城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない

ロミオ様の独壇場

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 その毅然とした言葉と態度に、観客からため息が漏れる。
「そそのかしたのは、そうだね、言うなれば恋の神、キューピッド」
 そうして跪き、幾久を見上げた。
「あなたを見つけたのはそのせいだ」
 手を差し伸べ訴え、そうして立ち上がりジュリエットを見つめる。
 幾久はジュリエットのセリフを言った。
「本当は、さっきのは全部嘘だって言いたい。だってそうだろう?お前は敵の家の跡取り、そして前にとってオレもそうだ。なのにオレはお前を一目見て恋に落ちて。惚れっぽい奴だと思うだろう?もしお前に、心を聞かれなければ意地も張れた、だけど駄目だ。お前にはもうオレの心が判ったはずだ―――――好きだロミオ。愛している」
 ロミオである御堀は頷いて幾久を見上げ、ジュリエットに恋をささげた。
「僕だってそうだ、ジュリエット。君を一目見て、どんな恋も恋じゃなかった、そう知ってしまった。君が全部の恋を、僕のこれまでの恋を嘘にしてしまった。もう君にしか恋はできない。誓うよ、あの月にかけて」
「月に誓うのはやめてくれ。形を変えてしまうように、ロミオ、お前の心も変わるかもしれない」
「では、何に?」
「―――――お前に」
 ジュリエットである幾久は、ロミオに告げる。
「オレが信じるのはお前の心だけ、ならその心に誓ってくれ」
 うやうやしくロミオである御堀は頭を下げてジュリエットに訴えた。
「では、あなたを愛する僕の心にかけて」
「いや、やはり止めよう。あまりに夢のようで、やっぱり信じる事ができない。オレがお前を愛するように、お前が俺を愛している、なんて都合のいい夢があるはずもない」
「僕を見て」
 ロミオのセリフに、幾久の手が止まる。
(え?セリフが違う)
 幾久は驚いて御堀を見るが、御堀はウィンクして微笑んだ。
(え……ッ、アドリブ入れるつもり?!マジ?!)
 ロミオはジュリエットを見上げてゆっくりと訴えた。
 いつの間にか、誉会が送ってきた白いバラを一輪幾久に差し出す。
 観客がその姿に、わーっと沸き立った。
「このバラは僕の心、そして君の化身。白いバラの花言葉は純潔、あなたの為にあるような言葉。そして相思相愛。あなたと僕の事だ。ねえ、そうでしょう?」
 甘えたロミオのセリフに、観客からキャーッと言う声が上がる。
 幾久は必死で御堀のアドリブについていく。
(えーと、こういう時ジュリエットならなんていう?)
 ほんっと無茶ぶりやめてくれ、何を言えばいいんだよ、と思うが、突然幾久の脳裏に、夜の海の情景がふっと浮かび上がった。

 御堀が寮から逃げ出して、幾久が探しに行った、あのくらい海岸を。
 ふたりきりで空を見上げた、あの月の夜の事を。

「―――――あの星が見えるか?ロミオ」
 幾久が天を指さすと、ロミオの御堀も、観客も、幾久の指さす天井を見上げた。
「初めて見たときから、あの星のように、お前は煌めいていた。手が届かなくて、もしお前がこうして声をかけてくれなかったら、オレはきっと、お前にずっと引け目を感じていただろう」
 御堀の目が一瞬細くなる。
 幾久は自分の頬が緩むのを感じた。
(そっか。これってオレの素直な気持ちと一緒だ)
 恋とは違うものだけど、まるで恋に近い。
 御堀にあこがれ、おびえ、知ってからは同情し、かばいすぎ、先輩に叱られ、今はもう幾久の生活になじみつつある。
(そうだ、誉とも、もうすぐ)
 助けると言った。助け合うとも約束した。
 でもそれは本当に叶うのだろうか。
 結局このまま幾久が鷹に残り、部活が来年の夏まで休みなら、自分は一体何が出来ると言うのか。
 ジュリエットの不安が幾久の不安とリンクする。
 信じたい、信じている、だけど不安でどうしようもない。
 幾久は言った。
「お前を愛している。お前もオレを愛している。信じても居る。だけど、なぜだろう、どうしても不安になってしまう」
 御堀は頷いて言った。
「僕もだ」
 およそセリフのようでない、自然な言葉に、舞台はしんと静まり返った。
「僕も君を信じているし、君も僕を信じている。僕も同じように不安で仕方がない。だけど、それは未来があるからだろ?」
「……未来、」
 幾久の言葉に御堀が頷く。
「この先の事が判らないから不安なんだ。判る未来なんかない。ただひとつ判るのは」
 御堀は幾久を見上げて言った。
「僕がずっと、あなたを変わらず愛し続けるということだけだ」
「……ロミオ、」
「ねえジュリエット、白いバラには、もうひとつ花言葉があるんだ。それはね」
 微笑んでロミオである御堀は告げた。

