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【10】虎視眈々~タマ、寮出する
自分の武器を探せ
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幾久の説明を紙に書かせ、六花は頷いた。
「フーンなるほど。問題点は、元鷹コンビね」
幾久は頷く。紙に書くのは面倒だったが、頭の中が整理されてなかなかいい方法だなと思った。
幾久が黒のペン、六花は赤いペンで紙にいろいろ書き込んで行った。
「元鷹、中々頭いいじゃないの。夏休みにこうやってちゃんと味方つくってんのね」
いじめの内容も、誰がやっているのかも、他の人がなにをどうしているのかも全部紙に書くと、児玉の立場の悪さがわかる。
幾久が知る限り、これでは弥太郎と雪充しか味方が存在しなくなっている。
「これはねえ、解決は無理よ」
六花は言う。
「どんなにタマちゃんが対策練ったって、相手はその上からやってくるんだもん。意味ねーわ。諦めろ」
ガタ先輩と同じ事をいうんだな、と幾久は思った。
「不満?」
「はい、なんか方法ないのかなって思います」
正直に答える幾久に、六花は笑って告げた。
「向かってくるものとは、戦うしかないよ」
「でもそうなると、相手と同じレベルに立つってことじゃないんすか?」
いじめている相手と同じレベルに立つなんて、と幾久は思うのだが、六花は笑って教えた。
「それって、いじめする方がレベル下だって言いたいのよね?」
「違うんすか?」
もう高校生にもなって、こんな子供みたいないじめをするなんて、レベルが低いのじゃなかったら何なんだと幾久は思う。
「そのレベルって、どうやって計るの?」
「え?」
幾久は目を見開いた。
「いじめる方はさ、いじめて上に立ってるつもりでいるのよね。自分が下なんてこれっぽっちも思ってない」
「そうっすね」
「じゃあ、いじめられてる方が下ってことだ」
いじめる方にとっては、と六花は言う。
「でも実際は、いじめる方が下ですよね?」
「その『実際』は、一体どこにあると思う?」
六花の問いに、幾久は悩んだ。いじめをするのはレベルの低いことで、するのはみっともない、そう幾久は思っている。
「けどさ、実際はレベルが高かろーが低かろーが、タマちゃんはやられちゃってるわけだ。ってことは負けてんのよね、そいつらにとってタマちゃんは」
認めたくないけど、それは確かにそうなのだろう。
「そう、っすね」
でもだったら、と幾久は思う。
「なんで、勝負ついてんのにタマをいじめ続けるんすか?」
勝ち負けというのなら、児玉の負けだ。もう勝負はついている。
「いっくん、それも紙に書きな」
「あ、はい、」
幾久は面倒だが、六花に従って説明や内容、思ったことを書き綴る。
「で、答えね。勝負ついてて勝ってるのに、負けた相手をいたぶり続けるのが『いじめ』だからです。判った?」
「……判りましたけど、なんかそれって」
「ひどいでしょ?」
六花はニヤニヤして言った。
「ひどいっす」
「だから、勝たないと意味ないの。この世の中はね」
六花は言う。
「仲良くしましょう、とかみんな平等に、なんてのは守ってくれる人がいる世界の話でね。守ってくれない世界では自分の身は自分で守るしかない。いっくんは御門で先輩が守ってくれてるけど、タマちゃんには雪しかいないし、雪は忙しいし、タマちゃんは雪に迷惑かけたくない。そういう事でしょ」
幾久は頷く。
「それはタマちゃんが我侭ね」
「我侭……」
「雪ちゃんに迷惑かけたくない、でもいじめの相手も面倒、戦うわけにもいかない、全部タマちゃんの思う通りにはできないよ」
六花の言葉に幾久は目を丸くする。児玉が我侭という発想は全くなかったからだ。
「でも、タマがやりかえしたら絶対に怪我させてしまうし。他にどういった方法が、なにかあったりするん、でしょうか」
六花はきっぱりと告げた。
「戦い方を探しなさい」
「戦い方?」
そう、と六花は言う。
「いっくんにはいっくんの、タマちゃんにはタマちゃんの戦い方があるってこと。向こうはいじめっていう戦い方で来てるわけよね?だったらそれが向こうの戦い方。タマちゃんが良かろうが、悪かろうが、相手はちゃんと自分なりの戦い方でタマちゃんに挑んできてるわけだ」
