上 下
101 / 416
【8】空前絶後~コミケ参加、それが俺のジャスティス

祭りの前の静けさ

しおりを挟む
 幾久と山縣、そして大佐の三人が秋葉原から向かったのはお台場だった。
 りんかい線で移動して、電車の中で楽しげにオタクの会話をする山縣と大佐の隣で幾久は渡された本をじっくり読んでいた。
 それは明日にあるという見本市に参加するための注意が書いてある漫画とコラム、そして山縣に渡されたタブレットでいろんな漫画を読まされた。
 そこでやっと理解したのだが、幾久が明日山縣と行くのはコミックマーケットという漫画の見本市らしい。
 オタクの人が自分で作った本や作品を売ったり買ったりするというもので、幾久もなんとなくの知識だけはあった。
(けどまさか、自分が行くとは思わなかった)
 今日は前日なので、スタッフが準備している最中らしい。
「とりまお前がすることのリハーサルを今日はやっとく。言っとくけど、明日はとんでもねーことになってるからな」
「はぁ」
「心配はないでごわすよ、今日は人数全然少ないでごわすからな。確かにリハをしておくのは正解でごわす」
 説明の漫画やコラムを読んでわかったのは、相当の人数が来るのでマナーを守ること、人が多いのでトイレに行くのが難しいこと、しかし水分補給をしないとすぐに熱中症になるくらいに暑いこと。
 荷物についての注意とかいろいろあったが、幾久は大量の荷物を持つこともないので、そこらへんは大丈夫だろう。
『国際展示場前、国際展示場前』
 電車内にアナウンスが流れ、到着したことがわかった。
「お、ついたでごわすな」
「よっしゃ行くぜ!」
 二人が立ち上がったので、幾久も慌てて後を追いかけた。

 駅に降りて驚いたのは、駅構内がアニメや漫画一色だったことだ。
「うわあ、すごい」
 看板からポスターまで、なにもかもがアニメや漫画だらけだ。
「後輩殿は、ビッグサイトははじめてでごわすか?」
 大佐の質問に幾久は「いいえ」と答えた。
「学校とか、習い事とかのイベントがあるときに来たことあります」
「ほほう」
「でもこんな風になってるの、初めて見ました。すごいっすね」
 賑やかにいろんな垂れ幕やポスターが掲げてあって、その華やかさに幾久は素直に感心した。
「あ、これガタ先輩がはまってるやつ」
 知っている絵だったので幾久が反応した。
「お、わかってんじゃん」
 山縣が得意げに言う。
「そりゃ、あれだけ言ってれば覚えますよ」
 山縣ははまっているアニメを見るときは居間で見ているので、自然、それが目に入ってしまう。
 幾久もなんとなく内容は知っている。
 妖精が出てくる話でちょっとグロい内容だった。
「原作興味あるなら本を貸してや」
「ないっす」
 即お断りを入れると、その様子を見て大佐が笑っていた。
「全く、ガタ殿のおっしゃるとおりのお方でごわすな、後輩殿は」
「はぁ」
「オタクに偏見はないのでごわすか?」
「オタクにはないっす。ガタ先輩にはあるけど」
 そう言うと、大佐は「ブフォwwww」とオタクらしく噴出した。

