知らないのか?俺、恭王寮でトラブル起こして寮出たんだけど、その時もめた奴が二人いてさ。俺もそいつらも、恭王寮出されたんだけど」
「いや、タマだけの敵ってわけじゃないし」
「どういう事?」
御堀が幾久に尋ねてくるので、幾久は仕方なく、御堀に言った。
「いや、なんかむかつくヤツでさ、入学ん時からオレ、喧嘩売られてたんだよね。そんで勝負してさ」
「幾久が勝った」
児玉が自慢げに胸を張る。
「いいじゃないか」
御堀も頷く。
(そういやこいつらどっちも負けず嫌いだったわ)
「でも結局それでこのザマじゃね」
「いや、それは不可抗力だろ。幾久は悪くねーよ」
「そうだよ。完全に悪いのはあいつらだし」
「でも、ハル先輩ならそう言うと思う?」
幾久の問いに、児玉と御堀は顔を見合わせる。
幾久は続けて言った。
「確かにあいつらが悪いよ?オレ被害者だし。かといって、じゃあ他に打つ手なかったのかって言われたら、ハル先輩ならなんかありそうじゃん」
幾久の言葉に、御堀も児玉も腕を組んで唸る。
「そりゃまあ」
「確かにそうだけど」
な、と幾久が言うと二人とも頷く。
「そういや、あのサッカーボールどこ行ったんだろ」
幾久が考えていると児玉が答えた。
「俺が持ってる。てっきりお前らの仕込みかと思ってたから、お前のかなって思ってて」
預けてあるからちょっと待ってろ、と児玉は走っていき、すぐに戻ってきた。
「ホラ」
ぽんっと渡され、幾久はそのボールをじっくり見る。
「これ、いいボールだよ」
御堀も頷く。
「うん。幾が持ってるのと同じくらい。W杯モデルの奴だね」
しかも丁寧に扱っているらしく使い込んだ様子が見える。
「誰のなんだろう」
幾久がしげしげとボールを眺めていると、少年が近づいてきた。
「あの、」
御堀、児玉、幾久の三人は顔を上げた。
パーカーフードをかぶり、夜なのにサングラスをしている中学生くらいの少年だった。
「それ、おれのボールなんす」
え、と三人は顔を見合わせる。
幾久がボールを渡そうとすると、児玉が幾久をかばうように、幾久の前に立った。
「お前、あいつらとどういう関係?」
児玉が尋ねると、少年は児玉をいぶかしんで見上げた。
「あいつら?」
「ボール投げた奴。知り合いなのか?」
児玉は多分、確かめたいだけなのかもしれないが、元々が無愛想な上に威圧感のある態度を取れば当然警戒される。
少年の雰囲気がやや険悪になりそうなので、幾久は慌てて児玉の腕を引いた。
「タマやめろって!この子は関係ねーよ」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「だから、そういう言い方コエーからやめろ。威圧感あるだろ」
「そ、そうか?」
幾久に注意されて児玉は口ごもる。
「それより、この子は絶対に関係ないよ。な?キミ」
そう幾久が言うと、少年は少し面喰ったようだった。
「音楽の上手い、謎のおじさんたち……」
どっと笑いが起き、近くにいた大人から声がかかった。
「昔のバンドの、ピーターアートだよ!報国院のOB!」
「昔のバンドって何だよ!」
論が怒鳴ると、どっと笑いが起きる。
「まあいいや。それよりこいつら、最高だったよなテメーら!」
論がまわりに集まっていたオーディエンスに言うと、わーっと大人から拍手と声が上がった。
論がずいっと前に出て言う。
「えーと、急きょだけど、後輩の舞台に飛び入り参加させてもらいました!後輩の広い心に感謝します!」
そう言うと、経がじゃかじゃかとギターを鳴らし、じゃんっと音を締めると論が動きを止める。
どっと笑いが起きる。
「俺ら、学生の頃思い出したみてーで、楽しかった。けど一番の役者はこいつらです」
じゃじゃんっと経がギターを鳴らした。
「俺たちの、最ッ高の後輩に、最大の拍手をやってくれ!どうもありがとう!」
じゃかじゃかじゃか、と経と律がギターとベースをかき鳴らす。
