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【9】拳拳服膺~仲良く皆で夏祭り
御門寮のつながり
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まぶしいと、幾久は思った。
目を閉じていても明るさは伝わるもので、ずいぶんと今日は明るいんだなと寝ぼけながら腕を伸ばした。
ごろんと転がると畳が涼しい。やっぱり夏はベッドより畳だよな、と幾久は満足しながら眼鏡を探す。
目を閉じたまま手をさまよわせ、眼鏡らしきものを掴んでかけて起き上がる。
「んぁ~……よく寝た、」
夢も見ずにぐっすりと眠ったが、おかげで二度寝をしようとは思わなかった。
気持ちのいい朝だ。
さすが、御門寮だよなあ、と思って起き上がり、幾久は目を見張った。
「えっ?!」
起き上がって目に入ったのは、見慣れた御門寮ではなく、別の日本家屋だ。
そして幾久の隣には、誰かが眠っていたらしい布団がきちんと畳まれてそこにあった。
そこで幾久は一気に思い出し、青ざめた。
(しまった!おもくそ寝すごしちまってるよオレぇえ!)
そうだ、昨日は東京から戻ったら御門寮が閉鎖されてて、ハル先輩に泣きついて結果久坂先輩ん家にお邪魔して、お祭りに行ったらタマが酔っ払って倒れて先生に運んでもらってそうだここ久坂先輩ん家!
一気に状況を思い出して幾久は慌てた。
(タマ、タマは?!)
大急ぎで飛び起きて、六花を探す。
顔もあらわずにばたばたと家の中を走ってダイニングへと向かった。
「六花さん!タマは!!!!!」
と、そこに居たのは、晴れやかに笑っている児玉と談笑している六花だった。
「あ、いっくん目が覚めた」
「おはよう幾久。ずいぶんぐっすり眠ってたな」
笑っている児玉の様子はいつもどおりで、おかしなところはない。
「六花さん、あの」
「いーから顔洗って髪とかしといで。爆発してる。タマちゃんはこの通り、心配ないからさ」
六花に笑われ、髪に手をやると確かに髪がぐちゃぐちゃになっている。幾久は頷き、洗面所へと向かった。
顔を洗い髪をとかし、ダイニングに戻ると二人はずっと喋っていたようだった。
「いっくん、なに食べる?パン?ご飯?」
ここの所実家に居たが、外食が殆どでコンビニのパンにお世話になるのが多かったから幾久は答えた。
「ご飯がいいッス」
「よし。じゃあご飯の仕度しようね。座ってな」
どちらも既に用意してあったらしく、六花は味噌汁を温め始めた。
児玉の向かいの椅子に幾久は腰を下ろした。
「幾久、昨日は世話になったんだってな。サンキュー」
「いいよそんなの。それより体調はどうなん」
「全然元気。普通よ、普通」
そう言って児玉は笑う。
「詳しい事は六花さんに聞いたよ。ほんとスゲー迷惑かけたんだな、幾久」
「迷惑なんてそんな。もとはといえば俺のせいだし」
幾久が言うと、六花が「ね」と児玉に笑った。
「そのこと今喋ってたのよ。いっくんドMだってさ」
「ほんと、馬鹿なこと気にするよな、幾久。お前のせいじゃねえよ」
「でも」
「元はと言えば、馬鹿やったのは伊藤。お前はとばっちり。むしろ被害者」
「それはそうだけど」
幾久は気になってしまうのだが、目の前にご飯と味噌汁、卵焼きに焼いた鮭、おひたしに納豆が用意されると急にお腹がすいてきた。
「……悪いけど、これ先に食っていい?オレ、なんかめちゃくちゃお腹すいてて」
児玉に言うと、爆笑して「かまわねーよ」と答えた。
「じゃあ、いただきます」
「召し上がれ」
「どうぞ」
六花と児玉が言うので、幾久は味噌汁をすする。
やっぱり味噌汁はいいよなーと思ったが、ふと気づく。
(……あれ?)
