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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない

Church On Sunday

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  ロミオが倒れた後、ロレンス神父がやってくる。
 久坂の登場に、女子から黄色い歓声が上がった。
 目を覚ましたジュリエット幾久は神父に尋ねた。
「神父様!ここは霊廟に間違いありませんよね、ロミオは、オレの恋人はどこに?」
「お前の夫は、お前の胸で死んでいる。お前の夫になるはずだったパリスもだ。ロミオが殺した。さあ、立ちなさい、お前はどこかの修道院にでもやろう、こんな場所に居てはいけない。もはやここは死と絶望しかない」
 ロミオが自分の上で死んでいるのを知ったジュリエットは、静かに語る。
「どうか去ってください。オレはここを動きません。いますぐここを出て行って下さい」
 ロレンス神父は霊廟を去り、ジュリエットはロミオの残した毒薬の瓶を拾い上げる。
 と、論がギターを鳴らし始めた。
 その音に幾久はぶるっと体を震わせた。
 雑な外見には似つかわしくない、素晴らしく美しいギターの音色だったからだ。
 曲は聞きなれたエンディングなのに、アコースティックになるとイメージががらりと変わる。
 プロで上手いと言うだけのことはある。
 幾久は美しいギターの音色の中、セリフを続けた。
「これがお前を殺した毒か。ひどい奴だな、どうしてオレのぶんまで残したおかなかった?」
 そうしてロミオの唇に口づける。
 勿論、御堀と同じように手で唇をふざいでその上に、だ。
 また女子から悲鳴のような声が上がる。
「お前の唇に毒が残っていれば良かったのに。まだ温かいんだな。オレを置いていかないでくれ」
 そう言ってロミオを抱きしめるジュリエットだが、騒ぎを聞きつけた夜警が霊廟にやってくる。
 夜警役が声を張り上げた。
「松明が燃えている?誰かいるのか?それに、このおびただしい血は一体……」
 夜警の声に気づき、ジュリエットは短剣を握り、高く掲げる。
「さあ、剣よ、お前の鞘はこの胸だ。早くオレを死なせてくれ、そしてロミオの元へ」
 幾久が御堀の上に倒れ込むと、観客から拍手が起こった。


 倒れたままの二人はそのままに、場面はラストシーンの更に最後、エスカラス、ロミオとジュリエットの父親、ロレンス神父の話し合いになる。
 高杉と久坂の登場に、やはり女性から声が上がる。
 高杉は、倒れている幾久と御堀、観客席の間に立ち、小道具の手紙をばっと広げた。

「―――――この手紙には全て書いてある、二人がどのように今に至ったのかを。ロミオは、愛するジュリエットの元で死ぬ為にここに来たのだ。敵同士の親ども、お前たちの下らぬ争いで落とされた罪の結果を見よ!」

 そう怒鳴る高杉の声は、ひどく怒っているようで、思わず観客も息を飲む。

 高杉は静かに言う。
「神はお前達の争いの喜びを、愛によって葬ることを選ばれた。ワシもまた、お前たちの争いを収めきれず縁者を失った。皆、罰せられた」
 ジュリエットの父はロミオの父の手を取る。
「モンタギューよ、われらは手を取り合い兄弟となろう、われらの結ぶ手が、子らへのなによりの贖罪となるであろう」
 ロミオの父もまた頷く。
「どうか私にあなたの子、ジュリエットの像を立てさせてください、美しくまばゆいジュリエット、なによりもその恋こそが一番の輝きであったと」
 ジュリエットの父はロミオの父の提案に何度も頷く。
「では私はそれに劣らぬロミオの像を。我々は憎しみのあまり、跡取りのたったひとりの我が子を生贄にしてしまったのです」
 嘆く二人の父親に、エスカラスは最後の言葉を告げる。

「夜明けとともに訪れるのは陰鬱な平和、悲しみのあまり、太陽もその顔をあげはせぬ、さあ皆、屋敷に戻りこの悲劇を語らうのだ。それぞれ罰せられるものも、許されるものもあるだろう」

