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【11】歳月不待~ぼくら運命の出会い

御門寮の変な生き物(その2)

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 御堀の宣言通り、幾久と児玉は食事を終えると教科書を持ってきた。
 使っている参考書やまとめたノートを御堀に見せ、内容をチェックしてもらいながらあれこれ教えて貰う。

 さて、勉強も一段落ついたのだが、御堀はさらに「こっちの参考書をもういっかいさらおうか」と言い出してうわーと思っていた所だ。

 土曜日の夜。
 珍客はいつもこういった時に現れる。


「いーくひーさくーん、サッカーしよー」
 玄関から声が聞こえる。
(この声、まさか)
「幾?いまの誰?」
「ごめんちょっと!」
 幾久は慌てて立ち上がり、玄関へと出た。
 と、そこに立っていたのはパーカーのフードをかぶった時山だった。
「トッキ―先輩、なんでいるんすか」
「え?だって試験前でしょ?遊びにきた!」
「意味わかんないす」
 試験前だったら遊んじゃ駄目じゃん、と幾久は思うのだが時山は全く気にしていない。
「ガタ先輩なら勉強中っすよ」
「いや、ガタはどーでもいいの。いっくん、サッカーしよ」
「いやだからオレ試験前だし。先輩だってそうでしょ?」
「うん。だから休み」
 なにがだから休みなのだろうか。
 幾久が頭を抱えていると、玄関に児玉と御堀が出てきた。
「幾、誰か来たの?」
「……」
「よっ、こんばんは!」
 時山はそういって笑っているが、面識のある児玉はどう対処していいか判らず固まっているし、御堀はけげんな表情だ。
 幾久は仕方なく、説明した。
「あー……えーと、これ鯨王寮三年の時山先輩。わけあって御門に来てますけど、内緒でお願いします」
「そゆことー」
 時山の笑顔と幾久の困った表情に、御堀はしばらく見ていたが、一言「判りました」とだけ答えた。
(さすが空気読みすぎくらい空気読んでくれる誉ありがたい)
 ほっとして、じゃあこれ以上なにもないだろうし、時山には悪いが帰ってもらおうと幾久が思っていると、御堀が時山に尋ねた。
「時山先輩は何の用事でこちらへ?」
「おいら?いっくんとサッカーしに!」
「サッカー?」
 幾久に尋ねる御堀に、幾久は答えた。
「うん、時々相手してもらってんの。時山先輩、元ケートスのユースだからうまいし。そこにサッカーボールあるだろ?オレのなんだ」
 玄関に置いてある籠の中には、親友の多留人に貰った大切なボールが入っている。
「だからさー、いっくんちょっとつきあってよー」
 時山は言うが、幾久は首を横に振った。
「いやだから試験前って言いましたよね」
「いっくんなら試験なんか余裕だって。サッカーしよサッカー」
 繰り返す時山に、もう、と幾久が肩を落としていると、御堀が思いがけない事を言った。
「僕が相手しましょうか」
「え?」
「は?」
「ん?」
 三人とも驚くが、御堀は答えた。
「幾も児玉君も、参考書の問題が残ってるから、その間で良かったら僕が相手しますよ」
 御堀の言葉に、幾久は思い出していた。
(そっか、御堀君も確かどっかのユース出身って)
 ユースはサッカーの育成機関なので、チームのランクはあるにせよ、それなりに才能や実力がなければ所属できない。
 時山は二部リーグの長州ケートスのユースだったというし、御堀とはいい勝負かもしれない。
 だが、時山は露骨に御堀をバカにしたように首を傾げて煽ってきた。
「へー?こう見えてもおいらケートスのユース出身だけど、そんなお坊ちゃんのナリでサッカーなんかできんの?おいら、お坊ちゃんサッカーのルールは知らないんだけど」
(トッキ―先輩なに煽ってんだよ!)
 普段の時山というより、以前鯨王寮に児玉と行ったときに見せたような、悪い意味で先輩らしい偉そうな態度に幾久は慌てるが、御堀はにこにこと余裕でかわした。
「ルールはファイブクロスのユースで習いました。ケートスがどの時代のルールブック使ってるのかまでは知りませんけど」
(御堀君までなにトッキ―先輩に喧嘩売りかえしてんの?!)
 二人は笑顔で見合っているが、その間には激しい火花が飛び散っているように見える。
(やばいやばいやばい、これなんかやばいやつ!)
 察した幾久は、一言告げた。
「じゃ、オレ勉強があるんで」
 児玉は思った。
(逃げたな)
 逃げた幾久の後をついて児玉も逃げようとすると、御堀が尋ねた。
「児玉君、これ、児玉君のスニーカーだよね」
「お?おお、そうだけど」
「ちょっと借りて良い?」
「いいぞ」
 サイズを尋ねると児玉も御堀も同じだったらしい。
 御堀はいつも革靴なので、さすがにそれではサッカーをするのはきついだろう。
「ちょっと汚すかもだけど、その時はきれいにして返すよ」
「どうせ普段履きだし気にすんな」
 口と態度の悪さに驚きはしたが、折角生き生きとしはじめた御堀に水を差す気はなく、気にしないように児玉は言ったのだが、御堀が言った。
「時山先輩が上手だったら汚れないけどね」
 その言葉に、児玉の背筋が寒くなる。
 時山も当然、むっとしたようだ。
「……いい根性してんじゃん一年。名前なんだよ」
「御堀です。御堀誉」
 一瞬、時山の表情がおやっとなったが、「ふーん」と言って籠からボールを拾い上げ抱えた。
「みほりん、べそかくなよ」
「負けないんで」
 そういって玄関を出ていく二人に、児玉は関わらないほうが吉と思い、さっさと居間に戻ることにした。