 会場に近づくと人の流れが多くなった。会場前にはスタッフ的や他にもいろんな人が居て、それぞれが忙しそうに動いている。なんとなく、幾久はわくわくしてきた。こういうお祭りの準備な空気は嫌いじゃない。
 会場の中へ入ると、その中もけっこう人が居た。
 ざわざわとしていて、皆足取りが軽い。
「明日は東だからな。間違えんなよ」
「東……」
 貰った地図を広げて、幾久が場所を確認する。
 方向に東と西があって、それぞれに会場があるらしい。
「いま、ここっすよね」
「そう。んで、明日はものすっげえ人が多いから、もし迷ったら、ここな」
 山縣が時計を指差した。
「この時計の場所に、一時間ゼロ分になったら来い。十五分して来なかったら、四十五分後に再チャレンジしろ」
「え?ガタ先輩、スマホ持ってますよね?」
 だったらそんなことしなくても、と幾久は言うが山縣は首を横に振った。
「明日は文明の利器は全て不能になると思え」
「え」
「十万人以上来るんだぞ。まずそんなものはあてにならない」
 文明の利器を誰よりも信じて享受している山縣から出るとは思えない言葉だ。
「多分、お前のミッションはお昼過ぎまでかかるはずだ。というより、気がついたら一時だった。そんな感じで間違いない」
「はぁ」
「一時丁度に間に合わなかったら二時丁度。それでも無理なら三時丁度にここだ。覚えておけ」
「……イエッサ」
 よくわからないが、判らないなりにとりあえず覚えておけばいいだろう。幾久はそう答えると、山縣はうん、と頷いた。
「で、こっちが東だ。来い」
 山縣に言われ、幾久はあとをついていく。大きな見本市会場と知っていたが、本当にやたら広い。
「この場所も明日は人でいっぱいになるからな。その覚悟はしておけよ」
「うっす」
 返事はするものの、こんなに広い通路が人でいっぱいなんて、どれだけの人数が来るのだろうと思う。
「あと、会場内は絶対に走るな。危険だからな」
「ウス」
 てくてくと先輩達についていくと、目の前が開けた。
「で、こっから降りる。あそこに見えるのが東館だ。全部で6ホールあって、向かい合わせに3ホールずつ」
 来たことはあってもじっくり場所まで確認したことはなかったので、幾久は珍しそうにあたりを見渡した。以前きた塾のイベントとは場所は同じなのに、雰囲気も熱気も全然違う。
「手続きが必要だろ?」
「あ、ワガハイに任せるでごわすよ」
 言うと大佐がささっと会場の中へ入っていく。
 幾久と山縣はのんびりと大佐の後を追い、中へと入った。
「わっ、すげえ、広い!」
 驚いて幾久が声を上げたのは、自分が見たことがある会場よりずっと広かったからだ。
「来たことあるんじゃなかったのか?」
「ありますけど、なんかすっげ広くねーっすか?」
 ちょっと興奮してしまうのは、やたら広く感じたからだ。
「わっ、車?チャリ?」
 車が出入りし、自転車で移動している人も居る。
 ざわざわとしていて、皆忙しそうだ。
「ガタどの~後輩どの~お待たせでごわす」
 大佐が戻ってきて、二人に首から下げるパスを渡した。
「中に入るには必要なんでごわすよ」
 首からかけるようにと言われ、幾久と山縣はパスを下げた。なんだかこんなのも、お祭り気分で楽しくなってくる。
「広いっすね、ここ」
「来たことあるのでは?」
 大佐の問いに幾久は頷いて答えた。
「あるんすけど、こんなに広いって知らなかったっす」
「ああ、まだ準備段階だから、全部見えるから広く感じるんでごわすな」
 足元にダンボールや折りたたみ式の机が置いてあって、それらを運んだりチェックしているのか、覗き込んで確認しているらしき人も居る。
「あれって明日の準備ですか?」
 幾久の問いに大佐が頷く。
「そうでごわす。いま入っているのは準備のボランティアと印刷会社の人でごわすよ。あれは全部明日の本でごわす」
「へぇー」
 なんだかすごい、と幾久は感心した。こんな裏方みたいなことを見た事がなくて、ちょっとわくわくしてしまう。
「なんか明日、楽しみっすね」
 明日になればここに人が一杯きて、あのなんだか面白そうなダンボールの中にある本が並べてあるのだろうか。
「……そう言っていられるのも今のうちだけだぞ後輩」
 山縣の言葉に大佐も「然様でごわす」と返す。
「明日は歴戦の戦士達が完全装備でやってくるからな。お前はとにかく、生き抜くことだけを考えろ」
「はぁ」
「んで、明日の確認だ。こっちこい」
「はい」
 山縣についていくと、会場から外に繋がっている場所へ案内された。
「いいか、明日はお前はまずここに並ぶ」
 場所を示されて、幾久は番号を確認する。
「はい」
「明日になれば、ここはどこだかさっぱり判らなくなる。その地図があってさえ、お前は自分を見失ってしまうだろう」
「はぁ」
 また山縣の厨二病か、と幾久は適当に流すが、山縣はふうーっとため息をついた。
「お前、俺が厨二病を発病させたとか思ってそうだけどな、全くんなことねーかんな。マジで全然判らなくなるからそこは覚悟しとけ」
「ガタ殿の言うとおりでごわすよ。後輩殿、明日は絶対にわけがわからなくなるでごわすから、とにかくあの柱の文字を見るでごわす」
 大佐の指差す大きな柱には、アルファベットが書いてある。
「この文字を基点に、いま自分がどこにいるか確認しろ。明日になったら一応テーブルにも印はあるが殆ど意味をなさん。わからなければ腕章をつけた奴に場所を聞け。だが基本、頼りになるのは自分だけだ」
「全く判らずとも、さっきの時計の位置に必ず来る出ごわすよ?そうすれば命だけは助かるでごわす」
「命だけはって」
 そんな馬鹿な、と幾久は思ったが、山縣と大佐の表情がどこまでも大真面目なので、二人とも重症な厨二病なのか、本当にやばいのかは判断ができなかった。


 珍しいので会場をぐるりと見て周り、いろんな説明を受けているうちにけっこうな時間になった。
 そろそろ家に帰ったほうがいいかな、と思っていると、なんと父からメッセージが届いた。
『幾久、いまどこにいる?もし良かったら夕食は山縣君も一緒に外でどうかと思うんだが』
「えっ、マジで」
 しかし母親がなにか支度をしているのではないのか、と尋ねると母は今日、用事があって夜まで帰ってこないそうで、それで幾久の父に夕食を頼んだということらしい。
(なんかちょっとほっとする)
 もし母親が食事を作っていて、それを山縣と食べると考えたら何を話せばいいのかとか、いろいろ考えてしまうに違いない。
 父と一緒なのはありがたかった。
「ではガタ殿、わがはいはこれで失礼するでごわすよ。明日の準備があるでごわすからな」
「オッケー了解。明日はよろしく頼む」
「了解でごわす!後輩どのも、明日は健闘を祈るでごわす!」
「あ、はい。お疲れさまっす」
 幾久が言うと大佐はびしっと敬礼を決めてから、さっきの会場の中に戻って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?

久野真一
青春
 2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。  同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。  社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、  実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。  それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。  「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。  僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。  亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。  あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。  そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。  そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。  夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。  とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。  これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。  そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。

処理中です...