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【12】四海兄弟~愛しているから間違えるんだ

優しい虐待

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 山縣が続けた。
「うちの寮は、トッキ―の事聞いたから、じゃあコンビニでも外食でもオッケーってことにした。トッキ―だけ学食から飯貰って帰ったり、たまにコンビニだったり、自分で作ったりしてたわけ」
 麗子さんが不在の場合は、寮生で食事を作ることもあるので、自分で作ることは誰も何も言わない。
 時山にとってはいい環境だったというわけだ。
「ところが、赤根は『努力が足りない』と。まあ、そういう事言っちゃうワケ」
「は?」
 山縣は苦笑して続けた。
「寮生は家族なんだから、同じ時間にそろって同じものを食べるべきだと。そういった主張をしてたワケよ。そういうのでも俺とぶつかるよな」
 確かに山縣は、食事の時間がまばらだ。
 だけどそれについて誰も文句は言わない。
 栄人だってバイトの時間によりけりだし、桜柳祭が近くなって、幾久と高杉と久坂の三人も帰りが遅くなることが増えた。
 児玉も帰る時間はまちまちだ。
 山縣だけが、帰りが早いのでたまにコンビニで別のものを食べることもあるし、そういう場合は直接麗子に連絡して、いらないことを伝えたりもしているので、問題はなかった。
「で、トッキ―は赤根とずっと親友だからさ、そういうのも我慢したり、他の寮生とかの間に赤根とトラブルがあってもフォローに入るわけ。で、みんなトッキ―に免じて許してやってたりもしたんだけど、限界はあらあな」
 なんとなくそれは判る。
 いくら友人が頼んでも、我慢しても、日常生活がそんな風にかみ合わなかったらきっといつか爆発するのは目に見えている。
「で、限界に達した俺様が最終形態の三段階前に変化、赤根を粉砕、結果桂が赤根を追い出したんだが、赤根はああ見えてプライドの塊だからな。出て行くべきは俺だとか言いやがった」
 それは確かに言いそうだと幾久も思う。
 山縣はやることなすこと、案外派手で、傍から見たら山縣のせいでトラブルが起こっているように見えるからだ。
「で、トッキ―が、泥かぶったわけだ。『いいから赤根、出て行こうぜ。俺らにここは、無理だ』って。あいつバカだよ、赤根のプライドの為に出て行くこたねーのに」
 いまはもう、山縣の時山に対する『バカ』という言葉が、愛情によって出てきていることが幾久にも判る。
 だから、山縣は時山になにもかも許しているのだろう。
 大切な漫画を読ませるのも、フィギュアに触れられるのも。
 傷ついているのを知っていて、許しているから。
 時山が勝手に泥をかぶったのも、全部知っているから、寮生もみんな時山が来ても気づかないふりをしているのだと。
 幾久はぽつりと言った。
「……トッキ―先輩は、許せなかったんスよ」
「なにが?」
「きっと、ガタ先輩とか、よく知らないけど、雪ちゃん先輩とか、たぶんハル先輩も、瑞祥先輩も、栄人先輩も。傷つけられるのが、我慢できなかったんスよ」
 赤根が何の悪気もなく、皆を傷つける事を言うのは想像がつく。
 きっと普通から見たらあまりにも普通の事で、なにがおかしいのか赤根には理解できないのだろう。
 普通じゃないのは御門の方で、きっと世間から見たら赤根が正しい。
 でも、御門はそうじゃない。
 時山の言葉が幾久の頭の中に響く。
「赤根先輩はそういうのわかんないから、トッキ―先輩は、みんなを侮辱されるくらいなら、自分が出て行こうって、そうしたんだと思う。親友の自分が一緒なら、赤根先輩も立場が守れるから」
 山縣はため息をついた。
「だーかーら、おめーは嫌なんだよ。話せば割と通じるのがなー」
「なんでっすか」
「これで甘ったれて怒って、自分は悪くない!とか言えば遠慮なく御門追い出したのに」
「いやっすよ。オレ、御門好きっすもん。嘘ついても追い出されないようにするっすよ」
「バーカ。高杉に関することで、俺が騙されっかよ」
 得意げに山縣が言う。
 実際にその通りだと思う。
 幾久はふと、ずっと疑問に感じていた事を山縣に尋ねた。
「ついでに、聞きたいんスけど」
「おう」
「なんでガタ先輩は、そんなにハル先輩の事、尊敬してるんスか?」
 山縣の方が学年ではひとつ下になるのに、山縣は高杉を心酔している。
 高杉はうっとおしがっているのに、なぜかずっと疑問だった。
「俺さ、太ってたじゃん」
「はい」
 以前山縣に見せられた画像は、びくりするくらい太っていた。
「なんでかっつーと、親が年いってからできた子なワケ」
「はい」
「んなもんでさ、親が思う存分俺を甘やかしたワケ。好きなものしか食わせねーし、ワガママ贅沢三昧でな。で、できあがったのは嫌われ者のクソデブ野郎だ。ま、いじめのターゲットにはなるわな」
