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【6】夏虫疑氷~モテ男は女子から逃げる
妄想の押し付けはごめんだ
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暑い中をかなり歩いたせいで、汗でずぶぬれ状態の三人だったが、シャワーをあびるとすっきりした。
幾久はいつものTシャツにハーフパンツと言う格好で、高杉も同じデザインのものだ。
幾久がはいているハーフパンツは高杉のお下がりで、もらったのはこれで二本目になる。
高杉は金持ちの子らしく衣装持ちで、新しい服も毎月増えているように見えるくらい、新しい服が多かった。
一方久坂は祖父の形見だとかで、着物や浴衣を普段着にすることが多い。
今日も浴衣を羽織っている。
寮は日本家屋なので、窓を開け放てば風とおりがよくてクーラーが必要ないほど涼しい。
扇風機をまわしていればことたりるという、贅沢なつくりだ。
つめたいお茶を冷蔵庫から出して幾久は三人分グラスに注いだ。
ちゃぶ台にそれを置くと、とっくに腰を下ろしていた久坂と高杉が受け取った。
「ありがと、いっくん」
「悪いな、幾久」
必ずお礼は言うくせに、この二人は自分から動くことがまずない。
しかしそれも別に悪気はないし、幾久だって自分のついでなので気にはしていない。
風呂上りにつめたいお茶を飲むと、疲れが一気に消えた気がする。
「そういえば、そろそろ梅サワーの季節だね」
「そうじゃの。麗子さんに聞いてみるか」
「梅サワー?」
なんだそれ、と幾久が首を傾げると、二人が言う。
「先月、梅をもいだじゃろう」
「ああ、そういえば」
御門寮の敷地内にはさまざまな木が植えてあって、そのひとつが大きな梅の木だ。
梅の実をたわわにつけて、麗子さんが喜んで沢山拾っていたが。
「あれって梅干にしたんじゃないんですか?」
こまごまと麗子さんがなにかしているのは幾久も目にしていた。
梅の実を甘く煮て寒天の中に入れたり、梅シロップなんてものも幾久は初めて味わった。
「麗子さんは自分用に梅酒をつけとるんじゃが、ワシら用には梅サワーをつくってくれとるんじゃ」
うまいぞ、と高杉が言う。
「梅と氷砂糖と、あとはサワー、つまり酢、じゃの。それをつけてあるんじゃが、そろそろ出来るはずじゃ」
「夏の疲れが一気に飛ぶよ」
「へえ」
のんだことないや、と幾久は楽しみになる。
麗子さんは寮母さんというよりは、料理研究家の人のようだ。
「麗子さんってなんでも出来るんすね」
「おお。お嬢様じゃからの。お茶にお花に着付けに、あと三味線に踊り、ピアノもちょっとは出来たか」
「うわすげえ、本当になんでもできるんだ」
だから上品で落ち着きがあって、なんだか頼りがいがあるって感じなのかと幾久は改めて感心する。
「じゃあ、麗子さんみたいな人だったら、久坂先輩も告白されたら嬉しいんだ?」
「まだそれ引きずってたの?」
呆れる久坂だが、幾久としては興味深々の内容だ。
「だってオレ、知らなかったっすもん、先輩が告白されてるとかそういうの」
「意外に恋愛話が好きじゃったんか、幾久は」
高杉が言うが、そうじゃなくて、と言う。
「ってか、先輩達のってのが重要なんすよ。なんかそういうの、全く話しないじゃないっすか」
吉田なんかはバイトをしたり、人当たりがよく顔が広いせいもあって、あちこちに知り合いや友人が多い。
他校の女子も、「よしだくーん」と気軽に声をかけてくることもあったし、コンビニでなにか喋っている事もあった。
だけど、この二人についてはそう言うことが一切ないし、見えなかった。
あくまで外から、それっぽい情報が入ってくるだけなので、正直言うと興味がある。
「ワシらにとってはただの面倒じゃからな」
「だよね」
「もー、なんでそう興味ないんすか。モテまくるとそうなるんすか?」
ちょっとだけ羨ましくてそう幾久が言うと、久坂と高杉が顔を見合わせた。
「じゃあ聞くけどの、正直、いきなり告白っておかしいと思わんか?」
「え?」
「だって考えてもみなよ。僕らって寮じゃん」
報国院は全寮制と決まっていて、例え地元で近所であっても、寮に入る決まりだ。
