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【9】拳拳服膺~仲良く皆で夏祭り
風の舞い込む明るいほうへ
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久坂家の墓は家からほど近い寺にあり、そこは幾久が、入学して間もない頃、皆と花見をした寺だった。
石畳の通路を歩き、山門を抜け、小高い場所にある寺への参道を歩く。
参道はのぼりの坂道で、鬱蒼と茂る木の間を抜けてゆく。
階段を上りながら幾久が尋ねた。
「でも、なんで御門寮じゃなくて久坂先輩の家に、杉松さんとか六花さんとかが居たんすか?」
確かに場所は御門寮ではなかった。
児玉の記憶は正しかったということになる。
「ああ、そりゃ簡単。御門寮ね、昔改築してるんだけど、その間寮生を久坂家で預かったのよ。久坂家は広いし、瑞祥のおじいちゃんも報国院出身だから、じゃあ引き受けましょうってなって」
「へー、そんなことが」
でも改築なら、自分がそこに丁度引っかかったみたいに、夏休みにできなかったのだろうかと幾久は思ったのだが。
「いやそれがさ、よしひろと常世の馬鹿が、御門寮ぶっ壊したのよ」
「へ?!」
「元々古いつくりだけどさ、日本家屋としてはかなり頑丈なのね御門寮って。でもあいつら、壁だの柱だのをぶっ壊しちゃったもんで、このままじゃ寮が全部壊されるし、じゃあついでに改築してしまおうと、今の寮になったんだよ」
「そんなことがあったんすか」
確かに今幾久が住んでいる御門寮は、古くはあるが寮全体の雰囲気がそうなだけで、どこか破れているとか、壊れそうとかそんな雰囲気はない。確かに窓なんかは古いけれど雨戸はあるし、日常使うキッチンやダイニングは最近の、例えば久坂家のダイニングみたいだし、風呂も洗面所もトイレも、普通に新しいものだ。
「毛利先生から、ああなったんすか」
「ほんっとあいつら馬鹿だからね、馬鹿。杉松いなかったらただのゴミだから」
「ひどい」
幾久は言うが、六花は楽しそうだ。
「事実よ。ほんと、杉松が居てどれだけ私たちが助かったか、本人は判ってんのかねえ」
ざっと夏の風が山から降りてきた。春に感じたのとは違う強い風だ。
「さて、到着」
山門を抜けると開けた寺の敷地内に到着した。
「あっちの脇道から山にむけて墓があるの。もうひとがんばりよ」
「ウス」
高杉と久坂と児玉は、駆け足でかるく登っていく、その身軽さに幾久は感心した。
「先輩ら、身軽っすね」
「このあたりの子は、ここが遊び場だから慣れてんのよ。よく鬼ごっことかしてるし」
確かに、子供の遊び場としてここは有能だろう。あちこちに隠れる場所があるし、段差が多い。
所どころ、案内板があるのが面白い。六花に尋ねると、この城下町に関わる人の墓なのだという。
「幕末もだけど、その前もその後もあるよ。坂本竜馬の友人だった人の墓もあるし」
「そうなんすか?」
へえーと幾久は感心する。歴史や幕末には全く詳しくないのでさっぱりだ。
「お盆過ぎたばっかりだから、あちこち賑やかね」
確かに、どのお墓も掃除が行き届いて、綺麗な花が添えてある。
「お、さすが早い早い」
久坂と高杉、児玉の三人は先に墓に到着したらしい。
幾久も六花も、久坂家の墓に到着した。
線香に火をつけ、六花が墓の前に立てる。
静かに児玉が両手を合わせ、丁寧に拝んだ。
久坂も高杉も六花も手を合わせ、幾久も手を合わせて頭を下げる。
夏の風が山の木々を通り抜け、ざあっと大きな音を立て葉を揺らすざわめきが聞こえる。
やがて児玉は膝をつき、墓に向かい言った。
「杉松先輩、俺、児玉無一って言います。昔、助けてくださってありがとうございました」
まるで目の前に杉松が居るように丁寧に言葉を紡ぐ児玉を全員は静かに見守った。
「俺、杉松先輩に憧れて報国院に入りました。鳳は……今は落ちてますけど、絶対に先輩みたいに鳳に戻ってみせます」
そう言って丁寧にゆっくりと墓に頭を下げる児玉の姿に、幾久は言いようのない尊敬を覚え、そしてなんだか自分まで泣きそうになってしまった。
(タマって、すげえ)
お墓の前で、こんなにも丁寧にできるんだ。
