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【13】随処為主~王子様の作り方

僕らの、ロミオとジュリエット

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 舞台が始まる前のお知らせの予ベルが鳴った。
 もう数分で舞台の幕が上がる。
 ベルの音に客席がざわつく雰囲気は緞帳越しにでも充分伝わる。
 舞台の上、セットはすでに指定通りに並んでいる。
 幾久達がメイクをしている間、裏方を担っている他部の先輩たちがセッティングをしてくれていた。
 あとは緞帳を上げればすぐに舞台が始められる。
「問題ないか」
 部長である高杉が尋ねると、監督の周布が頷いた。
「全く問題なし。音も確認済だ」
「ありがとう」
「それは無事終わってから言えって」
 礼を言う高杉の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、開幕するか」
「あの、その前にいっすか」
 幾久が手を挙げた。
「オレ、円陣組みたいっす」
「エンジン?」
 服部の言葉に品川が突っ込んだ。
「円陣だって。サッカーでよくやるやつだろ」
 幾久が頷く。
「折角みんなで頑張ってきたから、なんか勢い欲しいなって。駄目っすか?」
 御堀が幾久の肩を組んだ。
「僕は賛成」
 すると三吉や山田が顔を見合わせて肩を組んだ。
「僕も賛成!」
「俺も!」
「じゃあ、私めも勿論参加」
 次々と一年生たちが肩を組み始めると、二年、三年も顔を見合わせた。
「これまでやったことねえがの」
 高杉は苦笑するが、「まあええ」と自分も円陣に参加した。
 次々に先輩たちが円陣を組むとだんだん円が大きくなっていく。
「お前らも参加しろ」
 そう声をかけたのは周布で、見ていた舞台の裏方も手を招いた。
 音響も呼ばれて、その中には児玉も居た。
 幾久と目を見合わせると頷いた。
「後、お前もだろ。前部長」
 え、と幾久が顔を上げると近づいてきたのは雪充だった。
 いつのまにか舞台袖で様子を見に来ていたらしい。
「雪ちゃん先輩!」
「邪魔しちゃ悪いかなって思ってたんだけど」
「なに言ってんだ。お前だって立役者だろ。さっさと来い」
 周布が言うと雪充は近づき、周布と肩を組んだ。
 円陣はかなり大きく、幾久は改めてこの舞台に関わっている人がこんなにも居たのかと驚いた。
「部長、なんか挨拶しろ」
 周布に言われ、高杉は嫌そうな顔をしたが、ふと、いたずらっぽい顔になった。
「雪がすりゃええ」
「え?」
 さすがに雪充は驚くが、高杉が言った。
「舞台に参加はせんでも、裏で充分動いてくれたじゃろう」
 高杉の言葉に、雪充はなにか言いたげに唇を引き結んだ。
(そっか、ハル先輩)
 いまならもう幾久も、誰かが何も見ていない場所で、頑張っている人がいるのだと知っている。
 先輩だから出来て当たり前なんかじゃない。
 必死でいろいろやっていて、きっと幾久の知らない間にもいろんな人の力が動いているのだろう。
 雪充がなにをしていたのか、幾久は知らない。
 だけど高杉がこうして雪充を呼ぶのは、きっとなにかあるからなのだろう。
「じゃあ、僭越ながら。前部長として」
 雪充は息を吸い込んだ。
「夏からずっと、よく頑張った。特に一年は経験もないのに追いつくだけでも必死だったろう。二年、三年とはやりづらいことや不満があったかもしれない。二年は間に入ってよく頑張ってくれた。僕が抜けて負担が増えたのは申し訳なかった。そして三年連中」
 雪充は、めずらしく感情があふれているように見えた。
「僕らの最後の桜柳祭、絶対に成功させよう」
 雪充の言葉に応じるように、周布が頷いた。
「後輩にいいとこ見せてやろーぜ、三年」
 おう!と三年生から声が上がった。
 雪充が言う。
「失敗は心配するな。舞台は生もの、そんなものあって当然。三年が、僕達が必ずフォローする。だから、思い切ってやってくれ」
 すう、と息を雪充は深く吸い込んだ。
「ロミオとジュリエット、成功させるぞ!」
 雪充が怒鳴ると、全員が大声で「おう!」と声を上げた。

