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【7】貴耳賎目~なんだかちょっと引っかかる
祭の前
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前期の試験も無事終わり、中期のクラス発表も終われば、待つのは夏休みばかり。
そんな時期に真面目に授業を受けろなどと言っても当然生徒の耳に入るわけも無い。
中期には一つ上の鷹クラスに進む幾久も当然、そんな『授業が耳に入らない』生徒の一人だった。
といっても他の面々のように「夏休み、楽しみだなあ!」という前向きな悩みではなく、「この先どうしよう」という進路について延々悩み続けていた。
試験の間はとにかく、児玉に喧嘩を売りつけた恭王寮の鳩&鷹コンビに勝つことばかり考えていたけれど、いざこうして来学期のクラスが決められてしまうと、進路をどうしようか悩み続けていたことを思い出してしまった。
はぁ、とため息を吐くと『もー、いっくんまたため息』と朝、先輩の吉田に軽く注意された事を思い出し、慌てて息を止める。
(……はぁ)
ため息を吐くのをやめても悩みが止まる訳でもないので、当然幾久はぐるぐると進路の事を悩み続けている。
「なー、幾久ってば。聞いてんのか?」
伊藤にそう声をかけられて、幾久ははっと顔を上げた。
「……ゴメン。聞いてなかった」
「やっぱそうかよ」
少しむっとした伊藤に、「ゴメンって、トシ」と謝る。
いつもの面々、一年鳩クラスの伊藤、桂、幾久、そして鳳の児玉の四人で学食で昼食をとるのがもう当たり前になっている。
「で、なんの話だっけ。悪いけどもっかい」
「だからぁ、今月の土日。幾久暇だろ?」
「多分」
今の所今月は何の予定も入っていない。というか、来学期の進路すら決まっていない。
父と約束した、『報国院に三ヶ月は通う』という期間はすでに超え、幾久はこの先、この報国院に残るのか、それとも他の学校に編入するのかをずっと悩み続けていた。
「まあいいや」
と伊藤は話を続ける。
「土日だけでいいからさ、俺の部活、手伝って欲しいんだよ」
「部活?無理だよ柔道なんて。空手だっけ?」
伊藤は子供の頃から柔道だか空手だかを習っていて、部活も確かそうだったはずだ。
そんなの、経験のない幾久に手伝えるはずもない。
「そっちじゃねえって。祭示部の方だよ」
「さいじぶ?」
「なんだ、そこも聞いてなかったのかよ」
さすがに伊藤ががっかりと肩を落とす。
「ゴメン」
「じゃ、最初から説明するわ。あのな、俺の入ってる祭示部って部活があんの。無理矢理入らされてるんだけど」
伊藤はなにかと世話役を押し付けられることが多い。
今回もその一つなのだろう。
「俺らの学校って神社じゃん?」
「うん」
ここ、報国院高等学校は元々は藩校だったものがやがて旧制高校となり、戦後、私立高校へと変わった。藩校の頃から神社の敷地内に存在したため、神社の境内を含めたその全部が学校という造りになっている。
「で、その祭り関係の事をやる部活が祭示部。ま、ていのいい手伝い要員だな」
「なるほど」
「八月にさ、祭りがあんだけど、その祭りってここの氏子が参加すんの。氏子は判るだろ?」
「あ、うん。この近所の、ここの神社を信仰してる人たちだよね。お寺でいうところの檀家」
「そう。で、その氏子さんの、子供も参加すんだけど、その世話役が足りなくてさ」
「えぇ……まさか子供の面倒見るとか?」
幾久は子供が苦手だ。
というか、挙動不審なもの全部が苦手だ。
一人っ子のせいもあるのか、子供は特に扱いに困る。
「ちょっとサポートするだけでいいんだよ。俺ら、自分の祭りの準備があるし」
な、と伊藤が手を合わせて言う。
「同じトコにいるわけだからさ、何すりゃいいか判らないってことはねーから!」
頼む、と伊藤に頭を下げられると幾久は強く出ることが出来ない。と言うのも、幾久は伊藤には何度も助けて貰っているからだ。
正直面倒くさいしやりたくない。だけど。
ちらっと弥太郎を見ると、首を横に振る。
「無理無理。部活」
「だよね」
ちらっと児玉を見たのだが。
