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【9】拳拳服膺~仲良く皆で夏祭り
報国院へ通います!
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久坂と高杉が帰って来た。
栄人はやはり留守だったが、母親が居たので無事渡してきたという。
六花がお茶を用意していたので、幾久は早速「手伝います」と傍で手伝った。
綺麗なガラスの椀を用意して、人数分のお茶を居れ、広い居間に持っていった。
「いつもありがとうございますってさ」
「いいってことよ。どうせ食べられないし」
あのお母さんも気にしいだからねえ、と六花は言う。
「瑞祥、ダンボール土間の脇に動かしといて。寮に持って返るでしょ」
「わかった」
寮行きのお中元はかなり多いので、ダンボールに移されたのだが、それがみっつもあった。
さっきまで部屋中にひろげていたお中元は片付けられて、いまはもう部屋はすっきりしている。
気付いたが、この家の人というか、六花という人は行動が早い。
置きっぱなしとか、後で、という事がなく、思い立ったらすぐに行動するし、行動を始めたら最後まできちんと終わらせる。
幾久の母は割りと「後から」というタイプで、こんな風になにか貰ってもパッケージを開かずテーブルの上に置きっぱなしで、食事の時間になったら一端それを移動させて、また戻す、みたいなことをやっていたから、てきぱきした六花は幾久の母と全くタイプが違うんだな、と感心した。
(麗子さんみたいかも)
寮母の麗子も、穏やかな喋り方の割りに行動は早く、食事の支度をしても、片づけをしても、毎日毎回、きちんと道具は元の場所においてある。
部屋中にお中元が、包み紙もろとも広げられているときにはものすごく大変そうな作業に見えたけれど、包み紙をさっさとたたみ、紐を切ってぐるぐる巻いてしまい、箱も分解してまとめられると作業はあっという間に終わっていた。
寮ではなにもしない久坂と高杉も、黙って六花の行動をサポートしていて、三人のコンビはなかなかの見ものだった。吉田の家から戻った高杉と久坂、そして六花と幾久の四人は昼食時のようにそれぞれ腰を下ろし、お茶を飲む。
「それより栄人は、どこでバイトしてんの?」
六花の問いに高杉が答えた。
「昼間はいつものトコ。夜は祭りの出店」
「祭り?あるんすか?」
幾久が興味を持って尋ねると、高杉が言った。
「お前、トシに誘われて祭示部の手伝いしたじゃろうが」
「あー!」
報国院の敷地内の神社、というか報国院が神社の敷地内にあるのだが、その神社の境内で夏に祭りが行われるのだ。
昔からの伝統がある祭りで、大きな重い竹を抱えて歩くといった変わったものらしく、参加する人は危険がないように前もって練習をする。
同じ鳩クラスの伊藤が祭りなどを統括する祭示部と言う部活動に入っていて、頼まれて手伝いに参加したのだが、実は乃木希典の子孫である幾久を、氏子の人が見たがっているのを知った三年の赤根が無理に参加させたのを後で知った。
悪気がないとはいえ、利用された事が納得行かず、結局すぐに手伝いは断ったのだが、幾久の友人である伊藤も児玉も祭りの参加はするということだった。
「あの祭りっすか」
「そうじゃ」
地元の人が集まって、氏子さん総出でやる、賑やかな祭りだというのは知っていたが、東京に帰省していたから頭からすっかり抜けていた。
「丁度今日なんすか?」
タイミングがいいなと幾久は思ったが、高杉は首を横に振った。
「今日が最終日じゃ。祭りは一週間あるからの」
「一週間!」
長さに幾久が驚く。祭りなんて、一日、二日程度だろうに、一週間も続くのか。
「じゃあ、毎日出店とかあるんスか?」
「勿論。じゃから、栄人もバイトに行っちょる」
出店のバイトか、と幾久はわくわくした。なんだか楽しそうで羨ましい。
祭りの準備では赤根に巻き込まれて、あまりいい思いはしなかったが、結局児玉と雪充のおかげで幾久は面倒から逃げることも出来たし、祭り自体にどうこういう思いはない。
「そういやいっくんは実際の祭り知らないんだよね。祭り行ってみる?」
久坂の問いに、幾久は顔を上げた。
「いいんすか?」
「どうせ家におってもすることなくて暇じゃろう。トシも児玉も出ちょるんやから、見てやったらエエ」
「……そっすね!」
報国院に残るかどうかをずっと考えてきた幾久にとって、夏休みに遊ぶための計画を約束することは出来なかったが、今はもうそれは済んだことだ。
(あれ?それより、オレ、先輩等に報告してなくね?)
