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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない

はじまりの、はじまりの、はじまり

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 論の愛用ギターを持ってこなければならなくなった律は、境内を急ぎ歩きながらスマホを取り出した。
「ああ、父さんだけど。悪いが論のアコギ、用意しといてくれないか。あと、経を叩き起こせ。それと花緒に寺に来ておくように言ってくれないか」
 スマホの向こうからは、えー、めんどい、という声が聞こえた。
「まあそう言うな。ちょっと面白い事やるから」
 そういって律は小走りになった。
(ったく、こんなんなら古雪も帰んなきゃ良かったのにな)
 仕事が忙しいと、幾久の一回目の舞台を見て安心して途中で帰ってしまった。
 どうせならこの先も見て欲しかった。
 しかし、過ぎ去ったことを言っても仕方がない。
「さて、急がないと」
 こういう時近くて良かった。
 急いで帰って、報国院には車で乗り付ければ、十分幾久達の舞台終わりに間に合うだろう。
 律は頭の中で計算を始める。
(弦は多分大丈夫だろうから、音だけ合わせれば。経にはギターさせて追いかけさせるか)
 児玉の腕がどのくらいか判らないが、経と論が居れば、少々失敗しても誤魔化せる。
「アコースティックベースとか、ほんと久しぶりなんだけど」
 おまけにぶっつけでやるとは、論の酔狂さには頭が下がる。
 だが、このバンドは論のいう事が絶対だ。
 それにこういう時の面白いものを探す論の嗅覚は、これまで一度も外したことがない。
(面白くなってきたじゃないか?)
 わくわくしながら、律はいつの間にか走り出していた。まるで学生時代、いつもそうしていたように。
 階段を駆け下り、商店街のある方向へと、律は急ぐのだった。


 一方、論はギターを抱え、児玉と報国院の校門と呼ばれる鳥居の前に移動していた。
 境内の中に石碑が立っている場所があり、丁度座りやすい位置に土台の石があり、そこは休憩所のようになっていた。
「丁度いい。ここでコード確認すっぞ」
「はい」
 露店が並んでいるので、そこまで目立つことも無く二人は早速コードの確認を始めた。
「ワン、ツー、スリー、」
 ギターのボディを軽く叩き、論がリズムを取って児玉と一緒に弾きはじめた。
 軽く歌っているので、曲は勿論知っているのだろう。
 児玉は論に必死についていく。
(本当に、この人上手い!)
 プロなんだから当然かもしれないが、安物の練習用のアコースティックギターがものすごく高価なギターに思えるくらい、論は上手かった。
 児玉は覚えているコードを必死に押さえてついていく。
 なんとか一曲弾き終わると、論が手を止めた。
「お前、けっこう弾けるじゃねーか。もっとヒデーかと思ってたわ」
 そういって児玉の背をばんと叩く。
「あ、ありがとうございます」
 そこまで酷くないと判って児玉はほっとする。
「良かった。幾久に恥かかせずに済みそう」
「ダチなのか?」
 論が尋ねると、児玉は頷いた。
「友達だし、なんていうか。恩人ってレベルで大事なヤツです。いま同じ寮にいて」
「ってことは、お前、御門?!」
「はい、そーっす」
 頷く児玉に、論は笑顔になった。
「なんだー、じゃあ後輩じゃねーか。俺も御門だったんだよ!」
「えっ、マジっすか」
 二人はなぜか妙な親近感を覚えて、互いにがっちり握手した。
「入学式の時、幾久のお父さんと一緒でしたよね」
 児玉が言うと、論は頷いた。
「そーそー!幾久の奴が入学するって聞いてさ、見に来た。アイツらそっくりすぎて笑ったわ」
 ぶーっと楽しそうに噴き出す論を、児玉はもう怖いと思わなくなっていた。
「ま、幾久の奴は俺の事苦手っぽいけどな」
 児玉は苦笑して言った。
「幾久、いきなりのでかい声とか音とか、苦手なんすよ」
 児玉が好きな音楽を聞かせると、いきなり大きな音がなるものは、びくっと反応して、あまり好きではないと言っていた。
「あーね。今度から気を付けるわ。俺、声でけえらしいからな」
 らしいんじゃなくて実際大きい、というより通る声だ。
 それにこの人の様子を見ると、どうも幾久の事を好きらしい。
 それが判ると、児玉はますます論に親近感を覚えた。
「さっき居たいけすかねーヤツ、律、つーんだけど、あいつも俺も、これから来る他の連中も、みんな御門だったんだよ」
「そうなんすか!」
「おーよ!まあずーっと昔だけどな」
 本当に何十年前になるのか。毎日一緒に過ごして学校に向かい、ギターを鳴らしてピアノを弾いて。
「だからテメーにも幾久にも恥なんかかかせねーよ。クッソ盛り上げてやる。御門だしな」
「ありがとうございます」
 児玉は論にぺこりと頭を下げた。
「いーってことよ。後輩だろ」
 児玉は首を横に振る。
「俺、御門入ってまだちょっとなんす。だから後輩って胸張って言えるほどじゃないっす。幾久に、俺ずっと迷惑かけてばっかで、ずっと助けて貰って。あいつ、すげえ良い奴なんす」
「……そーだろーな」
 論が言うと、児玉は頭を上げた。
「古雪の息子だ。悪いヤツなはずはねーよ。ま、口は悪いかもしんねーけどな」
「?幾久は口悪くないっすよ」
「え、マジで?古雪はスゲーのに」
「あんなに上品そうなおじさんが?幾久も父親は優しいって言ってました」
 児玉が言うと、論は「へーっ」と驚いた。
「なんか違うんだな、親子でも」
「そうみたいッスね」
 へー、そうなのか、へーと論は何度も感心していた。
「さ、じゃあ時間もまだもうちょいあることだし、何回かあわせっか!」
「うす!お願いします!」
 すっかり意気投合した二人は、再びギターを合わせはじめた。