「ワリ。俺も祭りに参加するほう」
「まじで」
そういえばここに居るのは地元民が殆どで、ということはつまり、祭りにもずっと参加しているということだ。
「まあいいじゃん、俺もタマも居るんだからさあ、なんも心配ねーって」
決まりな、と伊藤に言われれば、幾久は頷くしかない。
「じゃあ、本当に手伝い程度だけ」
「やった幾久わかってんじゃん!」
ヨカッター、これで怒られずにすむ、とほっとしている伊藤に、誰かに頼まれたのかと幾久は判った。
「でもオレ、祭りの事なんも判ってないけど、問題ないの?」
引き受けるとなったらなにをするのかが気になる。
尋ねた幾久に、伊藤も弥太郎も児玉も、「ないない」と笑いながら首を横に振った。
「子供のフォローだけだから。簡単、簡単」
気軽に言う伊藤に「だといいけど」と幾久は少し心配になった。
「へぇー、祭りの手伝いかあ」
夕食を終え、片づけをしている栄人の手伝いをしながら幾久は今日あった事を報告していた。
寮母の麗子さんは見たいドラマがあるとかで、いつもより早めに寮を出て自宅へ戻ってしまったし、二年生の久坂と高杉は入浴中、山縣は深夜、ゲームで遊ぶため、早々に部屋で眠っている。
「そうなんス。オレ、子供とかスゲー苦手なのになにすればいいのかって心配ッス」
いくら簡単と口で言われても、やったことがないものは不安だ。しかも知らない子供の面倒を見るとか、なにかあったらどうしよう、と不安ばかり浮かぶ。
「心配ないって。どうせ竹を支えるだけだもん」
「竹?」
「そうそう。子供がこうしてねー、竹持ってるのを、転ばないように見てるだけ」
栄人が腰の辺りで両手で荷物を抱え上げるポーズを取るが、幾久は意味が判らずに首をかしげた。
「子供を抱っこするんスか?」
「違う違う。あー、そっか、いっくんどんな祭りなのか知らないのか」
栄人の言葉に、幾久は頷く。どんな祭りなのかも全く知らないし、意味も判らない。
ここ数日、神社の境内にやたら大きな木の枠が作られていて、てっきり神社の建て直しでもするのかと思っていたら、それが祭りの準備で祭りの後に解かれると聞いて驚いたばかりだ。
「すっげえ長い竹を持って、ウロウロする祭り」
「なんすかそれ」
意味わかんない、と幾久が言うが「だって本当だし」と栄人も譲らない。
丁度久坂と高杉の二人が風呂からあがってきたので、幾久は二人に尋ねた。
「ハル先輩、すっげえ長い竹持ってウロウロする祭りって、ないっすよね」
「あるぞ。今度するじゃろうが」
「えっ、本当に?」
「ひっどぉい、いっくんおれの事信じてないの?」
「や、栄人先輩いろいろやらかしてるんで」
かわいこぶっているが、この栄人はけっこう曲者で、何度も嘘をつかれたり驚かされたりしているので幾久も一度は疑う。
「栄人の説明は今回はあっちょるぞ。実際、竹持ってウロウロするには違いない」
相変わらずの長州弁で高杉が言う。
「どこか記録があるはずじゃが」
言いながら高杉が居間の棚からファイルを探し始めた。
「あった。これじゃ」
数年前の祭りの記録らしいDVDをファイルから出すと、高杉はデッキに入れた。
「毎年地元のケーブル局が取材に来るからの。これ見たら大体どんなもんか判る」
リモコンを操作して、記録を画面で映すと、確かによく知っている場所が映った。
「本当だ。境内だ」
報国院は神社の敷地内にあるので、境内は毎日必ず通る場所だ。幾久だってそこがどこか、一発で判る。
真夜中、はっぴを着た大人たちがやたら大きな長い竹を両手で重そうに抱え、ウロウロしている。
ウロウロしているというより、重さのあまりそうとしか動けないというのは見れば判る。
竹だけならともかく、竹の先にはのぼりなのか、長い旗がついていて、その旗の上の方には鯉幟の先にある、吹流しのような布もついていて、余計に重そうだ。
「危ないなあ」
画面で見ても、大の男が抱えていても限界に近い重さらしいものだと判る。
「そりゃそうじゃ。ありゃ、重いものなら百キロを超えるからの」
「百ッキロ?!」
驚く幾久に高杉が「一番重い奴じゃけどの」と言うが、そんな重たいものをあんなふらつきながら持つなんて危ないじゃないかと呆れる。