 ギターの弦が、静かにはじかれた。
 一瞬の静寂に、誰もが息を飲んだ。

 きっとどれだけ練習しても、あのタイミングで、あの空気で、あの音は流れない。
 それほどまでに、用意されたとしか思えないほど、曲とセリフはぴったりだった。

「世界に悲劇は数あれど―――――この世にまたとない悲劇こそ、ロミオとジュリエットの、恋の物語」

 そう言うとギターの音が一層大きくなり、エスカラスが空を見上げた。
 互いに支えるように肩を落とすロミオとジュリエットの父親同士も俯く。

 ギターの曲が静かに流れ、やがて綺麗に最後の音を響かせた。

 自然に観客から拍手が沸き起こり、高杉がぺこりと頭を下げると、一層拍手が大きくなる。
 役者全員が立ち上がり、ぺこっと頭を下げると、一層拍手が大きくなる。
 まぶしい境内の中のライトがあたって良く見えないはずなのに、観客の笑顔と温かな拍手が光の隙間から差し込んでくる。
 身体中から湧き上がる感情を、何というのか幾久には判らない。
 だけど、涙がこぼれそうになる時に御堀がぎゅっと手を握ってきてくれた。
 きっと同じ気持ちなのだと、信じられた。
「地球部!良かったぞ!」
「いい舞台、ありがとう!」
 観客から声が上がると、さらにわーっとにぎやかになった。
「では、ここでカーテンコールを行います!」
 周布が怒鳴ると、え?と観客たちが驚く。
 こんな場所で?と驚くが、高杉達が幾久の手を引いて階段を駆け上がる。
「ハル先輩?」
「いいから来い。始まるぞ」
 訳も判らず、本殿のある境内へ向かう階段を駆け上がる。
 上から見ると判るが、さっきギターを弾いたおじさんの所に児玉やピアノのおじさんが座っていた。
 高杉が幾久と御堀に言う。
「あの連中が曲を弾いてくれるそうじゃ。その間、ワシら役者はここから階段を下りて、観客に挨拶して、二手に分かれてここに戻る。道はすでに確保されちょる」
 いつの間にか、さっきの簡易舞台前からロープを持ったSP連中が配置され、階段を下りてぐるりと境内に戻る道が確保されていた。
「すげえ。なんだこの手際のよさは」
 幾久が驚くと、久坂が言った。
「桜柳会はこのくらいすぐにできないと。ね、御堀」
「勉強になります」
「いやいやいや……」
 幾久が呆れていると、高杉が幾久の肩を叩いた。
「始まるぞ。児玉の見せ場じゃ。よう見ちゃれ」


 シャカシャカとタンバリンの音が響きはじめると、大人たちがざわっと盛り上がり始めた。
 タンバリンを鳴らしているのは人のよさそうな、どこにでもいそうな普通のおじさんだった。
 しかし、ひとたびリズムを取り始めると左右に体を動かし、上手にタンバリンを鳴らす。
 次にピアノのおじさんこと、律のベースの音が響く。
 相変わらずカッコいいしベースも上手だ。
 次にギターが入るが、それは児玉と論が同時に始めた。
 上から見ても児玉がめちゃくちゃ緊張しているのが見えて、ちょっと楽しくなる。
 しかし、ギターはうまく行っている。
 寮でいつも練習していた曲なので、弾きはじめると肩の力が抜けたようだ。
 もう一人のギター、銀髪のおじさんが入ると音は途端にぎやかになった。
「GO!」
 論が大きな声で叫ぶと、わーっと大人連中が急に盛り上がり始めた。
「ピーターアートだ!」
「マジかよ!!!なんで?!」
「論じゃねーかよ!おい、ドラムの花までいんぞ?マジで?!ピーターアートいんぞ!」
 皆スマホを取り出し、録画したり、写真を撮ったりしはじめて、中には手拍子をとり、踊り出すおじさんもいた。
 論が歌い始めると一層盛り上がる。
 洋楽のロックなので英語だったが、声はやたら通る声で、しかも当たり前だが物凄く上手い。
 アコースティックなのに、ギターが三本も入ればそこそこの音になる。
 大人たちが拍手を始めると、釣られて他の人たちも拍手を始めた。
 拍手と同時に、演者が歩き出す。
 これまでのカーテンコールと同じ順番で、本殿の境内から階段を下りて、ぺこりと頭を下げ、もとの場所に戻る。
 演者が頭を下げてお辞儀をするたびに、わーっと拍手が起こる。
 久坂と高杉は二人で階段をゆうゆうと降りる。
 堂々とした姿に、「久坂くーん!」とか「ハルさまー!」と声が上がる。
 そしてラスト、幾久と御堀の出番になった。
「いこうか、幾」
「うん」
 御堀に手を差し伸べられ、二人は階段を下りてゆく。
 観客から拍手が起こり、右、左、そして正面で頭を下げた。
 全員が階段を再び降りてきて、階段の上や、空いたスペースにぎゅうぎゅうに並び、左右でリズムを取りながら手拍子で音楽に合わせると、観客も同じように手拍子で応じる。
 音楽はずっと鳴り響き、論の声が響く。
 段々エンディングに近づいて行くと、ギターもベースもタンバリンも同時にじゃかじゃかとかき鳴らされる。
 終わりを察した観客が、全員で拍手を送ってくれた。
 幾久は、大声で叫んだ。
「ありがとうございました!」
 するとすぐ、他の面々も叫んだ。
「ありがとうございました!」
 観客から惜しみない拍手が送られ、皆、疲れても笑顔が消えなかった。

 カーテンコールも終わったので、全員がほっとしつつ雑談をしていると、バンドの前に人だかりが出来ていた。
「誉、行こう。あの人たちにお礼を言わないと」
「そうだね」
 幾久と御堀の会話を耳にした他の面々も頷いた。
「そーだよ、おいみんな、あのおじさんたちにお礼、しにいこうぜ」
 衣装を着たまま、ぞろぞろとバンドの所へ向かった。
 経、律、論と気のよさそうなタンバリンのおじさんは、児玉となにか喋っていた。
「お、幾久、お疲れ」
 児玉が言うので、幾久も頷いた。
「そっちこそ。かっこよかったじゃん」
「いやもうマジで緊張したわ。俺なんか全然だよ」
「児玉君のお陰で盛り上がったよ。ありがとう」
 御堀が言うと児玉が苦笑する。
「ちょっとはお前らの役にたててたらいいんだけど」
「すげーなってたよ。ありがとうタマ」
 幾久がお礼を言うと、論が自分を指さしながら近づいてきた。
「おい、俺は?俺は?」
 苦手な声の大きな論だが、幾久は頭を下げた。
「めちゃくちゃ上手くてびっくりしました。ありがとうございました」
 素直に誉めると、怖い表情をぱあっと満面の笑みに変えて経と律に自慢した。
「な?な?やっぱ俺様うめーだろ?なんたってプロだもんな!」
 すると、径がずいっと身を乗り出して笑顔で幾久に尋ねた。
「ねえ、ぼくらの名前判る?」
 きょろっと幾久周りの高校生連中を見ても、みんな微妙な顔しかしていない。
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