 さて、幾久達はというと、打ち合わせを済ませ、衣装のまま境内へと移動しはじめた。
 さっき舞台を見た人がかなり残って移動していて、スタッフ役の生徒が人をまとめてくれていた。
 場所は、本殿に上る手前の石造りの階段前。
 グラウンドとしても使っている広場は人でいっぱいだ。
 舞台用にスペースが開けてあるが、開けてあるだけのことで、つまりは全部丸見えのスペース。
 人はまるで夏の祭りの時のようにいっぱいで、幾久達は顔を見合わせた。
「本当にここでやるの?」
 幾久が言うと高杉が呆れた。
「お前が言いだしっぺじゃろうが」
「そうっすけども」
 さすがに境内を半分くらい埋め尽くしている人の姿は圧巻だ。
 幾久達が現れると、待っていた人がわーっと拍手を起こした。
「待ってたぞ!」
「いっくーん!ジュリエットくーん!」
「あ、ども」
 ぺこりと頭を下げ、御堀も笑顔で手を振る。
(あれ?なんかオレ、ハードル高い事やろうとしてる?)
 やっちゃったかな、と思ってももう遅い。
 周布がメガホンを持って大声で怒鳴った。
「みなさん、お待たせしました!報国院地球部、桜柳祭記念公演ロミオとジュリエット、アンコールにつきまして抜粋公演を行います!」
 周布の声に、観客から拍手が起きた。
「抜粋公演ですので、途中、区切りながらとなりますので、話が通じなくてもご愛嬌。皆さまへのお礼公演として、ご勘弁ください」
 そう言って周布が頭を下げると、ぱちぱちと拍手で観客が応じた。

「うー、緊張する」
 そう言って身を震わせる幾久に御堀が笑った。
「さっきはアドリブにも答えてたのに」
「舞台はちょっとだけ慣れたんだよ」
 よくよく考えれば、御堀に慣れていない頃に必死でやった場所だ。
 今では考えも御堀との関係も随分と違う。
「うまくできるかなあ」
「やるしかないよ」
 夏には何十回、何百回とこの場所で練習した。
 ストーリー通りではなく、幕で分けて練習したので、第何幕の第何章かで覚えている。
「大丈夫。僕らならできるよ」
 御堀の言葉に、幾久は頷いた。
「そうだね。うん、出来る」
 あんなに練習したのだから大丈夫。
 舞台も大成功だった。
「じゃあ、はじめよう。第一幕の最後から」
 第一幕のラストは、仮面舞踏会で互いに相手を敵と知らず、踊って恋に落ちる所だ。
 階段の下のわずかに空いたスペースが、幾久と御堀の舞台だ。
「さ、いこうか」
「うす」
 そして御堀が手を軽く上げると、幾久が御堀の手に、自分の手を置いた。
 観客はこれから始まる舞台に、目を輝かせていた。



 神社の奥にある報国院の駐車場に、一台の車が止まった。
 中から現れた人を、もし知っていたら歓声が上がっただろう。
 だが、いま彼らは完全にオフだ。
 降りてきたのは律、律と双子の経、そして二人と論の幼馴染でもある花緒だ。
 全員が報国院の出身で、さっきの論の命令に従って、それぞれ楽器を手に持っていた。
 お前もついてこい、小遣いやるから、といわれ、律の息子はしぶしぶついて行く。
 お前も参加するか?と言われ、絶対に嫌で、楽器ではなくサッカーボールを抱えて出た。
 その抵抗に父親である律は苦笑したが、文句は言わなかった。
 境内の前は人だかりが凄い。
「お、やってるやってる。まだ舞台の最中みたいだな」
 律が言うと、花緒がよかった、と笑って言った。
「急いだけど充分間に合ったんだ。じゃあちょっと合わせるのもできるかも」
「花緒は合わせる必要ないじゃん」
 そういって笑ったのは経だ。
「経やんこそ大丈夫か?」
「大丈夫じゃない楽器は、この世界に存在しない」
「あーハイハイ」
 経の自信満々な答えを流す花緒だ。
 このメンバーと雰囲気は、高校生の頃からずっと変わらない。
「とーさん。おれ、そっちが終わるまで勝手に遊んどく」
「判った」
 そう言うと律の息子は器用にボールをリフティングしながら境内へ向かった。
「相変わらずうめーのな」
「まーな」
「そういえばあいつ、進路どうするんだ?やっぱりファイブクロスのユースに行くのか?」
 花緒の問いに律は「さあ?」と首を横に振った。
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