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【12】四海兄弟~愛しているから間違えるんだ
内緒の引継ぎ、場外にて
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「オレ、赤根先輩がどんなんか知りませんもん」
「よく言うわ。ぶっ叩いて潰したんだろ、赤根の事」
「そんな酷いことしてませんよ」
夏の祭りの時、赤根の策略で幾久は祭りの手伝いをさせられたものの、最終的に断った。
だが山縣は言った。
「してるんだよ。桂巻き込んだろ。赤根はものすごーくものすごーく桂が苦手だからな」
「なんでっすか?」
「決まってんだろ。桂には勝てねーからだよ」
「勝てない?」
「赤根は一度も、鳳に上がったことがない」
それが何の意味があるのだろうか。
首を傾げる幾久に山縣は続けて言う。
「ま、鷹から上がれねー奴の典型だわな。自分の頭がない。考えがない。どうあがいても、ラッキーがなければ鳳には上がれない。そしてアイツはそういう意味ではラッキーじゃなかった。いまんとこな」
きついことを言っているな、と思ったが、犬猿の仲と聞いていたからそういうものかもしれない。
「でも、それって赤根先輩ユースだからじゃないすか?」
ユースでいながら鷹クラスにいるのなら、上出来な部類に入るのではないのか、と幾久は思うのだが、山縣はバカにしたように言った。
「ばーか。あいつがんなタマかよ。必死に勉強してんの知ってるわ」
ふんと言いつつ、赤根と違って、嫌いな相手の事もちゃんと見ているし努力も知っているのかと幾久は山縣を見て思った。
赤根は山縣を責めるばかりで、山縣がなにをしているのか、自分の知らない山縣がどんな存在なのか知ろうともしていなかった。
これが、鳳と鷹の違いなのだろうか。
山縣は言う。
「だから、アイツは俺の事も嫌い。鳳と鷹を自由に飛び回るからな」
「ものは言い様ッスね」
「おめー元気あんな」
馬鹿にしたように言いつつも笑っている。
山縣の本音は判りづらいと幾久は思う。
開き直って幾久は山縣に言った。
「ガタ先輩に叱られてるわけじゃないっすし。なんかもー、考えても考えても、ちっとも判んないっすもん」
テーブルに突っ伏すと、幾久は大きくため息をついた。
謝ってもダメなのは判るけれど、どうして駄目なのか理由が判らない。
「そんなんじゃオメー、来期も鷹のままな」
「……そうっすかね」
だんだん、なにもかも自信がなくなってきた。
うまく行っていなかった御堀との関係もぐんと進んで親しくなって、地球部の活動も楽しくて仕方なくて、寮でも児玉と一緒に過ごせて毎日の不満なんかなにもなかったのに、どうしてこんな一言だけで、簡単に壊れてしまうのだろう。
「後輩。鳳ってのは、絶対に自分の頭で考えられねーと、まず無理なんだよ」
「それ、前も言ってましたよね」
「自分の頭で考えるっつーのは、簡単そうで案外難しいんだよ。全部まず基準が自分だ」
そう言った所で、食事が運ばれてきた。
上品なあつらえで、確かにおいしそうだがとても高価そうに見える。
メニューを見たときには値段なんか見ていなかった。
「お、うまそー」
山縣は楽しそうだし、まあいいや、と思って幾久も箸を手に取った。
食事の間、山縣は特に面倒なことは喋らす、これうめえな、とかここのなんとかがうまいのな、というどうでもいい情報だけを喋っていた。
いくらおごりでも、お説教を聞きながら食事をするのはまっぴらだったのでそこはほっとした。
食事を終え、山縣は再びメニューを貰い、甘いものを頼んだ。
幾久も山縣の薦めるものを素直に頼んだ。
「ここってレストランなのに、甘味充実してるッスね」