そういえばこっちに帰ってから、寮が工事中でばたばたしたせいできちんと報告していなかった気がする。
丁度今なら高杉も久坂も居る。
幾久は正座し、両手を膝の上に置いた。
「あとあの。ハル先輩、久坂先輩」
「なんじゃ幾久、改まって」
「なに?」
尋ねた二人を真正面から見据え、幾久は告げた。
「オレ、決めました。報国院に通います」
それは幾久にとって、これまでの人生で初めてと言ってもいいくらいの決意表明だった。
父に薦められたのは事実だけど、三ヶ月間で幾久の考え方は驚くほど変わってしまっていた。
こんなにも、ここに居たいとか、なにかをしたいと思ったことはなかった。
どうしても報国院がいい。
父の策略にまんまとハマッた気がしないでもないが、実際に楽しいと思ってしまったのだから仕方がない。
初めての決意表明に、幾久は気合を入れて望んで、高杉や久坂もきっと、なにか感じるものを受け止めて、静かに「うん」とか言ってくれると、そう思っていたのだが。
高杉が言った。
「今更か?」
久坂も驚いて言った。
「え?ひょっとして、まだ決めてなかったの?」
幾久は驚いた。
「……は?」
あれ?なんか想像してたのと違う。
幾久はそう思った。
することもないし、幾久は一度も実物を見たこともないし、ということで、久坂、高杉、幾久の三人は祭りに行くことになった。六花は仕事があるとかで『行かないけど、やきそばと鶏卵饅頭買ってきて』とのお使いを頼まれた。
幾久はやや不機嫌で、報国院までの道を歩き、その後を久坂と高杉が苦笑しながらついて行っている。
「やーだってさあ、今更じゃん。あんなになじんどいて、まさか本当に本気で夏休みまで考えてるとか思わないでしょ、フツー」
「そうじゃぞ。期限はあったとはいえ、寮でも役割分担されてたじゃろうが。今更すぎて呆れるの」
「オレは一応、悩んでたんス!」
もう、とぷりぷり怒りながら幾久は先を歩く。
せっかく真面目にちゃんと報告したのに、少しは喜んでくれるのかなーなんて思っていたのが甘かった。
すっかり幾久が報国院に決めたものと思い込んでいたらしく、『今更何を』と呆れられた上に、『いっくん、全然東京に戻るそぶり見せてなかったじゃん』『夏休みにちーと戻るのさえ嫌がっておったクセに、なにを今更』と逆にののしられた。
「ちょっとくらい、先輩らしく『よかったな』とか、『ちゃんと決められたんだ、偉いぞ』みたいな褒め言葉とかないんスか?オレ、三ヶ月も悩んでたんスよ!」
「よかったねえ」
「ちゃんと決めたんだ、偉いぞ」
久坂と高杉がそう言うが、見事にわざとらしい棒読みだ。
「先輩等ってほんとイケズっす!」
幾久は文句を言うが、久坂と高杉は更に追い討ちをかけた。
「だってさあ、実際はそう悩んでなかったでしょ、いっくん」
「そうじゃぞ。入学当初はともかく、ゴールデンウィークなんぞ楽しみまくってたじゃろうが」
そう二人に言われて口ごもる。
確かにそうだ。
ゴールデンウィークは、この長州市での祭りが多く開催され、マスターの参加している社会人プロレスのスタッフをちょっとやったり、御門寮の卒業生がバンドを組んでいるのだけどそのフェスにいつのまにか巻き込まれていたり、滅茶苦茶だけど楽しかった。
「いやいやいや、遊びと悩みは別ッス。ちゃんとオレ、それなりに悩んでましたもん」
「それってきっと気のせいじゃないかなあ」
久坂の言葉に高杉が噴出し「そうじゃぞ幾久、気のせいじゃ」と乗っかった。
「そんなことないっス!オレ、真剣でしたもん!」
「はいはい」
「わかったわかった」
こうなるとこの二人のコンビは強い。
二人合わせての攻撃に勝てる訳もないので、幾久はむっとして返した。
「先輩等はわかんなくても、タマは絶対に、オレの気持ち、判ってくれるっス!」
児玉はいろんな考えを気付かせてくれたし、話してみたらとてもいい奴だった。
「そーだ!タマにも言っとかないと」
ここに居るべきかどうか、悩んでいる幾久にいろんなヒントをくれたのは児玉だ。