それはきっと、児玉にとって杉松は目の前にいる存在だからに違いない。
こんな風にもう居ない人に対して、素直に尊敬を示すことができる児玉を、幾久は心底凄いと思った。
(だからだ。だからタマは、許されたんだ)
他人と身内の区分けがちゃんと出来ている高杉も、身内について触られたくないはずの久坂も、杉松の妻である六花も、児玉のこういう部分を見抜いたから、こうして墓につれて来た。
自分みたいに、末っ子感覚で、一緒に来ていいよ、という立場ではなく、児玉は杉松の身内として受け入れられたのだ。その素直な一途さでもって。
(すげえよ、タマ)
児玉は絶対に鳳に戻れる、と幾久はこの時に確信した。
児玉は振り返った時、すがすがしい笑顔を見せた。
全員がそれに少しほっとして、六花が「帰ろうか」と声をかけた。
全員がゆっくりと山道を下る。時々人とすれ違い、軽く会釈をして返す。
山陰の道を風が通り抜け、涼しくて気持ちがいい。
歩きながら児玉は六花に尋ねた。
「あの、杉松先輩のお墓参りですけど」
「いつでも杉松に会ってやって。お墓でも、ウチでも」
六花の言葉に児玉はあわてて首を横に振る。
「いや、さすがにご自宅は行きづらいっす」
「恭王寮近いのに」
久坂の家を恭王寮は遠くない。幾久が言うと六花はそうだ!と手を打つ。
「だったら、いっくんと一緒においで。それなら来づらくはないでしょ」
「あ、それいいっすね!」
児玉は言うが、幾久はあわてて首を横に振る。
「そんな!オレだって昨日はじめて行ったばかりなのに!」
「気にしなさんなー、なんなら夏休みの間、ずっと泊まってく?」
「いやそれは」
幾久が首を振り続けると、久坂が気配を消して幾久の後ろに立っていた。
「いっくん、うちの姉に手を出すの?」
「ひぃっ!」
「ええ根性しとるの」
がしっと後ろから肩を組まれる。幾久は慌てた。
「ハル先輩までやめてくださいよ!」
「あれ?いっくん年上は無理かな?」
六花まで参加する冗談に幾久は肩を落とす。
「もー……六花さんハル先輩と久坂先輩を足して倍にしたような人じゃないっすか、怖いっすよ」
久坂と高杉が顔を合わせた。
「怖いじゃと、瑞祥」
「怖いってさ、ハル」
幾久はきっぱり言い切った。
「三人とも、怖いっス」
「いい先輩じゃろうが」
「ひどいな、こんなに可愛がってるのに」
「杉松は私ら三人とも、かわいいって言ってたよ」
ねーっとわざとらしく三人で顔をあわせてハイタッチしている。こんな所は間違いなく三人姉弟だ。
(杉松さんって、懐広いッス……)
こんな猛獣みたいな性格の三人をよくも上手に扱えたものだなぁとしみじみ感心してしまう。
(そっか。だから雪ちゃん先輩も、あんな風にどっしりしてるのかな)
雪充のお手本が杉松なら、高校生らしからぬあの落ち着きも納得だ。なにせ、この三人を手懐けるのは相当難しいだろうから。
「あっ」
考え事をしていたら、つい下りの坂道でつんのめった。あやうく転ぶ所だったが、高杉が肩を組んでいたので支えられた。
「なにやっちょんじゃ幾久、注意力足りんぞ」
高杉が言うと、久坂が笑って言った。
「そんなんじゃ後期鳳、あぶないかもね」
「嫌なこと言わないで下さいよ」
幾久の返しに久坂がおや?と首をかしげた。
「いっくん、後期、鳳狙うんだ」
「そのつもりッス。タマ、この調子だと絶対に鳳に行くから、オレ一人鷹においてかれるの、ヤですもん」
児玉の決心は絶対に揺るがない。
必ず後期には鳳に戻るだろう。
だったら自分だって、と幾久は思う。
「御門ったら鳳なんでしょ。やるッスよ」
なんとなく児玉の勢いに流された気もしないでもないが、どうせ報国院に居ると決めたのだ。
やるからには先輩と同じ鳳だ。そしてずっと、児玉と一緒がいい。
児玉が高杉の反対側にまわり、肩を組んだ。
「よっし!絶対にやるぞ幾久!」
「うん。頑張る。やるよ、タマ」
そう言って笑う二人に高杉が笑って久坂に言う。
「なんかワシらお邪魔かのう」
「いい雰囲気だねえ、二人とも」
茶化す久坂と高杉だが、幾久は言った。
「お揃いのピアスつけてる先輩達ほどじゃないっす」
久坂も高杉も幾久の返しにおやっという顔をして、楽しげに笑った。