おかしい、と幾久は思い、首をかしげた。
その様子を見て六花が「どうしたの?」と尋ねてきた。
「なんか、変っていうか」
「え?さっき作ったばっかりだから、大丈夫のはずだけど」
「あ、いや、そうじゃなくて」
痛んでいるとか、味が変とかそうじゃない。味はおいしい。
むしろ御門寮で親しんだ白味噌の味なのだが、変だなと幾久は思った。
しかもその理由が自分でも判らない。
「いっくんが変だと思うなら食べなくて構わないよ。インスタントなら別の味があるし、作ろうか?」
幾久は慌てて首を横に振った。嫌だなんてとんでもなかったからだ。
「いえ、おいしいッス。むしろ大好きな味なんス、けど」
幾久は卵焼きに箸をのばし、ひとつ食べた。
(……え?)
もう一度、慌てて卵焼きに箸を伸ばし、食べる。
おいしい。
これも慣れた味だ。
ついでにおひたしも。これもおいしい。
知っている。
でも、なんで。
そこで突然、幾久は気付いた。
「……麗子さん!そーだ、麗子さんだ!麗子さんの味と同じなんだ、ここんちのご飯!」
あまりにも同じすぎて気づけなかった。
ここのご飯は御門寮の寮母の麗子さんがつくる食事と全く同じ味がするのだ。でも、なんで?
六花があっさり答えを告げた。
「そりゃそうだよ。だって私、麗子さんに料理習ったんだもん」
「―――――え?」
思いがけないつながりに、幾久はぽかーんと口を開けた。
つまり、麗子さんは御門寮の寮母になる前、この久坂家のお手伝いをしていた。
その久坂家に入り浸っていたのが学生時代の六花で、その頃料理を麗子さんに習ったらしい。
「麗子さんはすごいよ。なんも判らない、野生のエルザみたいだった私をとりあえず一人で生きていける程度にはしてくれたから」
料理だけでなく、掃除や洗濯、家の管理にお金の使い方、あとは他人への接し方。そんなのを麗子さんに全て教わったのだそうだ。
「私には麗子さんがお母さんみたいなものよ」
「そうだったんスか」
どうりで、なにもかも同じ味がするはずだ。よく見たら納豆も寮で食べているものと同じ銘柄だし、調味料も同じものばかりだった。
「でもご飯おいしいッス」
麗子さんと同じご飯なら味も間違いないから安心して食べられる。
よくよく考えたら幾久は夕べ児玉の件があったから饅頭を口に入れただけだった。
おかわりをしてやっと一息ついて、そこでようやく落ち着いた。
「はあ、食べた」
朝でもがっつり食べられた。
お茶を飲みながらご馳走様、と頭を下げる。
「そういやタマ、その服」
昨日ははっぴを着ていたが、いつの間にか着替えて黒いTシャツに綿のパンツという格好になっていた。
「シャワー浴びて着替えたほうがいいって、高杉先輩がくれたんだ。このパンツもサイズがいまいちあわないからって。履いてみたら俺ぴったりでさ」
児玉にはぴったりのサイズだが、ということは細めの高杉には確かに少し大きいのだろう。太腿の太さが違う。
「それ、ハル先輩にはちょっと大きそうだもんね」
「Tシャツも、グラスエッジのやつ!」
児玉はそういって胸を張って見せた。
「あー、それ」
幾久は苦笑した。なぜなら、そのTシャツはゴールデンウィークに御門寮に来たOBのバンドのグッズTシャツだったからだ。
幾久はなんとなくバンド名しか知らなかったのだが、世間では有名な人達らしく、5月の祭りの時はすさまじい人気を誇っていた。
「これもハル先輩は着ないからって。俺、ファンだからスッゲー嬉しい」
がっつりロックっぽいTシャツは、高杉の好みとは微妙にずれる。でも児玉の好みには合いそうだ。
「いいじゃん、似合ってるよタマ」
「そっか?」
児玉は嬉しそうだ。
よっぽどファンなのだろう。
「ところで、ハル先輩と久坂先輩は?」