夏休みに進路を決めるつもりでいたので、遊びの約束なんかは入れていなかった。だけどこれからはもうそんな事を気にしなくても良い。
(タマともこれから、ずっと一緒に居られるんだ)
中期は鷹でクラスも同じだし、寮は違うけれど三年の雪充が入れば出入りも自由だ。
今度から、何の悩みもなく休日には一緒に遊びに行ったりもできると思ったら嬉しくなった。
「じゃったら丁度よかったの。どうせ連中、全員おるんじゃから」
「そうそう。どうせみんな居るんじゃない?」
久坂と高杉の言葉にそっか、と幾久は頷く。
「あっ、だったら雪ちゃん先輩もいるんスか?」
もう留学先から帰ってきてるはず!と幾久はウキウキしたが「いや、おらん」と高杉に言われて「えー」と不服の声を上げた。
「雪ちゃんは実家に帰ってるし、勉強するって言ってたから来ないよ」
「そーなのかあ」
残念だと幾久は肩を落とした。
「そもそも今は夏休みじゃぞ。寮には残れん」
寮にもよるがな、と高杉に言われて幾久はやっと自分がイレギュラーな御門寮に居ることを思い出した。
「そっか。御門がおかしかったんだった」
本来、寮は特別な理由がない限り夏休みは退寮することになっている。
部活の関係がある生徒は別だが、そういった生徒は大抵が報国寮か、ユースを抱える鯨王寮に住んでいる。
寮母さんがいない間だけ、退寮しとけばいい御門寮は特別なのだ。
「そういやなんか買ってこいって、六花さん言ってましたよね」
お使いを頼まれたのはともかく、お小遣いまで貰ってしまった。勿論、最初は断ったのだが久坂と高杉の『姉ちゃんは若い男に貢ぐのが趣味』との言葉に押し切られた。
当然、二人とも六花さんに殴られていたが。
(六花さんって乱暴だよなあ)
力いっぱいぶん殴ったりは当然しないが、かなり手が早いタイプというのは判る。
一見高杉っぽいのに、実際は高杉と久坂の性格を行ったり来たり、というギャップも不思議だ。
幾久一人の前では静かな、普通のちょっときつそうなお姉さんにしか見えないのに、久坂と高杉が入ると途端、高杉っぽい上に、テンション高めのにぎやかな人になる。
時山のように二面性というほどでもないし、かといって裏表が全くない、ということもない。
報国院には女の先生はいないし、年上の女性というものを幾久は知らないので、あのくらいの年齢の女の人って、あんな感じなのかなあ、と思ったのだった。
神社に近づくと祭りの雰囲気が伝わってきた。地元の人々が浴衣を着て神社へ楽しそうに向かっている。
出店も沢山出ていて、地方色があるのか、見たことのない出店がいくつもある。
「幾久、おめん買うちゃろか」
高杉のからかいに、一瞬「いらないっす」と言いかけたが、「やっぱいるっす」と答えた。
「えっ、いっくんめずらしい」
子供扱いすると怒る幾久が、今回は素直にのっかってるのを見て久坂が驚くが、幾久は答えた。
「いや、だって赤根先輩とかいるかもだし」
「!」
「……あー、」
久坂と高杉が途端、納得した。
「そうだったの、忘れちょった」
「そっかー、確かに赤根ウザイかも」
久坂と高杉と一緒に居れば、大丈夫と言う気もするが、幾久は以前祭りの手伝いに参加しているので、氏子の大人に乃木希典の子孫だと面が割れている。
「おめんしとけば、少しはバレないっぽくないっすか?」
ちょっと恥ずかしくもあるけれど、顔さえ隠せば判らないし祭りならうかれている高校生だと思われるだけだろう。
「幾久、名案じゃのう」
「そうだね。僕も面倒くさいの嫌だし、買おうかな」
「ですよね!」
急に乗り気になった三人は、とりあえず近くにあった店で適当にお面を選び、全員がしっかり顔に被った。
「行くぞ幾久!」
「ウス!」
「なんか楽しいね、これ」
久坂と高杉、幾久の三人は、はりきって祭りに参加する高校生丸出しで、報国院の敷地内でもある、神社の境内へ向かって歩いていった。
栄人はやはり留守だったが、母親が居たので無事渡してきたという。
六花がお茶を用意していたので、幾久は早速「手伝います」と傍で手伝った。
綺麗なガラスの椀を用意して、人数分のお茶を居れ、広い居間に持っていった。
