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【12】四海兄弟~愛しているから間違えるんだ
兄弟の意味
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やっと中期の中間試験が終わり、桜柳祭への支度が心置きなくできるようになった。
桜柳祭は報国院で一番賑やかな行事だ。当然誰もが浮き足立つ。
その中でも忙しさを極めるのが演劇部、報国院ではシェイクスピア研究部こと、地球部だ。
その地球部の舞台で主役を張るのが、一年の乃木幾久と、御堀誉の二人で、その二人のテンションも上り調子だ。
授業が終わるといそぎ駆け足で幾久は部活へ向かう。
部室の扉を開けるとすでに鳳クラスの面々が来ていた。
「誉!」
「幾!」
二人は会った途端、ハイタッチをする。
「やっと終わった。部活待ち遠しかった」
「僕も」
いつもと同じように、適当な椅子に腰を下ろして隣で肩をぶつける。
二人でセリフの確認をしながら、こういうのはどう?とかこうしてみようと話していると、三吉 普(あまね)が呆れて言った。
「ほんと、いつの間にそんな仲良くなったの」
山田も言う。
「幾、さっさと鳳来いよ。なんか見てると仲良しのペット離してる気になる」
「なにそれ」
「そのまんま。懐いてんな」
すると御堀が笑って言う。
「じゃあ幾は僕のペットか」
「ちょっと、なんで決めつけてんの。誉がオレのペットかもしんないじゃん」
「いやあ」
「いやあ」
首を傾げたのは品川と入江だ。
「なんだよみんなして」
むっとする幾久に、瀧川が微笑んで告げた。
「乃木君のほうが確かにペットに向いてるよね」
「それどういう意味」
「そのままだよ。いいじゃないか、飼い主が御堀君ならういろう毎日与えてくれるよきっと」
「それはいいかも」
「おい、ういろうにつられてんじゃん」
呆れたのは山田だ。
「御空(みそら)だってライダーグッズ貰ったらペットするんじゃない?」
普がいうと山田が即答した。
「するする、即ペットやるわ」
「でしょ」
ため息をつきながら、一年鳳の服部(はっとり)昴(すばる)が言った。
「お前ら欲望に忠実だな」
「昴だって恭王寮に行ったの、お宝につられたせいじゃん」
ぶー、と普が言うと幾久が尋ねた。
「え?そうなんだ?」
服部は恭王寮から児玉が出た後、雪充に乞われて朶寮から恭王寮に移寮になった一年生だ。
夏は頻繁に熱中症にかかってはぶっ倒れていたが、秋になったら落ちついて部活にも顔を出している。
「でなけりゃ面倒くさい引っ越しなんか誰がするかよ。恭王寮がお宝だらけってのも知らなかったし」
服部はメカおたくで、いつも工具を持ち歩いている。
「恭王寮にお宝なんかあったっけ?」
何度か恭王寮に行った事がある幾久が尋ねると、服部が答えた。
「あるじゃん、飛行機の資料てんこ盛りだぞあそこ」
「ああ、確かになんかそういうのあったね」
恭王寮はもともとなんだかエライ人の別荘を報国院に寄付されたもので、内部もオシャレな英国風の洋館みたいになっている。
その偉い人は元飛行機乗りだったそうで、その手の資料や写真があるのは幾久も知っていた。
「そっか、飛行機好きなんだ」
「正しくは戦闘機な。恭王寮の元オーナーも、戦闘機乗りだったんだぜ」
「へえ、」
それは知らなかったな、と幾久が驚いていると入江が言った。
「にーちゃんも恭王寮に移動したんだー」
「そっか、入江先輩もか」
入江は三年、二年にそれぞれ兄がいる。
三年の入江は、祭りの時に高杉たちと話をしていた気のいい鷹の先輩で、二年の入江も鷹で地球部の先輩でもある。
「入江って兄弟全員朶(えだ)寮だったんだ?」
服部が尋ねると、入江が頷いた。