起きてから姿が見えないが、どこかに出かけているのだろうか。
幾久が尋ねると、六花が教えてくれた。
「あの二人なら、早々にお説教かましに出たよ」
「ひょっとして、トシ……伊藤のとこっすか?」
「そうそう。二人して本気モードで出かけたから、今頃ものすっごく叱られてるんじゃないのかな」
六花はうきうきと楽しそうだが、幾久は伊藤にちょっと同情した。
児玉はぶるっと体を震わせる。
「久坂先輩にガチ説教とか、めっちゃ怖そう」
児玉の言葉に六花はニヤリと笑って言った。
「こーわーいーぞー?ハルもだけど、瑞祥が本気モードで出かけたからねえ。二人ともご立腹よぉ。可愛い後輩のいっくんが大慌てだったから、そりゃ本気で怒りもするでしょうよ」
「可愛い後輩って」
そう言われると幾久は恥ずかしい。
「大騒ぎしただけなのに」
実際はそう酷くもなかったし、と幾久は言うが六花は首を横に振る。
「結果が悪くなかったから別にいいって考えるのは危険よ。やった行為自体は誉められたものじゃないんだから。結果が問題なくったって、駄目なことはしちゃ駄目でしょ。だからお説教に行ったのよ、あの二人」
「……そうっすね」
確かに伊藤のやった行為は、誉められたものじゃない。
もし飲酒量がもっと多かったら、本当に危険になったのだから。
「幾久、めちゃくちゃ慌てたらしいな」
児玉に言われると幾久は妙に気恥ずかしさを覚えた。
「そりゃ慌てるよ!だって下手したら死ぬかもしんないんだぞ?!」
「うん、六花さんにも詳しく聞いてさ。くれぐれも幾久にお礼言っておけって」
児玉は椅子に座ったままだが、膝の上に両手をおき、深々と幾久に頭を下げた。
「幾久、ありがとう。お前のおかげで助かった」
「別にいいよ。タマが無事なら」
運よく、大佐に急性アルコール中毒の事を聞いていたから対処できたけど、自分ひとりじゃどうにもならなかった。
「オレ、実際慌てるばっかりでなんもできなかった。先輩や、先生や、六花さんのお陰でしかない」
「でも、その私たちを動かしたのはいっくんだからね」
六花は立ったまま、幾久の頭を優しく叩いた。
「あんまり自分を過小評価しなさんな。少なくとも、私とハルと瑞祥はいっくんが関わってるから、ここまで動いたんだから」
「……アリガトウゴザイマス」
照れながらお礼を言う幾久に、六花は笑った。
「まあ、余計なスキルも役にたてば幸いよ」
「そういやオレ、聞きたかったんスけど、六花さん、ハル先輩がすぐに電話してましたよね?」
「うん?そうだね」
児玉が倒れて意識を失い、どうしていいか判らずに高杉に泣きついた。
高杉自身もどうしていいのか判らずに六花に指示を仰いでいたが。
「よくよく考えたら、先生たちの連携すごかったじゃないっすか」
毛利はすでに車を用意して待っていたし、三吉や玉木も互いの連絡は完璧だったように見える。
「あれって、なんであんなにスムーズだったんスか?」
「ああ、そのこと?簡単よ。毎年なんかし祭りではトラブルが起きてるからよ」
六花は言った。
「常世……毛利先生って下戸なの。酒飲めないのね。知ってた?」
「えっ、そうなんすか、意外だ」
毛利はヘビースモーカーだから、酒もがんがん飲んでいそうなイメージがある。
「みよは逆で物凄いうわばみ。底なしに飲める」
「それも意外な感じだな」
児玉がへえ、と驚く。
「祭りは生徒が参加してるし、遊びに来る生徒も多いからね、なにかあってもすぐ対処できるように常に居るし、車も近くにおいてんのよ。酒に関しちゃ、みよはかなり知識あるからすぐ分かるし、酒飲めない常世はすぐに車を出せるでしょ。今回みたいなトラブルは初めてじゃないの。私が巻き込まれたのは初めてだけどね」
と六花は笑った。
