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【5】岡目八目~仲良しと仲悪し

鷹と鳩、衝突す

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「幾久、メシいこーぜ」
「あ、うん」

 今日は伊藤も弥太郎も何も予定がないので、いつも通り伊藤がそう声をかけてきた。
 教室を出て学食に向かう途中、幾久は躊躇いがちに声をかけた。
「あのさ、飯の時なんだけど」
 伊藤は「わーってるって」と幾久の肩を組み、ぼそっと言った。
「タマちゃん誘うんだろ」
「!なんで判ったの」
「判るさ。幾久そういうの、しそうだからな」
 ニヤッと笑う伊藤はこういうとき頼りがいのある先輩のようにも見える。
「いっくんが言わないなら、俺が言うところだったけどね」
 弥太郎も言う。
「別にメシんときに一人増えたってどってことねーしさ。幾久がいいなら別に俺らも問題ないわけだし」
 児玉と幾久が微妙な雰囲気だったのは皆知っている。
 だからあえて関わることもなかったが、幾久と児玉が仲が良くなったというなら関わらない理由もない。
「でも、タマ、居るかな」
 学食に来てくれていればいいけれど、購買でパンを買っていたりしたら学食まで来ない可能性もある。
 だが、弥太郎が言った。
「大丈夫、俺今日朝に呼んでるから」
「え?」
「もしいっくんとトシが嫌って言ったら俺が離れればいいんだしって思って」
「んなことねーって」
「そんな事ないし」
 伊藤と幾久が言うと、弥太郎も「だよねー。そう思った」と想定内だった事を言う。
「タマがちょっと状況よくないからさ。そうして貰えたら俺も嬉しい」
 こそっと弥太郎は幾久に言った。
「実はこの前、トシにも相談してたんだ」
「あ、それで」
「前いっくんにさあ、トシの件で絡んでた同じ鳩クラスの奴いんじゃん」
「ああ、」
 伊藤と一緒にいるから幾久を擦り寄りと言っていちゃもんをつけてきた奴が、確かに同じ鳩クラスに居る。寮の所属も恭王寮ではあった。

「あいつと、仲いーのが同じ恭王寮の鷹の奴なんだよ。いっもつるんでる」
「え、じゃあタマが嫌がらせされてんのって、オレのせいもあるんじゃ」

 それじゃあ、幾久を助けたばっかりに、児玉は恭王寮で孤立していたり嫌がらせを受けているというのか。
 児玉を助けるつもりが逆に助けられている立場じゃないかと幾久はがつんと頭を殴られた気持ちになった。
「それだけじゃないとは思うよ。もともと、あいつらとタマは相容れない感じだったし、逆にだからタマもいっくん助けたのかもだし」
「でも、オレのせいもあるじゃん」
 絶対にそうだ、と幾久は慌てた。
「落ち着きなよ。タマだってんなお人よしじゃないって。いっくんだって知ってるだろ」
 確かに児玉は他人に対して、そんなお人よしなタイプには見えない。
「タマにはタマなりの道理があるんだから、そこはいいじゃん」
「そうかもだけど」
「だから、こうやって協力するんじゃん?このくらいで充分だって」
 そう弥太郎は言うが、幾久はどこか気持ちが晴れなかった。


「タマ!」
 先に学食に到着していたらしい児玉を見つけ、弥太郎が声をかけた。
「おす」
 と児玉が手を上げると、伊藤が言う。
「わりぃな、待ってた?」
「お前は待ってねえよ」
 そう伊藤と児玉がふざけている。
 この二人は習い事で同じだったことがあるそうで、顔見知りではあったらしい。
「よう、幾久」
「ん」
「なに食う?」
「オレ、まだメニュー見てない」
 そう言ってメニューに近寄ろうとすると、児玉が馴れ馴れしく幾久の肩に腕を乗せ、ぼそっと幾久にだけ聞こえるように言った。
「巻き込んだみたいで、悪いな」
「……たいしたことないよ、メシ食うくらいじゃん」
 ぼそっとそう幾久も言い返す。
 そうすると児玉は相変わらずの怖い目つきではあったが。「そっか」と言う。
「そーだよ。気にしすぎ」
 ふん、と幾久も鼻を鳴らす。
 児玉は頬を緩めていた。
「で、今日のメシなに?なんかうまそう?」
 肩を組んだまま、二人でメニュー表を覗き込む。
 幾久がメニューを読み上げた。
「和風は魚のハンバーグ風。洋風は、今日は中華になってる。中華丼だってさ」
「幾久はなににすんだ?」
「オレ魚」
「前も魚だったじゃん。お前魚ばっかかよ。じゃ、俺ハンバーグ」
「タマも魚じゃん」
「味はハンバーグだろ、多分」
 全員でメニューを選び、先に席をとっておいた弥太郎のところに食事のトレイを持って移動した。
 学食は人が多く、別のクラスも学年も当然混じっているので、だれがどうなんて判別は難しく、わざわざ探さないと、どこにいるのかなんて判らない。
 おかげで幾久達は楽しく食事を取ることが出来た。
 互いの寮のこととか、クラスの事や、部活の事。
 特に伊藤は部活をかけもちしているので知っていることが多く、面白かった。