実際、高杉も久坂も、自宅のほうが報国院によっぽど近いらしいのに、わざわざ遠くの御門寮になっているのでかえって遠くなっている有様だ。
ただ、本人達は御門寮が気に入っていて、全くそういうのはどうでもいいらしいのだが。
「寮で、男子校で、女子と接点が全くないのにさ、本気で好きって言われても、説得力ないよね?」
「そりゃ、そうかもっすけど。でも一目ぼれとか」
「それって外見しか見てないか、もしくは他の誰かを投影してるってことだろ?」
「……そうなんすかね?」
「それ以外に何が?」
正直、久坂とは込み入った話をした事がないので答えに困る。
高杉は話をするときに、幾久に判りやすい筋道をたてて誘導するようにしてくれるのだが、久坂はそんなことはしない。
多少、幾久が一年だから考慮はしてくれるけどそれだけだ。
会話をキャッチボールに例えるなら、高杉は幾久に届きやすく、次にどんな球を投げればいいか誘導してくれるのに、久坂の場合は剛速球がほんの少し遅くなるか、もしくは『いまから投げるから』と予告だけして剛速球を投げるような、そんな感じだ。
「それでも別にいいんだよ。『僕』がそれでいいならね。勘違いであったとしても、一目ぼれであろうがなかろうが、外見だけだろうが見世物にされようが。それでいいと僕が判断すれば、それで構わないよね?でも『僕』は嫌だ。だから駄目。それだけの事が、彼女達には判らない」
「判らない、って?」
「僕が『嫌だ』と言えば、どんな理由があろうがなかろうが、引き下がる。それが『僕』に対する礼儀だろ?」
「そうっすね」
告白して駄目、つまりは振られてしまったなら、確かに諦めるべきだ。
ただ、女子がそう簡単に引き下がりそうもない、というのはちょっと判る。
久坂のような存在なら尚更。
「だからさっさと断るんだけど、『せめて一回付き合ってみて決めて欲しい』とか言われるわけ」
「判らんでもないっす」
確かに、いきなり振られるよりは一旦、ちょっとでも付き合ってからなら、納得のいきようもあるだろう。だが久坂は冗談じゃないとため息をつく。
「付き合うもなにも、最初から『ない』って断言しているのに、どうして無理矢理付き合わせようとするのか不思議だよ」
「ちょっと付き合えば気が変わるって思ってるとか」
「ないね。無理につき合わせようとしている時点で、気分は最悪だし。好きでも嫌いでもなかったものが、そこでもう嫌いになってるよ」
「そうっすね」
久坂の面倒くさがりようと、融通のきかなさっぷりを知っている幾久からすれば、一旦久坂が『嫌』といったものがひっくり返るとは思えない。
高杉がこつんと机を指先で叩いて言った。
「それに大抵、ああいう手合いは自分の感情にばっかり夢中なんじゃ。『恋に恋する』とでも言うか」
「なんかハル先輩、大人っすね」
「見りゃわかろう。本当に好きだなんだ、ちゅうならそれなりに考えたり調べたり、相手がなにを望むかを考えるもんじゃろ。けど、たいてい、ああいうのは感情やら自分の都合を押し付けてくる。じゃけ、わしも瑞祥も、ああいった手合いは好かん」
自分も高校生だから思うけれど、正直、高校生にそういうのって難しいのじゃないかと思う。
久坂が続けて言った。
「つまりさ。彼女らは夏休みに自分の描いたような、理想の『カレシ』ってやつが居れば、それでいいわけ」
「理想?」
「優しくて、素敵で、自慢できて」
「それ自分で言います?」
確かにそう見えるけど、と幾久は言うが久坂は心外な、という顔になった。
「僕の事じゃないよ。女子の理想って奴。優しくて、自慢できる、まるで漫画みたいな素敵なカレシと夏休みを過ごして、ガタ風に言うなら『リア充』生活がしたいってやつ。海に行ったり、祭りに行ったりとかさ」
「それのどこが、いけないんすか?」
「いけなくはないよ。ただ、僕をからませずに勝手にやればってだけで」
「ああ、そういう」
確かに人嫌いの久坂なら、関わって欲しくないとそう思うだろう。
「つまりね、綺麗な心のいっくんに判りやすく言うなら、彼女らは僕を『見世物』にしたいんだよ」
「見世物……」
また判りにくい例えをするなあ、と幾久は久坂を見た。久坂が足を組み替えたせいで、しゅるっという衣擦れの音がした。