「急性アルコール中毒については、ちょっとは私も知識あったからさ、ハルはそれで聞いてきたんだと思う。先生達に自分が説明するより、私が伝えたほうが早いし、実際大村先生には私が言えば早いし。今回はいっくんの友達ってことで、ハルも判断が揺らいだんじゃないのかな。いつもなら速攻常世とみよに伝えてるはずだけど、めずらしく、らしくない心配したのね」
「俺の為っすか?」
児玉が言うと、六花は首を横に振った。
「正しくはいっくんの為だね。いっくんの友達だから、万一でも停学とかさせたくなかったんでしょ。私、常世の弱みもみよの弱みも握ってるから」
ニヤッと人の悪い笑みを浮かべる六花に、やっぱりあの久坂と高杉の姉というだけあっていい性格してるなあと幾久は思った。
「ま、タマちゃんは常世の言うとおりただの貰い事故だし、心配ないって言ってたから、そこは素直に信じていいんじゃない?」
「信じます。でないと俺、報国院絶対に首になりたくないし」
児玉がぶるっと体を震わせたが、六花は「大丈夫でしょ」と笑う。
「タマちゃんは鷹とはいえ、元は鳳でしょ?そう簡単に学校は手放さないよ。報国院は、とにかく学力第一主義なんだから」
「確かに、それはそうかも」
もう三ヶ月も所属すれば、幾久も報国院のカラーと言うものは見えている。
この学校は勉強さえできれば自由というのは本当で、鳳クラスに校則なんてものは、あってないようなものだ。
「もうすぐ登校日でしょ。そのあたりも常世が説明するわよきっと」
「はい」
「登校日か。オレ、いろいろ手続きしないとな」
学校を報国院に通うと決めたので、正式に幾久は報国院の生徒となる。そういったことも、登校日に学校に行けば判るだろう。
「中期からは一緒のクラスだな、幾久」
「ウン。それだけが救いかなあ」
鷹クラスには知り合いなんかいないので、もし一人だったらかなり不安だったろう。児玉がいるお陰で、報国院にも居場所があるようなものだ。
「あ、それより六花さん、さっきのお願いッスけど、幾久も起きたんで」
「そうね、いっくんご飯も終わったし」
「何?なんかあんの?」
幾久が尋ねると児玉はきりっとした顔で言った。
「久坂家にご厄介になったからには、久坂家のご先祖様にもご挨拶をしたいので、仏間に行きたい」
「タマ、武士かよ」
「別にいいだろ。おかしなことじゃないし」
むっとして児玉が言うが、六花が幾久に教えた。
「田舎じゃこういうの、あるのよいっくん。タマちゃんはおじいちゃんっこかおばあちゃんっこの可能性が高いけど」
「そうっす。なんで判るんスか」
驚く児玉に六花は「わからいでか」と答えた。
目を閉じていても明るさは伝わるもので、ずいぶんと今日は明るいんだなと寝ぼけながら腕を伸ばした。
ごろんと転がると畳が涼しい。やっぱり夏はベッドより畳だよな、と幾久は満足しながら眼鏡を探す。
目を閉じたまま手をさまよわせ、眼鏡らしきものを掴んでかけて起き上がる。
「んぁ~……よく寝た、」
夢も見ずにぐっすりと眠ったが、おかげで二度寝をしようとは思わなかった。
気持ちのいい朝だ。
さすが、御門寮だよなあ、と思って起き上がり、幾久は目を見張った。
「えっ?!」
起き上がって目に入ったのは、見慣れた御門寮ではなく、別の日本家屋だ。
そして幾久の隣には、誰かが眠っていたらしい布団がきちんと畳まれてそこにあった。
そこで幾久は一気に思い出し、青ざめた。
(しまった!おもくそ寝すごしちまってるよオレぇえ!)
そうだ、昨日は東京から戻ったら御門寮が閉鎖されてて、ハル先輩に泣きついて結果久坂先輩ん家にお邪魔して、お祭りに行ったらタマが酔っ払って倒れて先生に運んでもらってそうだここ久坂先輩ん家!
一気に状況を思い出して幾久は慌てた。
(タマ、タマは?!)