「そうそう。名前メッチャ混乱しててさ。三年入江、二年入江、一年入江ってめんどうくさかった。にーちゃんら居たら家と変わんないし雑に扱われるし。学校も面倒で入江まとめただけだろって」
「それはあるかもなあ」
おしゃべりをしていると、二年の鳳が入ってきた。
いわずもがな、久坂に高杉といった面々だ。
「おつかれさまーっす」
「おう」
そうして全員が揃うとなんとなく空気がしゃんとして、いつも通りの練習が始まった。
部活の終了時間ぎりぎりまで練習し、部活の面々と途中まで一緒に帰るのが地球部の決まりのようになっていた。
桜柳寮も恭王寮も御門寮も、途中までは一緒なのでしゃべりながら帰路をゆく。
「ほんと、今日の練習も気合入ってたね、幾もみほりんも」
普の言葉に幾久は頷く
「なんかすっごいハマるようになったんだよね」
ウィステリアで杷子達に見て貰ったせいかどうかは知らないが、いま凄く御堀と息がぴったりあっている。
「幾と演技してても、違和感とかないんだよ。なんか昔からずっと一緒みたいな気がする」
「最初の頃が嘘みたいだな」
山田の言葉に、幾久も頷く。
「ほんっと、最初の頃は緊張しまくりで、どーなるかって思ったけど」
ね、と幾久が言うと御堀も頷く。
「なんとか形にはなりそうだし、うまくいきそう」
御堀が言うと、山田が茶化した。
「さっすが、余裕―」
「まあね。僕一人のことじゃないし」
御堀が言い、幾久に目くばせすると幾久も頷く。
「ロミジュリで良かったかも。オレ一人が主役ってかんじじゃないし、そこは誉に頼ってるし」
もしこれが別の舞台で、一人で主役を張れと言われたら、きっともっと幾久は上手にできなかっただろう。御堀と二人で主役だから、という気持ちに随分と助けられている。
「おまえらべったりだもんな」
呆れて山田がいうと、幾久もそこは頷いた。
「確かにロミジュリで、誉と距離感おかしくなってる気はする」
「僕もそれは判る」
幾久の言葉に御堀も頷く。
恋人同士の役ということもあり、互いに抱き合ったり抱きしめあったりする事が多いし、舞台も通しでやることが当たり前になったので、毎日リハーサルをしているようなものだ。
すっかり役になりきってしまったし、海で御堀の本音を知ってからというもの、幾久は御堀にとって特別だという雰囲気だった。
御堀もそれは同じらしく、幾久を一番の親友のように扱って、それを皆受け入れていた。
距離感がおかしいというより、距離というものが消えてしまったみたいで、まるで幾久にとっては児玉と同じような空気感を感じていた。
それは御堀が、幾久に対して気を許しているというのが判ったせいかもしれないし、本音を知っているという特別感からかもしれなかった。
桜柳寮は学校にとても近いので、話しているとすぐに到着した。
「じゃあ幾、ここで」
「うん」
「じゃーな」
「明日ね、いっくん」
「みんなオヤスミ―」
幾久が言うと、桜柳の面々が「早すぎ」と言って笑う。
御堀が幾久に言った。
「あとからスマホに連絡する」
「うん、わかった」
じゃね、と幾久は手を振り、桜柳寮を後にした。
御堀がスマホを嫌がるので、幾久は御堀とメッセージを交換できるようにした。
すると、御堀は幾久にいろいろ話しかけてくるようになった。
本当は海に行きたいけど、部活が忙しくて行けないので残念だとか、ちょっとした愚痴をこぼしている。
そういった御堀のささいな愚痴も応援していると自分のストレスも解消される気がして、互いにどうでもいいやりとりを重ねていた。
「幾久、外出る?」
夕食後、児玉がいつものように幾久を誘った。
児玉はギターの練習、幾久はボールを蹴るのは毎日の日課のようになっていた。
「出る。ちょっと体動かしとく」
二人はいつものように、庭に出た。
