城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【13】随処為主~王子様の作り方

前夜祭、開催します!

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 報国院で最もにぎやかで、最も盛り上がる行事である桜柳祭。
 文化の日を含む二日間は外部も入れる文化祭であるが、その前日は生徒の為の祭りである。
 外部へ向けたリハーサルも兼ねており、調理をする企画も多いので、そこで最終チェックを行う事になっている。
 準備を行い、出来たところから開始して良いことになっていて、早いところではもう調理が始まっている。
 幾久達地球部の面々は、舞台まですることがない。
 正直言えば、暇なのだ。
 ただ、それは幾久達がそうなだけであって、桜柳会に所属する高杉、御堀、そして当然雪充らは朝から忙しく走り回っていた。
「みんな楽しそうだなあ」
 幾久があたりを見渡すと、山田が言った。
「そりゃ祭りだもんな。楽しいに決まってる」
「めんどくさそうだけどうらやましいね」
 そう言うのは三吉だ。
「それよりリンゴ飴まだかなリンゴ飴。おれ食いたい」
 品川はリンゴ飴を楽しみにしているらしく、そわそわしている。
「晶摩、飴好きだよねえ」
「好き。だから早く食いたい」
 三吉がスマホをチェックして「まだみたい」と言うと品川ががっかりする。
 楽しみにしているリンゴ飴屋はまだ支度が済んでいないらしい。
 校内専用のSNSをこの度技術開発部が作り上げ、ためしに運用しているそのことだ。
 服部は地球部と技術開発部をかけもちしているので、今日は舞台までそっちにかかりきりになっている。
「いっくんは他の友達は?ヤッタとかどうしたん?」
 三吉の問いに幾久は答えた。
「ヤッタは園芸部で植木とか売るんでそっちにかかりきり。トシは雪ちゃんが作ったSP部隊の一年生の責任者だって。あとなんか、ボンベの確認の手伝いだって」
「ボンベ?」
 首を傾げる三吉に幾久が説明した。
「トシ、ハル先輩の命令で消防関係の勉強させられてんの。んで、ボンベ使う場合はいろいろ注意事項があるみたいで、トシがその確認を手伝ってるんだって」
「あ、そっか。火災だからボンベは消防署か」
 ちょっとした店なら報国院はガスではなく電気コンロを使うように指示しているのだが、外部の客の為に作る本格的な屋台の場合、電気ではとてもまかなえないし、火の扱いを学ぶいい機会だとして、ガスボンベを使った屋台をいくつもやらせていた。
「屋台使うとこは、生徒全員に消火器訓練とかやらせてたじゃん。この前火がめっちゃ上がってたヤツ」
「あー!あれね」
 地球部で舞台の練習をしている時、休憩の時に面白いものが見れるからと高杉に言われ、校庭と呼ばれる神社の敷地内を見に行くと、トシや千鳥の生徒が消火器を使わせられている最中だった。
 一瞬で火柱が異様に高く上がって、そんなものを見たことがなかった幾久はびっくりした。
「あんなん見たら、火の扱いなんかしたくないって思う」
「ハハ、そうだよね」
 怖がらせる為じゃないぞーと消防署の人は笑っていたけれど、そうじゃなくても十分怖かった。
「火がつくから燃えるんじゃなくて、発火温度に達したら火がつくって知ってたけど、いざ見たらあれは動揺するわ」
 昔の特撮ってガチの炎使ってたんだぜ、スゲーよ、と山田がやはり特撮に関した感想を言った。
 しかし千鳥の実習にはとても効果を発揮したらしく、うるさいほど火のチェックを行っているらしい。
「消防署のOBも来てんだろ?」
「そうそう。医療室には明日大村先生も待機するって」
「あー、あのおじいちゃん」
 幾久は苦笑する。
「いっくん知ってんの?」
 三吉が尋ねるので幾久は頷いた。
「オレもお世話になったことあるよ。面白い先生だよね」
「険しそうな顔してんのに、割とチャラいんだよな。新しいもの好きだし」
「OBでそういうの出来るのっていいな」
 祭りになると、楽しめばいいだけじゃなく、その為にはいろんな責任と準備が居るのだと幾久は桜柳祭で学んでいる最中だ。
 地球部だから役だけやっていればいいという事もなく、舞台ともなれば大道具を作って貰う必要もあるし、衣装だって本当は自分たちで全部しなければならなかった。
(ほんっと、運が良かっただけなんだよなあ)
 ウィステリアで松浦と会って、松浦が盛り上がってくれたからあんなにかっこいい衣装が出来上がった
 舞台で使う大道具も、監督の周布が伝統建築科に所属しているお陰でスムーズに製作に入って貰えていた。
 小道具なんかはホームエレクトロニクス部、要するに家庭科部がつくってくれた。
「オレも来年の地球部の事考えておかないとなあ」
 幾久がため息をつくと、三吉が「どうして?」と尋ねてきた。
「だって誉は来年も再来年も桜柳会に忙しいだろ?オレはハル先輩みたいに地元出身じゃないから、千鳥とか伝統技術科に友達もいないし。でも地球部だったら助けて貰う必要があるし」