 いつもなら食事を終えると、教室に戻っていた幾久と弥太郎と伊藤だったが、今日からは児玉が居るので、自然とそのまま学食に残ってコーヒーを飲みつつお喋りをしていたのだが、余計な奴は大抵、呼びもしないのに勝手にやってくるものだ。


「あっれー、乃木じゃん。教室戻んねーんのかよ」

 全く普段は関わりのない鳩クラスの奴が、やっぱり向こうからやってきた。
 他校の生徒を児玉がやっつけてからというもの、教室では全く関わって来なかったのになぜか学食で話しかけてきたのは、児玉のせいもあるだろうけれど。
「……なんか用?」
 無表情で幾久が応じる。
 そうしながら、相手がなぜこっちに来たのかチラ見るすると、幾久は納得した。
 あのむかつく鳩が一人、その後ろに知らない鷹が一人。
 胸元には恭王寮の所属であることを示す略綬。
(学年は一年か)
 鷹が居るから気持ちが大きくなっているのだろうか。
 話しかけてきたが、その雰囲気にはいやな感じしかしない。

「相変わらず伊藤君にべったりかよ」
 ふんと馬鹿にしたように言うが、幾久は気にせず言い返す。

「擦り寄りしなきゃなんないからな」

 幾久がそう言うと、伊藤と弥太郎、児玉も少し驚いた顔になった。
 相手をするとも、こんな風に言い返すとも思っていなかったからだ。
 幾久がそんな風に言ったので、相手も少しひるんだようだ。幾久は続けて言った。

「だってオレが『伊藤君』に擦り寄ってるって言ったのお前だろ?」

 幾久がそう言うと、伊藤がおや、という顔になる。
 鳩のやつが口ごもっていると、後ろにいた鷹の一年がぐいっと前に出てきた。

「なにこいつ。鳩のくせにちょづいてんじゃん」
 胸を張って見せているのは、茶色の鷹クラスを示すネクタイだ。
 だが、そんなもの、幾久は毎日山縣で見慣れているし、そもそも鳳のネクタイだって二年生は全員そうなのだから、今更そんなものを見せびらかして何になるのか。
 だが鷹の奴は自慢げにふんぞり返っている。

 なんかコイツむかつくな。
 幾久はそう思って言い返した。

「お前こそ、たかが鷹のくせにちょづいてんのな」

 その言葉に、幾久以外全員が驚いていた。
 まさか、この穏やかそうで優しそうで甘そうで、要するに舐められるような幾久がそんな事を言うとは思っていなかったからだ。

「なんだと?鳩が偉そうにしてんじゃねえよ」
「は?」

 幾久は立ち上がり前に出る。

 煽ったはずの鳩の奴が、びびって一歩後ろに下がった。
 幾久が立ち上がって向かって来るとは思わなかったのだろう、鷹もびびっているが、今更鳩に喧嘩を仕掛けてしまって、引き下がるなんて負け同然だ。
 なので当然、胸を張ったまま、前に出る。

「先に声かけてきたのそっちじゃん。挨拶もまともにできないのか?」
「お、お前こそ、伊藤君がいるからってちょづいてんじゃねえってんだよ!」
 こいつ、ちょづいてる以外に言えないのかよ、と幾久は呆れた。
「トシ、なんかあったら助けてくれよ」
 幾久がわざとそう言うと、伊藤がばんっと足を広げた。
「おう、任せろや」
 威嚇モードに入った伊藤は相撲取りのように両手を広げてぱちんと叩いて楽しそうに言う。
 すると鷹が急にびびり出した。後ろに下がっていた鳩が言う。
「伊藤君は関係ないだろ!」
「なんで?俺、幾久の虎の皮だろ?」
 幾久ではなく伊藤が言い、鳩も鷹も黙る。
 弥太郎が突っ込みを入れた。
「それを言うなら『威』だよ、トシ」
「おお、そうだ。『威』だ『威』」
 間違えた、と伊藤も弥太郎も笑っているが、目はじっと相手を見つめている。
 人数でいうならこっちは四人、向こうは二人。
 分はこっちにあるけれど、実際に喧嘩をするわけじゃない。