和菓子に洋菓子がずらっと並んでいて、凄いな、と素直に思ったのだが、山縣が言った。
「当然だろ、ここは和菓子屋だ」
「えっ」
「さっき通路通った時気づかなかったか?一階が和菓子屋で、こっから上がレストランなんだよ」
「……気づかなかった」
山縣についていくのに必死で、そんな周りなんか見ていなかった。
「ここ、学生が一人で来るような店じゃねえからな。うちの学校の生徒もまず来るこたーねー。もし来るとしても、間違いなく家族で一緒とかになるから、話をするにはいいんだよ」
「そうなんすか」
確かに、雰囲気から見ると学生だけでは入りづらいかもしれない。
「ま、使いたけりゃ使えよ」
山縣にそう言われ、幾久はそんな風に使うことなんかあるのかな、と思ったけれど聞かないことにした。
「それより、オレを退寮させるのとか、マジでやめてください」
「そりゃ俺はどうでもいいよ?でもお前が失敗してる意味理解できてなかったら、また問題起こすの目に見えてんじゃん?」
「なんとか頑張ります」
「いや、そうじゃなくて今すぐ気づかねーと無理なんだって。こういうのって引っかかったら抜け出せねーんだよ」
「そんなあ。なんで失敗したかもわからないのに」
「そこよ。お前判ってるはずなのに、なんで失敗したの?」
「意味わかんないす」
判ってるなら失敗なんかするはずがない。
判らないから失敗したのに。
しかも失敗した理由が全く理解できない。
「お前さ、高杉の事、なんでもできる優秀マシーンかなにかと勘違いしてない?」
「勘違い?」
「まーそう思っちゃうよな!高杉完璧すぎるもんなあ」
ほくほくと満足げに山縣が言うも、幾久は意味が判らない。
「や、完璧だと思ってますよ?」
「だろ?それがまあ、お前の失敗案件だわな」
「は?」
「高杉が有能なのは、高杉の賜物だろ?」
「?そうっすね」
「それが判ってるなら、判るはずだぜ後輩」
キメポーズで幾久に言うも、幾久にはさっぱり山縣が何を言いたいのかが見えなかった。
「ま、いいわ。お前に答え教えてもどうせ同じ失敗すんの目にみえてっからさ、嫌だけど赤根の事を説明してやんよ。嫌だけど。嫌だけど」
「……嫌なのはよーく判ったんで、教えてください」
とにかく、今の自分にとって入ってくる情報源は山縣からしかない。
高杉とは口がきかせて貰えない、栄人も関われない、久坂からは拒絶され、児玉も判らないと言っている。
寮を追い出されたくない幾久にとって、今は山縣しか話を聞ける人はいないのだから。
甘味が届いたのでそれを食べながら山縣は言った。
「自分の考えとか常識とかな、そういうものだから、そういうものだ、なんてものに捕らわれていたら、鳳には上がれねーんだよ。こう言っちゃなんだが、鳳のトップクラスってどいつもこいつも変わってやがんだろ。クセがつえーっつうか」
「確かに」
幾久の知っている鳳の一年は、トップ3が御堀、三吉、瀧川の個性的なメンツで、その下になる品川も山田も入江も個性的だ。
服部なんかずっと工具を持ち歩いて、なにかの設計図を眺めていたりと、どうして地球部に入ったのだろうと不思議に思う面々ばかりだ。
山縣は続けた。
「例えば、難しい問題を解くのは鷹にも出来る。けどな、難しい問題の『答え』だけが出て、そうなるべく問題を作れるのは、鳳にしかできねえ」
幾久は頷く。その意味は分かるからだ。
山縣が続けた。
「電卓の優位版みてーな連中は鷹にしかなれねえ。赤根はそういう奴だよ。諦めて電卓やってる奴もいるけどな。入江みてーなの。三年のな」
三年の入江は、祭りの時に紹介された、ほがらかな雰囲気の人だった。
鷹と聞いて、赤根みたいな人かと一瞬身構えたがそんなことはなかった。
