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【12】四海兄弟~愛しているから間違えるんだ

ユアマイフレンド、マイファミリー

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 山縣は続けた。
「で、ま、いろいろあって、丁度報国院のトップの耳に入ってな。直接あの二人をスカウトしに来たわけだ」
「スカウト?」
「そう。報国院はけっこうな情報持っててな。このあたりの塾とか、まあ、いろいろ繋がりがあるわけよ」
 ふんふんと幾久は頷く。
(それで鳳の授業って、塾みたいなのかな)
「で、報国院のトップに向かって高杉のヤツ、入試で久坂とワンツートップ決めるって豪語してな」
「うわあ」
 それは言いそうだし実際にやりそうだ。
「で、報国院は成績さえ良けりゃなんでもいいだろ?つまり、高杉の言葉に乗ったわけだ。もし高杉と久坂が受験していなかったら、どんな理由でも、その中学から受けた人間、全部落とすって」
「えぇ……?マジっすか?」
「俺らが行ってた学校は、このあたりじゃそこそこの人数抱えてっからな。報国院希望の生徒も多いし、んなことになったら親から不満大爆発だわ。で、高杉は絶対に自分がトップ、そうじゃなければ久坂がトップしかありえんと宣言して、そうじゃなかったら二人とも落とせときたもんで。そんな事宣言して報国院は大喜びだわ。で、有言実行でやらかしたわけ」
「……すごいっていうか、別世界の話みたいっす」
 報国院のレベルが判るようになった今では、ワンツートップを決めるのがいかに難しいのかが判る。
 山縣は静かに息を吐いた。
「あいつらはまだ戦ってんだよ」
 幾久は、え、と顔を上げた。
「教師に兄貴の事をバカにされたから、教師の事が許せない。それでずーっと、久坂と二人でワンツートップ飾ってるんだよ。自分たちの優秀さを見せつけて、こんな自分らの兄貴はもっとすげえだろって表現してるわけだ。バカにしたそいつが見てるとか聞いてるとか関係なくな」
 幾久はそこまで言われてようやく、山縣の質問の意味が判った。

『なんで高杉と久坂が成績いいのかは知ってるか?』

 出来がいいから自然と成績もいいものだと勘違いしていた。
 頭がいいから成績がいいものだと信じて疑っていなかった。

 あの先輩二人が、どんな思いで、どんな気持ちで、どんなものを抱えてずっとトップとその次を守り通しているのかなんて考えもしなかった。
 山縣は呆れて幾久に言った。
「それを、才能あるから違う方にも気を遣えって、バカだなおめーは」
「……ほんとっす」
 本当に自分はなんて馬鹿なことを言ったのだろう。
 努力してるのを知ってるとか、嘘ばっかりだ。
 それは単純な記号の情報としての意味しかなく、幾久は何も理解していなかった。
「余計に持ってるならよこせって、下品だぞ後輩」
「そうっす。本当に、そうっす」
 山縣の言葉がなにもかも身体に染みる。
 どうしてこんな事が判らなかったのかと情けなくなってきた。
「もし高杉に才能があるとしても、それ、お前が楽したりいい恰好するために使うものじゃねーだろ」
「……あ、」
 それで、と幾久は気づいた。
 久坂が怒った理由。
 それは久坂が夏に振った彼女連中と、幾久がやったことが同じだからだ。
 誰かの能力を、好かれている、好きだ、というだけで、自分のもののように扱ってはいけないのだと、幾久は確かに知っていたはずなのに。
「オレ、なんでこー、バカっすか……」
「そうだなー反省しろ一年」
「ハル先輩に、謝りたい」

 口だけの謝罪だったと今なら判る。
 だから高杉も、わかった、と言うしかなかったのだ。
 幾久が判っていないことを、知ってしまったから、諦めたような表情になってしまったのだ。

 山縣はお茶をすすって幾久に告げた。
「そりゃ人間だから、なにかとこたえるときもあるし、しんどい時もあるだろ。特に今は桜柳祭だ。しかも高杉は桂から引き継ぎしなくちゃなんねーんだ、そりゃプレッシャーも半端ねーわな」
 確かにそうだ、と幾久は思う。
 高杉だって所詮二年生でしかない。
 雪充に言われた言葉を今更思い出す。
 たった一年先輩なだけだから。
 雪充はきっと、幾久がこうなることを見越したうえで、先に注意してくれていたのに。

(オレはバカだ)
 本当にバカだ。

 全部、きちんと教えて貰っているのに、それを全部間違えている。
 教えて貰っても何の意味もなかった。
 幾久にそれを学ぼうという姿勢がなければ、どんな言葉も山縣の言うように、ただのおまじないだ。

「一年に最初から桂が教えときゃ手間が省けるが、一年が逃げ出したから、結局高杉が全部引き受けたんだろ。今からじゃ時間もねーから、誰かに割り振りするよか自分でやったほうが早いしな」
 幾久は自分がやった失敗を思い出す。
 高杉に、御堀に気を使えなんて言って、そんなこととっくに高杉はやっていたというのに。
「しんどいときくらい判ってやれよ。普段ならさらっと流せても、そりゃ疲れてるときはそうはいかねーぞ」
 なにもかも山縣の言うとおりだ。
 追い出されても文句は言えないほどの事をやっている。
 久坂はよく耐えていたと思う。
 これほどの失敗をしてしまったのに。
 目の前でちゃんと教えていたのに。

