城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない

眠り王子様達

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「え?なになに?みほりん、読んで?」
 三吉が楽しそうに首を突っ込んできた。
「じゃあ、読むよ。『報国院の地球部のみなさん、はじめまして。昨日、初めて娘と舞台を見ました。娘はしろくま保育園に通っています』」
「しろくま保育園!」
 報国院の生徒はそこ出身も多く、時々一緒に遊んだりもする、関わりの深い保育園だ。
「『娘はまだ小さく、お芝居と本物の区別がつきません。ですから、昨日の舞台で、ロミオとジュリエットのお二人が倒れたとき、お兄ちゃんがしんじゃった、と泣いてしまいました』……うーん」
「そういう事もあるのか」
 小さな子が見るとはあまり考えておらず、自分たちの演技に必死だったことに、全員が口ごもる。
 ふざけてやったつもりはないけれど、そこまで真剣に見られているという感覚もなかった。
 玉木は黙りこくってしまった生徒たちを見て、つい頬が緩む。
 あんなにはしゃいでいた生徒たちが急に黙り、しんとなって手紙を読んでいる。
 成長の過程を目の前で見るほど楽しいことはない。
 御堀は続けて手紙を読んだ。
「『しかし、お二人がカーテンコールで出てきて、楽しくダンスを踊っているのを見て、よかった、お兄ちゃんたちは結婚したんだ、と、とても喜んでいました。そのあたりは、娘が大きくなって説明したいと思います』」
「あはは。お母さん困ってる」
 三吉が笑うと、他の生徒もつられて笑う。
 御堀は続けた。
「『物語は悲恋でしたが、カーテンコールのおかげで娘にとっての生まれて初めての本物の舞台は、とても楽しい舞台となったようです。報国院の地球部のみなさん、本当にありがとうございました。また来年も、娘とチケットを取って見に来たいと思います』」
「生まれて初めてって」
「そういうことね」
 驚く生徒たちに、玉木はふふと笑った。
「本物の舞台って、部活なのに」
 品川が言うと、特撮が大好きな山田がつぶやいた。
「本物だろ。特撮だって、所詮役者には仕事でも、子供には本当のヒーローじゃん」
 いつもはふざけてばかりの入江も言った。
「俺らにはただの部活、でも見る人には本物の舞台、かあ」
 やべー、とため息をついた。
「なんか全然ダメだ。やってやった感あったけど、なんか駄目だ」
 入江は普段、自信家のくせに、めずらしくそう言って肩を落とす。
 御堀は手紙を読み続けた。
「『この絵は、ロミオとジュリエットのおにいちゃんたちに、どうしてもプレゼントしたいと言って聞かず、ゆうべ一生懸命描いていました。そのため、娘はまだおねんねしています』」
「そっか。すごく凝ってるもんね、これ」
 三吉が広げると、全員が絵を覗き込んだ。
 ただの下手な子供の絵でしかないのに、それが自分たちの為に、小さな女の子が生まれて初めて見た舞台に感激して一生懸命描いた絵だと判ると、急に大切なものに変わる。
「『残念ながらチケットが取れず、今日は見ることは叶いませんが来年新しい舞台を楽しみにしています。本当にありがとうございました。どうぞお怪我のないように、これからもがんばってください。報国院、地球部、大好きです!』」
 お母さんの手紙の端っこには、小さな女の子とお母さんらしき自画像が描いてあり、『報国院、地球部、ばんざーい』と『報国院、地球部、フレー、フレー!』と描いてあった。
「かわいいなあ。ね、いっくん……って!泣いてるの?!」
「だって。なんか感激して」
 幾久はもう号泣といっていいほど泣いていた。
 生まれて初めての舞台を見ている人がいるなんて思いもしなかった。
 一生懸命やったのは間違いなかったけれど。
 幾久は言う。
「やってよかった」
 カーテンコールでなんでダンスをするんだよ、とか面倒くさいとか、そういったものが全部ふっとんでしまった。
「踊るの、スッゲ―恥ずかしいとか思ってたけど、ホント、やって良かった」
 幾久の言葉に皆頷く。
 玉木が微笑んで生徒に声をかけた。
「カーテンコールってね、そういう意味もあるのよ」