「入江は入江で自分のレベルは鷹だって諦めたとこあっから、まあそこまででもないんだが。面倒なのが赤根みてーな奴よ。鳳なんか気にしてないって面しながら、実はものすごく気にしてるからな」
「そんな風に見えなかったっす」
「隠してるからな。俺様にはバレバレだが」
ふんと山縣がふんぞり返る。
「赤根がなんで御門に来たっつうかってのは、移動しやすい場所にぶっこまれただけなんだよ」
たまたまだった、と山縣は言う。
「元から暫定の人数合わせに御門に突っ込まれただけっつうのに、赤根は自分のいいように解釈しやがった。つまり、自分は次は鳳になれると学校が認めてくれたんだと」
「え?鳳に入ったわけじゃないのに?」
山縣は頷く。
「自分は次こそ鳳なんだ!って信じ切っちまってな。はりきって御門の構造改革に着手したってわけだ」
「鳳になってからすりゃいいじゃないですか」
呆れる幾久に山縣は肩をすくめた。
「お前、恐ろしいほど前向きな奴ってのは宗教じみてて他人の話なんか聞かねーぞ。自分が信じたらもう疑わない。そういう奴なんだよ」
普通だ、と山縣は言う。
「普通に前向きで普通に元気で普通に頑張る奴だよ、赤根ってのは。けどな、報国院は百羽の鷹より一羽の鳳。百人の赤根より、一人の桂よ。そういうトコだ」
それは、学校の様子を見れば今の幾久にも理解できる。
「おめーと一緒よ。いまのままじゃ、お前は所詮、鷹でしかねーぞ」
「オレだって、そんなん嫌っすけど、でも考えてもわかんないんす」
自分の発言が、高杉を傷つけたのも生意気なのも判っている。
だから謝った。でも結局許されていない。
謝った時、高杉はどこか物憂げで、諦めたような表情で、幾久にはそれが不思議だった。
「高杉が有能なのは認めるし、そりゃスゲーよあいつは。でも努力してないわけじゃない」
「それは知ってます」
幾久だって高杉が、なにもせずにトップにいるとは思っていない。
だけど、自分たちよりずっと頭がいい人だと思っているし、実際にそうだと思う。
だから、ここまでこじれるのが理解できない。
山縣は静かに幾久に言った。
「なんで高杉と久坂が成績いいのかは知ってるか?」
「え?」
思いがけない言葉に、幾久は驚いた。
「どうしてって……そんなの、出来がいいとか頭がいいとか以外に理由なんかあるんスか?」
出来がいいから勉強ができる。
頭がいいから、出来がいい。
それだけのことではないのだろうか。
山縣は苦笑した。山縣にしてはめずらしい笑顔だった。
「お前ってホント、バカな」
「そりゃね、所詮鷹っすもん」
「まーそういじけんなよ。お前にガタ様の、特別高杉情報を教えてやっからよ!」
そんなのどうでもいいと思いながら、幾久は温かいお茶を啜った。
「あいつら中学の時、めっちゃ教師にいびられてたんだよ」
「え?」
幾久は驚き顔を上げた。あんなに出来がいいのなら、さぞかし教師の信頼も厚かっただろうし、お気に入りの生徒になりそうなものなのに。
「このあたりじゃ私学がねーのな。だから公立に入るしかない。公立ってな、ろくでもねー教師がわんさかいんのよ。お前はずっと私学だろ?」
幾久は頷く。
「公立って面倒でな。ろくでもない教師でも生徒は逆らえねーんだよ。レベルもまちまち、単純に資格持ってるだけのバカなんかざらに居る。マウンティングしたいだけで教師になった連中がごろごろいるわけ。そんで、高杉と久坂は、そのバカに目をつけられたってわけだ」
確かに幾久も、公立のレベルの低いところがあるのは知っているが、そんなことが出来るのかとカルチャーショックを受ける。