「わたしはあなたにふさわしい」



 二人のアドリブは大成功で、バルコニーのシーンの後は大喝采だった。
「幾、お疲れ!すげーアドリブだったじゃん!」
 そう山田は誉めてくれるが、幾久はどっと疲れていた。
「や、やめてよもう、ほんっとーに心臓に悪い」
 舞台はいま、御堀と久坂が出ている。
 ロミオとロレンス神父のやりとりだ。
 ジュリエットと結婚したいと望むロミオはロレンス神父に、結婚式を挙げさせてくれと頼む。
 前々から、ロミオとジュリエットの家同士が争う事をよしとしていなかったロレンス神父は、二人を結婚させることで、両家を仲良くさせることを思いつく。
「なんかあの二人も調子に乗ってアドリブばんばん出してるぞ」
 舞台に出る役者は、全員のセリフを覚えているので、セリフを変えるとすぐ判る。
 幾久は久坂と御堀のやりとりを想像するだけで身を震わせた。
「ほっとこ。見たくないしもうアドリブはヤダよ」
「でもみほりんさー、すっげ調子に乗ってるよ。久坂先輩も余裕で応じてる。もうさっきのと違う舞台だよ。この調子だと、またいっくんとのシーンにアドリブぶちこんでくるよ」
「知らない。オレが詰まったら誉のせいだから。全部フォローさせる」
 たったあれだけのアドリブでも、全身全霊使い切った感がする。
「幾久君、とても君、良かったよ」
 瀧川が言うも、幾久は苦笑いだ。
「タッキーのおかげもあるかも。煌めく、なんてオレじゃ思いつかないし」
 瀧川はなにかに感激したり、誰かを誉めるときはすぐ『煌めく』という表現を使う。
 大げさだな、と思っていたけれど、舞台ではそれがよく栄えた。
「君も御堀君も、すばらしく煌めいていたよ」
「ありがとー。でももういいや。セリフなんか覚えてるの使うに限る」
 ぐったりする幾久だが、ちらっと見えた舞台のセリフの応酬に青ざめた。
 久坂と御堀が、本当に見事にアドリブだけでセリフのやりとりをしているのだ。
「なんだアレ」
「スゲーよな。さすがどっちも鳳首席」
「いや、そういうレベルじゃないっしょ」
 あの感覚のまま幾久とまたセリフのアドリブをやられたら、本当に困ってしまうじゃないか。
(誉、絶対にオレの時は余計なことすんなよ)
 そう願ってもそうはならないことはなんとなく理解はしていたけれど。

