城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【8】空前絶後~コミケ参加、それが俺のジャスティス

真面目に進路の話をしよう

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 幾久は、別に山縣に答えを期待したわけではなかった。自分の中ではもう進路は決めていたし、どうするかも決まっていた。ただ、単純に、この先輩が幾久の質問になんて答えるのかを知りたかったのと、多分幾久の想像通りの事を言うだろうな、とそう思って尋ねただけの事だ。
 山縣は暫く黙っていた。
 きっといつものように、『知るか』とか、『テメーで決めろや』なんて言うに違いないだろうな、と幾久は思っていたのだが。

 ゆりかもめが乗り換えの駅に到着した。
 幾久が立ち上がり、山縣も一緒に並んで降りる。
 駅を通り去っていくゆりかもめのぬるい風を感じていると、山縣が言った。
「テメーがいると、高杉の機嫌が良い」

 そう言って歩いて行く後を、幾久は付いて行く。
 山縣は微妙に早足だった。
「それに久坂もピリピリしてねーし、吉田はよく動く」
 山縣が想像と全く違うことを言い出して、幾久は少し混乱していた。
「トッキーなんか、めっちゃデレてるしな。部屋でいっつもいっくんいっくんうるせーのなんの」
 そうなのか、と幾久は不思議になった。
「麗子さんは、料理をはりきって作るようになってるし、魚のメニューがめっちゃ増えた」
 それも知らなかった。
 てっきり長州市が港町だし、魚市場に勤めている宇佐美がOBで魚を仕入れてくるから、これが普通なのかと思っていた。
「テメーが報国院にあってるかどうかは、俺にはどうでもいいんだが、正直言うと」