「私学なら問題おこせば、まあ大抵クビだわな。だが公立はそうもいかねえ。ってわけで、調子こいた教師が、外見もいいわ、頭もいいわ、って二人にマウンティングはじめた。時期が悪りーことに兄貴の具合が悪かったり、亡くなったりしたろ?それで茶化したりしてな」
「茶化す?何をっすか?」
山縣は意地悪くにやっと笑った。
「兄貴が死んだことを、面白おかしく茶化すんだよ」
「は?教師って、大人っすよね?」
「そうだぜ後輩」
「家族が病気だったり、亡くなってるのを茶化すんすか?中学生に?教師が?」
「やるねえ」
「バカじゃないっすか」
いくらなんでもレベルが低すぎる。
一体なんだと幾久は呆れたが、山縣は笑った。
「そういうもんだぜ、田舎って奴は」
「田舎だからって……」
「いいか後輩。田舎がなんで田舎なのかってな、そういうのを『なあなあ』と『まあまあ』で受け入れるからなんだぜ。んなのわりー連中には居心地いいに決まってんだから、頭がいいどこでも生きていける連中は、ま、逃げるわな」
「それってその人がそうだっただけで」
「受け入れてる環境は悪くない、ってか?」
山縣はにやにやしながら真理を言う。
確かにそうだ。その人が悪いなら、なぜ周りは何も言わなかったのだろう。
「でまあ、久坂も高杉ももとより一筋縄じゃいかねえ奴らなもんだからさ、教師がブチ切れてな。二人とも報国院を目指してると知った途端、何があっても高杉も久坂も、報国院受けさせてやらねえって吠えてな」
「そんなん、できるんすか?」
「できるねえ。やるねえ、田舎教師は」
バカをなめんなよ、と山縣は言う。
だけど幾久にはそれが自分が住んでいる国で行われていることだと思えない。
「信じられないって顔してるな、後輩」
「信じられるわけないっすよ。でも、事実なんすよね?」
高杉に関して山縣が嘘をつくはずがない。
山縣は頷いた。
「お前がこれを事実だって認識するのが難しいのは、お前がいい環境で育った『お坊ちゃん』だからって知っとけよ」
山縣の言葉に反論する気は起きなかった。
ただ、自分が世間知らずだという事実に打ちのめされるしかなかった。
「よく言うわ。ぶっ叩いて潰したんだろ、赤根の事」
「そんな酷いことしてませんよ」
夏の祭りの時、赤根の策略で幾久は祭りの手伝いをさせられたものの、最終的に断った。
だが山縣は言った。
「してるんだよ。桂巻き込んだろ。赤根はものすごーくものすごーく桂が苦手だからな」
「なんでっすか?」
「決まってんだろ。桂には勝てねーからだよ」
「勝てない?」
「赤根は一度も、鳳に上がったことがない」
それが何の意味があるのだろうか。
首を傾げる幾久に山縣は続けて言う。
「ま、鷹から上がれねー奴の典型だわな。自分の頭がない。考えがない。どうあがいても、ラッキーがなければ鳳には上がれない。そしてアイツはそういう意味ではラッキーじゃなかった。いまんとこな」
きついことを言っているな、と思ったが、犬猿の仲と聞いていたからそういうものかもしれない。
「でも、それって赤根先輩ユースだからじゃないすか?」
ユースでいながら鷹クラスにいるのなら、上出来な部類に入るのではないのか、と幾久は思うのだが、山縣はバカにしたように言った。
「ばーか。あいつがんなタマかよ。必死に勉強してんの知ってるわ」
ふんと言いつつ、赤根と違って、嫌いな相手の事もちゃんと見ているし努力も知っているのかと幾久は山縣を見て思った。
赤根は山縣を責めるばかりで、山縣がなにをしているのか、自分の知らない山縣がどんな存在なのか知ろうともしていなかった。
これが、鳳と鷹の違いなのだろうか。
山縣は言う。
「だから、アイツは俺の事も嫌い。鳳と鷹を自由に飛び回るからな」
「ものは言い様ッスね」
「おめー元気あんな」
馬鹿にしたように言いつつも笑っている。
山縣の本音は判りづらいと幾久は思う。