「外見が整ってて自慢できる。クラスが鳳で自慢できる。あとは、そうだな、背が高い、優しそう、わがままを聞いてくれるから自慢できる」
「先輩絶対にそんなことしないじゃないっすか」
むしろ逆だ。
久坂は静かで大人しいけど、けっこう融通がきかないし、高杉がなにかとフォローを入れているし、面倒なことは高杉任せだ。
朝なんか寝不足が酷すぎて、顔を洗ってタオルを取ることすらしないし、ネクタイだって毎日高杉が結んでやっている。
「判ってるねいっくんは。そう。つまり僕は、優しくもないし、わがままも聞かない。面倒も見ない」
「むしろ逆っすよね」
うんうんと幾久は頷くが、それを見て高杉が苦笑いをする。
一緒に暮らしているから隠しようがないのだが、あまりにきっぱりと言われると久坂も少々、居心地が悪いらしい。
「……彼女達の妄想というか、理想のカレシには程遠いんだけどさ、そういうの関係ないんだよね。とにかく自分の思い通りにしたいっていうのが見えて」
「そうなん、すか?」
女子に告白なんか一度もされたことがない幾久にとって、久坂の言っていることは全く意味不明だ。
だけど、ここまでイケメンであるなら、やはりイケメンにはイケメンなりの苦労があるのだろう、という事は判る。
「自慢したくなるっていうのはなんかオレ、判りますけ。だって久坂先輩、実際かっこいいっすもん。ハル先輩も別の意味でかっこいいっすし、二人とも頭いいし。成績ってだけじゃなくって」
そこは素直に幾久は認められる。
久坂と高杉が並んでいると、とても特別な雰囲気になって、時々絵のように見えることがある。
高杉はなにか言いたげだが、それを遮って久坂が言った。
「いっくんはいいんだよ。同じ寮の後輩で家族だろ。自慢されたってなんとも思わない。でも、ああいう『カノジョ』狙いはそうじゃない」
「違いがよくわかんないっす」
幾久は自分がたまたまこの寮に所属して、たまたまうまく?行っているだけで、もし久坂に彼女が出来て、その彼女が久坂の存在を自慢に思うなら、つい自慢なんかしてしまうのではないのだろうか。
「心の綺麗ないっくんを傷つけるつもりはないんだけどさ」
「?」
「―――――言葉を選べよ、瑞祥」
「判ってるよ」
高杉の静かな声と、久坂の言葉のトーンに、なにかあるのかな、と幾久は身構えた。
幾久はいつものTシャツにハーフパンツと言う格好で、高杉も同じデザインのものだ。
幾久がはいているハーフパンツは高杉のお下がりで、もらったのはこれで二本目になる。
高杉は金持ちの子らしく衣装持ちで、新しい服も毎月増えているように見えるくらい、新しい服が多かった。
一方久坂は祖父の形見だとかで、着物や浴衣を普段着にすることが多い。
今日も浴衣を羽織っている。
寮は日本家屋なので、窓を開け放てば風とおりがよくてクーラーが必要ないほど涼しい。
扇風機をまわしていればことたりるという、贅沢なつくりだ。
つめたいお茶を冷蔵庫から出して幾久は三人分グラスに注いだ。
ちゃぶ台にそれを置くと、とっくに腰を下ろしていた久坂と高杉が受け取った。
「ありがと、いっくん」
「悪いな、幾久」
必ずお礼は言うくせに、この二人は自分から動くことがまずない。
しかしそれも別に悪気はないし、幾久だって自分のついでなので気にはしていない。
風呂上りにつめたいお茶を飲むと、疲れが一気に消えた気がする。
「そういえば、そろそろ梅サワーの季節だね」
「そうじゃの。麗子さんに聞いてみるか」
「梅サワー?」
なんだそれ、と幾久が首を傾げると、二人が言う。
「先月、梅をもいだじゃろう」
「ああ、そういえば」
御門寮の敷地内にはさまざまな木が植えてあって、そのひとつが大きな梅の木だ。
梅の実をたわわにつけて、麗子さんが喜んで沢山拾っていたが。
「あれって梅干にしたんじゃないんですか?」
こまごまと麗子さんがなにかしているのは幾久も目にしていた。
梅の実を甘く煮て寒天の中に入れたり、梅シロップなんてものも幾久は初めて味わった。
「麗子さんは自分用に梅酒をつけとるんじゃが、ワシら用には梅サワーをつくってくれとるんじゃ」
うまいぞ、と高杉が言う。
「梅と氷砂糖と、あとはサワー、つまり酢、じゃの。それをつけてあるんじゃが、そろそろ出来るはずじゃ」
「夏の疲れが一気に飛ぶよ」