「そっちのほうはどうだ?」
児玉の問いに幾久は答える。
「部活?全く問題なし!驚くくらいうまくいってる」
「そっか、そりゃ良かった」
児玉はギターの練習をずっとやっている。
「タマが練習してるのって、今度桜柳祭でやるやつ?」
幾久が尋ねると、児玉は首を横に振った。
「いいや。桜柳祭でする奴はもうほとんど問題なし。これは俺の個人的な練習」
「え?そうなんだ」
てっきり桜柳祭でするのかと幾久は思い込んでいたのだが。
「言っただろ、桜柳祭で俺がするのはエレキ。こっちはアコギ。アコギもかっけえから、やってんの。エレキのほうはもう学校でやってるし」
「タマって勉強熱心だね」
「幾久だって、別にサッカー部でもねえのに頑張ってるじゃん」
「オレのは練習ってほどもないし、今度友達に会った時にやっとかないと絶対に負けるし」
東京に居た頃の幼馴染の多留人とは、また会って遊ぼうと約束している。
福岡のサッカー強豪校に行っている多留人は毎日、こんなものじゃないくらいに練習しているはずだ。
だったら、その間、遊びくらいは付き合える程度の技術は持っておきたい。
折角、幾久とのサッカーを楽しいと言ってくれているのだから、できるだけ一緒に楽しめる程度のレベルにはなっていたのだ。
「ダチに失望されたくねーもん」
そういう幾久に、児玉は笑う。
「幾久ってそう見えて、けっこう強気だもんな」
「サッカーに関しては否定しない」
「サッカー以外も割とそうだけどな」
児玉は思う。
のんびりとした雰囲気と外見からは想像がつかないが、こう見えて幾久も負けん気が強く、噛みつく。
最初に他校の生徒にネクタイを盗られ、児玉が助けに入った時も負けっぱなしではなく人数が多い相手にとびかかっていったのだから、気が弱いわけでもない。
「御堀と気があってるのって、案外そういう所似てるんじゃね?」
「そーかなあ。誉ほどじゃないと思うけど」
「まあ、御堀は強気が過ぎるよな」
「隠してるけどね」
首席なのは事実でも、堂々と首席で待ってるとか、落ちるつもりはないとか言ってしまうあたりが、どうも御門の二年生の2人、久坂と高杉によく似ている。
「誉に今回の試験の結果どう?って聞いたら、間違いなくトップだからってしれっと言ってたよ」
「そういうトコ、御堀だよなあ」
御門寮に泊まった時に、ちょっとだけ御堀と関わったのと、幾久に聞いた御堀の本性を知って、御堀が見たままの優等生お坊ちゃまでないことは児玉ももう知っている。
「やっぱ報国院とか鳳とかトップとか、あんなんじゃないとやっていけないのかなーとは思うわ」
「別にタマはトップ目指してるわけじゃないだろ?」
憧れの杉松が鳳だったから鳳を目指しているので、報国院のトップでなければならない理由はない。
児玉は笑って言った。
「目指しても無理だって。御堀もだけど、三吉も瀧川もスゲーもん」
その三人は地球部にも所属して幾久も仲がいいのでよく知っている。
三吉普は教師の三吉の親戚で、雰囲気は教師の三吉に良く似ている。
母親が美容関係だとかで、そのせいかいつも身ぎれいにしていて、化粧品なんかにも詳しい。
瀧川は桁違いのお坊ちゃまらしいのだが、幾久にはちょっと変わったナルシストのマイペースな人にしか見えない。
「誉はともかく、普とタッキーはそこまで凄いっていう雰囲気はないよね」
二人とも違った意味でマイペースなせいか、誉のような優等生的圧迫感はない。
どちらかといえば、鳳では下の方と言われる山田や入江のほうが出来がよさそうな雰囲気がある。
「服部は理系が圧倒的だけど、それだけとも言ってたな」
「ああ、昴ね」
メカおたくなのになぜか地球部に所属している服部も、いろんな知識を持っていて面白い。