 全員が自分の持ち場へ戻る。
 開幕の本ブザーが鳴った。


 緞帳が上がると、当然だが客席が見える。
 真っ暗な客席の中に時折明かりが見えるものの、人の顔や形は見えない。
 ただ、熱気やざわめきは伝わってきて、幾久を緊張させた。
(でも、試合って考えたらおかしくねーよな)
 夏に多留人に言われたことを思い出し、試合なら人数多くてもおかしくないよな、と自分を落ち着かせる。
 舞台の袖から覗くと、真っ暗な客席がなにかに似ているなと思ったが、思い出せなかった。
 客席は前夜祭なので生徒しかおらず、その気安さからか、おしゃべりする声も少し聞こえた。
 知っている面々が出るとざわつくのは仕方のないことだろう。
 ロミオとジュリエットは恋愛ものだが、最初は互いの家が憎み合って揉め事があるシーンからはじまる。
 戦闘シーンを派手にさせるように脚本を仕込んだせいか、生徒たちも舞台にのめり込んでくれたらしい。
 最初にあったざわめきが徐々に落ち着いて静かになった。
 最初の見せ場はロミオのいとこのベンヴォーリオである品川とジュリエットのいとこのティボルトである三吉の戦いだ。
 ゲーム仲間だけあって戦闘には思い入れがあるらしい二人はよく練習していただけあって、剣で戦うシーンが様になっている。
 剣がぶつかる効果音のタイミングもばっちりで、本当に戦っているみたいに見える。
 客席が舞台に見入っているのも、暗い中でもよく判った。
 そして劇は続き、幾久の出番が近づいてくる。


 先に出るのはジュリエットの母役の山田と乳母役の瀧川だ。
 二人が先に出て、その後にジュリエットである幾久を呼ぶことになっている。
 舞台に出る前、幾久は高杉に言われた事を思い出していた。
『幾久、エエか。絶対に最初は笑いが起きるのは覚悟せえ』
 女装はしていなくても、どうしても女性役を囃し立てるバカはいる、と高杉は言った。
『じゃが、バカはバカでエエところがる。すぐに物語に入り込む、ちゅう事じゃ』
 例え笑われても舞台が真剣に進めば、絶対に笑いは静まると高杉は言った。
『アイツの言う事を言うのは癪じゃけどの、よしひろがよく言うちょった。真面目も一生懸命も笑われることはない。けど、真剣なことは絶対に笑われる、とな』
 幾久からしてみたら、真面目も一生懸命も真剣も同じように思えるのだが、と思ったが一応頷いておいた。
『じゃけ、くさるなと。真剣は笑われる。じゃからこそ、くさらずにやり続ければ、一番結果が現れると』
 幾久にはいまだに、真剣が何なのか、一生懸命とどう違うのか、真面目とは何かが判らない。

『お前が真剣にやれば笑いなどそう続かん』

 高杉の言う事に頷いた。
 真剣にやればいい。
 それだけ決心していれば十分だ。


「乳母や、ジュリエットを呼んでくれ」
 舞台の上で、山田がジュリエットの母であるキャピュレット夫人のセリフを言った。
「さっき確かにお呼びしたのですが―――――ジュリエットさま、ジュリエットさま!」
 乳母の役である瀧川がそう叫ぶ。

 幾久は息を飲み込み、舞台へ出た。

「なにかご用です?誰かお呼びになったのでしょうか」

 幾久は背筋を伸ばし、まっすぐ舞台へ歩いて行った。


 舞台は思ったような笑いは起きなかった。
 あれ?と思いつつもそのほうが良い。
 覚えていたセリフを言えば、体に叩き込まれたセリフも動きも、勝手に動いでやってくれた。
 なんとなく、客席から感じる圧迫感はあったが一人で立っているわけでもなく、皆が居れば安心できた。