褒められたやり口じゃないけどね、と六花は言う。
「じゃあ、どうしたらいいんでしょうか」
自分なりの戦い方なんて幾久は考えたこともないし、判らない。考え込む幾久に、六花は言った。
「いっくん、相手の立場になって考えな。相手の立場になって、っていうのは、嫌いな相手を擁護するって意味じゃないよ。むしろ逆で、相手の事を考えることは、攻撃する手段になるんだからね」
幾久は顔を上げる。
「この前さ、タマちゃんが倒れた時、いっくんは折角楽しい事を告げたのにそれが嫌な結果になったからって落ち込んでたんでしょ?」
幾久は頷く。報国院に居ると告げたとき、児玉はものすごく喜んでくれた。けれど結果、伊藤を調子にのせてしまい、児玉はアルコール中毒をおこしてしまった。
「それって、その恭王の子たちにも言えるんじゃない?」
「……あ!」
幾久の顔を見て六花は頷く。
「同じ寮の子にしてみたら、夏休みに一緒に遊んで楽しかったから仲良くなったのに、結果待ってたのがタマちゃんいじめでしょ?それってやっぱり気分良くないし、そんな策略目の前で見せられたら、自分の番かもって怖くなっちゃうね」
「そう、……ッスよね」
確かにそうだ。
夏休みに同じ寮のメンバーに誘われたら、まあ行ってみようかなとは思うかもしれない。
楽しければ仲良くもなるだろう。でももし、その結果があまりいいものじゃなかたら、嫌になることもあるかもしれない。
幾久は山縣の言葉を思い出していた。
『どいつもこいつも、いいとか悪いとか、そういう判断で動いているわけじゃねーんだよ』
つまり、状況に流されている人もいるということだ。
だから、いじめを止めるのも巻き込まれるから嫌、だけど見ているだけも嫌、結果、弥太郎に児玉の情報を流している。
六花にそれを説明すると、六花は満足そうに笑って「さすが、杉松に似ているだけあっていっくん賢い」と幾久の頭を撫でた。
「それでねえ、これってちょっと反則なんだけど、可愛いいっくんが悩んでいるからね、六花さんもあまりいい思いはしないのよ」
にこーっと笑っているが、なんとなく、ちょっと怒っているっぽいのは判る。幾久に、ではなく元鷹に、だ。
「雪の援護射撃にもなるし、というわけでいっくんに、六花さんのお知恵を授けてやろう」
ウフフフフ、と大変人の悪そうな顔で六花さんは笑って言った。
たぶん碌なことじゃないのは幾久も判ったが、こうとなっては頼れるものは六花の(多分、悪)知恵でしかない。
「よろしくお願いシャス!」
幾久が頭を下げると、六花は「よろしい!」と腕を組み、幾久にお知恵を与えてやった。
さて、次の日になった。
幾久はいつもよりずっと早めに寮を出た。弥太郎にあることを頼んだからだ。
弥太郎は最初不思議がったが、児玉を救えるかも、という幾久の言葉に頷いた。
児玉はあくまで児玉らしかった。
朝一番に幾久に、昨日の事を謝ってきた。幾久は笑って、「怒ってないし、別にいいよ」と返す。
「タマのことだもん、仕方ないよ」
そう言うと、児玉はそっか、と笑ってくれたので、これでいいと幾久は思う。
児玉が児玉で戦うなら、幾久は幾久なりに戦うまでだ。
(だれが、黙ってなんか見ててやるかよ)
あっちがあっちのやり方を通すなら、こっちだってこっちのやり方がある。児玉の武器が使えないなら幾久が勝手に児玉の武器として機能すればそれでいいわけだ。
昼休みになり、弥太郎は児玉を誘い出した。
「おれ今日さ、購買にパン行くんだけど、タマついてきてくんね?」
食べるのは一緒に食堂で食うからさあ、と弥太郎がいうと、児玉はべつにいいけど、と着いて行った。
先に席をとっとく、と幾久だけが食堂に残ったのだが、もう今朝の時点で幾久はあるグループを把握していた。
これ見よがしに児玉を購買に誘えば、弥太郎と児玉なら絶対に元鷹がからんでくると思って移動してもらった。実際、弥太郎と児玉が二人で購買に出かけたのを知ると、後を二人でおいかけていった。
テーブルをくっつけて、まるで学校よろしく食事を取ろうとしていたあるグループ、つまり元鷹が一緒に行動しているグループに幾久は狙いを定めた。
顔は間違いない。しっかり覚えている。
殆どが一年の鳩と鷹。幾久と前期同じクラスの奴もいるかもしれないが、正直、覚えていない程度だ。
(いくぞオレ!)