「ヤッタも今回は頑張ってたらしいぞ。もし俺らが鷹のまんまでも、ヤッタが来てくれるかもな」
児玉の言葉に幾久が顔を上げる。
「え?マジで?」
「雪ちゃん先輩から、決定ではないし一応服部も呼んだけど、恭王寮にずっといるつもりで考えてくれって言われたんだって。詳しくは桜柳祭終わってからになるけど、提督か、副提督かっていうのは考えてくれって」
「ヤッタ凄い。雪ちゃん先輩に信頼されてんじゃん」
いいなー、と幾久は言うが、児玉は申し訳なさそうに言う。
「そもそも、俺のとばっちり食らったからなんだけどな」
本来なら恭王寮は児玉が後を任されるはずだった。
雪充はそのつもりで、児玉を教育していたのだが、隠していたから当然だが児玉はそれに気づかず、逆に寮の中で軋轢を生んで恭王寮からこの御門寮に移寮することになった。
「でもヤッタ向いてると思う。いろいろよく見てるし、優しいけど言うべき時はきちんと言うし」
児玉が恭王寮の中で孤立していたときも、あれこれ気をもんでいたのを幾久も知っているので、弥太郎なら恭王寮の責任者は適任だと思う。
「二年の入江先輩が、まず来年を任せられるんだって。入江先輩、はりきってるらしい」
「すごい賑やかそうだね、恭王寮」
幾久は二年の入江を知っているので、その姿がわりと想像がつく。
三年の入江はさも先輩と言った雰囲気で、落ち着きがあったのだが、二年の入江はこれがまたにぎやかな人で、部活でもよく喋っている。
「入江三兄弟、全員朶(えだ)寮だったから、万寿が文句言ってたよ。こんなんじゃ家と変わらないって」
「あはは。やっぱそうなるよな」
「一人減ったからちょっとはマシになったって言ってた」
「ひでえな。兄貴だろ」
「当たり前みたいに命令されるのが嫌だからって、二年の入江先輩に『鷹』って茶化してはたかれてる」
「すげえ」
確かに入江の三兄弟で、一年の入江だけが鳳だ。
「鷹の命令なんかききませんーって。その度に兄弟げんかだよ。っても、万寿逃げ足早いから、言うだけ行ってさっと逃げる感じだけど」
「そのへんどの兄弟も変わんねーのな」
児玉が笑う。児玉にも弟と妹がいるそうなので、なんとなくそういうのが判るのかもしれない。
幾久は一人っ子で、兄弟がどういうものか知らないし、興味もなかったが、報国院は兄弟どころか家族ぐるみでの関わりもあったりするので、そのあたり面白い。
かくいう、幾久も報国院に入ったので父親と同じ学校にはなるのだが。
「オレ一人っ子だからなあ。兄弟とかよくわかんないんだよな」
幾久の言葉に児玉が笑った。
「なに言ってんだよ。お前とガタ先輩のやりとりって、どっからどー見ても、兄弟以外のなにものでもないぞ」
「ウワー、やめてよタマ、あんな兄とか勘弁してほしい」
「そういう言葉もガチの兄弟っぽい」
「マジで嫌だってもー」
山縣と兄弟より、どうせなら雪充と兄弟のほうが良い。頼りがいはあるし、落ち着いているし、大人だし。
「ガタ先輩だけはないな」
「ひっでーの。一番仲いいくせに」
「よくねー!」
冗談じゃないと幾久はぷりぷり怒るが、児玉は楽しそうに言った。
「そういうのも、兄弟っぽいぞ」
「もう、マジで勘弁して」
幾久は肩を落とした。
「どうせ兄ならガタ先輩よか雪ちゃん先輩がいいよ、雪ちゃん先輩」
「まーな。でも雪ちゃん先輩だと、幾久甘えっぱなしになるだろ」
「……それは否定できない」
ホラな、と児玉が言う。
「理想の兄貴が幾久にとっていい兄貴になるとは限らないぞ。やっぱ兄貴は厳しくないとダメなとこもあるしな」
「急に兄貴になった」
「俺、兄貴だし」
確かに児玉はしかりしているし、御堀を海に迎えに行ったとき、幾久と御堀を待っていてくれたこともあった。
迎えに来ず、ただ帰りを黙って待って、当たり前のように助けてくれて、詳しい話もあえて自分から尋ねたりはしなかった。