 御堀が登場するシーンになると、ほっとしてリラックスすらした。
 御堀とのシーンはそれこそ、回数を数えきれないくらいにやりきったのでセリフを間違えることも無い。
(なんか楽しい)
 誰かに笑われているのかも、とか、ヤジを飛ばされるのかも、といった不安は舞台に立てば消えていた。
 幾久の立っている場所は舞台でも高いバルコニーの場所。
 高い場所から見下ろすのは、どこまでも本当の世界で、観客は見えない海のようで。
(―――――そっか!)
 幾久は真っ暗な観客席が、なにに似ているのかを思い出した。
 ばっと目の前の御堀を見るも、当然今は舞台の最中で、セリフ以外の何かを言えるはずもない。
(なんか、めちゃくちゃ誉に言いたい!)
 判るかな、判るはずだ、誉なら。
 本当に似ている、あの時そのものだ。
 バルコニーを見上げる御堀が言った。
「そう、僕の名前をもう一度呼んで。君の美しさに皆、目を丸くするだろう、僕の天使」
 御堀のセリフに幾久が応じた。
「ロミオ、どうして君はロミオなんだ、家との縁を切ってその名前をどうか棄てて。それがもし無理なら、オレを愛するとだけ、誓って。君が誓えば、もうオレはキャピュレットではない」
 御堀が一歩、バルコニーに近づく。
「もっと君の声を聞きたい。話かけていいかい」
「オレの敵はモンタギューだけ、しかしそんな名前に何の意味がある?薔薇という名前の花の名前が別のものになったとしても、甘い香りに違いなどない。ロミオ、お前も同じだ、名前なんか棄ててくれ。その意味もない名前を捨てて、代わりにオレを奪ってくれ」
 御堀が練習の通り、堂々と声を張り上げた。
「奪うとも、仰るとおりに。僕を恋人と呼んで。それが僕の新しい名前だよ」
 あの時、ウィステリアのバルコニーで見たときのように、それよりも一層御堀はキラキラしていた。
(本当に王子様みたいだ)
 そりゃ、みんな夢中になるよな、そう思いながら幾久はセリフを続けた。
 一生懸命やっているうちにのめり込んで、舞台はあっという間で、気が付けば二時間が過ぎていた。

 舞台のラストシーンは、ヴェローナの領主であるエスカラスのセリフで締められる。
 キャピュレットとモンタギューの争いで両家の跡取りであったロミオ、ジュリエットを失い、また他の若者たちも失った。

 セリフを言うシーンの間、エンディングの曲が流れ、ピアノの旋律にしんみりとした雰囲気の中、洗い流されるように後悔に包まれた登場人物が苦しみを吐き出す。
 憎しみに意味はないとエスカラスは両家の父親を説得し、父親同士もそれを受け入れる。

「この悲しみを皆でわかちあおう、許されるものもあれば罰せられるものもあるだろう。この世にまたとない悲話、ロミオとジュリエットの恋の物語」

 エスカラスである高杉のセリフがラストのセリフだ。
 高杉がセリフを言い終るとエンディングの曲が一層大きくなり、終演の知らせとなる。
 エンディングに使われているのは玉木の選んだ美しいピアノの洋楽で、静かに音が消えていき、フェードアウトすると同時に幕が引かれる。
 客席からわーっという声と、まるで雨音のように聞こえる大きな拍手に、全員が満面の笑みだ。
 だけどこれで終わりではない。
 一瞬、悲しそうな旋律が流れる、その後に流れるのは激しいポップ・ミュージックだ。
 明らかに雰囲気の明るい曲が流れ始めると同時に、舞台に出てくるのは登場人物達で、ダンスを踊りながら自己紹介する。
 音楽に合わせて客席の拍手がリズムを取り始めた。
 誰も居なかった練習の時とは違い、アンコールは客席の明かりもついて、全体が見渡せる。
 周布が役者を紹介するたびに、拍手が上がり口笛が吹かれる。
 クラスメイトが出ているのか、掛け声が上がる人も居た。
 そして次々に役者が舞台に出て行き、ラストは主人公二人。
 幾久は向かいの裾に居る御堀と顔を見合わせて、うんと頷いた。
 舞台に二人が飛び立したその瞬間、その日一番の拍手が講堂に轟いた。

 全員で手を繋ぎ、頭を下げてやっと幕が降りると、全員がその瞬間、舞台の上に座り込んだ。
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