「へえ」
のんだことないや、と幾久は楽しみになる。
麗子さんは寮母さんというよりは、料理研究家の人のようだ。
「麗子さんってなんでも出来るんすね」
「おお。お嬢様じゃからの。お茶にお花に着付けに、あと三味線に踊り、ピアノもちょっとは出来たか」
「うわすげえ、本当になんでもできるんだ」
だから上品で落ち着きがあって、なんだか頼りがいがあるって感じなのかと幾久は改めて感心する。
「じゃあ、麗子さんみたいな人だったら、久坂先輩も告白されたら嬉しいんだ?」
「まだそれ引きずってたの?」
呆れる久坂だが、幾久としては興味深々の内容だ。
「だってオレ、知らなかったっすもん、先輩が告白されてるとかそういうの」
「意外に恋愛話が好きじゃったんか、幾久は」
高杉が言うが、そうじゃなくて、と言う。
「ってか、先輩達のってのが重要なんすよ。なんかそういうの、全く話しないじゃないっすか」
吉田なんかはバイトをしたり、人当たりがよく顔が広いせいもあって、あちこちに知り合いや友人が多い。
他校の女子も、「よしだくーん」と気軽に声をかけてくることもあったし、コンビニでなにか喋っている事もあった。
だけど、この二人についてはそう言うことが一切ないし、見えなかった。
あくまで外から、それっぽい情報が入ってくるだけなので、正直言うと興味がある。
「ワシらにとってはただの面倒じゃからな」
「だよね」
「もー、なんでそう興味ないんすか。モテまくるとそうなるんすか?」
ちょっとだけ羨ましくてそう幾久が言うと、久坂と高杉が顔を見合わせた。
「じゃあ聞くけどの、正直、いきなり告白っておかしいと思わんか?」
「え?」
「だって考えてもみなよ。僕らって寮じゃん」
報国院は全寮制と決まっていて、例え地元で近所であっても、寮に入る決まりだ。
実際、高杉も久坂も、自宅のほうが報国院によっぽど近いらしいのに、わざわざ遠くの御門寮になっているのでかえって遠くなっている有様だ。
ただ、本人達は御門寮が気に入っていて、全くそういうのはどうでもいいらしいのだが。
「寮で、男子校で、女子と接点が全くないのにさ、本気で好きって言われても、説得力ないよね?」
「そりゃ、そうかもっすけど。でも一目ぼれとか」
「それって外見しか見てないか、もしくは他の誰かを投影してるってことだろ?」
「……そうなんすかね?」
「それ以外に何が?」
正直、久坂とは込み入った話をした事がないので答えに困る。
高杉は話をするときに、幾久に判りやすい筋道をたてて誘導するようにしてくれるのだが、久坂はそんなことはしない。
多少、幾久が一年だから考慮はしてくれるけどそれだけだ。
会話をキャッチボールに例えるなら、高杉は幾久に届きやすく、次にどんな球を投げればいいか誘導してくれるのに、久坂の場合は剛速球がほんの少し遅くなるか、もしくは『いまから投げるから』と予告だけして剛速球を投げるような、そんな感じだ。
「それでも別にいいんだよ。『僕』がそれでいいならね。勘違いであったとしても、一目ぼれであろうがなかろうが、外見だけだろうが見世物にされようが。それでいいと僕が判断すれば、それで構わないよね?でも『僕』は嫌だ。だから駄目。それだけの事が、彼女達には判らない」
「判らない、って?」
「僕が『嫌だ』と言えば、どんな理由があろうがなかろうが、引き下がる。それが『僕』に対する礼儀だろ?」
「そうっすね」
告白して駄目、つまりは振られてしまったなら、確かに諦めるべきだ。
ただ、女子がそう簡単に引き下がりそうもない、というのはちょっと判る。
久坂のような存在なら尚更。
「だからさっさと断るんだけど、『せめて一回付き合ってみて決めて欲しい』とか言われるわけ」
「判らんでもないっす」
確かに、いきなり振られるよりは一旦、ちょっとでも付き合ってからなら、納得のいきようもあるだろう。だが久坂は冗談じゃないとため息をつく。
「付き合うもなにも、最初から『ない』って断言しているのに、どうして無理矢理付き合わせようとするのか不思議だよ」
「ちょっと付き合えば気が変わるって思ってるとか」
「ないね。無理につき合わせようとしている時点で、気分は最悪だし。好きでも嫌いでもなかったものが、そこでもう嫌いになってるよ」