幾久はやっぱり兄っていうものはなにかちがうのかなあ、と思いながら首を傾げた。
桜柳祭は報国院で一番賑やかな行事だ。当然誰もが浮き足立つ。
その中でも忙しさを極めるのが演劇部、報国院ではシェイクスピア研究部こと、地球部だ。
その地球部の舞台で主役を張るのが、一年の乃木幾久と、御堀誉の二人で、その二人のテンションも上り調子だ。
授業が終わるといそぎ駆け足で幾久は部活へ向かう。
部室の扉を開けるとすでに鳳クラスの面々が来ていた。
「誉!」
「幾!」
二人は会った途端、ハイタッチをする。
「やっと終わった。部活待ち遠しかった」
「僕も」
いつもと同じように、適当な椅子に腰を下ろして隣で肩をぶつける。
二人でセリフの確認をしながら、こういうのはどう?とかこうしてみようと話していると、三吉 普(あまね)が呆れて言った。
「ほんと、いつの間にそんな仲良くなったの」
山田も言う。
「幾、さっさと鳳来いよ。なんか見てると仲良しのペット離してる気になる」
「なにそれ」
「そのまんま。懐いてんな」
すると御堀が笑って言う。
「じゃあ幾は僕のペットか」
「ちょっと、なんで決めつけてんの。誉がオレのペットかもしんないじゃん」
「いやあ」
「いやあ」
首を傾げたのは品川と入江だ。
「なんだよみんなして」
むっとする幾久に、瀧川が微笑んで告げた。
「乃木君のほうが確かにペットに向いてるよね」
「それどういう意味」
「そのままだよ。いいじゃないか、飼い主が御堀君ならういろう毎日与えてくれるよきっと」
「それはいいかも」
「おい、ういろうにつられてんじゃん」
呆れたのは山田だ。
「御空(みそら)だってライダーグッズ貰ったらペットするんじゃない?」
普がいうと山田が即答した。
「するする、即ペットやるわ」
「でしょ」
ため息をつきながら、一年鳳の服部(はっとり)昴(すばる)が言った。
「お前ら欲望に忠実だな」
「昴だって恭王寮に行ったの、お宝につられたせいじゃん」
ぶー、と普が言うと幾久が尋ねた。
「え?そうなんだ?」
服部は恭王寮から児玉が出た後、雪充に乞われて朶寮から恭王寮に移寮になった一年生だ。
夏は頻繁に熱中症にかかってはぶっ倒れていたが、秋になったら落ちついて部活にも顔を出している。
「でなけりゃ面倒くさい引っ越しなんか誰がするかよ。恭王寮がお宝だらけってのも知らなかったし」
服部はメカおたくで、いつも工具を持ち歩いている。
「恭王寮にお宝なんかあったっけ?」
何度か恭王寮に行った事がある幾久が尋ねると、服部が答えた。
「あるじゃん、飛行機の資料てんこ盛りだぞあそこ」
「ああ、確かになんかそういうのあったね」
恭王寮はもともとなんだかエライ人の別荘を報国院に寄付されたもので、内部もオシャレな英国風の洋館みたいになっている。
その偉い人は元飛行機乗りだったそうで、その手の資料や写真があるのは幾久も知っていた。
「そっか、飛行機好きなんだ」
「正しくは戦闘機な。恭王寮の元オーナーも、戦闘機乗りだったんだぜ」
「へえ、」
それは知らなかったな、と幾久が驚いていると入江が言った。
「にーちゃんも恭王寮に移動したんだー」
「そっか、入江先輩もか」
入江は三年、二年にそれぞれ兄がいる。
三年の入江は、祭りの時に高杉たちと話をしていた気のいい鷹の先輩で、二年の入江も鷹で地球部の先輩でもある。
「入江って兄弟全員朶(えだ)寮だったんだ?」
服部が尋ねると、入江が頷いた。
「そうそう。名前メッチャ混乱しててさ。三年入江、二年入江、一年入江ってめんどうくさかった。にーちゃんら居たら家と変わんないし雑に扱われるし。学校も面倒で入江まとめただけだろって」
「それはあるかもなあ」
