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【12】四海兄弟~愛しているから間違えるんだ

悩みは先輩にそうだ…ん?

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 いろんな場所で音楽をやってはしゃぐ兄貴分たちのあとをついていって、ずっと聞いていた。
 トラブルもあったし、楽しい事もあった。
 杉松が亡くなってからも、バンドはどんどん大きくなっていき、皆忙しくなった。
 杉松との思い出が多すぎて、どうしても誘われてもライブに行く気になれず、やっと行ったのがこの前の五月のフェスだ。
 聞きなれた懐かしい曲も、知らない曲も、どれも彼ららしさがかわっておらず、聞く人の人数がただ増えただけだった。
 自分たちは少しずつ、杉松のいない世界で立ち上がってきているのだと判る。
「青木君と福原君が、いっくん見たときどんな反応するのかは見たかったけど」
「それは確かにそうじゃの」
 自分たちにも覚えがあることを、久坂も高杉も思い出す。
「最初はあまりにも似てて動揺したけど、よくよく見たらそうでもなくて、これはこれで面白いって」
「そうじゃろう」
 瞬間のインパクトは大きい。
 雰囲気はまさに杉松のそれで、きっと杉松を愛している人なら誰でも動揺するレベルだ。
 久坂もそうだったし、高杉もそうだった。
 一番最初、あの試験日に一瞬見たとき、杉松っぽいなとは思ったが、坊ちゃん臭い連中は似たようなものだと思っただけだった。
 だけど写真を見せられ、毛利に教えられ、さあ、どうする、と尋ねられた時、杉松に似ているのならいいか、と思ったのも本音だ。
 嫌なら追い出せばいい。
 教師らしくなくそう言った毛利に、なんて奴だと思ったけれど、高杉がそうしないのを、毛利はきっと判っていた気がする。
「ねえちゃんだけかな。動揺しなかったのって」
「あの人は見ている所が違うけえの」
 杉松の姿形なんかどうでもいい。
 きっと魂があるなら、そこから抱え込んでいる。
 だから、杉松のいないこの世界で、平気で生きていられるのだ。
 強い、というより怖い、と思う。
 形のないものに、そこまで愛情を注げるあの人を知っていたら、適当な愛にはごまかされない。
「青木君が凄かったからね。いっくん抱えて離さなくって」
「ハハハ。そうじゃったの」
 青木と三吉の杉松への懐きっぷりは、心酔と言ってもよかった。
 どちらも性格はあまりよろしくなく、外見が女ウケするうえに成績は優秀という似たタイプの二人は、杉松にとても懐いていた。
 教師のほうの三吉が、幾久を気にかけているのは昔からなじみがあるので見ていれば判る。
 案外、見せていないのが毛利だが、それなりにくぎを刺したりバランスをとったりしていて、そういうところはさすがだなと感心する。
「あの青木君がでれっでれになってて、気持ち悪かった」
 ファンに対しても決して笑顔になることはなく、あたりもキツイし口も悪かった。
 そこがたまらないという変態じみたファンが山ほどつきはしたが。
「幾久がなんだかんだ、諦めてるっぽいところがあるけえの。あれで調子に乗るんじゃろう」
「仕方ないけどね。気持ちは判らないでもないし」
 青木は人間が嫌いで、久坂のように家族にあまり恵まれなかった。
 多分、福原たちとバンドを組むことがなかったら、あの冷徹な性格のまま、親の敷いたレールをひたすら進んで、誰もかれも傷つけたのだろうという事は簡単に想像できる。
 青木が若いころ、どんな事をやっていたか、知ったらきっと目を丸くするだろう。
 だからその分、気に入った存在が出来ると加減が判らず暴走する。
「みんな杉松がいなくなって、寂しいんじゃ」
「……そうだね」
 当事者の自分たちには、その寂しさがよく判らない。
 いないのは判るのに、家に帰ればいる気がする。
 六花におかえり、と迎えられ、杉松に挨拶しといで、と言われ、はあいと返事して居間に行き、そこでようやく、ああ、この場所じゃなかったと仏間に向かう。
 時々、どうしようもない寂しさが襲ってくることがあるけれど、いつも隣に互いがいれば、その寂しさも耐えられた。
「いっくんには、御門に居て欲しいんだよ」
 久坂が言う。
「そうじゃな」
 高杉も頷く。
「だから、御門に居るなら、赤根みたいに勘違いされちゃ困るんだ」
 寮に住むには、それなりのルールとマナーがある。
 御門はこうだ、というはっきりとした明言はない。
 だけどそれを理解していなければ、この寮にはいられない。
 それがどんな意味を持つのか、幾久がきちんと判ってくれたらいいのだけれど。
 懐かしい話をしていると、高杉がうとうとしはじめた。
「寝ろよ。僕が見張ってる」
 暗に、幾久が来たら追い出すぞ、と言っているのが高杉にも判った。
「頼む」
 小さく笑い、高杉は隣で寝ている久坂の肩に頭を乗せる。
 高杉が眠るまで、久坂は高杉の髪を撫で続けた。