「じゃったら、お前らもお揃いのしたらどうじゃ?」
するわけないよなー、タマ、と言おうとしたらまさかの児玉がくいついた。
「それいいッスね!先輩らのピアス、かっけえなってずっと思ってたんス!な、幾久、お前も穴あけよーぜ!」
「なんでそういうトコばっか食いつくんだよ!ヤダよ!」
「じゃあ僕、いっくんとお揃いのピアスなにか買ってこようかなあ」
ピアス穴が両耳で四つもある久坂が言う。
「いやっす!絶対にあけないっす!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、高校生が四人駆け下りた行く。賑やかな声に、遅い墓参りに来た老婦人が、あらあら、と楽しそうに微笑んでいる。
そしてまた、焦ったのか坂道でつんのめる幾久に、六花は目を拭った。
(あんなところ、ホント同じよねえ)
杉松、アンタと同じ場所で、後輩が同じように引っかかってるよ。そういうところが似てるんだよあの子。
「東京から来た、眼鏡君、かぁー」
ははっと六花は笑った。
失った事に浸りたくても、世界はこんな風にめぐってヘンなものを運んでくる。
杉松と似た、杉松と似て居ない、杉松のような幾久と、杉松にあこがれて報国院に入った児玉、そしてどこか六花や兄貴分の空気をそれとなく拾って育つ弟達。
「―――――賑やかだねえ、杉松」
弟達はみんな元気にやってるよ。
私も。
あんたがいなくったって、なんの代わり映えもしない日常だから、居ても居なくても同じだよ。
だからねえ、杉松。気にしなさんな。どうせ私らは代わり映えしない。毎日同じように生きている。
どうか杉松の残り香をまとう弟達を、暫く懐かしんでいられますように。
「ねーちゃん、おっそーい」
めずらしく子供の頃のように甘えて言う高杉に六花は返した。
「先に行けば」
久坂が言う。
「年寄り見捨てて行けないよ」
「そこは墓で姥捨て山じゃねえし」
高杉と久坂の生意気な言葉に、六花はおもいきり怒鳴って走り出した。
「お前等ぁ!」
きゃーっと笑いながら叫んで走り出す弟達を、六花は全速力で追いかける。
すずしい山風が下りて来て、海まで風が流れてゆく。
風の中で暴れる青葉のような弟達は、はしゃぎながら坂道を駆け抜けて行った。
拳拳服膺・終わり
石畳の通路を歩き、山門を抜け、小高い場所にある寺への参道を歩く。
参道はのぼりの坂道で、鬱蒼と茂る木の間を抜けてゆく。
階段を上りながら幾久が尋ねた。
「でも、なんで御門寮じゃなくて久坂先輩の家に、杉松さんとか六花さんとかが居たんすか?」
確かに場所は御門寮ではなかった。
児玉の記憶は正しかったということになる。
「ああ、そりゃ簡単。御門寮ね、昔改築してるんだけど、その間寮生を久坂家で預かったのよ。久坂家は広いし、瑞祥のおじいちゃんも報国院出身だから、じゃあ引き受けましょうってなって」
「へー、そんなことが」
でも改築なら、自分がそこに丁度引っかかったみたいに、夏休みにできなかったのだろうかと幾久は思ったのだが。
「いやそれがさ、よしひろと常世の馬鹿が、御門寮ぶっ壊したのよ」
「へ?!」
「元々古いつくりだけどさ、日本家屋としてはかなり頑丈なのね御門寮って。でもあいつら、壁だの柱だのをぶっ壊しちゃったもんで、このままじゃ寮が全部壊されるし、じゃあついでに改築してしまおうと、今の寮になったんだよ」
「そんなことがあったんすか」
確かに今幾久が住んでいる御門寮は、古くはあるが寮全体の雰囲気がそうなだけで、どこか破れているとか、壊れそうとかそんな雰囲気はない。確かに窓なんかは古いけれど雨戸はあるし、日常使うキッチンやダイニングは最近の、例えば久坂家のダイニングみたいだし、風呂も洗面所もトイレも、普通に新しいものだ。
「毛利先生から、ああなったんすか」
「ほんっとあいつら馬鹿だからね、馬鹿。杉松いなかったらただのゴミだから」
「ひどい」
幾久は言うが、六花は楽しそうだ。
「事実よ。ほんと、杉松が居てどれだけ私たちが助かったか、本人は判ってんのかねえ」
ざっと夏の風が山から降りてきた。春に感じたのとは違う強い風だ。
「さて、到着」
山門を抜けると開けた寺の敷地内に到着した。
「あっちの脇道から山にむけて墓があるの。もうひとがんばりよ」
