城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【12】四海兄弟~愛しているから間違えるんだ

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 山縣にとって特別である高杉を傷つけて、幾久になにも思わないことはないだろう。
 それなのにさらっと命令し、呼び出し、説明するなんて、幾久ならきっとやらない。
「いや、んなの要らね。キモ。お前そういうとこ、やっぱ体育会系な」
 んなのどーでもいいんだよ、と山縣は言う。
「推しが出てくるまで課金しまくってもし出なかったら課金は無駄か?いや、そうじゃねえ。課金することに躊躇したなら、そりゃそこまでの推しじゃねえってこった」
「なんかそれ危険っすね」
「つまり、高杉に関して俺は課金厨ってことなんだよ。有り金全部ぶっこむし、後悔もねーし、むしろ喜びだ。高杉の為になるならな」
 だから、と山縣は足を止めて言った。
「むしろこれは俺の喜びよ。あいつら優秀すぎて、俺やることねーもん。なにもしないことくらいしかな」
 山縣の言葉に幾久は驚いた。
「サボってたわけじゃないんすか」
「まーサボってもいる。けど、船頭は一人のほうがいいし、桂との連携は高杉のほうがうまくいく。高杉が動くってことは、久坂も一緒だしな。吉田もだろ?」
「確かに」
 二年生の三人は幼馴染なので、全員がわざわざ確認なんかしなくても上手にやっている。
「俺様が三年生でござーいなんて動いても、アイツらのストレスが増えるだけだ。そして俺も動きたくない」
「正直っスね」
 山縣の事をずっと変な先輩だと思っていたが、確かに変だがそれはあまりに正直だからだ。
(お金先輩みたいだなあ)
 お金に関してはなにもかも正直で現金で嘘がない。
 嘘なんか時間の無駄だろ、とにっこり笑ってなんでも金勘定で考えるあの先輩も確かに無駄がない。
 これまでの幾久の考えていることなんか、ちっとも考えてなんかいなかった。

 あれは悩みでしかなかった。
 他人と自分がなぜずれるのか。
 当たり前だ。価値観が違うから。
 ずれて当たり前のことを、どうにかして合わせようとしていた。
 だからおかしくなっていくし、うまくいっていた事もだんだんずれてしまう。
(サッカーでも、似たようなのあったなあ)
 幾久はチームの事を思い出していた。
 戦術を理解しないとなにをするべきか判らない。
 まずは監督がなにをしたいのかを理解する頭が必要で、その訓練をしておかないとトップクラスには上ることが出来ないし、もしできたとしても、すぐ外される。
 サッカーはクリエイティブなスポーツなんだ。
 試合を作る必要がある。
 聞きなれたよく聞く内容を、幾久はあの頃理解していなかった。
 ただ多留人に合わせて点を取れたなら良かった。
 試合運びとか、戦略とか戦術とか。
 本当の意味で自分はその言葉の意味を理解していなかったと、今は判る。
 山縣と二人、甘いコーヒーをすすりながら駅へ向かう。
 歩きながら山縣を見て幾久は思った。
(雪ちゃん先輩、きっとガタ先輩の事を信頼してたんだろうな)
 仲が良いか悪いかはともかく、信頼しているのは違いない。
 でなければきっと、御門を出て行きはしなかったのだろう。
「なんか寮って、チームっすね」
「はあ?」
「サッカーのチームみたいっす。いろんな選手が居て、主力選手が居て。チームのカラーがあって、でも監督が代わると変わったりもするし」
 例えて言うなら、恭王寮なんかは低迷するそこそこ上位のチーム。
 落ちはしないけど、いつもトップには行けないような。
 選手は悪くない、チーム運営は悪くない。
 それなのに選手に上昇志向が少なく上に行けない。
「だから、恭王寮に雪ちゃん先輩が呼ばれるのって、監督として呼ばれたんだなーって思うんス」
 児玉や弥太郎が居たことを考えると、恭王寮のポテンシャルはそこそこ高かったということか。
(それで雪ちゃん先輩は、タマいなくなったから、選手を他のチームから持ってきて補強したってことかあ)
 なるほどなあ、これが自分なりの考え方というやつか、と幾久は納得する。
「なんか御門は監督不在って感じッスね」
「かっけーじゃねえか。翔陽高校かよ。さしずめ俺は藤真ってとこか」
「や、違うと思うッス」
 幾久のツッコミに山縣が言った。
「いい度胸だ」
「ガタ先輩の後輩なんで」
 駅に到着し、時間を確かめホームに入り、赤間ヶ関行きの電車を待った。
「思うけど、チームプレイって大変なんすね」
 幾久が言うと、山縣がコーヒーを飲み、言った。
「ばっかやろ。我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。あるとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ」
「サッカーの名言っぽい」
「攻殻機動隊だ。名作だぞ」
「あ、そうっすか」
「見るか?」
「いっす」
「見ろよ」
「そのうち」
 御門がもしサッカーのチームなら、みなどこのポジションになるだろう。