 居間では、児玉が幾久の話を聞いて腕を組み、首をかしげていた。
 うーん、と考え込み困った様子に、幾久は不安になって尋ねた。
「オレ、なんかとんでもない地雷踏んじゃったのかな」
「そうかもだけど。でもちょっと、幾久の気遣いが足りなかったっていうのは判るけど正直、久坂先輩がそこまで怒るっていう意味が判らない」
 児玉も困ったな、と首をかしげる。
 見た瞬間、幾久が久坂に叩かれていたので、それまでどんなやりとりがあったのか、幾久から聞いたことが全部になるのだが、それでも久坂がそこまで怒ることがあるだろうか、という印象しか児玉にはない。
 有能と言われるのはいつもの事で、それを久坂と高杉の二人は嫌がっている様子はなかった。
 むしろ、そう評価されるのをさも当然のように受け応えていたから、幾久が言っただけで怒る理由が判らなかった。
「よくわかんないけど、でも久坂先輩がそうやって怒るまでいくってことは、やっぱりなんかあるんだろうな、くらいしか俺にはわからん」
 実際、自分でもやってしまいそうな事だと児玉は思う。
 先輩が有能なんだから、もうちょっと後輩の事を考えてくれなんて、普通にさらっと言いそうなことで、むしろこれまでも似たような事は言っていたと思うのだけど。
 まだ御門に来てそう時間がたっていない自分だからやらずに済んだだけで、もう少し慣れるとやってしまいそうな内容だ。
「なにがダメだったんだろう」
 幾久の言葉に児玉も首をひねる。
 実際、児玉も幾久の話を聞いただけではどこがダメなのか判らない。
(確かにちょっと甘えてると言えばそうかもしれないけれど)
 むしろ、幾久に甘えられて先輩たちは嬉しそうな顔を見せることが多かった。
 なのにどうして今回に限って、こうなったのだろうか。
(ずっと本当は先輩達、なにか溜まってたとか?いや、そんなタイプじゃないし)
 いま言ったら叱られそうだが、実際久坂も高杉も頭が良くて出来るタイプには違いない。
 天才、は言い過ぎかもしれないけれど、児玉から見ても大げさな言葉とも思わない。
 まだ付き合いも浅く、本音を見せない先輩たちの事は考えても材料が足りない。
 幾久は喋っている間は元気だったが、話が止まると急に不安そうになる。
(これじゃ、余計な事考えそうだな)
 折角御堀との関係もうまくいって、部活も調子がよさそうなのに、桜柳祭前にトラブルは良い事じゃない。
「幾久、お前今日はもう寝ろよ」
「え?」
「お前、気が付いてないかもだけど、スゲー動揺してるから。いま起きて考えても無駄だ」
「でも、きちんと考えないと」
 幾久にとって、高杉は心底甘えられる、大切な先輩だ。多分、久坂の高杉と口をきくな、という言葉は堪えているに違いない。
(久坂先輩が嘘つくとも思えねーし、かといってハル先輩が久坂先輩を叱ってまで、幾久と話すとも思えねーし)
 もしそうなら、とっくに居間に戻ってきて、幾久のフォローをしているはずだ。
 部屋にこもったきり、ということは、やはり久坂と話をしているか、寝てしまったかのどちらかだろう。
(寝る、なんてありえねーか)
 幾久を叩いておきながら、久坂が高杉に何も言わないことはありえないし、ではここに高杉がいないということは、久坂が叩いたのは間違っていなかった、ということになる。
「いま考えても堂々巡りになるだけだって。俺だってさ、恭王寮いるときそうなったからさ。信じろって。考えるだけ時間の無駄だから。寝たほうが良い」
「でも」
「なんかあったら俺が伝えるし、俺が考えておく。とにかく寝ろ。明日、もしハル先輩とお前が話できなくっても、俺はできるんだから」
 な?と宥めると、幾久もようやく小さく頷く。
「……わかった。そうする」
「俺はもうちょい起きてるから。オヤスミ」
「うん、おやすみ」
 本当は気になって仕方がないだろうけれど、ここで考えるよりは寝たほうがいい。
 児玉はめざましにコーヒーを入れることにした。
(うーん、どうしたらいんだろう)
 いつもならとっとと寝てしまうのだけど、こうなっては逆に自分が寝てはダメな気がする。
 キッチンへ向かい、コーヒーメーカーを見るとなにもなかったので、児玉はコーヒーを入れることにした。

 コーヒーが出来上がるまでの間、児玉はずっと考えていたけれど、やっぱりそんな上手い考えは出るはずはない。
 うーん、と悩んでは、はあ、とため息をつき、うーんと悩んではため息の繰り返しだ。
 がたんと誰かが入ってきた気配があって、ひょっとして久坂かな、と思い振り返る。
「!」
 思わず驚いたのは、山縣だったからだ。
「丁度コーヒーあんじゃん」
「あ、いま入れたばっかりっす」
「貰うぞ」
「どうぞ」
 コーヒーが出来上がり、山縣は自分の萌えマグカップにコーヒーをなみなみと注ぐ。
 いつものように砂糖を入れ、牛乳をたっぷり入れてカフェオレを作った。
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