「ウス」
高杉と久坂と児玉は、駆け足でかるく登っていく、その身軽さに幾久は感心した。
「先輩ら、身軽っすね」
「このあたりの子は、ここが遊び場だから慣れてんのよ。よく鬼ごっことかしてるし」
確かに、子供の遊び場としてここは有能だろう。あちこちに隠れる場所があるし、段差が多い。
所どころ、案内板があるのが面白い。六花に尋ねると、この城下町に関わる人の墓なのだという。
「幕末もだけど、その前もその後もあるよ。坂本竜馬の友人だった人の墓もあるし」
「そうなんすか?」
へえーと幾久は感心する。歴史や幕末には全く詳しくないのでさっぱりだ。
「お盆過ぎたばっかりだから、あちこち賑やかね」
確かに、どのお墓も掃除が行き届いて、綺麗な花が添えてある。
「お、さすが早い早い」
久坂と高杉、児玉の三人は先に墓に到着したらしい。
幾久も六花も、久坂家の墓に到着した。
線香に火をつけ、六花が墓の前に立てる。
静かに児玉が両手を合わせ、丁寧に拝んだ。
久坂も高杉も六花も手を合わせ、幾久も手を合わせて頭を下げる。
夏の風が山の木々を通り抜け、ざあっと大きな音を立て葉を揺らすざわめきが聞こえる。
やがて児玉は膝をつき、墓に向かい言った。
「杉松先輩、俺、児玉無一って言います。昔、助けてくださってありがとうございました」
まるで目の前に杉松が居るように丁寧に言葉を紡ぐ児玉を全員は静かに見守った。
「俺、杉松先輩に憧れて報国院に入りました。鳳は……今は落ちてますけど、絶対に先輩みたいに鳳に戻ってみせます」
そう言って丁寧にゆっくりと墓に頭を下げる児玉の姿に、幾久は言いようのない尊敬を覚え、そしてなんだか自分まで泣きそうになってしまった。
(タマって、すげえ)
お墓の前で、こんなにも丁寧にできるんだ。
それはきっと、児玉にとって杉松は目の前にいる存在だからに違いない。
こんな風にもう居ない人に対して、素直に尊敬を示すことができる児玉を、幾久は心底凄いと思った。
(だからだ。だからタマは、許されたんだ)
他人と身内の区分けがちゃんと出来ている高杉も、身内について触られたくないはずの久坂も、杉松の妻である六花も、児玉のこういう部分を見抜いたから、こうして墓につれて来た。
自分みたいに、末っ子感覚で、一緒に来ていいよ、という立場ではなく、児玉は杉松の身内として受け入れられたのだ。その素直な一途さでもって。
(すげえよ、タマ)
児玉は絶対に鳳に戻れる、と幾久はこの時に確信した。
児玉は振り返った時、すがすがしい笑顔を見せた。
全員がそれに少しほっとして、六花が「帰ろうか」と声をかけた。
全員がゆっくりと山道を下る。時々人とすれ違い、軽く会釈をして返す。
山陰の道を風が通り抜け、涼しくて気持ちがいい。
歩きながら児玉は六花に尋ねた。
「あの、杉松先輩のお墓参りですけど」
「いつでも杉松に会ってやって。お墓でも、ウチでも」
六花の言葉に児玉はあわてて首を横に振る。
「いや、さすがにご自宅は行きづらいっす」
「恭王寮近いのに」
久坂の家を恭王寮は遠くない。幾久が言うと六花はそうだ!と手を打つ。
「だったら、いっくんと一緒においで。それなら来づらくはないでしょ」
「あ、それいいっすね!」
児玉は言うが、幾久はあわてて首を横に振る。
「そんな!オレだって昨日はじめて行ったばかりなのに!」
「気にしなさんなー、なんなら夏休みの間、ずっと泊まってく?」
「いやそれは」
幾久が首を振り続けると、久坂が気配を消して幾久の後ろに立っていた。
「いっくん、うちの姉に手を出すの?」
「ひぃっ!」
「ええ根性しとるの」
がしっと後ろから肩を組まれる。幾久は慌てた。
「ハル先輩までやめてくださいよ!」
「あれ?いっくん年上は無理かな?」
六花まで参加する冗談に幾久は肩を落とす。
「もー……六花さんハル先輩と久坂先輩を足して倍にしたような人じゃないっすか、怖いっすよ」
久坂と高杉が顔を合わせた。
「怖いじゃと、瑞祥」
「怖いってさ、ハル」
幾久はきっぱり言い切った。
「三人とも、怖いっス」
「いい先輩じゃろうが」
「ひどいな、こんなに可愛がってるのに」
「杉松は私ら三人とも、かわいいって言ってたよ」