「いつもありがとうございますってさ」
「いいってことよ。どうせ食べられないし」
あのお母さんも気にしいだからねえ、と六花は言う。
「瑞祥、ダンボール土間の脇に動かしといて。寮に持って返るでしょ」
「わかった」
寮行きのお中元はかなり多いので、ダンボールに移されたのだが、それがみっつもあった。
さっきまで部屋中にひろげていたお中元は片付けられて、いまはもう部屋はすっきりしている。
気付いたが、この家の人というか、六花という人は行動が早い。
置きっぱなしとか、後で、という事がなく、思い立ったらすぐに行動するし、行動を始めたら最後まできちんと終わらせる。
幾久の母は割りと「後から」というタイプで、こんな風になにか貰ってもパッケージを開かずテーブルの上に置きっぱなしで、食事の時間になったら一端それを移動させて、また戻す、みたいなことをやっていたから、てきぱきした六花は幾久の母と全くタイプが違うんだな、と感心した。
(麗子さんみたいかも)
寮母の麗子も、穏やかな喋り方の割りに行動は早く、食事の支度をしても、片づけをしても、毎日毎回、きちんと道具は元の場所においてある。
部屋中にお中元が、包み紙もろとも広げられているときにはものすごく大変そうな作業に見えたけれど、包み紙をさっさとたたみ、紐を切ってぐるぐる巻いてしまい、箱も分解してまとめられると作業はあっという間に終わっていた。
寮ではなにもしない久坂と高杉も、黙って六花の行動をサポートしていて、三人のコンビはなかなかの見ものだった。吉田の家から戻った高杉と久坂、そして六花と幾久の四人は昼食時のようにそれぞれ腰を下ろし、お茶を飲む。
「それより栄人は、どこでバイトしてんの?」
六花の問いに高杉が答えた。
「昼間はいつものトコ。夜は祭りの出店」
「祭り?あるんすか?」
幾久が興味を持って尋ねると、高杉が言った。
「お前、トシに誘われて祭示部の手伝いしたじゃろうが」
「あー!」
報国院の敷地内の神社、というか報国院が神社の敷地内にあるのだが、その神社の境内で夏に祭りが行われるのだ。
昔からの伝統がある祭りで、大きな重い竹を抱えて歩くといった変わったものらしく、参加する人は危険がないように前もって練習をする。
同じ鳩クラスの伊藤が祭りなどを統括する祭示部と言う部活動に入っていて、頼まれて手伝いに参加したのだが、実は乃木希典の子孫である幾久を、氏子の人が見たがっているのを知った三年の赤根が無理に参加させたのを後で知った。
悪気がないとはいえ、利用された事が納得行かず、結局すぐに手伝いは断ったのだが、幾久の友人である伊藤も児玉も祭りの参加はするということだった。
「あの祭りっすか」
「そうじゃ」
地元の人が集まって、氏子さん総出でやる、賑やかな祭りだというのは知っていたが、東京に帰省していたから頭からすっかり抜けていた。
「丁度今日なんすか?」
タイミングがいいなと幾久は思ったが、高杉は首を横に振った。
「今日が最終日じゃ。祭りは一週間あるからの」
「一週間!」
長さに幾久が驚く。祭りなんて、一日、二日程度だろうに、一週間も続くのか。
「じゃあ、毎日出店とかあるんスか?」
「勿論。じゃから、栄人もバイトに行っちょる」
出店のバイトか、と幾久はわくわくした。なんだか楽しそうで羨ましい。
祭りの準備では赤根に巻き込まれて、あまりいい思いはしなかったが、結局児玉と雪充のおかげで幾久は面倒から逃げることも出来たし、祭り自体にどうこういう思いはない。
「そういやいっくんは実際の祭り知らないんだよね。祭り行ってみる?」
久坂の問いに、幾久は顔を上げた。
「いいんすか?」
「どうせ家におってもすることなくて暇じゃろう。トシも児玉も出ちょるんやから、見てやったらエエ」
「……そっすね!」
報国院に残るかどうかをずっと考えてきた幾久にとって、夏休みに遊ぶための計画を約束することは出来なかったが、今はもうそれは済んだことだ。
(あれ?それより、オレ、先輩等に報告してなくね?)
