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【5】岡目八目~仲良しと仲悪し
パパはエリート、僕凡人(たぶん)
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吉田のバイトの終わる時間は遅い。
なのでこういう場合、吉田以外の面々は先に食事を済ませてしまう。
やっとバイトから帰ってきた吉田に尋ねると、吉田は苦笑いで答えた。
「わり。言うのすっかり忘れてた」
やっぱり、と三人は呆れ顔だ。
吉田はキッチンで一人だけ食事をしていて、幾久と高杉、久坂は食事を終えて居間でくつろいでいた。
山縣はいつも通り、さっさと風呂も済ませて部屋に篭っている。多分ネットでなにかやっているか、とっくに眠っていて、深夜に起きるのかもしれない。
「でもなんでオレ、いつの間に部活に入ってるんすか?」
「人数が足りんからの。名前だけでも入れておこうと思ったんじゃ」
人数が足りないとか、けっこう人気者というか、高杉も久坂も知名度はあるのに部活は不人気なのだろうか、と幾久は不思議に思った。
「人数って。ハル先輩が言えばトシとか喜んで来そうですけど」
「そうじゃろうけど、面倒じゃろ」
やっぱり人数が足りないんじゃない、こうやって選り分けてるんじゃないかと幾久はむくれた。
「それより、一体何の部なんすか。オレ、自分が何部なのかとか知らないとかありえないんすけど」
「え、いっくん入部するんだ」
久坂がそう言うと、幾久は答えた。
「てか、もう入部してるんスよね」
この先輩達が好きにやっていることに逆らうのは難しい、というか面倒くさい。
いやだ、というよりも先に内容を知っておかないと絶対に余計な事に巻き込まれてしまう。
「まあ、書類上はそうなんだけどね」
「ほらやっぱり」
「まあええじゃろ。今まで活動も無いんじゃし」
高杉に幾久は尋ねる。
「それより、一体何の部なんすか。ハル先輩と、久坂先輩はそれなんすよね」
「まあ、俗に言う演劇部」
「演劇部?!」
幾久は驚いて声を上げた。
「そんな驚く事?」
「や、驚きますよ」
そもそも、幾久は演劇部なんて関わった事がない。
それに、高杉と久坂が演劇部と言うのもなんだかものすごく妙な気がする。
「なんでじゃ。おかしいか」
「だって、ハル先輩も久坂先輩も、昔習い事やってたんすよね。合気道とか」
「そうじゃ」
「だったら、そういうのしそうなのに」
高杉や久坂が合気道や剣道や、弓道なんかをやっている姿は簡単に想像できる。
しかし、演劇部とは意外すぎるジャンルだった。
「なんで武道系の部活じゃなくて、演劇部なんすか?」
目立ってはいるけど、わざわざ自分から目立ちに行くような感じでもないのに。それに高杉だけならともかく、久坂が演劇なんかしそうにない。
しかし、高杉はとても判りやすい事を言った。
「決まっとるじゃろ。がんばらんでええからじゃ」
「え?」
意味が判らずに首をかしげていると、久坂が説明してくれた。
「うちの学校の演劇部ってさ、大会に出たりとか、そういうのってなくて、桜柳祭っていう学校の文化祭で発表すればそれだけでいいんだよね」
「と、いうと?」
「桜柳祭でそれなりの舞台をしておけば、活動としてはええというわけじゃ」
「……つまり?」
幾久の問いに高杉が答えた。
「じゃったら一年に一回しか、頑張らんでええじゃろ」
そう言うことか、と幾久は肩を落とした。
「武道系の部活に入るとさ、遠征とか大会とか合宿とかあるじゃない?そういうの面倒なんだよね」
ね、と久坂が言うと高杉も頷く。
「わしらは段も取っとるし、正直、そういうのより今の学校生活を優先したいからの、そういうのは休みたいんじゃ」
「でも部活ってそういうスポーツ系やってたほうが、いいんじゃないんですか?」
「何が?」
「何で?」
「……内申的な」
幾久が言うと、高杉と久坂が鼻で笑った。
「そんなんいるか?」
「いらないよね?」
うわ、そうだった、この人たちリアルに出来る人だったんだと幾久はげんなりする。
「ですよねー、しっつれいしました」
「っていうのはちょっと煽りだけど。実際は飽きたし、部活までしたくないっていうか」
「そうなんすか?」
久坂の言葉に、高杉が頷く。
「子供の頃からずーっとじゃ、そりゃ飽きる。やりたくなったら道場に行けばええだけの話じゃし」
「道場なんか行かなくても、相手に困ることはないよ、僕らはね」
なんで、と言いかけて幾久は思い出した。
この寮に入ったばかりのとき、久坂は高杉を恋愛的な意味で狙っていると幾久に思い込ませていた。
実際はただ幾久をからかっていただけなのだが、それがばれたとき、高杉が怒り心頭で久坂を思い切り投げ飛ばした事があった。