六花さんの知恵を上手に生かすのは一度限り、ここしかない。幾久はネクタイをきちんと締めて、元鷹のいない、グループの場所へ向かった。
「あのさ、ちょっといい?」
幾久が声をかけると、幾久をなんとなくしか知らない連中は、声をかけられてなんだ?と顔を上げた。
「あんたらさ、恭王寮だろ?」
「……そうだけど」
「オレ、タマの、児玉の友達なんだけど」
児玉の名前に一瞬全員の表情が凍る。その隙に幾久は名札を確認し、一人一人の名前を読みあげた。全員が一年生で、クラスと苗字をしっかり読み上げると、呼ばれた子は少し不思議そうに、なんだろうと幾久を見ている。
幾久は全員の名前を確認すると、ふっとえらそうに鼻で笑って言った。
「覚えとく」
それだけ言うと、くるっと背を向けて取った席へと戻っていく。
グループの連中は、なにがあったのか判らないようで、不安げに幾久のほうを見ている。
だが、ここは絶対に相手を見ていると気付かれてはならないと六花に言われていて幾久はぐっと気付かないふりをする。
心臓はばくばく音を立てているが、六花の言葉を何度も幾久は思い出す。
『絶対に振り向くな!気付くな!あくまで、余裕、余裕。余裕を見せて、まるでハルと瑞祥のように、肩張ってえらそうにしてりゃいいのよ!ちょっとくらい、真似できるでしょ』
真似ならできる。えらそうな先輩たちなら毎日見てるのだから。
購買から弥太郎が戻って来たので、席についてもらい、幾久と児玉はランチを取りに向かった。
いつもよりもっと親しげに児玉とふざけるように喋ると、昨日の今日のせいか、児玉もほっとして幾久と楽しく喋ったりもした。
(よーし、うまくいってるぞ)
児玉を茶化した元鷹どもは、自分のテーブルについたのだが、さっきの幾久の行動を聞いたのか、ちらちらこっちを気にしている様子だ。
児玉はあえてそっちを見ないようにしているのが判ったので、これも丁度よかった。
「ヤッタ、サンキュー」
今日はパンにさせてしまったが、計画通りなので弥太郎はいいよ、と言う。
「じゃあ、メシくおーぜ。いただきま」
児玉がそう言おうとしたその時だった。
「いーくーひーさぁあああああー!」
そう言ってガタイのいい一年生が突進してきた。
伊藤だ。
「と、トシ?ひさしぶ」
幾久がなにか言うその前に、伊藤は突然床に正座した。
「ほんっとマジで夏休みの時は申し訳ありませんでしたぁああああ!」
そう言うと、伊藤は幾久の前で土下座した。
当然、注目の的になった。勿論、あの元鷹のやつも、そのグループのやつもしっかりそれを、見ていた。
(うわー、あいつら、ガン見してんじゃん!)