「ほんとオレって、バカすぎる」
「まーな、未熟にも程があんな」
「ガタ先輩、すみませんでした」
「そーだな。反省しまくれ」
「するっす。しまくるっす。オレマジでバカっす」
「素直に謝るのもキショイ」
「キショくっても仕方ないっす。今すぐ電話してハル先輩に謝りたいくらいっす」
「まー落ち着け後輩。いまのオメーが謝っても、盛り上がって興奮してるだけだと思われるのがオチだ。今日は遅くなるって言ってっから、明日にしろ」
「……はい」
「自分の気持ちばっか優先すんな。向こうだって落ち着く時間は必要だろ」
 山縣の言葉のひとつひとつが、やけに大人のように感じて、自分の未熟さが際立つ気がする。
(ガタ先輩が嫌がられつつも、結局追い出されてないのは、こういう所があるからなのかな)
 ただ、そこで気になるのは赤根の事だった。
 ここまで山縣が説明できるのなら、どうして赤根は御門を追い出されたのだろう。
 幾久と同じような失敗をしたのに、何も説明をしなかったのだろうか。
「あの、ガタ先輩」
「なんだよ」
「だったらなんで赤根先輩は、御門を追い出されたんですか?オレみたいに、誰かを利用したんすか?」
 夏にあった事を考えると、誰かの事を使うのはちっとも悪い事だと赤根は考えていなさそうに見える。
 山縣は言った。
「追い出したっつうより、赤根は自分から出て行ったと思ってる」
「出て行ったんすか?」
「トッキ―と一緒にな」
「え?」
 それも幾久にはあまりにびっくりする内容だった。
 時山の雰囲気を考えると、どう考えても赤根より山縣と一緒に居る方を選びそうなものなのに。
「トッキ―は成績はいまいちだが、俺とダンスやってるだろ?で、経済活動もやってるもんだから、夜遅くまで使える御門を希望して、学校側も儲かるもんだからオッケーしたワケ。赤根は勿論、この事は知らん。で、まあたまたまっていうのもあるし、赤根と時山は仲いいから、一緒にしてもいいだろ、という学校の思惑があったんだな」
「はい」
「つまり、赤根が御門にしばらく居れたのは、トッキ―のおかげなんだな。それなのにあいつは、自分が鳳に入れるんだ、あげく、空気ヤバいと察したトッキ―の親切とかフォローっちゅうのを、友人として当たり前のものだと思ってたわけだ。さっきまでのお前と一緒な」
「……はい」
「で、桂の奴が説得するも、全く応じない上に、もっと御門の風通しをよくするべきとか言い出してな。いや、寒い連中ばっかなのに風通しよくしたら全員風邪ひくだろ。実際、どいつもこいつも俺様も、赤根にいろいろやられてんの。しかも全く悪気がない」
「なんかそれは判りそうな気がするっす」
 実際赤根と関わったからか、あの雰囲気で毎日一緒に居られたら、そりゃいつか爆発するだろうなとは理解できる。
「トッキ―はガキの頃から赤根と一緒にサッカーやってて、俗にいう親友だったんだけどさ、赤根と暮らしたのは当たり前だが初めてで、そこでどういう奴かって初めて判ったみてーだな」
 子供の頃から関わってきたとしても、どんなに親しかったとしても、生活するまで判らないことがある。
 幾久は自分と多留人の関係を重ねてどきっとした。
「だったら余計に、赤根先輩だけ出て行けばよかったのに、なんでっすか?」
「きっかけがトッキ―だったからな。まあ原因は俺だが」
「は?」
 余計に意味が判らず、幾久は首を傾げる。
 と、山縣が尋ねた。
「トッキ―、遅刻した事ねえっつってたろ」
「あ、ハイ」
 どんなに遅くに御門寮に遊びに来ても、学校に行く場合とか、寮に帰る時は必ず目を覚まして帰っていた。
 目覚ましも使わないのに凄いな、と幾久は素直に感心していたのだが。
「あれ、トラウマがあるからなんだわ」
「トラウマ?」
「絶対にアイツは寝坊しねえの。それはトラウマその1として、トラウマその2。トッキ―は麗子さんの飯が食えない」
「え?」
「あいつんち、昔バーさんと同居しててな。トッキ―はバーさんに嫌われてたのな。下の子がおっきくなって、カーチャンがダンススタジオ始めたわけ。で、サッカーするトッキ―は先に飯食わせないといけねーんで、ババーが夕食を作り始めたんだが、トッキ―の飯にだけ、変なもの混ぜまくった。さすがに毒物はなかったけどな」
 また信じられない事を聞いて、幾久は青ざめた。
「トッキ―以外はふつうの飯、でもトッキ―だけ先に飯食わせるから、ババーはクソまずい変なもんばっか食わせやがってな。親が気が付いたときにはもう、トッキ―はババーがトラウマで、ババー含め女が作ったものが食えなくなった。カーチャンの飯もダメだ。ぶっちゃけ、女全般、殆ど無理だ。コンビニみてーに全く情報を知らないと食えるみてーだけど」
「そんな……」
 ドラマみたいなことが現実に起こるのかと幾久はびっくりするばかりだ。
「じゃあ、食事ってどうしてるんすか」
「学食はおっさんしかいねえだろ?」
 幾久はそこでやっと、そうだ、と気づく。
 報国院はなにもかもが男性ばかりで、食堂もおじさんしかいない。
「あとな、鯨王寮もおばさんはいない。卒業生ばっかで占めてるからな。それに、鯨王寮なら、選手でねーならコンビニ飯も可能だ」
「それで」
 時山がユースを辞めたのにまだ鯨王寮にいるのはそういう理由なのか、と幾久は納得する。
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