「御堀ってかなり負けん気つえーな。あんな奴と思わなかった」
 勉強しつつ児玉が言うと、幾久は「そーだよ」と答えた。
「外見ああみえて実際ああなんだよ。負けるの大嫌いだし、首席で待ってるからとか平気で言うし」
「うわ、すげえ」
 イメージ違うわー、と児玉が腕を組む。
「なんかオレ、前期一緒だったはずなのに本当にちっとも、なんも目に入ってなかったなあ」
 それは児玉が恭王寮から引っ越しをするときにも感じたことで、恭王寮から出て御門に移寮すると決まったとき、荷物を運ぶのを快く手伝ってくれたのは、元クラスメイトの一年鳳の面々だった。
 桜柳寮に所属しているメンバーがほとんどだったから、恭王寮や御門寮がどんなものか興味があったのだろうけれど、それでもかなり皆親切だった。
「ほんっと俺ってなーんも見えてなかったなあ」
「今見えてるからいいじゃん。それに誉がああいう性格だってオレも知ったの最近だし」
「鳳とか、桜柳の連中は御堀がああいう奴って知ってんのか?」
「知らないよ。だから煮詰まっちゃったんだと思う」
「そっか」
 ナルホドなあ、と児玉は肩を落とした。
「あれ、『やってんの』か」
「そ。優等生やってんだって」
「そりゃ煮詰まるわ」
「だよねえ」
 そういって児玉と幾久は話をしながら問題を互いに解き、ああじゃない、こうかな、といつものように話をしていた。


 さて、一方こちらは時山と御堀の二人だ。
 庭に出た二人は、幾久と時山がいつも使っている場所へ移動した。
「みほりん、ファイブクロスって言ったっけ」
 御堀は頷く。
 ファイブクロスは周防市にある二部リーグのチームだ。
 長らく三部リーグに居たが、ユース育成の方向が最近やっと功を成し、徐々に成績を上げいま二部になっている。
 ケートスと同じ位置にはなるのだが、同じ県でも場所は遠いし、国民性というか、性格も違うし当然プレイスタイルもチームカラーも違う。
 どちらかといえばケートスは派手、ファイブクロスは堅実といえば聞こえはいいが、要するに地味なチームだった。
「こっち来るならケートス誘われただろ」
「誘われたけど、断りました」
「なんで」
「勉強に集中したいので」
 御堀が言うと時山が茶化した。
「まっじめー」
「真面目なんで」
 つんとそう答える御堀に、時山は肩をまわした。
(これなら遠慮いらねーか)
 御堀は軽く柔軟体操したり、ボールの調子をみたりしている。
 冷静そうに見えるが、煽ったらすぐにかみついてきた。ということはこう見えてかなり面倒なタイプだ。
(俺、得意なタイプじゃーん)
 いくらやめたとはいえ、そこそこ腕、というか足には自信がある。
 幾久はねちっこく相手のミスを誘うタイプで、普段はぼんやりしている風に見えるのに、サッカーとなると油断がならない。
 気が付いたら抜かれて、あっという間に決められている。
(さて、みほりんはどんなかな)
 ファイブクロスの有望株が報国院を受験するなら、絶対にケートス狙いだと思い込んでいたらしいが、あっさり断られたとコーチ連中が話していたのをなんとなくは聞いていた。
 それが目の前に居る御堀とは思わなかったが。
「そのラインからこっちに入ったら俺の負け。そっちのラインがみほりんの負け。OK?」
「判りました」
「ボールそっちからでいいよ。後輩にはサービスしてあげる」
「どうも」
 完全に見下されていると思っているのだろう。
 御堀の目は凶悪だ。
(いいねえ、そういうの俺大好き)
 相手を煽ってプレイで叩きのめすのは大好きだ。
 いつもはわりと幾久にあしらわれているのでストレスはけっこう溜まっている。
 御堀を茶化せば、このストレスも解消されるかな。
 時山はそう思って、「どーぞ」と笑った。