 目立つ者には石を投げるのが学校で、太っている人は大抵、その外見を嘲笑されるものだ。
「そんな頃ネトゲにどハマり、課金しまくり、それでも親はニコニコ、金出しまくり、学校ではいじめなら、そりゃ不登校にもなるよな」
「そうっすね」
 そうなるのは当たり前だと幾久も思う。
「で、不登校すぎて、出席日数足りないと留年になるわけ。でも学校としたら、そういうのやめて欲しいわけ。で、保健室登校?つうの?そういうのさせられたワケ」
「はい」
「ところがだ。俺がいると保健室で女子が安心して休めないっつーんで苦情来て、生徒指導室に入れられたの。そこで高杉に会ったわけ」
「なるほど」
 見事なまでのたらいまわしっぷりに幾久も逆に感心する。
「あの頃の高杉めっちゃ尖ってて、そらもう、今とは比べ物になんねーくらいに眼光鋭くてな。さすがの俺もちょっとビビった。ピアスあけてるし。バンドでもやってんのかと思ったくらい」
「ハル先輩、中学生のころから穴開けてたんだ」
 てっきり高校生になってからだと思い込んでいたので、ずいぶん前から開けているんだなと思った。
「で、なんか俺の事じっと見てるから、なんだよ、って睨んだら、喋れるんだ、豚かと思った、ってよ」
「きっつ」
「で、なんでこんなとこいんだって高杉が言う訳。不登校って言ったら、鼻で笑って、豚じゃ人間の学校は来づれーよなって。無礼千万だわ」
「確かに」
 それは確かに無礼だ。
 いくら高杉でもそこまで言うのか、と思ったが幾久は山縣の話を聞き続けた。
「俺は学校なんか、来ても来なくてもいいんだよ、って文句言ったら、じゃあ来たらいいじゃんって」
「え?」
「来ても来なくても同じなら、来ればいいのに来ないのは、そのほうがいいからだろ?って」
「そういう所はハル先輩っすね」
 考え方は中学生の頃から変わってないし、そういった発想ができること自体、なんか出来が違うよなあ、とは思う。
「で、俺は、確かにそうだなって思って、高杉に興味が湧いたわけ。そんでいろいろ話しかけたんだよ。誰も居なくて暇だしな」
 生徒指導室とは名ばかりの、なにもない教室だったらしい。
 窓は小さく、出入口はひとつだけ。
 外に出るなと言われたら、そこに居るしかなく、なにもない部屋に机と椅子だけが置かれ、二人はそこで暇つぶしに喋っていたという。
「で、家族の話になったとき、俺は好きなものしか食わなくていいし、いくらでもゲームで課金できるんだ、親が俺を愛してるからな、みたいな事言ったわけよ」
「はい」
「そしたら高杉、大爆笑してな」
「え?」
 いまの話のどこに、爆笑する要素があったかな、と幾久は思ったが、山縣は言った。
「お前、それって虐待じゃんって」
「虐待?」
 やり方は間違っているとは思うけれど、親の子供に対するゆがんだ愛情ではないのかなと幾久は思ったのだが、高杉の考えは違ったそうだ。
「高杉がこう言うのな。『そこまで太らせても平気で、学校もやらなくていいって言う割に教育もしてねーんだろ?ペットじゃん。お前、親に虐待されてんじゃん、気づかねーのかよ、マジうける』つって爆笑よ」
「……ハル先輩らしいっちゃ、らしい考え方っすけど」
 幾久が知っている高杉は、そこまで酷い事を平気で笑いながら言う人ではない。
 山縣は言った。
「俺はそこで、開眼したわけよ。そっか!って」
「え?」
 山縣は腕を組み、うなづきながら、さも感心したという雰囲気で幾久に説明した。
「いやー、なんかおかしいなとは思ってたんだよ!親に愛されてるとか思うけど、なんかおかしいなってのはこれか!そっか、俺虐待されてたんだ!だったらデブになんのも頷けるわ!って」
「……そこ、なんかガタ先輩っすね」
 山縣はソファーにどっと背を預けると、しみじみ、同情するように言った。
「今思えば、うちの親はただのバカだし、IQ低いんだろーなと思うわ。あいつら努力するの嫌いだし。で、俺がダイエット始めたら、親は号泣よ」
「喜びのあまり?」
「なんでだよ。かわいそうって泣くんだよ」
「は?」
 山縣はまるで変な舞台の役者のように、体を揺らしながら変な泣き顔になりながら言った。
「『キョウちゃんが無理してかわいそう、ダイエットなんかしなくていいのよ、世の中が間違ってるの、健康に悪いんだから、キョウちゃんはキョウちゃんの好きに生きていいのよ、他の人の事なんかきかなくていいのよ』って。いやいやいや、今のままのほうが健康に悪いじゃんって言っても、ママの育て方が悪いっていうのぉおおお?って号泣よ。これまで良い子だったのにぃいい!って。頭おかしいんかコイツって思ったけど、まあ、ヤバいくらい親も太ってたからな」
 淡々と他人事のように山縣は言うが、幾久はあまりの情報量に頭がパンクしそうになる。
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