花緒がタンバリンをしゃかしゃか鳴らすとわーっという歓声と拍手があがり、幾久たちはぺこぺこと頭を下げた。
観客に挨拶したり、映像研究部に言われ全員で写真を撮ったり、いそがしく動いていると論と目があった。
幾久は再び、論にお礼を言った。
「あの、今日は本当にありがとうございました」
論はてれくさそうに
「いーってことよ。入学式では脅して悪かった。悪気はなかったんだけどな」
握手を求められたので、幾久はそれに応じた。
「お前の役に立てたんなら良かったよ。古雪の恩返しにもなるしな」
横から経が顔をにゅっとのぞかせて言った。
「お父さんによろしくね」
「いっくんの助けになったのなら、俺らは嬉しいよ」
タンバリンを持ったおじさんもそう言ってうなづいている。
父の友人なのだろう。
「すっごく、すっごく、助けになりました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる幾久に、児玉も、御堀も、同じように頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
それを見て、再び次々に一年生が頭を下げ始めた。
「やめろよ!なんかパワハラしてるみてーじゃん!」
論がそう言って逃げ出すと、周りで見ていた大人たちがどっと笑った。
「論!写真とってくれ、写真!」
「サインくれ!俺、ファンなんだよ!」
論がファンらしき大人に怒鳴る。
「はあ?本当か?CD買えよ!」
「全部持ってるよ!」
「もう一枚買え!」
そうにぎやかに文句を言いながらも、ちゃんとサインに応じたり、写真を撮ったりしている。
入学式のときからずっとあった、なんとなくわだかまりのようなものがほどけた気がした。
(ああいう人だから父さんも友達だったのかな)
でもきっと、あの大声はきっとうるさいと思うに違いない。
そう思うとちょっと楽しくなった。
幾久達の抜粋公演が終わると、境内に放送がかかった。
『皆さま、本日は報国院男子高等学校、桜柳祭にお越しくださいましてありがとうございました』
雪充の声に幾久がばっと顔を上げた。
『前夜祭を含め三日間、滞りなく行う事ができました。ひとえに皆様のご協力、ご参加のお陰です。生徒を代表して、心からお礼申し上げます。ありがとうございました』
ぱちぱち、と境内からも拍手が上がる。
『今年の桜柳祭は、本日で終わりとなりますが、来年も、その次も、ずっと桜柳祭は続いて行きます。どうぞ皆様、来年も是非お越しください。報国院一同、お待ちしております。ありがとうございました。夜も更けてまいりました。足元にお気をつけてお帰りになってください。三年、桂雪充』
そう言って放送は切れ、拍手が起こった。
来年、雪充はもういない。
だけどこうして、来年の為に、準備をしてくれている。
(絶対、来年はすごいのにしてやる)
雪充は来てくれるだろうか。
そう考えていると御堀が言った。
「来年、雪ちゃん先輩に褒められるような桜柳祭にしなくちゃね」
「―――――うん」
何も言わなくても当たり前のように通じている。
(こういうの、久しぶりだな)
多留人とサッカーをしていた時。昔、ユースの仲間と試合をしていた時。
こんな風に確認なんかしなくても、判りあえている安心感があった。
サッカーを辞めたとき、失ったのはサッカーをする時間だけとか可能性だけじゃなくて、仲間とのささいな繋がりとか、一緒に過ごす時間とか、そういったものも全部失っていたのだと、改めて手に入って気づいた。
(多留人も、こんなだったのかな)
夏、再開した時にサッカーがつまらないんじゃないと幾久と会って再確認していた。
多留人も自分で考えて、ユースを出て高校サッカーに行っているのだろうけれど、そこまでは考えていなかったのかもしれない。
(今度会ったら、話してみよう)
きっといろんなことと、もっと深く話せる気がした。
舞台も終わったので、役者は全員控室へ戻り、衣装を着替えた。
