城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【9】拳拳服膺~仲良く皆で夏祭り

真夜中の内緒話、久坂家にて

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 高杉と久坂がシャワーを済ませて部屋へ戻った頃には、幾久は完全に寝落ちしていた。
「なんじゃ、もう寝たんか」
 呆れる高杉だったが、久坂は感心していた。
「よく寝たね。タマ後輩が心配で眠らないって意地はるかと思ったのに」
「ああ、一時間したら一回だけ起こしてあげるって言ったらすぐに寝たよ」
 六花の言葉に高杉と久坂は苦笑する。
「ねえちゃんの得意技じゃ」
「だね。いっくん知らなかったから、だまされたんだ」
 子供の頃から六花に同じ手をくってきた高杉と久坂は笑うしかない。
「ワシらさんざんやられたからのう」
「百数えるのが遅いほうが勝ちとか、意味わかんないゲームやらされたよね」
「盛り上がってたのどこの誰よ」
 子供の頃、中々お昼寝をしない二人に、六花はあの手この手で二人を眠らせた。目を閉じて何色が見える?とか色十個探してみようとか、ちかちかしている光が何回点滅してる?とかそんな風な事を言われた。
「一時間後に起こしてあげるって、結局起こされたことないし」
 久坂の言葉に六花は失礼な、と腕を組む。
「ちゃんと一回は起こすわ」
「ものっそ小さな声で、じゃろ」
「まぁね」
 内緒話のように小声で、起きなさい、なんて言われて目が覚めるわけもない。
「それよりねえちゃん、シャワーは?」
「あびるわー。この調子だと徹夜になるしね」
 腕を伸ばし、伸びをして六花は立ち上がった。
「じゃあ頼むね」
「おお」
「任せといて」
 久坂と高杉が言い、六花は風呂場へ向かった。