 ロレンス神父とロミオのやり取りの後は、ロミオの友人たちとのやりとり、その後はロミオとジュリエットの乳母のやりとり。
 ロミオとジュリエットの結婚式を内密に挙げるため、ロレンス神父のもとへ向かうように告げる。
 ロミオからの伝言を受けたジュリエットは急ぎ、ロレンス神父の元へむかい、ロミオと再会する。
(余計なアドリブするなよ、誉の奴)
 ロレンス神父役の久坂がセリフを言った。
「さあ、あの人が来たよ。あんなに軽い足取りでは、固い敷石は永遠にすり減ることはないね」
 そこで幾久の表情がひくつく。
 思い切りセリフを削っていたからだ。
(くっそ、面倒くさいからってセリフ削りやがったな、瑞祥先輩!)
 幾久はぺこりと胸に手を当て、膝をついた。
「こんにちは神父様、結婚をお許しくださいまして、ありがとうございます」
「さあ、お前の夫が待っているよ」
 幾久は御堀に駆け寄る。
「ロミオ、」
「ジュリエット」
 いつも通りなら、互いに軽く抱き寄せあい、頬にキスするシーンなのだが、幾久はさっきのアドリブのお返しとばかりに御堀に抱きついた。
 すると御堀も、思い切り抱きしめ返してくる。
 おおーっと観客からどよめきが上がる。
 そうして見つめあって、互いにキスを繰り返す(フリをする)。
 その度に、面白いほど、客席から、どよどよっと反応が返って来る。
「ジュリエット、君の喜びと僕の喜びはきっと同じはずだ。だけどそれを言い表せるのはきっとあなたの言葉しかない。どうかその可愛い唇と」
 そう言って御堀は幾久の唇に指をあてる。
 勿論アドリブだ。
 そしてすっと唇を指でなぞると、キャーッと言う女子からの声が上がる。
「美しい言葉で、二人の結婚を教えて欲しい。僕がどれほど嬉しいか、どうかあなたが言って見せて」
(あああああもう、なんでここで面倒くさいアドリブぶちこんでくるんだッ!)
 頬をひくつかせながらも勿論顔は笑顔のままで、幾久は言った。
「思いはね、ロミオ。言葉よりずっと深く豊かなものなんだ。言葉で言えることなんて、限りがあるもので、お前への思いに、限りはない。どんなにオレがお前を愛しているんかなんて、数えられるはずがない。数えられるものなんて、大したものじゃない。オレの、お前への恋は」
 そう言って、幾久はワルツを踊るように御堀の肩に手を置き、肩に頭を乗せた。
 御堀の肩に頭をすりつけ、甘えるように動かすと、ぎゃあああああ、と女子から悲鳴じみた声が上がる。
「オレの恋は、どこまでも深くて、半分だってお前には見えやしない」
 締めのセリフはこれで、次にロレンス神父がセリフを言えばこのシーンは終わり、というところで御堀がすぐさまアドリブをぶちこんだ。
 幾久のアドリブの動きに応じ、腰に手をまわし、顎をくいっと上向かせる。
「では見せておくれ。君の、その深い愛を僕に」
 ジュリエットの顎をそっとなでる御堀の動きに、女子は悲鳴を上げ、ロレンスがさっとセリフをはさんだ。
「そんなことよりさっさと来なさい。そのまま二人きりにしておくと何をしでかすか判らないね。まったく、恋に落ちた若者は厄介なことだ。僕に神父の役目を果たさせてくれないかな」
 久坂のセリフは勿論アドリブで、御堀と幾久のアドリブに、頬をひくつかせていた。
 なんとなく、してやったり、と思ったのは内緒にしておこう、と幾久は思った。


 そこからはティボルトの三吉、マキューシオの品川、そしてロミオである御堀の争いだ。
 ロミオの友人であるマキューシオを、ジュリエットのいとこであるティボルトが殺し、そしてロミオに向かってきたティボルトをロミオが殺してしまう。

 住民は犯人を探しまわり、町の支配者であるエスカラス、つまり高杉だが、誰が誰を、どういう経緯でそうなったのかを尋ねる。
 親友であるマキューシオを殺されても、冷静になるよう訴えたロミオに剣を向けたがゆえに、マキューシオを殺したティボルトはロミオに殺された。
 本来ならロミオは死刑になるはずだが、元はロミオとジュリエットの家のいさかいが火種となった、とエスカラスはロミオに対し、追放という罰を選ぶ。

「罰としてロミオを追放とする!」

 高杉の堂々とした姿は、支配者であるエスカラスの役によくあっている。
「ワシまでもがお前たちの諍いに巻き込まれた。だがお前たちに科すべき罰は、お前たちの後悔を持って図ろう。一切の言い訳も嘆願も聞かぬ!いかなる悲しみも涙も、罪の贖いとなることはない。ロミオを即刻、この地より追放せよ!万が一、姿を見せることがあれば、その場で死が訪れる」
 エスカラスの強い言葉に、舞台の役者はしんとなる。
 エスカラスの支配者としての見せ場だ。
「しかし、ロミオは親友を殺されたのです!」
 訴えるロミオの友人に、エスカラスは首を横に振った。
「罪を許すということは、新たなる罪を産むということだ。決して許してはならぬものがある」
 高杉もまた、アドリブでセリフを変えて怒鳴った。
「お前達、よく覚えておけ!罪びとを許すものは、そのものも等しく、罪びととなるのだ。新たな罪びとに名を連ねたいものは、ここへ出よ!」
 しーんとなった舞台の上、高杉は衣装を翻した。
 そして高らかに足音をたて、舞台の袖へ引っ込むと、観客からぱちぱちと拍手が起こった。
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