おしゃべりをしていると、二年の鳳が入ってきた。
いわずもがな、久坂に高杉といった面々だ。
「おつかれさまーっす」
「おう」
そうして全員が揃うとなんとなく空気がしゃんとして、いつも通りの練習が始まった。
部活の終了時間ぎりぎりまで練習し、部活の面々と途中まで一緒に帰るのが地球部の決まりのようになっていた。
桜柳寮も恭王寮も御門寮も、途中までは一緒なのでしゃべりながら帰路をゆく。
「ほんと、今日の練習も気合入ってたね、幾もみほりんも」
普の言葉に幾久は頷く
「なんかすっごいハマるようになったんだよね」
ウィステリアで杷子達に見て貰ったせいかどうかは知らないが、いま凄く御堀と息がぴったりあっている。
「幾と演技してても、違和感とかないんだよ。なんか昔からずっと一緒みたいな気がする」
「最初の頃が嘘みたいだな」
山田の言葉に、幾久も頷く。
「ほんっと、最初の頃は緊張しまくりで、どーなるかって思ったけど」
ね、と幾久が言うと御堀も頷く。
「なんとか形にはなりそうだし、うまくいきそう」
御堀が言うと、山田が茶化した。
「さっすが、余裕―」
「まあね。僕一人のことじゃないし」
御堀が言い、幾久に目くばせすると幾久も頷く。
「ロミジュリで良かったかも。オレ一人が主役ってかんじじゃないし、そこは誉に頼ってるし」
もしこれが別の舞台で、一人で主役を張れと言われたら、きっともっと幾久は上手にできなかっただろう。御堀と二人で主役だから、という気持ちに随分と助けられている。
「おまえらべったりだもんな」
呆れて山田がいうと、幾久もそこは頷いた。
「確かにロミジュリで、誉と距離感おかしくなってる気はする」
「僕もそれは判る」
幾久の言葉に御堀も頷く。
恋人同士の役ということもあり、互いに抱き合ったり抱きしめあったりする事が多いし、舞台も通しでやることが当たり前になったので、毎日リハーサルをしているようなものだ。
すっかり役になりきってしまったし、海で御堀の本音を知ってからというもの、幾久は御堀にとって特別だという雰囲気だった。
御堀もそれは同じらしく、幾久を一番の親友のように扱って、それを皆受け入れていた。
距離感がおかしいというより、距離というものが消えてしまったみたいで、まるで幾久にとっては児玉と同じような空気感を感じていた。
それは御堀が、幾久に対して気を許しているというのが判ったせいかもしれないし、本音を知っているという特別感からかもしれなかった。
桜柳寮は学校にとても近いので、話しているとすぐに到着した。
「じゃあ幾、ここで」
「うん」
「じゃーな」
「明日ね、いっくん」
「みんなオヤスミ―」
幾久が言うと、桜柳の面々が「早すぎ」と言って笑う。
御堀が幾久に言った。
「あとからスマホに連絡する」
「うん、わかった」
じゃね、と幾久は手を振り、桜柳寮を後にした。
御堀がスマホを嫌がるので、幾久は御堀とメッセージを交換できるようにした。
すると、御堀は幾久にいろいろ話しかけてくるようになった。
本当は海に行きたいけど、部活が忙しくて行けないので残念だとか、ちょっとした愚痴をこぼしている。
そういった御堀のささいな愚痴も応援していると自分のストレスも解消される気がして、互いにどうでもいいやりとりを重ねていた。
「幾久、外出る?」
夕食後、児玉がいつものように幾久を誘った。
児玉はギターの練習、幾久はボールを蹴るのは毎日の日課のようになっていた。
「出る。ちょっと体動かしとく」
二人はいつものように、庭に出た。
「そっちのほうはどうだ?」
児玉の問いに幾久は答える。
「部活?全く問題なし!驚くくらいうまくいってる」
「そっか、そりゃ良かった」
児玉はギターの練習をずっとやっている。
「タマが練習してるのって、今度桜柳祭でやるやつ?」