投げ飛ばしただけでは終わらず、高杉は久坂に激しく攻撃をしかけて、しかも久坂は反撃こそしなかったが、高杉を上手にいなしていた。
あまりに見事な技の連発で、幾久は口をあけてみるしかなかったのだが。
「道場に行ったって、どうせハルとやるんだし、だったら行っても行かなくても同じだろ?」
「そりゃそうっすね」
幼馴染で同じ武道もやってて、お互いに分かり合っているのなら、わざわざ道場に行く必要もないし、いつでも相手に困らないというわけだ。
こういう相手が居ない幾久には、久坂と高杉の関係はなんだか凄い、と感じてしまう。
「でも、演劇部かー」
全く自分が思いもよらなかった部活に、名前だけとはいえ所属しているのは幾久は不思議な気持ちだった。
「でもさ、気にすることないじゃん、いっくんは」
久坂が言う。
「だってこの先、報国院にいるかどうかも判らないんだよね?」
「……そうなんすよね」
まだ幾久は、この報国院に残るか東京の学校に編入するのかを決めていない。つまり、夏休みを境にここから離れるという可能性もある。
「じゃあ、することないよ。だって部活は夏休みに入ってから開始になるし」
「え?本当に?」
「そうだよ。桜柳祭があるのは毎年文化の日って決まっててね。それにあわせての活動になるから、実質の活動期間は夏休みからその文化の日まで」
「めっちゃ短いじゃないっすか」
久坂の言う事が本当なら、演劇部の実質的活動期間は三ヶ月しかない。
「そうだよ。だから所属してるんだし」
はー、と幾久は呆れてしまった。
「ほんっとなんかあれっすね。先輩ら、あれっす」
「なに」
「なんじゃ」
正直と言えば確かにそうだけど、なんというか、よく言えば無駄がないし悪く言えば、小ざかしい。
「とにかく、いっくんは考えなくていいんだって。どうせ名前を登録しているだけの関わりだし、他の学校に編入するなら部活が始まるのは夏休みが始まってからだから編入後になるよね?」
確かに、時期を考えるならそうなる。夏休みの間も考えているのかもしれないが。
「もし決まらなくても、夏休みの間くらい部活したっていいんじゃない?」
久坂のいう事は最もだ。
「……まあ、そうっす、よね」
三年間の部活を勝手に決められたのなら腹も立つけれど、まだ期間限定のお試し通学の最中みたいなものだ。
思いがけずこんな僻地に来てしまったので東京に戻りたかった幾久は、戻る条件として父と約束したのは『最低三ヶ月は報国院に通う』ということだった。
いまはやっと二ヶ月。あと一ヶ月で、幾久はどうするかを決めなければならない。
「ホント、どうしようかなあ」
がっくりと肩を落としてため息をつく幾久に、久坂はちゃぶ台に肘をついたまま「ホラね」と言う。
「いっくん、他人にかまってる暇なんかないだろ。自分の事忘れてちゃ駄目じゃないか」
「そうっすけど」
幾久には逃げ道がある。ここが嫌なら東京に戻れば良い。でも児玉は絶対に報国院を辞めないだろう。
「でもオレも、よくよく考えたらタマと同じなんすよね」
「何が?」
「大学とか、そういうの全然見てないし考えてもないし」
「ええ大学に行きたいんじゃなかったんか?」
高杉が言う。
幾久はこの報国院に入学した時からずっと、東京のいい大学に行きたいと言っていた。
幾久自身もそう思っていて、だからレベルの低い地方の学校なんか冗談じゃないと思っていたのだ。
「よくよく考えたら、オレ、自分でいい大学に入りたいって考えたことなんか一度もないんすよね」
母親は昔からずっと幾久の教育に熱心だった。
一人っ子だったし、父親が官僚という立場で東大出身だからそんなものかとなんとなく思っていたけれど、幾久自身は別に大学がどうなんて思ったことは、ない。
「いい大学ったって、うちの母さんが言ってるのはいつも東大だったし」
「東大?!え、いっくんマジ東大目指してたの?!」
食事を終えた吉田が居間に全員分のコーヒーを持ってきたところで、吉田は驚いて声を上げた。
「ずっとそう言ってましたけど、正直理想を言ってるもんだと思ってたんす」
「なんでカーチャン、そんな理想高いの?カーチャンも東大?」
吉田がへえ、と驚きながらコーヒーを配る。
「いえ、女子短大かなにかで。父は東大ですけど」
「えっ!いっくんのパパ、東大なの?」
幾久の父親のファンだという吉田はまた驚いて声を上げた。
「東大っていうのは知ってましたけど、学部がどうとかそういうの聞いたこともないし、興味もなかったし」
「はー、なんかいっくんちょっとぼけてんね。父親が東大ってなんかすごい自慢しそうなのに」
吉田は目をぐりぐり見開いて、幾久の話に興味津々の様子だ。