 問題に集中して、全部解き終わったあたりで幾久が立った。
「ねえタマ、休憩しようよ。お茶のみたいし」
「そうだな。じゃあそうしよう」
 二人でペンを置き、お茶を飲んでのんびりする。
「ぼちぼち風呂入らないと遅い時間だよね」
「そういやさっき栄人先輩が、お湯入れ替えとくから後は俺等だけどうぞって言ってたな」
 御堀がいるし、人数が多くなったので気を使ってくれたようだ。
「じゃあ、ぼちぼち誉にお風呂に入って貰おうか」
 話していると玄関から、「幾!」と御堀の呼び声が聞こえた。
 何だろうと児玉と顔を見合わせて玄関へ向かうと、あせまみれでへばりきった御堀が腰を下ろしていた。
「誉?もういいかげんやめてお風呂に」
「幾、ちょっと出て。僕とサッカーして」
「は?」
 そんな疲れ切っている状態なのに、何を言ってるんだと幾久は驚くが、誉は不機嫌を隠さない表情で言った。
「時山先輩に、幾の方が上手いってさんざん言われてさ」
「はぁ?」
「いいから出て。早く靴履いて」
 苛立つ御堀に、あ、これ時山先輩にさんざん遊ばれたんだな、と幾久は気づいた。
 御堀の性格を考えたら、絶対にするまで納得しないだろう。
「ちょっとだけだよ。もう遅いし」
「それでいいよ」
 幾久はスニーカーを履いて靴ひもをきちんと結ぶ。
「じゃ、行こうか、誉」
「わかった」
 そういって仕方なく、幾久は庭に出たのだった。


「はーいいっくん、やっと来た」
「もー、なに誉煽ってんすか」
 面倒なことしないで下さいよ、と幾久は文句を言うのだが、時山は唇を尖らせた。
「だってー、いっくんのほうがみほりんより上手いんだもーん」
 時山はジャージのポケットに両手をつっこんで、体をゆらゆら揺らす。
「はいはい、わかりましたよ。勝負はどうだったんすか?」
「微妙においらの勝ち」
「微妙なのかよ」
 てっきり圧勝してるのかと思いきや、そうでもないらしい。
「勝ちは勝ちだからいいじゃん?ね?みほりん?」
「不本意ながら、仕方ないですけどね」
 全く納得していない、といった雰囲気で御堀が答える。
「じゃ、いっくんそっちでみほりんこっちね」
 時山が勝手にさっさと決めてしまい、幾久は仕方なくそれに従う。
「もー、ほんと勘弁してくださいよ」
 ため息をつきつつも、幾久は柔軟をする。
「よし、じゃあいいよ。誉からどうぞ」
「そうさせてもらう」
 さっきまで時山とやっていたせいで御堀も勢いはついているらしい。
 しょっぱなから完全に入り込んでいる目だ。
「はい、じゃあはじめー!」
 時山が楽しそうに号令をかけた途端、幾久にもスイッチが入った。


 勝負はあっという間についた。
 そもそも、御堀のようなタイプは幾久にとって慣れた相手で、御堀にとって幾久は全く慣れていない相手だった。
 躍起になってもこれは勝てない、と察した御堀は「僕の負け」と両手を挙げた。
「あれー?いっくんには素直じゃーん」
 茶化す時山に、御堀は答えた。
「無理です。幾、フットサルやってたの?」
「あー、まあ、参加できるときは」
 サッカーを辞めた幾久と、まだユースに所属していた多留人が一緒に遊ぶのは、ストリートサッカーが多かった。
 狭い場所で技術を競ったり、リフティングで遊んだり、ボールの勢いをいかに殺すか、なんていう遊びばかりやっていたので、ずっと真面目にサッカー畑に居た時山や御堀とはタイプが違う。
 そもそも、いくら広いとはいえ寮の庭でするのなら、ストリートでやっていた幾久のほうが圧倒的に有利なのは間違いない。
「今日は諦めるよ。今の僕じゃ勝てないし」
「でしょでしょ?言ったじゃん、いっくんの方が上手いって」
「時山先輩とはいい勝負しましたけどね」
「まーね。でもおいらの勝ちだし」
「試験終わったら勝負しましょうよ」
 御堀の誘いに、時山が「いーよ」と機嫌よく応じていたが、幾久は頼むから寮以外でやってくれよ、と祈った。
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