「―――――幾久、」
 児玉が立ち上がりかけた。
 喧嘩を売られたのは幾久でも、もともとの原因は自分にあると思っているからだ。
 だけどその児玉の腕を、弥太郎が引っ張ってとどめた。
「座ってろよ、タマ」
「けど、これって」
「いいからひっこんどけ。もうタマだけの話じゃねーよ」
 ただの挑発にすぎなかったのに、それに火をつけてしまったのは幾久だ。
 こうなってしまっては、もう終わるはずもない。
 すでにこれは、幾久と、恭王寮の、むかつく鳩と鷹の喧嘩なのだ。

「は、鳩がなに威張ってんだよ」
「鳩鳩うるさいな。そういうお前、鷹で何位なんだよ。今回順位出たろ?言ってみろよ」
 幾久の完全な挑発だったが、幾久には勝算があった。
 中間試験で自分の順位を調べたとき、自分が鳩の何位で、鷹で言うならどの位置に居るかを確認した。

 今回の試験で鷹を抜いていた鳩は七人いた。
 張り出しには寮も名前が出る。
 恭王寮の名前は、鷹の上の方では見なかった。
 幾久は鳩の三位ではあったが、点数で確認すると鷹の半分より上に食い込んでいた。
 鷹の半分は、幾久よりも落ちるという事になる。
 つまり、幾久は余裕で鷹の圏内だ。
 そして多分こいつは、そうじゃない。

「お前、今回何位だった?どうせ鷹でも下の方だろ」
「……」
 鷹が黙ったままなので、自分よりも下に居る、と幾久は確信した。

「俺は鳩の三位だよ」

 鷹が幾久を睨みつけた。
 幾久はもう引き下がる気はとっくにない。
 児玉に助けられたことや、自分が守るつもりで守られていた、そんな事が悔しくて仕方がない。
 こいつにだけは、負けたくない。
 今まで成績でそんなこと思ったことも無いのに幾久はそう思って、思った途端、鷹に言った。

「次はお前、落とすから」

 幾久が言うと、ざわっと学食内が賑やかになる。

 鳩と鷹の喧嘩だ。
 ネクタイの色が違うのだから、一目瞭然だ。
 傍で聞いていた連中もわくわくして見ている。
 こんな面白いことは、そうないからだ。
 注目を浴び、しかも自分のほうが立場は上のはずなのに、幾久の方に視線が集まっている。
 鷹は苛立ち、幾久を睨む。

「……んだとっ」
「思い出にそのネクタイとっとけよ。それともオレのやろっか?どうせ来期に必要だもんな」
 幾久は自分でも驚くくらい、すらすらと相手を挑発する言葉が出てきて驚く。
 よくもまあ、こんな事が勝手に口からでるものだと自分でも感心する位だ。
 そんな幾久の背後から、誰かがひゅうっと口笛を吹いた。
 鳩のくせにかっけえじゃん、なんて冗談交じり、からかい混じりの声も聞こえるが、そのどれも幾久に敵意のあるものじゃなかった。
 だから、かっとなった鷹はいきなり腕を振り上げて、幾久を殴ろうとした。

 殴られる。

 そう思って幾久はとっさに自分の頭を庇った瞬間、児玉が立ち上がり幾久を自分の背後に庇い、いつの間にか前に出て鷹の拳を握り、とめた。

「やめとけよ。洒落になんねーだろ」

 あまりに鮮やかな動きで、ちらほらと拍手さえおこったほど、児玉の動きはすばやかった。
 しかし、鷹の男は引き下がらなかった。
 児玉がやりかえしてこない、むしろやりかえしてくれば問題だからそれを狙っているのは判る。
「うっせーな!どうせなんもできねーくせによ!」
 やっぱりだ。
 わかった上で児玉を殴ろうとしている。
 鷹は引き下がらず、児玉が掴んでいる手ではなく、もう片方の手で殴ろうとして、児玉もそれを弾こうとした、その瞬間だった。


 ぱんっという音と同時に、鷹の男が後ろへ崩れる。

 てっきり児玉が殴ったのかと思ったが、鷹の男はぺしょっとしりもちをついた。
 その男の両脇を抱えて背後に立っていたのは。

「いい加減にしなよ。目にあまる」
「桂、提督……」

 鷹が言う。

「雪ちゃん先輩」

 ―――――そこに立っていたのは、恭王寮の責任者、つまり恭王寮提督、三年鳳、桂雪充だった。
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