そういえばこっちに帰ってから、寮が工事中でばたばたしたせいできちんと報告していなかった気がする。
丁度今なら高杉も久坂も居る。
幾久は正座し、両手を膝の上に置いた。
「あとあの。ハル先輩、久坂先輩」
「なんじゃ幾久、改まって」
「なに?」
尋ねた二人を真正面から見据え、幾久は告げた。
「オレ、決めました。報国院に通います」
それは幾久にとって、これまでの人生で初めてと言ってもいいくらいの決意表明だった。
父に薦められたのは事実だけど、三ヶ月間で幾久の考え方は驚くほど変わってしまっていた。
こんなにも、ここに居たいとか、なにかをしたいと思ったことはなかった。
どうしても報国院がいい。
父の策略にまんまとハマッた気がしないでもないが、実際に楽しいと思ってしまったのだから仕方がない。
初めての決意表明に、幾久は気合を入れて望んで、高杉や久坂もきっと、なにか感じるものを受け止めて、静かに「うん」とか言ってくれると、そう思っていたのだが。
高杉が言った。
「今更か?」
久坂も驚いて言った。
「え?ひょっとして、まだ決めてなかったの?」
幾久は驚いた。
「……は?」
あれ?なんか想像してたのと違う。
幾久はそう思った。
することもないし、幾久は一度も実物を見たこともないし、ということで、久坂、高杉、幾久の三人は祭りに行くことになった。六花は仕事があるとかで『行かないけど、やきそばと鶏卵饅頭買ってきて』とのお使いを頼まれた。
幾久はやや不機嫌で、報国院までの道を歩き、その後を久坂と高杉が苦笑しながらついて行っている。
「やーだってさあ、今更じゃん。あんなになじんどいて、まさか本当に本気で夏休みまで考えてるとか思わないでしょ、フツー」
「そうじゃぞ。期限はあったとはいえ、寮でも役割分担されてたじゃろうが。今更すぎて呆れるの」
「オレは一応、悩んでたんス!」
もう、とぷりぷり怒りながら幾久は先を歩く。
せっかく真面目にちゃんと報告したのに、少しは喜んでくれるのかなーなんて思っていたのが甘かった。
すっかり幾久が報国院に決めたものと思い込んでいたらしく、『今更何を』と呆れられた上に、『いっくん、全然東京に戻るそぶり見せてなかったじゃん』『夏休みにちーと戻るのさえ嫌がっておったクセに、なにを今更』と逆にののしられた。
「ちょっとくらい、先輩らしく『よかったな』とか、『ちゃんと決められたんだ、偉いぞ』みたいな褒め言葉とかないんスか?オレ、三ヶ月も悩んでたんスよ!」
「よかったねえ」
「ちゃんと決めたんだ、偉いぞ」
久坂と高杉がそう言うが、見事にわざとらしい棒読みだ。
「先輩等ってほんとイケズっす!」
幾久は文句を言うが、久坂と高杉は更に追い討ちをかけた。
「だってさあ、実際はそう悩んでなかったでしょ、いっくん」
「そうじゃぞ。入学当初はともかく、ゴールデンウィークなんぞ楽しみまくってたじゃろうが」
そう二人に言われて口ごもる。
確かにそうだ。
ゴールデンウィークは、この長州市での祭りが多く開催され、マスターの参加している社会人プロレスのスタッフをちょっとやったり、御門寮の卒業生がバンドを組んでいるのだけどそのフェスにいつのまにか巻き込まれていたり、滅茶苦茶だけど楽しかった。
「いやいやいや、遊びと悩みは別ッス。ちゃんとオレ、それなりに悩んでましたもん」
「それってきっと気のせいじゃないかなあ」
久坂の言葉に高杉が噴出し「そうじゃぞ幾久、気のせいじゃ」と乗っかった。
「そんなことないっス!オレ、真剣でしたもん!」
「はいはい」
「わかったわかった」
こうなるとこの二人のコンビは強い。
二人合わせての攻撃に勝てる訳もないので、幾久はむっとして返した。
「先輩等はわかんなくても、タマは絶対に、オレの気持ち、判ってくれるっス!」
児玉はいろんな考えを気付かせてくれたし、話してみたらとてもいい奴だった。
「そーだ!タマにも言っとかないと」
ここに居るべきかどうか、悩んでいる幾久にいろんなヒントをくれたのは児玉だ。