「あんなの、倒れたらどうするんスか」
百キロもあるような大きな柱みたいなもの、絶対に事故が起きるだろと幾久は思うが。
「だから枠があるし、枠の中には竹を持つ人しか入れないんだよ」
久坂の説明に、幾久は画面をじっと見る。
映像は夜中で判りづらかったが、数個の木でできたやたら大きなやぐらと、それぞれをロープで繋いで円形の枠で境内が囲まれている。枠内の広さは教室くらいある。
「倒れてもこんな風になるから大丈夫だろ?」
久坂がコップの中にスプーンを入れてかき混ぜる。
「確かに」
コップを外枠、スプーンを竹と見立てれば、確かにそこから竹が出ることはないとすぐに判る。
「あれ、長さはどんくらいッスかね」
幾久の問いに、高杉も久坂も首をかしげた。
「そういや、どんくらいかのう」
「いざ聞かれてもねえ」
高杉がファイルをめくっていると「ええもんがあったぞ」と取り出した。
「ホラ、パンフレットじゃ。こんなもんあったんじゃの」
「うわ本当だ。初めて見た」
「へえ、あるんだやっぱ」
地元民だから逆に興味がないのか、知らないのか。
地元出身のはずの三人がくいついている。
「へぇー、あの竹、20~30メートルだって」
感心して言う久坂に幾久は「30メートル?」と驚くが。
「実際のトコ、30メートルってどんくらいなんすかね」
メートルで言われてもよく判らずに幾久が言うと、栄人が答えた。
「ビル七階建てくらい」
「ウソッ!高ッ!」
「ざっと一部屋4メートルで計算したけど、そんな感じっしょ?」
確かに、一部屋の高さなんて4メートル程度だろうし、そうして考えれば確かにビル七階建ては大げさじゃない。境内に作られているやぐらの高さを想像して、幾久はそうかもなあ、と納得した。
(確かにあの枠だけでもすげーデカイと思ったのに、あの枠より長いんだもんなあ)
「なんでそんなもん、抱えてウロウロするんすか」
「元々は槍とか矛とかだったんじゃが、武器は危険ちゅうことで竹に変わったんじゃ」
先輩達の説明曰く、この祭りは神話の時代に海外から攻めてきた敵大将の首を討ち取って、それを岩の下に封じ込めた。喜び勇んで、槍や矛でその回りを踊ったのが祭りの起源らしい。
「近年、旗を派手にしてからあのデカさになったらしい」
パンフレットを手に高杉が言うと、なぜか久坂と吉田が感心している。
「なんで地元民が食いついてるんすか」
「だって、逆に知らないしこんなの」
「そうそう。一応、子供の頃からなんとなーく、は知ってたけど」
「けっこう判ってないもんじゃの」
待てよ、と幾久は急に我にかえる。
「ってことは子供にんなでかいもの、持たせるんすか?!」
実際そんな重たいもの、子供に持てるはずがない。
まさかと幾久は驚いたのだが。
「まさか!子供はちゃんと子供用の、ちっさい奴だよ」
「そうなんだ」
ほっと幾久は胸をなでおろした。あんな重たくてデカイもの、子供に持たせるなんでとんでもないと思ったからだ。
「それなりに重いからフォローが必要ではあるけど」
「やっぱ重いもの持たせるんすか!」
「や、そうでもないよ。来る子供が小さいから」
「え?」
子供と聞いたからてっきり小学生くらいを想像していたのだが、違うのだろうか。
(あんまり小さい子供だと怖いんだけど)
あんな大きな竹を持った不安定な大人がウロウロするような祭りならそこまで小さい子供が参加するなんてことはないだろうけども。
「あと、祭示部なら直ちゃんがいるはずだよ」
「え、時山先輩が、っスか」
時山は山縣の友人で、御門寮にもちょくちょく入り込んでいる。
ただ、寮では幾久に対して「いっくーん」と馴れ馴れしいのに、学校では全くのスルー状態だ。
どうも山縣との関係で色々あるらしいのだけど、幾久は時山がそうしているので同じように学校では知らないふりをしている。
「タマちゃんも居るんでしょ?」
「あ、はい。タマも祭りに参加するから練習があるとかで。だから安心はしてるんスけど」
以前は苦手だった児玉の存在が、こんなにも安心する存在になるとは思っていなかった。
「そんな事よりさ、いっくん大丈夫なの?」
久坂の問いに、幾久は顔を上げた。