 後輩二人は熟睡しきっている。
 児玉の顔色を見るとただ眠っているようにしか見えないので、本当に大丈夫なのだろう。
 お茶を飲みながら高杉が言った。
「これなら先生呼ばんで済みそうじゃの」
 高杉の言葉に久坂が頷いた。
「そうだね。いっくんも熟睡してるし」
 さすがに東京から戻った日に、トラブル続きでけっこう疲れていたのだろう。
 二人が喋っていてもよく眠っていて、全く起きる様子がない。
「ったく、こいつ等がおるとせわしいのう」
 御門寮から出て静かな毎日を過ごしていたのに、幾久が帰って来た途端この騒ぎだ。
「本当にね」
 このところ毎日、家の中で勉強したり六花に学校での事や幾久の話をしたりと、穏やかに過ごしていたというのに今日一日で随分な騒動だった。
「ま、しゃあねえの。トシがいたらんけ、こんな事になったんじゃし」
「そういえば、トシにはどう言ったの?」
 児玉に無理に飲ませた伊藤に、高杉がどしたのか久坂は興味を持って尋ねた。
「アイツも酔っちょったけ、正直いま叱っても意味ねえと思っての。児玉に飲ませた酒の量だけはなんとか思い出させて、それ以外は明日、酔いが冷めてからお説教するゆうた」
「そのほうがいいね」
 酔っているなら何を言っても無駄だろうし、伊藤の性格上、時間をおいて冷静にさせたほうがキツイだろう。
「トシは停学って?」
 毛利になにか聞いているのかと思って久坂が尋ねるが、高杉は首を横に振った。
「お咎めはなしになるじゃろう。トシに酒を勧めた馬鹿がおったそうじゃからの」
「えー?マジで?誰そいつ」
「児玉のじいさん」
「……あ、そりゃあ」
 駄目じゃん、と久坂が呟くと高杉もじゃろ?と溜息をつく。
「伊藤にカクテルを教えたのは別人らしいがの。伊藤にお咎めとなると児玉のじいさんも巻き込まない訳にはいかんし、となると児玉も巻き込むちゅう」
「あー、だから内緒にしててくれ、っていう」
 久坂は呆れた。
「祭りになるとああいう失敗よくやらかすらしい、あのじいさん。それで児玉も、自分とこのじいさんがいたらんことせんように見張っちょるらしくての」
「そういう事か」
 だったら確かに騒ぎにすることもできないだろう。
「運がいいのか悪いのか」
 これがもし、児玉と敵対しているような、例えば敵対はしていなくても赤根がこんな目にあっていたら、面倒どころじゃなかっただろう。
「最終的に、タマ後輩一人が身内のとばっちり食らっちゃったのか。同情するなあ」
「じゃな」
 身内のとばっちりは、久坂も高杉も嫌というほど経験済みだ。
「ま、結果論だけど、トシも反省させて、二度とさせないようにハルが叱ってやりゃするわけないし、いっくんだって結果なにもなければその方が喜ぶだろうし」
「すっきりはせんかもしれんが、そういう事じゃの。仕方がない」
 児玉にとってはとばっちりだし、幾久にとってもそれは同じだ。
「あとはタマ後輩が自分ちでどうにかする問題だね」
「だな」
 ははっと高杉が笑った。
「―――……ねえ、ハル。いっくん、このまま報国院に居るなら、一年生増やした方がいいよな?」
「そうじゃのう」
 御門寮は、元々所属人数は少ない寮だが、今はかなり少なく、一年生は幾久一人だけだ。
 元々、誰も入る予定ではなかったのに、毛利の策略で急に幾久を受け入れることになってしまったのだ。
「幾久が東京に戻るなら、このままでえかったんじゃけどの」
 三ヶ月の猶予で、報国院に居るか転校するかを決めるとの事だったので、つまり幾久が中期に報国院に所属しているかどうかは不明だった。
 だから、中期に御門寮を希望する人が居ても、誰も受け入れなかったのだが。
「幾久がこのまま報国院におるなら、誰か入れんといけんのう」
 このまま誰も入れないままで、来年まではどうにかなるかもしれないが、さすがに幾久一人で御門寮には居させて貰えないだろう。
 御門寮は特に、寮の運営は寮生に任せられている。久坂は確信を持って尋ねた。
「もう選んではいるんだろ?」
 そう尋ねると、高杉がニヤッと得意げに笑って頷いた。
「ご明察。何人か候補はおるが、できれば御門志望のヤツは入れとぉない」
 御門寮は、問題児が多いとされているし、人数も少ないし一番学校から遠い寮だから大抵は嫌われているのだが、それでも一部からはブランドとして崇められているところがある。
 代々、御門寮に所属する寮生の殆どが鳳クラスであることも原因だろう。
 なので高杉としては、ブランド力を求める連中は御門寮に所属して欲しくない。そんな連中に限って問題を起こすからだ。
「難しいなあ。御門に来たくない人を、御門に移動させるとか」
「スカウトしかねえの。今更中期には間に合わんけえ仕方ねえが、後期は誰か入れんと」