大急ぎで飛び起きて、六花を探す。
顔もあらわずにばたばたと家の中を走ってダイニングへと向かった。
「六花さん!タマは!!!!!」
と、そこに居たのは、晴れやかに笑っている児玉と談笑している六花だった。
「あ、いっくん目が覚めた」
「おはよう幾久。ずいぶんぐっすり眠ってたな」
笑っている児玉の様子はいつもどおりで、おかしなところはない。
「六花さん、あの」
「いーから顔洗って髪とかしといで。爆発してる。タマちゃんはこの通り、心配ないからさ」
六花に笑われ、髪に手をやると確かに髪がぐちゃぐちゃになっている。幾久は頷き、洗面所へと向かった。
顔を洗い髪をとかし、ダイニングに戻ると二人はずっと喋っていたようだった。
「いっくん、なに食べる?パン?ご飯?」
ここの所実家に居たが、外食が殆どでコンビニのパンにお世話になるのが多かったから幾久は答えた。
「ご飯がいいッス」
「よし。じゃあご飯の仕度しようね。座ってな」
どちらも既に用意してあったらしく、六花は味噌汁を温め始めた。
児玉の向かいの椅子に幾久は腰を下ろした。
「幾久、昨日は世話になったんだってな。サンキュー」
「いいよそんなの。それより体調はどうなん」
「全然元気。普通よ、普通」
そう言って児玉は笑う。
「詳しい事は六花さんに聞いたよ。ほんとスゲー迷惑かけたんだな、幾久」
「迷惑なんてそんな。もとはといえば俺のせいだし」
幾久が言うと、六花が「ね」と児玉に笑った。
「そのこと今喋ってたのよ。いっくんドMだってさ」
「ほんと、馬鹿なこと気にするよな、幾久。お前のせいじゃねえよ」
「でも」
「元はと言えば、馬鹿やったのは伊藤。お前はとばっちり。むしろ被害者」
「それはそうだけど」
幾久は気になってしまうのだが、目の前にご飯と味噌汁、卵焼きに焼いた鮭、おひたしに納豆が用意されると急にお腹がすいてきた。
「……悪いけど、これ先に食っていい?オレ、なんかめちゃくちゃお腹すいてて」
児玉に言うと、爆笑して「かまわねーよ」と答えた。
「じゃあ、いただきます」
「召し上がれ」
「どうぞ」
六花と児玉が言うので、幾久は味噌汁をすする。
やっぱり味噌汁はいいよなーと思ったが、ふと気づく。
(……あれ?)
おかしい、と幾久は思い、首をかしげた。
その様子を見て六花が「どうしたの?」と尋ねてきた。
「なんか、変っていうか」
「え?さっき作ったばっかりだから、大丈夫のはずだけど」
「あ、いや、そうじゃなくて」
痛んでいるとか、味が変とかそうじゃない。味はおいしい。
むしろ御門寮で親しんだ白味噌の味なのだが、変だなと幾久は思った。
しかもその理由が自分でも判らない。
「いっくんが変だと思うなら食べなくて構わないよ。インスタントなら別の味があるし、作ろうか?」
幾久は慌てて首を横に振った。嫌だなんてとんでもなかったからだ。
「いえ、おいしいッス。むしろ大好きな味なんス、けど」
幾久は卵焼きに箸をのばし、ひとつ食べた。
(……え?)
もう一度、慌てて卵焼きに箸を伸ばし、食べる。
おいしい。
これも慣れた味だ。
ついでにおひたしも。これもおいしい。
知っている。
でも、なんで。
そこで突然、幾久は気付いた。
「……麗子さん!そーだ、麗子さんだ!麗子さんの味と同じなんだ、ここんちのご飯!」
あまりにも同じすぎて気づけなかった。
ここのご飯は御門寮の寮母の麗子さんがつくる食事と全く同じ味がするのだ。でも、なんで?