「大丈夫って、何がっすか?」
「進路」
久坂に言われて途端、幾久は忘れかかっていた問題を思い出して、ちゃぶ台の上に顎をのせた。
そんな時期に真面目に授業を受けろなどと言っても当然生徒の耳に入るわけも無い。
中期には一つ上の鷹クラスに進む幾久も当然、そんな『授業が耳に入らない』生徒の一人だった。
といっても他の面々のように「夏休み、楽しみだなあ!」という前向きな悩みではなく、「この先どうしよう」という進路について延々悩み続けていた。
試験の間はとにかく、児玉に喧嘩を売りつけた恭王寮の鳩&鷹コンビに勝つことばかり考えていたけれど、いざこうして来学期のクラスが決められてしまうと、進路をどうしようか悩み続けていたことを思い出してしまった。
はぁ、とため息を吐くと『もー、いっくんまたため息』と朝、先輩の吉田に軽く注意された事を思い出し、慌てて息を止める。
(……はぁ)
ため息を吐くのをやめても悩みが止まる訳でもないので、当然幾久はぐるぐると進路の事を悩み続けている。
「なー、幾久ってば。聞いてんのか?」
伊藤にそう声をかけられて、幾久ははっと顔を上げた。
「……ゴメン。聞いてなかった」
「やっぱそうかよ」
少しむっとした伊藤に、「ゴメンって、トシ」と謝る。
いつもの面々、一年鳩クラスの伊藤、桂、幾久、そして鳳の児玉の四人で学食で昼食をとるのがもう当たり前になっている。
「で、なんの話だっけ。悪いけどもっかい」
「だからぁ、今月の土日。幾久暇だろ?」
「多分」
今の所今月は何の予定も入っていない。というか、来学期の進路すら決まっていない。
父と約束した、『報国院に三ヶ月は通う』という期間はすでに超え、幾久はこの先、この報国院に残るのか、それとも他の学校に編入するのかをずっと悩み続けていた。
「まあいいや」
と伊藤は話を続ける。
「土日だけでいいからさ、俺の部活、手伝って欲しいんだよ」
「部活?無理だよ柔道なんて。空手だっけ?」
伊藤は子供の頃から柔道だか空手だかを習っていて、部活も確かそうだったはずだ。
そんなの、経験のない幾久に手伝えるはずもない。
「そっちじゃねえって。祭示部の方だよ」
「さいじぶ?」
「なんだ、そこも聞いてなかったのかよ」
さすがに伊藤ががっかりと肩を落とす。
「ゴメン」
「じゃ、最初から説明するわ。あのな、俺の入ってる祭示部って部活があんの。無理矢理入らされてるんだけど」
伊藤はなにかと世話役を押し付けられることが多い。
今回もその一つなのだろう。
「俺らの学校って神社じゃん?」
「うん」
ここ、報国院高等学校は元々は藩校だったものがやがて旧制高校となり、戦後、私立高校へと変わった。藩校の頃から神社の敷地内に存在したため、神社の境内を含めたその全部が学校という造りになっている。
「で、その祭り関係の事をやる部活が祭示部。ま、ていのいい手伝い要員だな」
「なるほど」
「八月にさ、祭りがあんだけど、その祭りってここの氏子が参加すんの。氏子は判るだろ?」
「あ、うん。この近所の、ここの神社を信仰してる人たちだよね。お寺でいうところの檀家」
「そう。で、その氏子さんの、子供も参加すんだけど、その世話役が足りなくてさ」
「えぇ……まさか子供の面倒見るとか?」
幾久は子供が苦手だ。
というか、挙動不審なもの全部が苦手だ。
一人っ子のせいもあるのか、子供は特に扱いに困る。
「ちょっとサポートするだけでいいんだよ。俺ら、自分の祭りの準備があるし」
な、と伊藤が手を合わせて言う。
「同じトコにいるわけだからさ、何すりゃいいか判らないってことはねーから!」
頼む、と伊藤に頭を下げられると幾久は強く出ることが出来ない。と言うのも、幾久は伊藤には何度も助けて貰っているからだ。
正直面倒くさいしやりたくない。だけど。
ちらっと弥太郎を見ると、首を横に振る。
「無理無理。部活」
「だよね」
ちらっと児玉を見たのだが。
「ワリ。俺も祭りに参加するほう」
「まじで」
そういえばここに居るのは地元民が殆どで、ということはつまり、祭りにもずっと参加しているということだ。
「まあいいじゃん、俺もタマも居るんだからさあ、なんも心配ねーって」