しかし今日は仕込みの日だ。慌てたりしてはいけない。トシには悪いが、ここはえらそうにさせてもらおう。
「えーと、何?」
すーんとまるで久坂のようにしてみると、伊藤は幾久が怒っているのだと思い込み、更に深く頭を下げた。
「ほんっとーに、本当に、その節は申し訳ありませんっした!」
「だから、それってオレに言うべきこと?言う相手間違ってるんじゃね?」
トシ、ごめんな、今度説明すっから、と思いつつも幾久は高杉のようにそう言うと、伊藤は、はっと顔を上げた。
「そーだよ、そうだった!児玉すまん!ほんっともーしわけなかった!」
「だからそれはいいって。ホラ、下手に目立ってんじゃん、やめろって」
「それよりトシ、メシはどしたの?」
弥太郎がいうとトシは首を横に振りつつ言った。
「まだ」
「じゃあ、先にランチとってきなよ。おれ、お茶用意しとくからさ」
「そうする……」
しょんぼりとしたまま、伊藤はランチメニューを取りに向かった。
幾久のやや冷たい態度に児玉は何か言いたげだったけれど、幾久が『聞くな』という雰囲気を出していると何も尋ねてはこなかった。
「フーンなるほど。問題点は、元鷹コンビね」
幾久は頷く。紙に書くのは面倒だったが、頭の中が整理されてなかなかいい方法だなと思った。
幾久が黒のペン、六花は赤いペンで紙にいろいろ書き込んで行った。
「元鷹、中々頭いいじゃないの。夏休みにこうやってちゃんと味方つくってんのね」
いじめの内容も、誰がやっているのかも、他の人がなにをどうしているのかも全部紙に書くと、児玉の立場の悪さがわかる。
幾久が知る限り、これでは弥太郎と雪充しか味方が存在しなくなっている。
「これはねえ、解決は無理よ」
六花は言う。
「どんなにタマちゃんが対策練ったって、相手はその上からやってくるんだもん。意味ねーわ。諦めろ」
ガタ先輩と同じ事をいうんだな、と幾久は思った。
「不満?」
「はい、なんか方法ないのかなって思います」
正直に答える幾久に、六花は笑って告げた。
「向かってくるものとは、戦うしかないよ」
「でもそうなると、相手と同じレベルに立つってことじゃないんすか?」
いじめている相手と同じレベルに立つなんて、と幾久は思うのだが、六花は笑って教えた。
「それって、いじめする方がレベル下だって言いたいのよね?」
「違うんすか?」
もう高校生にもなって、こんな子供みたいないじめをするなんて、レベルが低いのじゃなかったら何なんだと幾久は思う。
「そのレベルって、どうやって計るの?」
「え?」
幾久は目を見開いた。
「いじめる方はさ、いじめて上に立ってるつもりでいるのよね。自分が下なんてこれっぽっちも思ってない」
「そうっすね」
「じゃあ、いじめられてる方が下ってことだ」
いじめる方にとっては、と六花は言う。
「でも実際は、いじめる方が下ですよね?」
「その『実際』は、一体どこにあると思う?」
六花の問いに、幾久は悩んだ。いじめをするのはレベルの低いことで、するのはみっともない、そう幾久は思っている。
「けどさ、実際はレベルが高かろーが低かろーが、タマちゃんはやられちゃってるわけだ。ってことは負けてんのよね、そいつらにとってタマちゃんは」
認めたくないけど、それは確かにそうなのだろう。
「そう、っすね」
でもだったら、と幾久は思う。
「なんで、勝負ついてんのにタマをいじめ続けるんすか?」
勝ち負けというのなら、児玉の負けだ。もう勝負はついている。
「いっくん、それも紙に書きな」
「あ、はい、」
幾久は面倒だが、六花に従って説明や内容、思ったことを書き綴る。
「で、答えね。勝負ついてて勝ってるのに、負けた相手をいたぶり続けるのが『いじめ』だからです。判った?」
「……判りましたけど、なんかそれって」
「ひどいでしょ?」
六花はニヤニヤして言った。
「ひどいっす」
「だから、勝たないと意味ないの。この世の中はね」
六花は言う。
「仲良くしましょう、とかみんな平等に、なんてのは守ってくれる人がいる世界の話でね。守ってくれない世界では自分の身は自分で守るしかない。いっくんは御門で先輩が守ってくれてるけど、タマちゃんには雪しかいないし、雪は忙しいし、タマちゃんは雪に迷惑かけたくない。そういう事でしょ」
幾久は頷く。
「それはタマちゃんが我侭ね」
「我侭……」
「雪ちゃんに迷惑かけたくない、でもいじめの相手も面倒、戦うわけにもいかない、全部タマちゃんの思う通りにはできないよ」
六花の言葉に幾久は目を丸くする。児玉が我侭という発想は全くなかったからだ。
「でも、タマがやりかえしたら絶対に怪我させてしまうし。他にどういった方法が、なにかあったりするん、でしょうか」