 え、と皆が顔を上げる。
 玉木は優しく微笑んで、生徒たちに授業の時のように、穏やかに説明を始めた。
「舞台の完成度が高ければ高いほど、観客はお話にのめり込んでしまうの。喜劇だけならいいのだけど、悲劇の場合はやっぱり終わっても悲しいわね。だから、俳優が出てきて、これはお芝居ですよ、だから楽しく終わるんですよって判ったら、お客さんはほっとして、ああ、楽しかったなあ、って帰れるの」
「そっか、ただ役者の紹介だけじゃないんだ」
 玉木は頷く。
「だから、カーテンコールは笑顔でにぎやかにしないとダメなのよ。舞台が悲劇であればあるほど、役者は笑顔で楽しく、ハッピーに見せないといけないのよ」
「だからあんなに賑やかな曲なんですね」
 ロミオとジュリエットが悲劇なんて、誰もが知ってることなのになぜ余韻を持たせないのか、それが不思議だった。
 いくらカーテンコールでも、ダンスをしながら出て行くのはなぜなのか、その答えが全部今判った。
「そっか。知ってる人ばっかりじゃないんだ」
 生まれて初めて見た舞台が報国院の地球部で、子供ならロミオとジュリエットがどんな話なのかも当然知らない。
 そんな当たり前の事も、こうして伝えてくれる誰かがいないと、自分たちは知らずにいた。
「あー、なんか頑張ろう。ラス1だけど」
 三吉が言うと、山田も頷く。
「そうだな。次も絶対、そういう人いるだろうし」
「初めて見る舞台かあ。責任重大だ」
 入江が言うと品川が尋ねた。
「なんで」
「だって最初に『つまんねー』って思ったら、絶対、次になんかあっても『どうせつまんねーよ』って思うじゃん」
「確かに」
 御堀と幾久も頷く。
「なんか判る。最初にスゲー楽しかったら、絶対に次も楽しいはずって思うもんな」
「僕も判るよ。サッカーがそうだった」
 御堀がそう言うと、全員が頷いた。
「なんかちゃんとやってたけど、真面目にやってたし、サボってもないんだけど。なんか、もっとやんなきゃなって思う」
 三吉の言葉に全員が頷いた。
「なんかがんばろーぜ」
「そーだな」
 一年生が頷くと、山田が言った。
「なあ幾、これちょっと借りていい?」
「オレのってわけじゃないから、別にいいと思うけど。どうしたの?」
 山田が言う。
「俺、これ先輩達に見せてくる!」
 一年生は控室の端っこにたまっているから、二年、三年や裏方の面々は別の場所に居たり、離れた場所に居る。
「こういうの絶対、嬉しいじゃん!」
 山田の言葉に三吉も頷く。
「いいね!ボクも一緒に行く!」
「じゃあ、みんなで行った方が」
 幾久が言うと、三吉が止めた。
「あー、いっくんとみほりんは休んでて。こういうの、出番控えめなボクらに任せといてよ!」
 三吉に山田も頷いた。
「そうそう。次、絶対にはりきらなくちゃだろ。ゆっくり休んでてくれよ」
 な、という山田に、ね、という三吉。
 幾久と御堀は顔を見合わせて、どうしようか、と考えるが、入江が言った。
「いーんじゃねえの。時間はまだまだ充分あるんだしさ。俺らだって全然休む時間あるし」
 品川も首を突っ込む。
「そうそう。オレは行かないけど。休むけど」
「休むのかよ」
「昴はもう寝てるぞ」
 品川が指さすと、マイペースな服部はすでに昼寝に入っていた。
「のんきだなあ」
「でもあんくらいでいいんじゃね?」
 誰かが休んでいるのを見ると、急に疲れが出た気がして幾久は言った。
「じゃあ、オレらも昼寝しとこ」
「そうだね。その方がいい舞台になるかも」
 御堀も頷く。
 控室は応接間として使っていた事もあるので、クッションやソファーがいくつもある。
 幾久達はクッションを枕に横になった。
 おなかはいっぱいで感情もがたがた。体も多分疲れている。
 それなのに頭の中はいろんなことが巡っている。
「なんか朝から、忙しかったね」
「確かに。衣装ヒヤヒヤしたし」
 隣同士で横になり、幾久と御堀は向かい合って笑う。
 ふわあ、と幾久があくびをすると御堀も急に眠くなった。
「寝とこ。なんか疲れた。オヤスミ」
「お休み、幾」
 そういって目を閉じた途端、二人はすぐ寝息を立て始めた。
 空いている一年生もそれを真似て皆、今のうちに眠っておけと横になると、あっと言う間に眠り始めた。