開き直って幾久は山縣に言った。
「ガタ先輩に叱られてるわけじゃないっすし。なんかもー、考えても考えても、ちっとも判んないっすもん」
テーブルに突っ伏すと、幾久は大きくため息をついた。
謝ってもダメなのは判るけれど、どうして駄目なのか理由が判らない。
「そんなんじゃオメー、来期も鷹のままな」
「……そうっすかね」
だんだん、なにもかも自信がなくなってきた。
うまく行っていなかった御堀との関係もぐんと進んで親しくなって、地球部の活動も楽しくて仕方なくて、寮でも児玉と一緒に過ごせて毎日の不満なんかなにもなかったのに、どうしてこんな一言だけで、簡単に壊れてしまうのだろう。
「後輩。鳳ってのは、絶対に自分の頭で考えられねーと、まず無理なんだよ」
「それ、前も言ってましたよね」
「自分の頭で考えるっつーのは、簡単そうで案外難しいんだよ。全部まず基準が自分だ」
そう言った所で、食事が運ばれてきた。
上品なあつらえで、確かにおいしそうだがとても高価そうに見える。
メニューを見たときには値段なんか見ていなかった。
「お、うまそー」
山縣は楽しそうだし、まあいいや、と思って幾久も箸を手に取った。
食事の間、山縣は特に面倒なことは喋らす、これうめえな、とかここのなんとかがうまいのな、というどうでもいい情報だけを喋っていた。
いくらおごりでも、お説教を聞きながら食事をするのはまっぴらだったのでそこはほっとした。
食事を終え、山縣は再びメニューを貰い、甘いものを頼んだ。
幾久も山縣の薦めるものを素直に頼んだ。
「ここってレストランなのに、甘味充実してるッスね」
和菓子に洋菓子がずらっと並んでいて、凄いな、と素直に思ったのだが、山縣が言った。
「当然だろ、ここは和菓子屋だ」
「えっ」
「さっき通路通った時気づかなかったか?一階が和菓子屋で、こっから上がレストランなんだよ」
「……気づかなかった」
山縣についていくのに必死で、そんな周りなんか見ていなかった。
「ここ、学生が一人で来るような店じゃねえからな。うちの学校の生徒もまず来るこたーねー。もし来るとしても、間違いなく家族で一緒とかになるから、話をするにはいいんだよ」
「そうなんすか」
確かに、雰囲気から見ると学生だけでは入りづらいかもしれない。
「ま、使いたけりゃ使えよ」
山縣にそう言われ、幾久はそんな風に使うことなんかあるのかな、と思ったけれど聞かないことにした。
「それより、オレを退寮させるのとか、マジでやめてください」
「そりゃ俺はどうでもいいよ?でもお前が失敗してる意味理解できてなかったら、また問題起こすの目に見えてんじゃん?」
「なんとか頑張ります」
「いや、そうじゃなくて今すぐ気づかねーと無理なんだって。こういうのって引っかかったら抜け出せねーんだよ」
「そんなあ。なんで失敗したかもわからないのに」
「そこよ。お前判ってるはずなのに、なんで失敗したの?」
「意味わかんないす」
判ってるなら失敗なんかするはずがない。
判らないから失敗したのに。
しかも失敗した理由が全く理解できない。
「お前さ、高杉の事、なんでもできる優秀マシーンかなにかと勘違いしてない?」
「勘違い?」
「まーそう思っちゃうよな!高杉完璧すぎるもんなあ」
ほくほくと満足げに山縣が言うも、幾久は意味が判らない。
「や、完璧だと思ってますよ?」
「だろ?それがまあ、お前の失敗案件だわな」
「は?」
「高杉が有能なのは、高杉の賜物だろ?」
「?そうっすね」
「それが判ってるなら、判るはずだぜ後輩」
キメポーズで幾久に言うも、幾久にはさっぱり山縣が何を言いたいのかが見えなかった。
「ま、いいわ。お前に答え教えてもどうせ同じ失敗すんの目にみえてっからさ、嫌だけど赤根の事を説明してやんよ。嫌だけど。嫌だけど」