決まりな、と伊藤に言われれば、幾久は頷くしかない。
「じゃあ、本当に手伝い程度だけ」
「やった幾久わかってんじゃん!」
ヨカッター、これで怒られずにすむ、とほっとしている伊藤に、誰かに頼まれたのかと幾久は判った。
「でもオレ、祭りの事なんも判ってないけど、問題ないの?」
引き受けるとなったらなにをするのかが気になる。
尋ねた幾久に、伊藤も弥太郎も児玉も、「ないない」と笑いながら首を横に振った。
「子供のフォローだけだから。簡単、簡単」
気軽に言う伊藤に「だといいけど」と幾久は少し心配になった。
「へぇー、祭りの手伝いかあ」
夕食を終え、片づけをしている栄人の手伝いをしながら幾久は今日あった事を報告していた。
寮母の麗子さんは見たいドラマがあるとかで、いつもより早めに寮を出て自宅へ戻ってしまったし、二年生の久坂と高杉は入浴中、山縣は深夜、ゲームで遊ぶため、早々に部屋で眠っている。
「そうなんス。オレ、子供とかスゲー苦手なのになにすればいいのかって心配ッス」
いくら簡単と口で言われても、やったことがないものは不安だ。しかも知らない子供の面倒を見るとか、なにかあったらどうしよう、と不安ばかり浮かぶ。
「心配ないって。どうせ竹を支えるだけだもん」
「竹?」
「そうそう。子供がこうしてねー、竹持ってるのを、転ばないように見てるだけ」
栄人が腰の辺りで両手で荷物を抱え上げるポーズを取るが、幾久は意味が判らずに首をかしげた。
「子供を抱っこするんスか?」
「違う違う。あー、そっか、いっくんどんな祭りなのか知らないのか」
栄人の言葉に、幾久は頷く。どんな祭りなのかも全く知らないし、意味も判らない。
ここ数日、神社の境内にやたら大きな木の枠が作られていて、てっきり神社の建て直しでもするのかと思っていたら、それが祭りの準備で祭りの後に解かれると聞いて驚いたばかりだ。
「すっげえ長い竹を持って、ウロウロする祭り」
「なんすかそれ」
意味わかんない、と幾久が言うが「だって本当だし」と栄人も譲らない。
丁度久坂と高杉の二人が風呂からあがってきたので、幾久は二人に尋ねた。
「ハル先輩、すっげえ長い竹持ってウロウロする祭りって、ないっすよね」
「あるぞ。今度するじゃろうが」
「えっ、本当に?」
「ひっどぉい、いっくんおれの事信じてないの?」
「や、栄人先輩いろいろやらかしてるんで」
かわいこぶっているが、この栄人はけっこう曲者で、何度も嘘をつかれたり驚かされたりしているので幾久も一度は疑う。
「栄人の説明は今回はあっちょるぞ。実際、竹持ってウロウロするには違いない」
相変わらずの長州弁で高杉が言う。
「どこか記録があるはずじゃが」
言いながら高杉が居間の棚からファイルを探し始めた。
「あった。これじゃ」
数年前の祭りの記録らしいDVDをファイルから出すと、高杉はデッキに入れた。
「毎年地元のケーブル局が取材に来るからの。これ見たら大体どんなもんか判る」
リモコンを操作して、記録を画面で映すと、確かによく知っている場所が映った。
「本当だ。境内だ」
報国院は神社の敷地内にあるので、境内は毎日必ず通る場所だ。幾久だってそこがどこか、一発で判る。
真夜中、はっぴを着た大人たちがやたら大きな長い竹を両手で重そうに抱え、ウロウロしている。
ウロウロしているというより、重さのあまりそうとしか動けないというのは見れば判る。
竹だけならともかく、竹の先にはのぼりなのか、長い旗がついていて、その旗の上の方には鯉幟の先にある、吹流しのような布もついていて、余計に重そうだ。
「危ないなあ」
画面で見ても、大の男が抱えていても限界に近い重さらしいものだと判る。
「そりゃそうじゃ。ありゃ、重いものなら百キロを超えるからの」
「百ッキロ?!」
驚く幾久に高杉が「一番重い奴じゃけどの」と言うが、そんな重たいものをあんなふらつきながら持つなんて危ないじゃないかと呆れる。
「あんなの、倒れたらどうするんスか」
百キロもあるような大きな柱みたいなもの、絶対に事故が起きるだろと幾久は思うが。
「だから枠があるし、枠の中には竹を持つ人しか入れないんだよ」
久坂の説明に、幾久は画面をじっと見る。