 幸い、音響は担当が軽音部なので児玉に助けてもらうつもりだが、それ以外となると急に厳しい。
「友達ったって、地球部の人しかいないし、どうしたら」
「おいおい幾、まだ今年の舞台も終わってないっていうのに何心配してんだよ」
 気が早すぎんだろ、と山田が笑う。
「まあいいじゃん、俺、来年地球部続けるの全然そのつもりだし」
 三吉も頷く。
「ボクもタッキーも、地球部は続けるよ?そのつもりだし。みほりんもそうでしょ?」
「そうだけど」
 ただ、御堀の告白を聞いているから、御堀が三年間所属するのを知っていても、そこまでがっつり関わるのは難しいだろうというのも理解している。
「晶摩は?続けるんだろ?」
「さー、ワカンネ。けど別にやめる理由もないし」
「まんじゅうは判んないねえ。お兄さん連中が居るから無理矢理っぽかったし」
 ただ、辞めるとは聞いてないから、大丈夫じゃない?と三吉は言う。
「昴は?技術開発部、忙しそうじゃん」
「あー、少なくとも来年は居るよ」
 三吉が断言した。
「決まってんの?」
 幾久が尋ねると、三吉が言った。
「そうじゃなくて、わかりにくいけど昴、来島先輩に懐いてんの。だから来島先輩が居る限り、続けるんじゃない?」
 来島は高杉と同じ二年生で、地球部が楽しくてやってると言っていた。
 ということは卒業まで居てくれるだろうし、となると服部は二年までは所属してくれるだろう。
「そっかあ、よかった」
 胸をなでおろす幾久に、山田が笑った。
「幾、あんなに辞める辞めるって言ってたのに」
「そう思ってたけどね。でも頑張ってる先輩とか、雪ちゃん先輩見たら、手伝いたいって思うようになったんだ」
 最初から自分がやりたかった事じゃないのは確かだ。
 でも、やりはじめて、巻き込まれて、やると決めたのも自分だ。
「この二か月ちょい、めちゃくちゃだったけど、面白かったし別にいいかなって」
 報国院はなにかの部活に所属することが決まっていて、名目上、帰宅部は存在しない事にはなっている。
 もし幾久が地球部を辞めたとしても、他の部に所属する必要があるので、辞めるなら別に部活を探す必要があった。
(サッカー部があれば考えないでもなかったけど)
 残念ながら、報国院にはサッカー部がない。
 もし入りたいならレベルを上げてケートスのユースに入るしかない。
(今更ユースもたりいし、そもそも受かんねーだろーし)
 サッカーは面白いけど、本気で試合をしたいと思うかといえばそうでもない。
 いまの所、御堀と遊ぶくらいで充分楽しい。
「それよりいっくん、ホームエコ部が食べ物の販売開始したってよ、行ってみない?」
「マジで?行くよ」
 ホームエコノミクス部は食べ物やバザーなどの出し物が多く、評判も良い部だ。
「今日のうちに食べとかないと、明日と明後日は外部の人多いだろうからねえ」
「マスターも明日は屋台手伝うって言ってたなあ」
 いっくん、舞台見に行くからな!とか言ってたので明日か明後日のどれかの舞台を見にくるのだろう。
(六花さんも見に来るって言ってたし)
 驚いたことに、ロミオとジュリエットの脚本を書いてくれたのは六花だった。
 文章の仕事だからプロがやってくれたことになる。
 考えれば、この舞台はいろんな人のおかげで出来上がっているのだ。
「あー、何食べよう。チャーハンうまそうだし、でも焼きそばもうまそう。たこ焼き食べたいし」
「瓦焼きそばってのうまいってよ」
「なにそれ!うまそう!」
 幾久が食いつき、じゃあそれ食べに行くか、と全員は移動を始めた。


 瓦焼きそばを食べ、品川の希望するりんご飴を買いに行き、弥太郎の店にも顔を出した。
 園芸部は本格的な栽培をやっていて、ハウスで作ったジャムをホームエコノミクス部と協力して売ったりしているのだそうだ。
 麗子と六花のお土産になるかなあ、と幾久はちょっと変わったジャムを買った。
 校内を歩いていると、ちょうど向かいから伊藤と毛利が歩いてきた。
「よー幾久!今日頑張れよ!」
「トシ、かっこいいじゃん」
 制服にネクタイは黒、サングラスにインカムといったSPスタイルは体格のいい伊藤に良く似合っている。
 しかも髪型はオールバックだ。
「だろ?だろ?我ながらいけてんなーって思ってさ」
「小僧ども、楽しんでるか?」
 そういってぬっと出てきたのは毛利だ。
「先生、お疲れ様っす」
「はいお疲れですよ」
 毛利はいつものスーツ姿で、インカムをつけているのだが、やはりこちらもサングラスだった。
「なんでサングラスなんすか?」
 警備だったら見えにくいのって駄目なんじゃ。
 幾久はそう思ったのだが、毛利は答えた。
「SPつったらグラサンだろ」
「あ、そうっすか」
 ただのイメージの為だったらしい。
 腕に「SP」という赤い腕章もつけていて、けっこうな迫力がある。
「三年桂のおかげでこっちは余計な仕事が増えて忙しいったらありゃしねーよ」
 毛利はそう言って懐からタバコを出してくわえた。
 あれ?校内禁煙じゃなかったっけ?桜柳祭だからいいのかな?