 ふと昔の事を幾久は思い出す。
 多留人と同じように、才能があったキーパーの友人が居た。
 彼は自分の才能の為に、毎日勉強して、必ず海外へ出ると言って実際いまは海外で修行の身だ。
(元気にやってるかなあ)
 その頃の知り合いとは連絡を取っていない。
 多留人だけが例外だ。
(多留人だったら、知ってるだろうな)
 彼が今、なにをやってどこにいるのか。
 俺、海外に行くから今から語学やるの!といくつもの外国語の塾に通っていた。
 どうして決まってもいないのに習いに行くのだろうと幾久は思っていた。
 でも今は判る。
 こうなる未来を彼は目指していたから、その準備をしていたのだと。

 幾久は山縣に言った。
「サッカーで、キーパーの仕事って、ゴール前でボールはじくことじゃないんすよ」
 山縣は興味深そうな表情で幾久を見た。幾久は続けた。
「ディフェンス、いるじゃないっすか」
「おう」
 山縣もサッカーのゲームはしているので、こう見えてそこそこの知識はある。
 ディフェンスは、ゴールのある自陣を守る守備の事で、キーパーに近い場所に配置される。
「そのディフェンスに、後ろから指示してゴールに近づけさせないのが、キーパーの仕事のほとんどなんす。ゴールを直接守るのは最終手段で、そこまで持ってこさせないのがキーパーの仕事なんす」
 サッカーを知らない人は、ボールが来たら、ゴール前でボールをふさぐのがキーパーの仕事だと思っている事だろう。
 全体の流れを見て、どんなシステムを相手が組んできて、どういったボール運びをしようとしているのか。
 敵が持ってくるボールを、自陣に近づけさせず、攻撃陣に奪ったボールを渡す役目のポジションだ。
「ゴールまで近づけさせないのって、本当はすごく大変なんですよ」
 友人だった人を思い出す。
 彼は自分のポジションにとても誇りを持っていて、世界一のキーパーになると意気込んでいた。
「日本人が海外とかキーパーで行くのってすごい大変なんす。キーパーは指示出さないといけないから、言葉が通じないと役に立たないし、なんとなくじゃチームは動いてくれない。その上、最後に責任取るのは、キーパーみたいに思われる。本当はキーパーの指示ちゃんと聞いて試合運び見て、ディフェンスに仕事させて」
 山縣は幾久の言葉を黙って聞いていた。
「そうやって仕事してるのに、でもわかんない連中からはお前の腕が悪いせいだって言われる。サッカーはチームでやるものなのに、一人のミスに見えてもそれって全体にミスの流れが出来ているからそうなっただけで、キーパーのせいじゃないんす。ほかのポジションでもそうだけど」
 試合の中で点を奪われることが当然ある。
 ああ、しまったな、今のミスは自分から出たやつだ、そう幾久が思って反省して、多留人なんかはドンマイ、と笑ってくれて、判っている人は気をつけろ、と指示を飛ばすのに、キーパーちゃんとしろよ、と知らない人には嘲られていた。
 いまのは違うじゃん、オレからのミスじゃん。
 そう思っても、知らない人にはそうとしか見えない。
 お前ばっか損なポジションだよな、と幾久が文句を言うと、彼は笑って、最終責任重大だけど、試合は俺の手の中にあるって気がする、と笑っていた。
 強いな、とその時は思った。
 キーパーなんて味方がゴールを決めた時は一番遠い場所にいて、危険な時には一番近い場所にいなくちゃならない。
 皆が喜んでいる時間も一瞬の隙もなく自陣を守るのが仕事で。
 電車が到着し、皆乗り込んでいく。
 山縣と幾久は席に座る。