六花があっさり答えを告げた。
「そりゃそうだよ。だって私、麗子さんに料理習ったんだもん」
「―――――え?」
思いがけないつながりに、幾久はぽかーんと口を開けた。
つまり、麗子さんは御門寮の寮母になる前、この久坂家のお手伝いをしていた。
その久坂家に入り浸っていたのが学生時代の六花で、その頃料理を麗子さんに習ったらしい。
「麗子さんはすごいよ。なんも判らない、野生のエルザみたいだった私をとりあえず一人で生きていける程度にはしてくれたから」
料理だけでなく、掃除や洗濯、家の管理にお金の使い方、あとは他人への接し方。そんなのを麗子さんに全て教わったのだそうだ。
「私には麗子さんがお母さんみたいなものよ」
「そうだったんスか」
どうりで、なにもかも同じ味がするはずだ。よく見たら納豆も寮で食べているものと同じ銘柄だし、調味料も同じものばかりだった。
「でもご飯おいしいッス」
麗子さんと同じご飯なら味も間違いないから安心して食べられる。
よくよく考えたら幾久は夕べ児玉の件があったから饅頭を口に入れただけだった。
おかわりをしてやっと一息ついて、そこでようやく落ち着いた。
「はあ、食べた」
朝でもがっつり食べられた。
お茶を飲みながらご馳走様、と頭を下げる。
「そういやタマ、その服」
昨日ははっぴを着ていたが、いつの間にか着替えて黒いTシャツに綿のパンツという格好になっていた。
「シャワー浴びて着替えたほうがいいって、高杉先輩がくれたんだ。このパンツもサイズがいまいちあわないからって。履いてみたら俺ぴったりでさ」
児玉にはぴったりのサイズだが、ということは細めの高杉には確かに少し大きいのだろう。太腿の太さが違う。
「それ、ハル先輩にはちょっと大きそうだもんね」
「Tシャツも、グラスエッジのやつ!」
児玉はそういって胸を張って見せた。
「あー、それ」
幾久は苦笑した。なぜなら、そのTシャツはゴールデンウィークに御門寮に来たOBのバンドのグッズTシャツだったからだ。
幾久はなんとなくバンド名しか知らなかったのだが、世間では有名な人達らしく、5月の祭りの時はすさまじい人気を誇っていた。
「これもハル先輩は着ないからって。俺、ファンだからスッゲー嬉しい」
がっつりロックっぽいTシャツは、高杉の好みとは微妙にずれる。でも児玉の好みには合いそうだ。
「いいじゃん、似合ってるよタマ」
「そっか?」
児玉は嬉しそうだ。
よっぽどファンなのだろう。
「ところで、ハル先輩と久坂先輩は?」
起きてから姿が見えないが、どこかに出かけているのだろうか。
幾久が尋ねると、六花が教えてくれた。
「あの二人なら、早々にお説教かましに出たよ」
「ひょっとして、トシ……伊藤のとこっすか?」
「そうそう。二人して本気モードで出かけたから、今頃ものすっごく叱られてるんじゃないのかな」
六花はうきうきと楽しそうだが、幾久は伊藤にちょっと同情した。
児玉はぶるっと体を震わせる。
「久坂先輩にガチ説教とか、めっちゃ怖そう」
児玉の言葉に六花はニヤリと笑って言った。
「こーわーいーぞー?ハルもだけど、瑞祥が本気モードで出かけたからねえ。二人ともご立腹よぉ。可愛い後輩のいっくんが大慌てだったから、そりゃ本気で怒りもするでしょうよ」
「可愛い後輩って」
そう言われると幾久は恥ずかしい。
「大騒ぎしただけなのに」
実際はそう酷くもなかったし、と幾久は言うが六花は首を横に振る。
「結果が悪くなかったから別にいいって考えるのは危険よ。やった行為自体は誉められたものじゃないんだから。結果が問題なくったって、駄目なことはしちゃ駄目でしょ。だからお説教に行ったのよ、あの二人」
「……そうっすね」
確かに伊藤のやった行為は、誉められたものじゃない。
もし飲酒量がもっと多かったら、本当に危険になったのだから。
「幾久、めちゃくちゃ慌てたらしいな」
児玉に言われると幾久は妙に気恥ずかしさを覚えた。
「そりゃ慌てるよ!だって下手したら死ぬかもしんないんだぞ?!」
「うん、六花さんにも詳しく聞いてさ。くれぐれも幾久にお礼言っておけって」
児玉は椅子に座ったままだが、膝の上に両手をおき、深々と幾久に頭を下げた。
「幾久、ありがとう。お前のおかげで助かった」
「別にいいよ。タマが無事なら」
運よく、大佐に急性アルコール中毒の事を聞いていたから対処できたけど、自分ひとりじゃどうにもならなかった。
「オレ、実際慌てるばっかりでなんもできなかった。先輩や、先生や、六花さんのお陰でしかない」
「でも、その私たちを動かしたのはいっくんだからね」