夏休みに進路を決めるつもりでいたので、遊びの約束なんかは入れていなかった。だけどこれからはもうそんな事を気にしなくても良い。
(タマともこれから、ずっと一緒に居られるんだ)
中期は鷹でクラスも同じだし、寮は違うけれど三年の雪充が入れば出入りも自由だ。
今度から、何の悩みもなく休日には一緒に遊びに行ったりもできると思ったら嬉しくなった。
「じゃったら丁度よかったの。どうせ連中、全員おるんじゃから」
「そうそう。どうせみんな居るんじゃない?」
久坂と高杉の言葉にそっか、と幾久は頷く。
「あっ、だったら雪ちゃん先輩もいるんスか?」
もう留学先から帰ってきてるはず!と幾久はウキウキしたが「いや、おらん」と高杉に言われて「えー」と不服の声を上げた。
「雪ちゃんは実家に帰ってるし、勉強するって言ってたから来ないよ」
「そーなのかあ」
残念だと幾久は肩を落とした。
「そもそも今は夏休みじゃぞ。寮には残れん」
寮にもよるがな、と高杉に言われて幾久はやっと自分がイレギュラーな御門寮に居ることを思い出した。
「そっか。御門がおかしかったんだった」
本来、寮は特別な理由がない限り夏休みは退寮することになっている。
部活の関係がある生徒は別だが、そういった生徒は大抵が報国寮か、ユースを抱える鯨王寮に住んでいる。
寮母さんがいない間だけ、退寮しとけばいい御門寮は特別なのだ。
「そういやなんか買ってこいって、六花さん言ってましたよね」
お使いを頼まれたのはともかく、お小遣いまで貰ってしまった。勿論、最初は断ったのだが久坂と高杉の『姉ちゃんは若い男に貢ぐのが趣味』との言葉に押し切られた。
当然、二人とも六花さんに殴られていたが。
(六花さんって乱暴だよなあ)
力いっぱいぶん殴ったりは当然しないが、かなり手が早いタイプというのは判る。
一見高杉っぽいのに、実際は高杉と久坂の性格を行ったり来たり、というギャップも不思議だ。
幾久一人の前では静かな、普通のちょっときつそうなお姉さんにしか見えないのに、久坂と高杉が入ると途端、高杉っぽい上に、テンション高めのにぎやかな人になる。
時山のように二面性というほどでもないし、かといって裏表が全くない、ということもない。
報国院には女の先生はいないし、年上の女性というものを幾久は知らないので、あのくらいの年齢の女の人って、あんな感じなのかなあ、と思ったのだった。
神社に近づくと祭りの雰囲気が伝わってきた。地元の人々が浴衣を着て神社へ楽しそうに向かっている。
出店も沢山出ていて、地方色があるのか、見たことのない出店がいくつもある。
「幾久、おめん買うちゃろか」
高杉のからかいに、一瞬「いらないっす」と言いかけたが、「やっぱいるっす」と答えた。
「えっ、いっくんめずらしい」
子供扱いすると怒る幾久が、今回は素直にのっかってるのを見て久坂が驚くが、幾久は答えた。
「いや、だって赤根先輩とかいるかもだし」
「!」
「……あー、」
久坂と高杉が途端、納得した。
「そうだったの、忘れちょった」
「そっかー、確かに赤根ウザイかも」
久坂と高杉と一緒に居れば、大丈夫と言う気もするが、幾久は以前祭りの手伝いに参加しているので、氏子の大人に乃木希典の子孫だと面が割れている。
「おめんしとけば、少しはバレないっぽくないっすか?」
ちょっと恥ずかしくもあるけれど、顔さえ隠せば判らないし祭りならうかれている高校生だと思われるだけだろう。
「幾久、名案じゃのう」
「そうだね。僕も面倒くさいの嫌だし、買おうかな」
「ですよね!」
急に乗り気になった三人は、とりあえず近くにあった店で適当にお面を選び、全員がしっかり顔に被った。
「行くぞ幾久!」
「ウス!」
「なんか楽しいね、これ」
久坂と高杉、幾久の三人は、はりきって祭りに参加する高校生丸出しで、報国院の敷地内でもある、神社の境内へ向かって歩いていった。
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