 二年生に絵と手紙を見せ、一年ほどではなくてもやはり皆、奮起し、三年、そして舞台のほうに居る裏方にも手紙を見せると、皆同じように盛り上がった。

 どんなに先輩たちが喜んだか伝えようと、山田と三吉が勢いよく控室のドアを開けようとすると、玉木がその手を「しー」と言いながら止める。
「そっとよ。静かに」
 玉木に言われ、頷いてそっと扉を開けると、控室の面々は皆昼寝の最中ですやすや眠っていた。
 三吉がぷっと噴き出した。
「保育園のお昼寝の時間みたい」
「ホントだな」
 山田も言う。
 すると、そーっと全員の写真をスマホで撮っている人が一人いた。
「タッキー?なにしてんの?」
 瀧川はふふっと笑ってウィンクした。
「こんな素敵なシャッターチャンス、僕が逃すわけないだろ?狙ってもなかなか撮れないよ」
 瀧川のスマホには、熟睡する地球部の面々が並んでいる。
 三吉が尋ねた。
「SNSに上げるのはまずいんじゃない?」
 瀧川は首を横に振った。
「本人の許可なくそんなことはしないよ」
「じゃあ、どーすんだ?」
 山田が尋ねると瀧川が言った。
「映研に売るんだ」
「あーね」
 やっぱり商売人の息子、ちゃっかりしている。
「あなたたちも、ちょっとは休みなさい。眠くなくても、横になって目を閉じるだけで、体は休まるんだから」
 玉木の言葉に三人とも頷く。
「確かにちょっと眠いかも」
「今のうちに休んどこー」
「じゃあ、先生、すみませんけど休ませてもらいます」
 いいわよ、と玉木は言ってうなづいた。

 講堂ではロミオとジュリエットの舞台までの出し物がにぎやかに続けられ、わあっという歓声が扉を閉めた控室の中にも聞こえてくる。
 生徒達が走りまわり、忙しそうな喧騒の中でも皆楽しそうだ。
(楽しいわよね、実際)
 玉木もこの学校の生徒だった頃、桜柳祭はなにより楽しかった。
 あの頃からずっと年は取った。
 教師として、生徒の頃と考え方も感性も違うはずだ。
 それなのに今、教師として生徒の成長を楽しみに観察しながら、多分生徒の頃と同じようにわくわくもしている。
 幼い子供からの手紙を見た生徒たちは、この短い時間でどんな風に変わってみせるのだろうか。
 朝に到着した、フラワースタンドの花は、満開に開いている。
 玉木が朝、摘んでいたバラの花も、水を吸って勢いよく開いている。
 これならきっと舞台でも映えるに違いない。
 眠る生徒たちを見て、玉木は思う。
(どんな花が開くんでしょうね)
 この舞台の最中でも、この舞台が終わってからも。
 きっと自分も見たことのない、思いがけない花になるだろう。
 ロミオとジュリエット、最後の舞台まで、まだ時間はしばらくある。
 ぎりぎりまで寝かせておこう。
 玉木はそう思い、眠る生徒たちを笑顔で見つめるのだった。
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