映像は夜中で判りづらかったが、数個の木でできたやたら大きなやぐらと、それぞれをロープで繋いで円形の枠で境内が囲まれている。枠内の広さは教室くらいある。
「倒れてもこんな風になるから大丈夫だろ?」
久坂がコップの中にスプーンを入れてかき混ぜる。
「確かに」
コップを外枠、スプーンを竹と見立てれば、確かにそこから竹が出ることはないとすぐに判る。
「あれ、長さはどんくらいッスかね」
幾久の問いに、高杉も久坂も首をかしげた。
「そういや、どんくらいかのう」
「いざ聞かれてもねえ」
高杉がファイルをめくっていると「ええもんがあったぞ」と取り出した。
「ホラ、パンフレットじゃ。こんなもんあったんじゃの」
「うわ本当だ。初めて見た」
「へえ、あるんだやっぱ」
地元民だから逆に興味がないのか、知らないのか。
地元出身のはずの三人がくいついている。
「へぇー、あの竹、20~30メートルだって」
感心して言う久坂に幾久は「30メートル?」と驚くが。
「実際のトコ、30メートルってどんくらいなんすかね」
メートルで言われてもよく判らずに幾久が言うと、栄人が答えた。
「ビル七階建てくらい」
「ウソッ!高ッ!」
「ざっと一部屋4メートルで計算したけど、そんな感じっしょ?」
確かに、一部屋の高さなんて4メートル程度だろうし、そうして考えれば確かにビル七階建ては大げさじゃない。境内に作られているやぐらの高さを想像して、幾久はそうかもなあ、と納得した。
(確かにあの枠だけでもすげーデカイと思ったのに、あの枠より長いんだもんなあ)
「なんでそんなもん、抱えてウロウロするんすか」
「元々は槍とか矛とかだったんじゃが、武器は危険ちゅうことで竹に変わったんじゃ」
先輩達の説明曰く、この祭りは神話の時代に海外から攻めてきた敵大将の首を討ち取って、それを岩の下に封じ込めた。喜び勇んで、槍や矛でその回りを踊ったのが祭りの起源らしい。
「近年、旗を派手にしてからあのデカさになったらしい」
パンフレットを手に高杉が言うと、なぜか久坂と吉田が感心している。
「なんで地元民が食いついてるんすか」
「だって、逆に知らないしこんなの」
「そうそう。一応、子供の頃からなんとなーく、は知ってたけど」
「けっこう判ってないもんじゃの」
待てよ、と幾久は急に我にかえる。
「ってことは子供にんなでかいもの、持たせるんすか?!」
実際そんな重たいもの、子供に持てるはずがない。
まさかと幾久は驚いたのだが。
「まさか!子供はちゃんと子供用の、ちっさい奴だよ」
「そうなんだ」
ほっと幾久は胸をなでおろした。あんな重たくてデカイもの、子供に持たせるなんでとんでもないと思ったからだ。
「それなりに重いからフォローが必要ではあるけど」
「やっぱ重いもの持たせるんすか!」
「や、そうでもないよ。来る子供が小さいから」
「え?」
子供と聞いたからてっきり小学生くらいを想像していたのだが、違うのだろうか。
(あんまり小さい子供だと怖いんだけど)
あんな大きな竹を持った不安定な大人がウロウロするような祭りならそこまで小さい子供が参加するなんてことはないだろうけども。
「あと、祭示部なら直ちゃんがいるはずだよ」
「え、時山先輩が、っスか」
時山は山縣の友人で、御門寮にもちょくちょく入り込んでいる。
ただ、寮では幾久に対して「いっくーん」と馴れ馴れしいのに、学校では全くのスルー状態だ。
どうも山縣との関係で色々あるらしいのだけど、幾久は時山がそうしているので同じように学校では知らないふりをしている。
「タマちゃんも居るんでしょ?」
「あ、はい。タマも祭りに参加するから練習があるとかで。だから安心はしてるんスけど」
以前は苦手だった児玉の存在が、こんなにも安心する存在になるとは思っていなかった。
「そんな事よりさ、いっくん大丈夫なの?」
久坂の問いに、幾久は顔を上げた。
「大丈夫って、何がっすか?」
「進路」
久坂に言われて途端、幾久は忘れかかっていた問題を思い出して、ちゃぶ台の上に顎をのせた。
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