衣装から解放されるとほっともするが、これでもうこの衣装を着ることがないのか、と思うと少しさみしい。
「おわっちゃったね、いっくん」
三吉に言われ、頷く。
「うん。なんかあっという間だった」
正直、まだ終わったという気持ちはない。
また明日になれば、みんなで集まって、おしゃべりをして、舞台の練習をする気がする。
もうそんなことはないのだけれど。
「衣装、どうするんだろう」
「さあ?たまきんに聞けば判るんじゃないかな。だいたい、衣装ってとってあるけど」
ロミオとジュリエットの衣装は完全に松浦が新作として作ったが、他の衣装は一部だけだったり、以前からある衣装を使ったりしていた。
「そっか。じゃあこの衣装、ずっとここにあるのかな」
「松浦先輩次第かもね」
かなり出来のいい衣装だから松浦が手元に置いておきたがるかもしてない。
「かっこよかったもんね、その衣装」
三吉の言葉に幾久も頷く。
「うん。おかげでオレの演技も三割増し良く見えた」
「十割じゃん?」
笑って言ったのは入江だ。
「もー、そうかもしんないけどさ」
「あ、認めるんだ」
品川が言う。
突っ込む連中に幾久は言った。
「あんまり言うと雪ちゃん先輩にバラしちゃうぞ」
幾久が脅すと、さーっと皆が青ざめた。
「やめてやめて、マジでやめて!」
「りんご飴やっただろ!」
「絶対黙っとけよ!」
「ヒーローとの約束だ!」
「だったらもう黙ってよ」
幾久が言うと全員が頷いて口を閉じた。
着替えを済ませ、皆で境内に戻った。
出店で使ったベニヤ板や、飾りなど、燃やせるものは燃やしてしまうらしい。
「地球部の舞台装置とかも燃やすんすか?」
幾久が尋ねると、周布が言った。
「いんや?地球部のものってけっこういい木材使ってるから、再利用する」
「へえー、そうなんすか」
「上に乗ったりするとどうしても強度や重さがいるからな。あれ再利用していろいろ作る。サッカーゴールも出来るかもな」
「本当に!」
以前、サッカーゴールを作ってくれると言っていたが本当だったのか。
「おお、作る作る。けっこうみんな面白がってくれてるしな。桜柳祭終わったら、さっそく合間縫って試作品作るわ」
「楽しみッス!」
幾久が言うと周布が喜んだ。
「そっかー、そういって貰えるとなによりだな!作ったものを喜んでもらえるの、最高に嬉しいからな」
周布―、と呼ばれ、返事をした。
「じゃあないっくん、お疲れ。また打ち上げで」
「あ、ハイ」
ぺこっと頭を下げると、周布は呼ばれた方へ走って行った。
「それより誉、桜柳会はいいの?」
幾久の隣に居る御堀に尋ねると、御堀は笑って言った。
「え?だってもう桜柳祭は終わっただろ?」
「そ、そうだけど」
「終わったのに桜柳会とかあるわけないじゃないか。冗談じゃないよ」
あはは、と笑っているけれど、これ絶対に行きたくないやつだな、と思った幾久はそれ以上聞かないことにした。
「幾久!ここに居たのか」
たたっとかけてきたのは児玉だった。
「タマ、もういいのか?さっきはありがとう」
「あの人らスゲーわ、俺知らなかったとはいえ、めちゃくちゃ上手い人とセッションしちゃったよ」
「良かったじゃん」
幾久に児玉が頷く。
「うん。そんで、ありがたい事に今度から暇なとき、軽音部に顔出してくれるってなってさ、先輩らがめちゃくちゃ喜んでる」
「えっ、プロの人が?」
御堀が言うと、児玉が頷く。
「最近、こっちにスタジオ建てたとかで時間があるんだって。スッゲ―楽しみ!」
「へえーラッキーだったね、タマ」
「ホントだよ。あんな上手いギター聴いてたら、それだけで上手くなりそう」
「あはは」
それより、と児玉は幾久と御堀に尋ねた。
「サッカーボールだけど、あれ一体何だったんだ?演出?」
御堀が首を横に振った。
「いきなり誰かが投げつけてきたんだよ」
「なんだと?」
うわしまった、と幾久は慌てた。
(誉に口止めしとかないとだった!)