 幾久は思ったが尋ねるのも面倒で黙っておく。
「確かに警備費はおかげで大幅削減できたけどよー、アイツまじ人使いあれーわ」
「雪ちゃん先輩も忙しいんスよ」
「おれだって忙しいんだもーん」
 なにが『もーん』なのだろうか。
 毛利はジャケットの内側から拳銃を取り出した。
「センセ、それ銃?」
「ライターだ」
 言うとタバコに火をつけた。
「やっぱ雰囲気は大事にしねーとな」
 ふーっと煙を吐く毛利を置いて、幾久は伊藤に尋ねた。
「トシもこれ持ってるの?」
「持ってねーけど、俺らのはコレ」
 そういって懐から取り出したのは黒い拳銃だ。
「それ、モデルガン?」
「いや、水鉄砲」
「えー、そっくりじゃん!」
 黒いのでモデルガンにも見えるが、水鉄砲なのだそうだ。
「見ろよ」
 伊藤が窓に向けて銃を撃つが、確かに水が出ただけだった。
「面白―い!」
「おう。これなら本物っぽいし、やる気にもなるよな」
 そう言って笑っていると、毛利のタバコめがけてなにか飛んできた。
 思わずタバコを落としてしまった毛利は、なにかが飛んできた方向を確認すると無言でいきなり走り出した。
「なんだ?」
 幾久がびっくりしていると、逃げ出した毛利の背後を狙い、誰かが追いかけ銃で撃った。
「ぎゃーっ!」
 見事尻に命中し、毛利のズボンの尻の部分がずぶぬれだ。
 毛利を狙撃したのは、やはりサングラスをしてベストにショルダーホルスターをかけ、両手で抱えるくらいに大きな機関銃っぽい水鉄砲を抱えた先生の方の三吉だった。
「校内禁煙つってんだろーが!」
「いやあああああ」
 そういって三吉は毛利を走りながら追いかけ、水鉄砲で狙撃していた。
「……楽しそうだね、三吉先生」
「廊下走っちゃダメだろ」
「やっぱり禁煙だったんだ」
 伊藤は足元に落ちた毛利の吸い殻を拾うと、ポケットから携帯灰皿を取り出してそれに入れた。
「トシ、お前タバコ吸ってんの?」
「いや?」
「でもそれ、携帯灰皿だろ?」
 幾久の問いに伊藤が笑った。
「消防署で貰ったんだよ。吸い殻って長く熱持ってること多いから、拾っとかないと火事になるかもだし。でもゴミ箱に入れたらゴミ燃えることもあるしってんで、これに入れろって」
「見つかったらトシがタバコ吸ってるって思われそう」
 なんだか濡れ衣きせられそう、と思ったが伊藤が笑った。
「俺もそう言ったらさ、だったら責任は消防署のおっちゃんがとるから、ここに連絡しろって言えってさ」
 伊藤の持っている携帯灰皿の後ろに電話番号が書いてあった。
「こんなんされたら吸えねーよ。もうやめてるけどな」
 吸っちゃいけない年齢で辞めたというのもおかしな話だが、幾久はそっか、と頷いた。
「モウリーニョもいいかげん懲りたらいいのに」
「あれはもー駄目じゃね?」
「三吉先生絶対楽しんでるよなアレ」
 大人げない先生に、生徒たちは呆れたのだった。
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