「そうっすね」
久坂の面倒くさがりようと、融通のきかなさっぷりを知っている幾久からすれば、一旦久坂が『嫌』といったものがひっくり返るとは思えない。
高杉がこつんと机を指先で叩いて言った。
「それに大抵、ああいう手合いは自分の感情にばっかり夢中なんじゃ。『恋に恋する』とでも言うか」
「なんかハル先輩、大人っすね」
「見りゃわかろう。本当に好きだなんだ、ちゅうならそれなりに考えたり調べたり、相手がなにを望むかを考えるもんじゃろ。けど、たいてい、ああいうのは感情やら自分の都合を押し付けてくる。じゃけ、わしも瑞祥も、ああいった手合いは好かん」
自分も高校生だから思うけれど、正直、高校生にそういうのって難しいのじゃないかと思う。
久坂が続けて言った。
「つまりさ。彼女らは夏休みに自分の描いたような、理想の『カレシ』ってやつが居れば、それでいいわけ」
「理想?」
「優しくて、素敵で、自慢できて」
「それ自分で言います?」
確かにそう見えるけど、と幾久は言うが久坂は心外な、という顔になった。
「僕の事じゃないよ。女子の理想って奴。優しくて、自慢できる、まるで漫画みたいな素敵なカレシと夏休みを過ごして、ガタ風に言うなら『リア充』生活がしたいってやつ。海に行ったり、祭りに行ったりとかさ」
「それのどこが、いけないんすか?」
「いけなくはないよ。ただ、僕をからませずに勝手にやればってだけで」
「ああ、そういう」
確かに人嫌いの久坂なら、関わって欲しくないとそう思うだろう。
「つまりね、綺麗な心のいっくんに判りやすく言うなら、彼女らは僕を『見世物』にしたいんだよ」
「見世物……」
また判りにくい例えをするなあ、と幾久は久坂を見た。久坂が足を組み替えたせいで、しゅるっという衣擦れの音がした。
「外見が整ってて自慢できる。クラスが鳳で自慢できる。あとは、そうだな、背が高い、優しそう、わがままを聞いてくれるから自慢できる」
「先輩絶対にそんなことしないじゃないっすか」
むしろ逆だ。
久坂は静かで大人しいけど、けっこう融通がきかないし、高杉がなにかとフォローを入れているし、面倒なことは高杉任せだ。
朝なんか寝不足が酷すぎて、顔を洗ってタオルを取ることすらしないし、ネクタイだって毎日高杉が結んでやっている。
「判ってるねいっくんは。そう。つまり僕は、優しくもないし、わがままも聞かない。面倒も見ない」
「むしろ逆っすよね」
うんうんと幾久は頷くが、それを見て高杉が苦笑いをする。
一緒に暮らしているから隠しようがないのだが、あまりにきっぱりと言われると久坂も少々、居心地が悪いらしい。
「……彼女達の妄想というか、理想のカレシには程遠いんだけどさ、そういうの関係ないんだよね。とにかく自分の思い通りにしたいっていうのが見えて」
「そうなん、すか?」
女子に告白なんか一度もされたことがない幾久にとって、久坂の言っていることは全く意味不明だ。
だけど、ここまでイケメンであるなら、やはりイケメンにはイケメンなりの苦労があるのだろう、という事は判る。
「自慢したくなるっていうのはなんかオレ、判りますけ。だって久坂先輩、実際かっこいいっすもん。ハル先輩も別の意味でかっこいいっすし、二人とも頭いいし。成績ってだけじゃなくって」
そこは素直に幾久は認められる。
久坂と高杉が並んでいると、とても特別な雰囲気になって、時々絵のように見えることがある。
高杉はなにか言いたげだが、それを遮って久坂が言った。
「いっくんはいいんだよ。同じ寮の後輩で家族だろ。自慢されたってなんとも思わない。でも、ああいう『カノジョ』狙いはそうじゃない」
「違いがよくわかんないっす」
幾久は自分がたまたまこの寮に所属して、たまたまうまく?行っているだけで、もし久坂に彼女が出来て、その彼女が久坂の存在を自慢に思うなら、つい自慢なんかしてしまうのではないのだろうか。
「心の綺麗ないっくんを傷つけるつもりはないんだけどさ」
「?」
「―――――言葉を選べよ、瑞祥」
「判ってるよ」
高杉の静かな声と、久坂の言葉のトーンに、なにかあるのかな、と幾久は身構えた。
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