「いや、誉さ、あの」
「制服着てたから、うちの生徒には間違いないし」
「えーと、誉、その話はもういいじゃん」
幾久が止めると、御堀は露骨にむっとして返した。
「いいわけないだろ。明らかに幾を狙ってたじゃないか。幾の反応がよくなけりゃ怪我してたよ」
「まあそうだけどさ、タマには関係ないことだし」
正義感が強い上に責任を果たそうとする児玉の事だ、もし元恭王寮の連中だと知ったら、自分のせいでとまた落ち込むに違いない。
しかし悲しいかな、その言葉で児玉は気づいてしまったらしい。
「ひょっとして、あいつらなのか?」
幾久がびくっとしたので、児玉はやはり、と気づいてしまった。
「あいつら?」
御堀が尋ねるので児玉が答えた。
「御堀は知らないのか?俺、恭王寮でトラブル起こして寮出たんだけど、その時もめた奴が二人いてさ。俺もそいつらも、恭王寮出されたんだけど」
「いや、タマだけの敵ってわけじゃないし」
「どういう事?」
御堀が幾久に尋ねてくるので、幾久は仕方なく、御堀に言った。
「いや、なんかむかつくヤツでさ、入学ん時からオレ、喧嘩売られてたんだよね。そんで勝負してさ」
「幾久が勝った」
児玉が自慢げに胸を張る。
「いいじゃないか」
御堀も頷く。
(そういやこいつらどっちも負けず嫌いだったわ)
「でも結局それでこのザマじゃね」
「いや、それは不可抗力だろ。幾久は悪くねーよ」
「そうだよ。完全に悪いのはあいつらだし」
「でも、ハル先輩ならそう言うと思う?」
幾久の問いに、児玉と御堀は顔を見合わせる。
幾久は続けて言った。
「確かにあいつらが悪いよ?オレ被害者だし。かといって、じゃあ他に打つ手なかったのかって言われたら、ハル先輩ならなんかありそうじゃん」
幾久の言葉に、御堀も児玉も腕を組んで唸る。
「そりゃまあ」
「確かにそうだけど」
な、と幾久が言うと二人とも頷く。
「そういや、あのサッカーボールどこ行ったんだろ」
幾久が考えていると児玉が答えた。
「俺が持ってる。てっきりお前らの仕込みかと思ってたから、お前のかなって思ってて」
預けてあるからちょっと待ってろ、と児玉は走っていき、すぐに戻ってきた。
「ホラ」
ぽんっと渡され、幾久はそのボールをじっくり見る。
「これ、いいボールだよ」
御堀も頷く。
「うん。幾が持ってるのと同じくらい。W杯モデルの奴だね」
しかも丁寧に扱っているらしく使い込んだ様子が見える。
「誰のなんだろう」
幾久がしげしげとボールを眺めていると、少年が近づいてきた。
「あの、」
御堀、児玉、幾久の三人は顔を上げた。
パーカーフードをかぶり、夜なのにサングラスをしている中学生くらいの少年だった。
「それ、おれのボールなんす」
え、と三人は顔を見合わせる。
幾久がボールを渡そうとすると、児玉が幾久をかばうように、幾久の前に立った。
「お前、あいつらとどういう関係?」
児玉が尋ねると、少年は児玉をいぶかしんで見上げた。
「あいつら?」
「ボール投げた奴。知り合いなのか?」
児玉は多分、確かめたいだけなのかもしれないが、元々が無愛想な上に威圧感のある態度を取れば当然警戒される。
少年の雰囲気がやや険悪になりそうなので、幾久は慌てて児玉の腕を引いた。
「タマやめろって!この子は関係ねーよ」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「だから、そういう言い方コエーからやめろ。威圧感あるだろ」
「そ、そうか?」
幾久に注意されて児玉は口ごもる。
「それより、この子は絶対に関係ないよ。な?キミ」
そう幾久が言うと、少年は少し面喰ったようだった。
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