六花は立ったまま、幾久の頭を優しく叩いた。
「あんまり自分を過小評価しなさんな。少なくとも、私とハルと瑞祥はいっくんが関わってるから、ここまで動いたんだから」
「……アリガトウゴザイマス」
照れながらお礼を言う幾久に、六花は笑った。
「まあ、余計なスキルも役にたてば幸いよ」
「そういやオレ、聞きたかったんスけど、六花さん、ハル先輩がすぐに電話してましたよね?」
「うん?そうだね」
児玉が倒れて意識を失い、どうしていいか判らずに高杉に泣きついた。
高杉自身もどうしていいのか判らずに六花に指示を仰いでいたが。
「よくよく考えたら、先生たちの連携すごかったじゃないっすか」
毛利はすでに車を用意して待っていたし、三吉や玉木も互いの連絡は完璧だったように見える。
「あれって、なんであんなにスムーズだったんスか?」
「ああ、そのこと?簡単よ。毎年なんかし祭りではトラブルが起きてるからよ」
六花は言った。
「常世……毛利先生って下戸なの。酒飲めないのね。知ってた?」
「えっ、そうなんすか、意外だ」
毛利はヘビースモーカーだから、酒もがんがん飲んでいそうなイメージがある。
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児玉がへえ、と驚く。
「祭りは生徒が参加してるし、遊びに来る生徒も多いからね、なにかあってもすぐ対処できるように常に居るし、車も近くにおいてんのよ。酒に関しちゃ、みよはかなり知識あるからすぐ分かるし、酒飲めない常世はすぐに車を出せるでしょ。今回みたいなトラブルは初めてじゃないの。私が巻き込まれたのは初めてだけどね」
と六花は笑った。
「急性アルコール中毒については、ちょっとは私も知識あったからさ、ハルはそれで聞いてきたんだと思う。先生達に自分が説明するより、私が伝えたほうが早いし、実際大村先生には私が言えば早いし。今回はいっくんの友達ってことで、ハルも判断が揺らいだんじゃないのかな。いつもなら速攻常世とみよに伝えてるはずだけど、めずらしく、らしくない心配したのね」
「俺の為っすか?」
児玉が言うと、六花は首を横に振った。
「正しくはいっくんの為だね。いっくんの友達だから、万一でも停学とかさせたくなかったんでしょ。私、常世の弱みもみよの弱みも握ってるから」
ニヤッと人の悪い笑みを浮かべる六花に、やっぱりあの久坂と高杉の姉というだけあっていい性格してるなあと幾久は思った。
「ま、タマちゃんは常世の言うとおりただの貰い事故だし、心配ないって言ってたから、そこは素直に信じていいんじゃない?」
「信じます。でないと俺、報国院絶対に首になりたくないし」
児玉がぶるっと体を震わせたが、六花は「大丈夫でしょ」と笑う。
「タマちゃんは鷹とはいえ、元は鳳でしょ?そう簡単に学校は手放さないよ。報国院は、とにかく学力第一主義なんだから」
「確かに、それはそうかも」
もう三ヶ月も所属すれば、幾久も報国院のカラーと言うものは見えている。
この学校は勉強さえできれば自由というのは本当で、鳳クラスに校則なんてものは、あってないようなものだ。
「もうすぐ登校日でしょ。そのあたりも常世が説明するわよきっと」
「はい」
「登校日か。オレ、いろいろ手続きしないとな」
学校を報国院に通うと決めたので、正式に幾久は報国院の生徒となる。そういったことも、登校日に学校に行けば判るだろう。
「中期からは一緒のクラスだな、幾久」
「ウン。それだけが救いかなあ」
鷹クラスには知り合いなんかいないので、もし一人だったらかなり不安だったろう。児玉がいるお陰で、報国院にも居場所があるようなものだ。
「あ、それより六花さん、さっきのお願いッスけど、幾久も起きたんで」
「そうね、いっくんご飯も終わったし」
「何?なんかあんの?」
幾久が尋ねると児玉はきりっとした顔で言った。
「久坂家にご厄介になったからには、久坂家のご先祖様にもご挨拶をしたいので、仏間に行きたい」
「タマ、武士かよ」
「別にいいだろ。おかしなことじゃないし」
むっとして児玉が言うが、六花が幾久に教えた。
「田舎じゃこういうの、あるのよいっくん。タマちゃんはおじいちゃんっこかおばあちゃんっこの可能性が高いけど」
「そうっす。なんで判るんスか」
驚く児玉に六花は「わからいでか」と答えた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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