幾久が尋ねると、児玉は首を横に振った。
「いいや。桜柳祭でする奴はもうほとんど問題なし。これは俺の個人的な練習」
「え?そうなんだ」
てっきり桜柳祭でするのかと幾久は思い込んでいたのだが。
「言っただろ、桜柳祭で俺がするのはエレキ。こっちはアコギ。アコギもかっけえから、やってんの。エレキのほうはもう学校でやってるし」
「タマって勉強熱心だね」
「幾久だって、別にサッカー部でもねえのに頑張ってるじゃん」
「オレのは練習ってほどもないし、今度友達に会った時にやっとかないと絶対に負けるし」
東京に居た頃の幼馴染の多留人とは、また会って遊ぼうと約束している。
福岡のサッカー強豪校に行っている多留人は毎日、こんなものじゃないくらいに練習しているはずだ。
だったら、その間、遊びくらいは付き合える程度の技術は持っておきたい。
折角、幾久とのサッカーを楽しいと言ってくれているのだから、できるだけ一緒に楽しめる程度のレベルにはなっていたのだ。
「ダチに失望されたくねーもん」
そういう幾久に、児玉は笑う。
「幾久ってそう見えて、けっこう強気だもんな」
「サッカーに関しては否定しない」
「サッカー以外も割とそうだけどな」
児玉は思う。
のんびりとした雰囲気と外見からは想像がつかないが、こう見えて幾久も負けん気が強く、噛みつく。
最初に他校の生徒にネクタイを盗られ、児玉が助けに入った時も負けっぱなしではなく人数が多い相手にとびかかっていったのだから、気が弱いわけでもない。
「御堀と気があってるのって、案外そういう所似てるんじゃね?」
「そーかなあ。誉ほどじゃないと思うけど」
「まあ、御堀は強気が過ぎるよな」
「隠してるけどね」
首席なのは事実でも、堂々と首席で待ってるとか、落ちるつもりはないとか言ってしまうあたりが、どうも御門の二年生の2人、久坂と高杉によく似ている。
「誉に今回の試験の結果どう?って聞いたら、間違いなくトップだからってしれっと言ってたよ」
「そういうトコ、御堀だよなあ」
御門寮に泊まった時に、ちょっとだけ御堀と関わったのと、幾久に聞いた御堀の本性を知って、御堀が見たままの優等生お坊ちゃまでないことは児玉ももう知っている。
「やっぱ報国院とか鳳とかトップとか、あんなんじゃないとやっていけないのかなーとは思うわ」
「別にタマはトップ目指してるわけじゃないだろ?」
憧れの杉松が鳳だったから鳳を目指しているので、報国院のトップでなければならない理由はない。
児玉は笑って言った。
「目指しても無理だって。御堀もだけど、三吉も瀧川もスゲーもん」
その三人は地球部にも所属して幾久も仲がいいのでよく知っている。
三吉普は教師の三吉の親戚で、雰囲気は教師の三吉に良く似ている。
母親が美容関係だとかで、そのせいかいつも身ぎれいにしていて、化粧品なんかにも詳しい。
瀧川は桁違いのお坊ちゃまらしいのだが、幾久にはちょっと変わったナルシストのマイペースな人にしか見えない。
「誉はともかく、普とタッキーはそこまで凄いっていう雰囲気はないよね」
二人とも違った意味でマイペースなせいか、誉のような優等生的圧迫感はない。
どちらかといえば、鳳では下の方と言われる山田や入江のほうが出来がよさそうな雰囲気がある。
「服部は理系が圧倒的だけど、それだけとも言ってたな」
「ああ、昴ね」
メカおたくなのになぜか地球部に所属している服部も、いろんな知識を持っていて面白い。
「ヤッタも今回は頑張ってたらしいぞ。もし俺らが鷹のまんまでも、ヤッタが来てくれるかもな」
児玉の言葉に幾久が顔を上げる。
「え?マジで?」
「雪ちゃん先輩から、決定ではないし一応服部も呼んだけど、恭王寮にずっといるつもりで考えてくれって言われたんだって。詳しくは桜柳祭終わってからになるけど、提督か、副提督かっていうのは考えてくれって」