「……嫌なのはよーく判ったんで、教えてください」
とにかく、今の自分にとって入ってくる情報源は山縣からしかない。
高杉とは口がきかせて貰えない、栄人も関われない、久坂からは拒絶され、児玉も判らないと言っている。
寮を追い出されたくない幾久にとって、今は山縣しか話を聞ける人はいないのだから。
甘味が届いたのでそれを食べながら山縣は言った。
「自分の考えとか常識とかな、そういうものだから、そういうものだ、なんてものに捕らわれていたら、鳳には上がれねーんだよ。こう言っちゃなんだが、鳳のトップクラスってどいつもこいつも変わってやがんだろ。クセがつえーっつうか」
「確かに」
幾久の知っている鳳の一年は、トップ3が御堀、三吉、瀧川の個性的なメンツで、その下になる品川も山田も入江も個性的だ。
服部なんかずっと工具を持ち歩いて、なにかの設計図を眺めていたりと、どうして地球部に入ったのだろうと不思議に思う面々ばかりだ。
山縣は続けた。
「例えば、難しい問題を解くのは鷹にも出来る。けどな、難しい問題の『答え』だけが出て、そうなるべく問題を作れるのは、鳳にしかできねえ」
幾久は頷く。その意味は分かるからだ。
山縣が続けた。
「電卓の優位版みてーな連中は鷹にしかなれねえ。赤根はそういう奴だよ。諦めて電卓やってる奴もいるけどな。入江みてーなの。三年のな」
三年の入江は、祭りの時に紹介された、ほがらかな雰囲気の人だった。
鷹と聞いて、赤根みたいな人かと一瞬身構えたがそんなことはなかった。
「入江は入江で自分のレベルは鷹だって諦めたとこあっから、まあそこまででもないんだが。面倒なのが赤根みてーな奴よ。鳳なんか気にしてないって面しながら、実はものすごく気にしてるからな」
「そんな風に見えなかったっす」
「隠してるからな。俺様にはバレバレだが」
ふんと山縣がふんぞり返る。
「赤根がなんで御門に来たっつうかってのは、移動しやすい場所にぶっこまれただけなんだよ」
たまたまだった、と山縣は言う。
「元から暫定の人数合わせに御門に突っ込まれただけっつうのに、赤根は自分のいいように解釈しやがった。つまり、自分は次は鳳になれると学校が認めてくれたんだと」
「え?鳳に入ったわけじゃないのに?」
山縣は頷く。
「自分は次こそ鳳なんだ!って信じ切っちまってな。はりきって御門の構造改革に着手したってわけだ」
「鳳になってからすりゃいいじゃないですか」
呆れる幾久に山縣は肩をすくめた。
「お前、恐ろしいほど前向きな奴ってのは宗教じみてて他人の話なんか聞かねーぞ。自分が信じたらもう疑わない。そういう奴なんだよ」
普通だ、と山縣は言う。
「普通に前向きで普通に元気で普通に頑張る奴だよ、赤根ってのは。けどな、報国院は百羽の鷹より一羽の鳳。百人の赤根より、一人の桂よ。そういうトコだ」
それは、学校の様子を見れば今の幾久にも理解できる。
「おめーと一緒よ。いまのままじゃ、お前は所詮、鷹でしかねーぞ」
「オレだって、そんなん嫌っすけど、でも考えてもわかんないんす」
自分の発言が、高杉を傷つけたのも生意気なのも判っている。
だから謝った。でも結局許されていない。
謝った時、高杉はどこか物憂げで、諦めたような表情で、幾久にはそれが不思議だった。
「高杉が有能なのは認めるし、そりゃスゲーよあいつは。でも努力してないわけじゃない」
「それは知ってます」
幾久だって高杉が、なにもせずにトップにいるとは思っていない。
だけど、自分たちよりずっと頭がいい人だと思っているし、実際にそうだと思う。
だから、ここまでこじれるのが理解できない。
山縣は静かに幾久に言った。