 乗り換えの電車を待ちながら、人気の無い駅で山縣は幾久に告げた。

「高杉の為に、御門に居て欲しい」

 そう言った山縣はどこまでも真剣で、これまでに見たことの無い表情と声のトーンだった。
 いざ真剣に山縣に言われると幾久は困ってしまい、口ごもって喋れない。
 山縣もなにかばつが悪いようで、いつもの茶化す雰囲気はなく、ため息をひとつつくと、ぶつくさと文句を言いはじめた。
「しゃーねーんだよなあ、こればっかはどうしようもねーもん。俺なんかがはしゃいじゃってもさあ、高杉には萌えしか出てこねーし。かといって、桂みてーなこともできねーし、久坂になれる訳もねーし」
「……」
 黙って考え込む幾久に、山縣は心底ばつが悪そうだ。
「オイ、なんか言えよ。テメーが質問したんだろーが」
「いや、なんか想像と違いすぎて言葉が出ないッス」
「なに想像してたんだよ」
「ガタ先輩のことだから、『俺が知るか』とか『テメーで考えろや』とか言うのかと」
「はぁ?俺だって漫画以外に空気くらい読むこともありますぅー」
 そう言って山縣はまたひとつため息をついた。
「そりゃ俺だってフツーの時だったらそう言うわ。面倒くせーし関係ねーもん」
「やっぱり。でもじゃあなんで今は『フツー』じゃないんすか?コミケ帰りだから?」
「馬鹿かてめえは。おめーが真剣に悩んでんのくらいわかんだろ」
 電車がアナウンスと共に、轟音を立てて到着した。
 お盆休みでもう夜になれば、人もそんなに乗っていない。山縣は開いたドアから乗り込んで、その後を幾久は追った。
 人がいないので、車両の端の席に隣同士座り、幾久は自分のショルダーバッグを抱えた。
「テメーはどうせこの先どーするのとか決めてっだろうから、俺がどうこう言う筋合いはねーよ。そこは勝手にしろ。テメーのいう所の、『俺が知るか』の部分だ。わかるよな」
「……ウス」
 山縣は幾久が進路を決めていることは、とっくに判っていたらしい。
「でもテメーが悩んでんのはそこじゃねえだろ」
 山縣の言うとおりだった。
 幾久の進路はもう決まっている。でもそれとは違う部分が、幾久の中で引っかかっている。
「オレ、報国院、メッチャ楽しいんす。そりゃ、嫌な奴もいますよ。でもそんなのどこにだっているじゃないっすか」
 東京だろうが長州市だろうが、幾久がどこに行っても幾久以外の人はいる。
 どこへ逃げられたとしても、きっと数の多い少ないはあっても多分どこでも変わらない。
 報国院は楽しい。
 男子校だからなのかもしれないし、あの学校だからなのかもしれない。
 寮生活に不満は無いし、先輩たちは癖があるけど面白い。友人も出来た。クラスは中期で分かれてしまうけれど、それでも伊藤や弥太郎と、疎遠になる気はしなかった。
「楽しいだけで学校行って、オレ、堕落すんじゃねえのって」
 父の勧めではあったけれど、結果報国院は楽しい場所だった。
 だからそこに行くなんて、そんな不真面目な理由でいいのだろうか。
 そう幾久が言うと、山縣が言った。
「理由なんかどうでもいいんだよ。面白いほうがいいじゃん」
「でも面白い方を選んだら、失敗しそうな気がしません?」
「……お前の定義してる『堕落』ってなによ」
「え?えーと」
 幾久は首を傾げた。確かに、遊ぶことや楽しい事はイコール堕落だと思い込んでいたけれど、具体的にはなにがそうなのだろうか。
 思いつくままに、幾久は言ってみた。
「勉強しないとか?」
 山縣が答えた。
「成績あがってんじゃん」
 考えて幾久が言う。
「遊んでばっかりとか?」
 また山縣が答えた。
「成績あがってんじゃん」
「真面目じゃないとか?」
「成績あがってんじゃん」
「……確かに」
 この数ヶ月間、幾久は思い切り遊んだ。ゴールデンウィークなんか毎日遊びに連れ出されたし、この前はちょっとだったが祭りの準備にも参加した。
 児玉とよく散歩しながら話しもするし、困ったときには雪充に相談したりもした。
 鷹のクソむかつく奴と喧嘩して、落としてやるなんて宣言して、実際そうなったわけだけど、確かに幾久の成績は上がっている。
 山縣が言った。
「結果出てんじゃん」
「そ、う……っす、ね、確かに」
 結果が大事と言うならば、この数ヶ月の幾久の結果は上々だ。
 成績もいいし、日常も充実している。遊ぶ時間もあるし、勉強だって先輩達が見てくれている。
 塾に行く必要もなければ、ストレスを感じる母親のような人もいない。いいことだらけで気持ち悪いほど。
「だったらこのままいればいんじゃね」
 鼻でもほじりそうな、どうでもいいといった風に山縣が言う。
「なんか人生のこととか、きちんと考えてるのかなオレとか」
「人生なんて言ったって、俺らみてーなガキにはなんもわかんねーじゃん。考えるだけ無駄じゃねーの」
「……」
 山縣のあまりにその通りな常識に、幾久は返す言葉が無い。
 そう、まだたった高校一年生の自分なんかに、人生がどうのこうのなんて判るはずも無いのだ。
「とりまゲームで例えてみよーぜ。大抵のやつに人生ってのはひたすら経験値上げてく地味なおもんない、努力ゲーでしかないわけ。怪我したくなかったら、アリアハン城のまわりでスライム倒してちょっとずつ経験値上げするしかねーよーな、な」
 アリアハン城がどこなんだか知らないが、なんとなく言っている事は理解できる。弱いけれど経験値も少ない敵と、ひたすらバトルをし続ける意味はあるのか、と山縣は言っているのだ。
「でも安全パイのバトルってクッソつまんねーの。相手はちょっと強いくらいがいいわけ」
 頑張ったり手段を変えれば勝てる、というのが一番面白いのだと山縣は言う。
「そうこうしていくちに、自分のレベルも跳ね上がるわけよ。そうすると敵もやっぱり強くなる、戦う、強くなる。それがスムーズに行くのが、ゲームバランスがいいってことなんだよな」
 バランスがちょっと乱れてるのがバランスがいい、と山縣が言う。
「いまのテメーがスムーズに進んでるのは、まわりの連中のレベルがちょっとたけーからなんだよ」
 俺含めな!と山縣が言ったが、幾久は突っ込まない。幾久がなにも言わないので山縣は仕方なく話を続ける。
「高杉とか久坂みてーな奴ってさ、ある意味高校生としてはカンストしてるわけ。普通の奴が高校生の時に考えたり悩んだりすることを、もうとっくに通り越してんだよ」
 カンストとはカウンターストップ、つまりレベルがMAXまで行ってしまってこれ以上はなにもならないという事だ。
「例えばさあ、やな奴の名前出すけどよ。赤根いんじゃん」
「はい」
 赤根は山縣と犬猿の仲だという三年生だ。
 悪い人ではないらしいのだが、他人の話を全く聞かない上に、御門寮の先輩達に失礼なので幾久も苦手だ。
「赤根は、今やっとレベル上げの為にちょっとつえーの倒そうかって所なわけ。でも、高杉とか久坂ってのは、もうゲームをクリアしてて、今は縛りありで遊んでるわけ」
 幾久は頷く。
「あいつらにとっちゃ高校生活なんてさ、とっくに経験値MAXで必要ねーんだけど、やんなきゃいけねーから仕方なし、じゃあタイムアタックでもしよーぜ、みたいな風にやってても、赤根はそうやってあいつらが勝てるのは、装備がいいからだと勘違いしてるわけだ」
 ふんふん、と幾久は頷く。
「リアルの世界じゃレベルなんて、頭上にステータス出るわけじゃねーじゃん。だから高杉とかがどんくらいのレベルかなんか、測れねーわけだ。赤根の考えてることは普通だし、感覚も普通よ。そこは俺だって判るわ。けどな、所詮は高校生のレベルなんだよ。赤根なんてのは、ちょっと出来る高校生なわけ」
 赤根を毛嫌いしているという割りに、赤根本人とは違って山縣はそこは評価しているのが幾久には意外だ。
「あいつらは違う」
 山縣は言った。