ねーっとわざとらしく三人で顔をあわせてハイタッチしている。こんな所は間違いなく三人姉弟だ。
(杉松さんって、懐広いッス……)
こんな猛獣みたいな性格の三人をよくも上手に扱えたものだなぁとしみじみ感心してしまう。
(そっか。だから雪ちゃん先輩も、あんな風にどっしりしてるのかな)
雪充のお手本が杉松なら、高校生らしからぬあの落ち着きも納得だ。なにせ、この三人を手懐けるのは相当難しいだろうから。
「あっ」
考え事をしていたら、つい下りの坂道でつんのめった。あやうく転ぶ所だったが、高杉が肩を組んでいたので支えられた。
「なにやっちょんじゃ幾久、注意力足りんぞ」
高杉が言うと、久坂が笑って言った。
「そんなんじゃ後期鳳、あぶないかもね」
「嫌なこと言わないで下さいよ」
幾久の返しに久坂がおや?と首をかしげた。
「いっくん、後期、鳳狙うんだ」
「そのつもりッス。タマ、この調子だと絶対に鳳に行くから、オレ一人鷹においてかれるの、ヤですもん」
児玉の決心は絶対に揺るがない。
必ず後期には鳳に戻るだろう。
だったら自分だって、と幾久は思う。
「御門ったら鳳なんでしょ。やるッスよ」
なんとなく児玉の勢いに流された気もしないでもないが、どうせ報国院に居ると決めたのだ。
やるからには先輩と同じ鳳だ。そしてずっと、児玉と一緒がいい。
児玉が高杉の反対側にまわり、肩を組んだ。
「よっし!絶対にやるぞ幾久!」
「うん。頑張る。やるよ、タマ」
そう言って笑う二人に高杉が笑って久坂に言う。
「なんかワシらお邪魔かのう」
「いい雰囲気だねえ、二人とも」
茶化す久坂と高杉だが、幾久は言った。
「お揃いのピアスつけてる先輩達ほどじゃないっす」
久坂も高杉も幾久の返しにおやっという顔をして、楽しげに笑った。
「じゃったら、お前らもお揃いのしたらどうじゃ?」
するわけないよなー、タマ、と言おうとしたらまさかの児玉がくいついた。
「それいいッスね!先輩らのピアス、かっけえなってずっと思ってたんス!な、幾久、お前も穴あけよーぜ!」
「なんでそういうトコばっか食いつくんだよ!ヤダよ!」
「じゃあ僕、いっくんとお揃いのピアスなにか買ってこようかなあ」
ピアス穴が両耳で四つもある久坂が言う。
「いやっす!絶対にあけないっす!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、高校生が四人駆け下りた行く。賑やかな声に、遅い墓参りに来た老婦人が、あらあら、と楽しそうに微笑んでいる。
そしてまた、焦ったのか坂道でつんのめる幾久に、六花は目を拭った。
(あんなところ、ホント同じよねえ)
杉松、アンタと同じ場所で、後輩が同じように引っかかってるよ。そういうところが似てるんだよあの子。
「東京から来た、眼鏡君、かぁー」
ははっと六花は笑った。
失った事に浸りたくても、世界はこんな風にめぐってヘンなものを運んでくる。
杉松と似た、杉松と似て居ない、杉松のような幾久と、杉松にあこがれて報国院に入った児玉、そしてどこか六花や兄貴分の空気をそれとなく拾って育つ弟達。
「―――――賑やかだねえ、杉松」
弟達はみんな元気にやってるよ。
私も。
あんたがいなくったって、なんの代わり映えもしない日常だから、居ても居なくても同じだよ。
だからねえ、杉松。気にしなさんな。どうせ私らは代わり映えしない。毎日同じように生きている。
どうか杉松の残り香をまとう弟達を、暫く懐かしんでいられますように。
「ねーちゃん、おっそーい」
めずらしく子供の頃のように甘えて言う高杉に六花は返した。
「先に行けば」
久坂が言う。
「年寄り見捨てて行けないよ」
「そこは墓で姥捨て山じゃねえし」
高杉と久坂の生意気な言葉に、六花はおもいきり怒鳴って走り出した。
「お前等ぁ!」
きゃーっと笑いながら叫んで走り出す弟達を、六花は全速力で追いかける。
すずしい山風が下りて来て、海まで風が流れてゆく。
風の中で暴れる青葉のような弟達は、はしゃぎながら坂道を駆け抜けて行った。
拳拳服膺・終わり
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