六花はきっぱりと告げた。
「戦い方を探しなさい」
「戦い方?」
そう、と六花は言う。
「いっくんにはいっくんの、タマちゃんにはタマちゃんの戦い方があるってこと。向こうはいじめっていう戦い方で来てるわけよね?だったらそれが向こうの戦い方。タマちゃんが良かろうが、悪かろうが、相手はちゃんと自分なりの戦い方でタマちゃんに挑んできてるわけだ」
褒められたやり口じゃないけどね、と六花は言う。
「じゃあ、どうしたらいいんでしょうか」
自分なりの戦い方なんて幾久は考えたこともないし、判らない。考え込む幾久に、六花は言った。
「いっくん、相手の立場になって考えな。相手の立場になって、っていうのは、嫌いな相手を擁護するって意味じゃないよ。むしろ逆で、相手の事を考えることは、攻撃する手段になるんだからね」
幾久は顔を上げる。
「この前さ、タマちゃんが倒れた時、いっくんは折角楽しい事を告げたのにそれが嫌な結果になったからって落ち込んでたんでしょ?」
幾久は頷く。報国院に居ると告げたとき、児玉はものすごく喜んでくれた。けれど結果、伊藤を調子にのせてしまい、児玉はアルコール中毒をおこしてしまった。
「それって、その恭王の子たちにも言えるんじゃない?」
「……あ!」
幾久の顔を見て六花は頷く。
「同じ寮の子にしてみたら、夏休みに一緒に遊んで楽しかったから仲良くなったのに、結果待ってたのがタマちゃんいじめでしょ?それってやっぱり気分良くないし、そんな策略目の前で見せられたら、自分の番かもって怖くなっちゃうね」
「そう、……ッスよね」
確かにそうだ。
夏休みに同じ寮のメンバーに誘われたら、まあ行ってみようかなとは思うかもしれない。
楽しければ仲良くもなるだろう。でももし、その結果があまりいいものじゃなかたら、嫌になることもあるかもしれない。
幾久は山縣の言葉を思い出していた。
『どいつもこいつも、いいとか悪いとか、そういう判断で動いているわけじゃねーんだよ』
つまり、状況に流されている人もいるということだ。
だから、いじめを止めるのも巻き込まれるから嫌、だけど見ているだけも嫌、結果、弥太郎に児玉の情報を流している。
六花にそれを説明すると、六花は満足そうに笑って「さすが、杉松に似ているだけあっていっくん賢い」と幾久の頭を撫でた。
「それでねえ、これってちょっと反則なんだけど、可愛いいっくんが悩んでいるからね、六花さんもあまりいい思いはしないのよ」
にこーっと笑っているが、なんとなく、ちょっと怒っているっぽいのは判る。幾久に、ではなく元鷹に、だ。
「雪の援護射撃にもなるし、というわけでいっくんに、六花さんのお知恵を授けてやろう」
ウフフフフ、と大変人の悪そうな顔で六花さんは笑って言った。
たぶん碌なことじゃないのは幾久も判ったが、こうとなっては頼れるものは六花の(多分、悪)知恵でしかない。
「よろしくお願いシャス!」
幾久が頭を下げると、六花は「よろしい!」と腕を組み、幾久にお知恵を与えてやった。
さて、次の日になった。
幾久はいつもよりずっと早めに寮を出た。弥太郎にあることを頼んだからだ。
弥太郎は最初不思議がったが、児玉を救えるかも、という幾久の言葉に頷いた。
児玉はあくまで児玉らしかった。
朝一番に幾久に、昨日の事を謝ってきた。幾久は笑って、「怒ってないし、別にいいよ」と返す。
「タマのことだもん、仕方ないよ」
そう言うと、児玉はそっか、と笑ってくれたので、これでいいと幾久は思う。
児玉が児玉で戦うなら、幾久は幾久なりに戦うまでだ。
(だれが、黙ってなんか見ててやるかよ)
あっちがあっちのやり方を通すなら、こっちだってこっちのやり方がある。児玉の武器が使えないなら幾久が勝手に児玉の武器として機能すればそれでいいわけだ。
昼休みになり、弥太郎は児玉を誘い出した。
「おれ今日さ、購買にパン行くんだけど、タマついてきてくんね?」
食べるのは一緒に食堂で食うからさあ、と弥太郎がいうと、児玉はべつにいいけど、と着いて行った。
先に席をとっとく、と幾久だけが食堂に残ったのだが、もう今朝の時点で幾久はあるグループを把握していた。
これ見よがしに児玉を購買に誘えば、弥太郎と児玉なら絶対に元鷹がからんでくると思って移動してもらった。実際、弥太郎と児玉が二人で購買に出かけたのを知ると、後を二人でおいかけていった。
テーブルをくっつけて、まるで学校よろしく食事を取ろうとしていたあるグループ、つまり元鷹が一緒に行動しているグループに幾久は狙いを定めた。
顔は間違いない。しっかり覚えている。
殆どが一年の鳩と鷹。幾久と前期同じクラスの奴もいるかもしれないが、正直、覚えていない程度だ。
(いくぞオレ!)