「『出来る高校生』なんじゃなくて、『出来る奴が高校生なだけ』なんだよ。出来がいいとか悪いとかじゃねえ」
「よく意味がわからんっす」
 そういえば栄人も、鳳だから東大や京大に行ける訳じゃなく、最初から行ける奴が鳳にいるだけだと言っていた。それと同じなのだろうか。
「『人間みたいに賢い犬』と『犬っぽい性格の人間』の違いがわかんねーか?」
「判りますよそんくらい。犬と人間じゃ全然違うじゃないっすか」
「それよそれ」
 山縣は幾久を指差し、わかってんじゃん、と言った。
「俺らが犬なら、あいつらは人間、つうくらいにレベルがちげーんだよ」
「それは、なんか判るッスけど」
 幾久に悩みがあったり、考えるような事があっても、あの先輩たちはそれを全部、答えまで見抜いた上で、幾久がどういう選択をするのがいいのかとまで考えている節がある。
 単純に、先輩だからああなのかなあ、と幾久は最初は思っていたけれど、時間が経つにつれてそうではないことに気付いてきた。
「高杉と久坂が、いつも二人なのはそういう理由だ。同じゲームフィールドに立ってんのに、あいつらだけカンストしてる。ま、桂も似たようなもんか」
 ここで雪充の名前が出るのも、幾久には驚きだ。
 山縣と桂雪充のつながりなんか、髪の毛一本もなさそうなのに。
「雪ちゃん先輩も、なんかちょっと違うっすよね」
「あいつはな。優等生部分が前に出ちまってるけど、あれはあれでいー性格してっからな」
「そうなんすか?優しくていい先輩じゃないっすか」
「おめーにはな」
 山縣は言う。
「桂は桂で、いろいろ考えて動いてやがっからな。敵に回したら厄介な相手だ」
「敵って、赤根先輩とか?」
 幾久が言うと山縣は鼻で笑った。
「はっ、バーカ、勝負になるかよ。あんなん赤根が一方的にやられてるだけだ」
 桂にゃ勝てねーからな、と山縣が言う。
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