「なんで高杉と久坂が成績いいのかは知ってるか?」
「え?」
思いがけない言葉に、幾久は驚いた。
「どうしてって……そんなの、出来がいいとか頭がいいとか以外に理由なんかあるんスか?」
出来がいいから勉強ができる。
頭がいいから、出来がいい。
それだけのことではないのだろうか。
山縣は苦笑した。山縣にしてはめずらしい笑顔だった。
「お前ってホント、バカな」
「そりゃね、所詮鷹っすもん」
「まーそういじけんなよ。お前にガタ様の、特別高杉情報を教えてやっからよ!」
そんなのどうでもいいと思いながら、幾久は温かいお茶を啜った。
「あいつら中学の時、めっちゃ教師にいびられてたんだよ」
「え?」
幾久は驚き顔を上げた。あんなに出来がいいのなら、さぞかし教師の信頼も厚かっただろうし、お気に入りの生徒になりそうなものなのに。
「このあたりじゃ私学がねーのな。だから公立に入るしかない。公立ってな、ろくでもねー教師がわんさかいんのよ。お前はずっと私学だろ?」
幾久は頷く。
「公立って面倒でな。ろくでもない教師でも生徒は逆らえねーんだよ。レベルもまちまち、単純に資格持ってるだけのバカなんかざらに居る。マウンティングしたいだけで教師になった連中がごろごろいるわけ。そんで、高杉と久坂は、そのバカに目をつけられたってわけだ」
確かに幾久も、公立のレベルの低いところがあるのは知っているが、そんなことが出来るのかとカルチャーショックを受ける。
「私学なら問題おこせば、まあ大抵クビだわな。だが公立はそうもいかねえ。ってわけで、調子こいた教師が、外見もいいわ、頭もいいわ、って二人にマウンティングはじめた。時期が悪りーことに兄貴の具合が悪かったり、亡くなったりしたろ?それで茶化したりしてな」
「茶化す?何をっすか?」
山縣は意地悪くにやっと笑った。
「兄貴が死んだことを、面白おかしく茶化すんだよ」
「は?教師って、大人っすよね?」
「そうだぜ後輩」
「家族が病気だったり、亡くなってるのを茶化すんすか?中学生に?教師が?」
「やるねえ」
「バカじゃないっすか」
いくらなんでもレベルが低すぎる。
一体なんだと幾久は呆れたが、山縣は笑った。
「そういうもんだぜ、田舎って奴は」
「田舎だからって……」
「いいか後輩。田舎がなんで田舎なのかってな、そういうのを『なあなあ』と『まあまあ』で受け入れるからなんだぜ。んなのわりー連中には居心地いいに決まってんだから、頭がいいどこでも生きていける連中は、ま、逃げるわな」
「それってその人がそうだっただけで」
「受け入れてる環境は悪くない、ってか?」
山縣はにやにやしながら真理を言う。
確かにそうだ。その人が悪いなら、なぜ周りは何も言わなかったのだろう。
「でまあ、久坂も高杉ももとより一筋縄じゃいかねえ奴らなもんだからさ、教師がブチ切れてな。二人とも報国院を目指してると知った途端、何があっても高杉も久坂も、報国院受けさせてやらねえって吠えてな」
「そんなん、できるんすか?」
「できるねえ。やるねえ、田舎教師は」
バカをなめんなよ、と山縣は言う。
だけど幾久にはそれが自分が住んでいる国で行われていることだと思えない。
「信じられないって顔してるな、後輩」
「信じられるわけないっすよ。でも、事実なんすよね?」
高杉に関して山縣が嘘をつくはずがない。
山縣は頷いた。
「お前がこれを事実だって認識するのが難しいのは、お前がいい環境で育った『お坊ちゃん』だからって知っとけよ」
山縣の言葉に反論する気は起きなかった。
ただ、自分が世間知らずだという事実に打ちのめされるしかなかった。
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