「ヤッタ凄い。雪ちゃん先輩に信頼されてんじゃん」
いいなー、と幾久は言うが、児玉は申し訳なさそうに言う。
「そもそも、俺のとばっちり食らったからなんだけどな」
本来なら恭王寮は児玉が後を任されるはずだった。
雪充はそのつもりで、児玉を教育していたのだが、隠していたから当然だが児玉はそれに気づかず、逆に寮の中で軋轢を生んで恭王寮からこの御門寮に移寮することになった。
「でもヤッタ向いてると思う。いろいろよく見てるし、優しいけど言うべき時はきちんと言うし」
児玉が恭王寮の中で孤立していたときも、あれこれ気をもんでいたのを幾久も知っているので、弥太郎なら恭王寮の責任者は適任だと思う。
「二年の入江先輩が、まず来年を任せられるんだって。入江先輩、はりきってるらしい」
「すごい賑やかそうだね、恭王寮」
幾久は二年の入江を知っているので、その姿がわりと想像がつく。
三年の入江はさも先輩と言った雰囲気で、落ち着きがあったのだが、二年の入江はこれがまたにぎやかな人で、部活でもよく喋っている。
「入江三兄弟、全員朶(えだ)寮だったから、万寿が文句言ってたよ。こんなんじゃ家と変わらないって」
「あはは。やっぱそうなるよな」
「一人減ったからちょっとはマシになったって言ってた」
「ひでえな。兄貴だろ」
「当たり前みたいに命令されるのが嫌だからって、二年の入江先輩に『鷹』って茶化してはたかれてる」
「すげえ」
確かに入江の三兄弟で、一年の入江だけが鳳だ。
「鷹の命令なんかききませんーって。その度に兄弟げんかだよ。っても、万寿逃げ足早いから、言うだけ行ってさっと逃げる感じだけど」
「そのへんどの兄弟も変わんねーのな」
児玉が笑う。児玉にも弟と妹がいるそうなので、なんとなくそういうのが判るのかもしれない。
幾久は一人っ子で、兄弟がどういうものか知らないし、興味もなかったが、報国院は兄弟どころか家族ぐるみでの関わりもあったりするので、そのあたり面白い。
かくいう、幾久も報国院に入ったので父親と同じ学校にはなるのだが。
「オレ一人っ子だからなあ。兄弟とかよくわかんないんだよな」
幾久の言葉に児玉が笑った。
「なに言ってんだよ。お前とガタ先輩のやりとりって、どっからどー見ても、兄弟以外のなにものでもないぞ」
「ウワー、やめてよタマ、あんな兄とか勘弁してほしい」
「そういう言葉もガチの兄弟っぽい」
「マジで嫌だってもー」
山縣と兄弟より、どうせなら雪充と兄弟のほうが良い。頼りがいはあるし、落ち着いているし、大人だし。
「ガタ先輩だけはないな」
「ひっでーの。一番仲いいくせに」
「よくねー!」
冗談じゃないと幾久はぷりぷり怒るが、児玉は楽しそうに言った。
「そういうのも、兄弟っぽいぞ」
「もう、マジで勘弁して」
幾久は肩を落とした。
「どうせ兄ならガタ先輩よか雪ちゃん先輩がいいよ、雪ちゃん先輩」
「まーな。でも雪ちゃん先輩だと、幾久甘えっぱなしになるだろ」
「……それは否定できない」
ホラな、と児玉が言う。
「理想の兄貴が幾久にとっていい兄貴になるとは限らないぞ。やっぱ兄貴は厳しくないとダメなとこもあるしな」
「急に兄貴になった」
「俺、兄貴だし」
確かに児玉はしかりしているし、御堀を海に迎えに行ったとき、幾久と御堀を待っていてくれたこともあった。
迎えに来ず、ただ帰りを黙って待って、当たり前のように助けてくれて、詳しい話もあえて自分から尋ねたりはしなかった。
幾久はやっぱり兄っていうものはなにかちがうのかなあ、と思いながら首を傾げた。
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