六花さんの知恵を上手に生かすのは一度限り、ここしかない。幾久はネクタイをきちんと締めて、元鷹のいない、グループの場所へ向かった。
「あのさ、ちょっといい?」
幾久が声をかけると、幾久をなんとなくしか知らない連中は、声をかけられてなんだ?と顔を上げた。
「あんたらさ、恭王寮だろ?」
「……そうだけど」
「オレ、タマの、児玉の友達なんだけど」
児玉の名前に一瞬全員の表情が凍る。その隙に幾久は名札を確認し、一人一人の名前を読みあげた。全員が一年生で、クラスと苗字をしっかり読み上げると、呼ばれた子は少し不思議そうに、なんだろうと幾久を見ている。
幾久は全員の名前を確認すると、ふっとえらそうに鼻で笑って言った。
「覚えとく」
それだけ言うと、くるっと背を向けて取った席へと戻っていく。
グループの連中は、なにがあったのか判らないようで、不安げに幾久のほうを見ている。
だが、ここは絶対に相手を見ていると気付かれてはならないと六花に言われていて幾久はぐっと気付かないふりをする。
心臓はばくばく音を立てているが、六花の言葉を何度も幾久は思い出す。
『絶対に振り向くな!気付くな!あくまで、余裕、余裕。余裕を見せて、まるでハルと瑞祥のように、肩張ってえらそうにしてりゃいいのよ!ちょっとくらい、真似できるでしょ』
真似ならできる。えらそうな先輩たちなら毎日見てるのだから。
購買から弥太郎が戻って来たので、席についてもらい、幾久と児玉はランチを取りに向かった。
いつもよりもっと親しげに児玉とふざけるように喋ると、昨日の今日のせいか、児玉もほっとして幾久と楽しく喋ったりもした。
(よーし、うまくいってるぞ)
児玉を茶化した元鷹どもは、自分のテーブルについたのだが、さっきの幾久の行動を聞いたのか、ちらちらこっちを気にしている様子だ。
児玉はあえてそっちを見ないようにしているのが判ったので、これも丁度よかった。
「ヤッタ、サンキュー」
今日はパンにさせてしまったが、計画通りなので弥太郎はいいよ、と言う。
「じゃあ、メシくおーぜ。いただきま」
児玉がそう言おうとしたその時だった。
「いーくーひーさぁあああああー!」
そう言ってガタイのいい一年生が突進してきた。
伊藤だ。
「と、トシ?ひさしぶ」
幾久がなにか言うその前に、伊藤は突然床に正座した。
「ほんっとマジで夏休みの時は申し訳ありませんでしたぁああああ!」
そう言うと、伊藤は幾久の前で土下座した。
当然、注目の的になった。勿論、あの元鷹のやつも、そのグループのやつもしっかりそれを、見ていた。
(うわー、あいつら、ガン見してんじゃん!)
しかし今日は仕込みの日だ。慌てたりしてはいけない。トシには悪いが、ここはえらそうにさせてもらおう。
「えーと、何?」
すーんとまるで久坂のようにしてみると、伊藤は幾久が怒っているのだと思い込み、更に深く頭を下げた。
「ほんっとーに、本当に、その節は申し訳ありませんっした!」
「だから、それってオレに言うべきこと?言う相手間違ってるんじゃね?」
トシ、ごめんな、今度説明すっから、と思いつつも幾久は高杉のようにそう言うと、伊藤は、はっと顔を上げた。
「そーだよ、そうだった!児玉すまん!ほんっともーしわけなかった!」
「だからそれはいいって。ホラ、下手に目立ってんじゃん、やめろって」
「それよりトシ、メシはどしたの?」
弥太郎がいうとトシは首を横に振りつつ言った。
「まだ」
「じゃあ、先にランチとってきなよ。おれ、お茶用意しとくからさ」
「そうする……」
しょんぼりとしたまま、伊藤はランチメニューを取りに向かった。
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