 幾久がこの寮に三年間居たいと望むのなら、今年と来年の間に寮を運営する仲間を作っておかなければならない。一人で寮の運営は無理なことは、高杉もよく判っている。
「タマ後輩は、御門ずっと希望してるんでしょ」
「ああ。しかし、雪が嫌がっちょる」
「成程」
 久坂と高杉の幼馴染で、元、御門寮の所属である三年の桂雪充は現在恭王寮に所属している。
 ぐうぐうそこで眠っている児玉の所属する寮だ。
「雪ちゃんは、タマ後輩を跡継ぎに育ててるってワケか」
「そういうことじゃ」
 御門寮に居たがった雪充だが、統括の手腕をかわれて恭王寮へ行く事になった。
 そして雪充が恭王寮の責任者の跡取りとして選んだのが児玉だという事だ。
「その事ってさ、タマ後輩は勿論知らないんだろ?」
 今後恭王寮の提督、つまり寮長として雪充が自分を育てているなんて考えもしていないからこそ、御門寮を毎回希望しているのだろう。
「知らんからこそ、希望を出すんじゃろうの」
 雪充も人が悪い、と高杉は思う。最初から児玉に責任者になれと言っておけば、諦めるなり、反対するなりするだろうに。
「知らない間にこっそり仕立てるの、雪ちゃんの得意技だからね」
「とはいえ、雪が育てているモンをこっちがかっさらうワケにもいかんじゃろう」
「確かにねえ」
 幾久がこの三ヶ月の間に成長したように、児玉の成長も明らかだ。
 寮でのトラブルを抱えていたが、今のところ問題もおさまっているようだし、雪充は上手に児玉を育てているのだろう。
 だとしたら、いくら本人が望んでも来させるわけにはいかない。
 あっちはあっちで事情があるのだ。
「それに、舞台の稽古。もうすぐだろ」
 高杉も久坂も部活をやっているが、その部活動が本格的に始動するのはこの夏休みの登校日の後だ。
 一年に一度しか頑張らなくていいけれど、一年分の頑張りを一気に突っ込むので内容はかなりハードだ。
「それは問題ない。幾久がおる事も決まったなら、代役も必要ねえし、今年の面子は文句なしの連中ばかりじゃ」
 久坂と高杉が所属しているのは俗に言う演劇部で、秋にある報国院の学園祭、桜柳祭(おうりゅうさい)の舞台で発表する必要がある。
 校外の演劇大会などには出ないのだが、毎年ファンが見にくるくらいには伝統があり、レベルも求められる。
 一年おきに地元の歴史もの、シェイクスピア劇という順番にテーマが決まっており、今年はシェイクスピア劇をすることになっている。
 昨年の劇は長州の歴史を踏襲したもので、台本も面白く評判はいいだろうと練習の間から思ってはいたが、それが思った以上にいい評価と評判を呼んだ。
「去年の評判があるからのう。やりづれえ」
「仕方ないね。頑張らないとさ」
 いっくんも居ることだし?と久坂が言うと高杉がそうじゃな、と返した。
「おるじゃろうとは思ったが、本当に選んでくれて良かった」
「そうだね」
 思いがけない珍客だった幾久は、もう立派に御門寮の一員でなくてはならない存在になっている。
 久坂は思う。
(ハル、気づいているのかな)
 幾久が来てからと言うもの、高杉はうなされる事が減った。
 一人眠れずに静かに高杉の寝顔を見ている間、高杉はうなされることが多かった。
 あまりに酷いときは起こしたりもしていたが、幾久が来てから高杉は穏やかに眠るようになっていた。
 舌打ちも減り、苛立つことも減った。
 だから山縣も、幾久を追い出すような真似をしない。
(ホンッと、ハルに関しては忠犬だよアイツ)
 栄人はスムーズに動くようになり、世話をやくのが楽しそうだ。
 幾久が手伝うと、お兄さん役を発揮したいのか、以前より家事のスキルが上達している。
 麗子さんも頻繁に魚料理を出すようになり、幾久のおいしい、という評価にいつも喜んでいる。
 多分自分も気付かないうちに、なにか変化しているのだろう。
 だからこそ、『今の』御門寮には幾久の存在が不可欠だ。
(いっくんの正式な書類って、いつ出来上がるのかなあ)
 毛利だって、幾久にはなにか思う事があるはずだ。幾久が報国院に残ると決めたのなら、さっさと処理するだろう。
(明日は、ハルと一緒にトシをお説教して、それから寮に帰る支度をして、部活の打ち合わせをして。あと補修もあるし)
 いろいろ考えていると眠くなってくる。
 ふわあ、と久坂と高杉が同時にあくびをしたタイミングで、六花が戻ってきて二人に告げた。

「お待たせガキんちょ共、さっさと寝ちまいな。おねー様はこれからお仕事で徹夜すっからな」

 元気一杯の六花に二人はほっとして、「じゃあ後よろしく頼む」と言うと、二人で寝室へと向かった。

 六花はパソコンの前に座ると、仕事の続きを開始する。幾久に小声で囁くには、もう少し時間があった。
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