「ガタ先輩って、キーパーみたいっす」

 幾久はぽつり呟いて、暗い窓の外を見た。
 山縣はキーパーみたいだ。
 御門寮に居るのに遠くから全体を見て、時折ヤジのような指示を飛ばす。
 試合の全体を見ない存在からしてみたら、山縣のせいでトラブルが起こってしまったと思うのだろう。
 山縣は誰にも評価されないのに、ずっと御門を守っている。
 高杉の為に、自分がそうしたいから、それだけで。
 遠くからいつも御門のメンバーを、ふんといいながら見守っている。
 雪充の代わりとか、時山の為にとか、そんなことではなく、ただ自分が敬愛する高杉の為に、ただひたすら。
 幾久は急に泣きたくなった。

 仕事帰りの人たちがぽつぽつと居るけれど、この時間はさすがに少ない。
 山縣の肩に頭を置いた。
「後輩、おめーぞ」
「我慢してください。先輩っしょ」

 もうすぐ電車の中が暗くなる。
 電車の中で山縣にからかわれたのが、とても遠い昔のことのようだ。

 今日に限ってどうしてフードのついたパーカーを着てこなかったんだろう。
 格好つけてお気に入りのジャージを来た、気取った自分の自業自得の後悔に押しつぶされそうだ。
 出かけるときに山縣に対して抱いていた感情は全部自分への未熟さの後悔で押し寄せてくる。
 思わず鼻をすすった。
 泣いてしまいそうになるのを必死にこらえる。
 早く暗くなってしまえば、きっと隠すことができるのに。
「……なに泣いてんだよ」
 決まり悪そうに山縣が言う。
「ガタ先輩、すげえっすね」
「俺様はすげえよ?なんたって東大ストレート予定だしな!」
「はは」
 笑ったけどきっと山縣はそうするだろう。
 鼻を啜り始めた幾久に、山縣がリュックのなかをごそごそと探し、パッケージを開けると幾久の頭からパーカータオルをかぶせ、首の部分でぐるぐる巻きにして顔をかくした。
 絶対にあの萌えアニメのグッズだな、かっこ悪くていやだなあ、と思うと笑えてしまった。
 幾久は言った。
「高校生にもなって、んな恰好で泣くとかヤバいっすよね」
「ほんとやべーわ。マジで青春かんべんしろ。俺そういうの嫌い」
「リア充っぽいっすもんね」
「マジだわ。爆発するわ」
「ガタ先輩の好きなボルケーノちゃんみたいでいいじゃないっすか」
「『爆発しちゃうぞ!』」
 山縣がキャラクターのポーズと声を真似て言うので、幾久は笑った。
 泣きながら、笑った。

 車内から明かりが消えた。
 九州から本州に向かうため、トンネル前で電流が切り替わる。

 明かりが切り替わる電車の中、皆静かに動きを止めたままだった。
 時間が止まっているみたいに。
 手元のスマホがちかちかと光る。

 幾久は目を閉じた。
 電源が入れ替わり、車内が明るくなるその時間まで、もう少し。
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