「父親が昔、オレがまだすっごい子供の頃だったと思うんすけど、なんか東大がどうとか母親が言ってたとき、オレに言ったんすよ。東大は確かに凄い事かもしれないし、自分もかなり勉強したとは思うけど、それは自分のやりたい仕事に一番近い大学だからそこを選んだわけであって、もし他の職種で別の学校のほうが仕事に近づけるなら、そっちを選ぶだけの話だって」
「かっけぇー!出来る人でないと言えない台詞だ!」
しかも東大だよ東大!となぜか吉田は興奮気味だ。
「栄人先輩だって、目指そうと思ったら鳳なんだからいけるんじゃないっすか?」
「は?馬鹿なのいっくん?鳳から東大、京大ってのは、最初からいける奴がたまたま鳳なわけであって、鳳に行けば東大とか目指せるわけじゃないんだよ?そこ大事だから間違えんな!」
「はぁ、そうっすか」
「なんだよいっくん盛り上がらねーな。父親が東大出身の官僚だったらもっと自慢して嫌な奴になれよぉ」
「オレが駄目な奴だったら自慢した分恥かくじゃないっすか。嫌っすよ」
「あーもう、育ちの良いやつめ!」
罵倒しているんだか褒めているんだか、吉田はそんな事を言う。
なのでこういう場合、吉田以外の面々は先に食事を済ませてしまう。
やっとバイトから帰ってきた吉田に尋ねると、吉田は苦笑いで答えた。
「わり。言うのすっかり忘れてた」
やっぱり、と三人は呆れ顔だ。
吉田はキッチンで一人だけ食事をしていて、幾久と高杉、久坂は食事を終えて居間でくつろいでいた。
山縣はいつも通り、さっさと風呂も済ませて部屋に篭っている。多分ネットでなにかやっているか、とっくに眠っていて、深夜に起きるのかもしれない。
「でもなんでオレ、いつの間に部活に入ってるんすか?」
「人数が足りんからの。名前だけでも入れておこうと思ったんじゃ」
人数が足りないとか、けっこう人気者というか、高杉も久坂も知名度はあるのに部活は不人気なのだろうか、と幾久は不思議に思った。
「人数って。ハル先輩が言えばトシとか喜んで来そうですけど」
「そうじゃろうけど、面倒じゃろ」
やっぱり人数が足りないんじゃない、こうやって選り分けてるんじゃないかと幾久はむくれた。
「それより、一体何の部なんすか。オレ、自分が何部なのかとか知らないとかありえないんすけど」
「え、いっくん入部するんだ」
久坂がそう言うと、幾久は答えた。
「てか、もう入部してるんスよね」
この先輩達が好きにやっていることに逆らうのは難しい、というか面倒くさい。
いやだ、というよりも先に内容を知っておかないと絶対に余計な事に巻き込まれてしまう。
「まあ、書類上はそうなんだけどね」
「ほらやっぱり」
「まあええじゃろ。今まで活動も無いんじゃし」
高杉に幾久は尋ねる。
「それより、一体何の部なんすか。ハル先輩と、久坂先輩はそれなんすよね」
「まあ、俗に言う演劇部」
「演劇部?!」
幾久は驚いて声を上げた。
「そんな驚く事?」
「や、驚きますよ」
そもそも、幾久は演劇部なんて関わった事がない。
それに、高杉と久坂が演劇部と言うのもなんだかものすごく妙な気がする。
「なんでじゃ。おかしいか」
「だって、ハル先輩も久坂先輩も、昔習い事やってたんすよね。合気道とか」
「そうじゃ」
「だったら、そういうのしそうなのに」
高杉や久坂が合気道や剣道や、弓道なんかをやっている姿は簡単に想像できる。
しかし、演劇部とは意外すぎるジャンルだった。
「なんで武道系の部活じゃなくて、演劇部なんすか?」
目立ってはいるけど、わざわざ自分から目立ちに行くような感じでもないのに。それに高杉だけならともかく、久坂が演劇なんかしそうにない。
しかし、高杉はとても判りやすい事を言った。
「決まっとるじゃろ。がんばらんでええからじゃ」
「え?」
意味が判らずに首をかしげていると、久坂が説明してくれた。
「うちの学校の演劇部ってさ、大会に出たりとか、そういうのってなくて、桜柳祭っていう学校の文化祭で発表すればそれだけでいいんだよね」
「と、いうと?」
「桜柳祭でそれなりの舞台をしておけば、活動としてはええというわけじゃ」
「……つまり?」
幾久の問いに高杉が答えた。
「じゃったら一年に一回しか、頑張らんでええじゃろ」
そう言うことか、と幾久は肩を落とした。
「武道系の部活に入るとさ、遠征とか大会とか合宿とかあるじゃない?そういうの面倒なんだよね」
ね、と久坂が言うと高杉も頷く。
「わしらは段も取っとるし、正直、そういうのより今の学校生活を優先したいからの、そういうのは休みたいんじゃ」
「でも部活ってそういうスポーツ系やってたほうが、いいんじゃないんですか?」
「何が?」
「何で?」
「……内申的な」
幾久が言うと、高杉と久坂が鼻で笑った。
「そんなんいるか?」
「いらないよね?」
うわ、そうだった、この人たちリアルに出来る人だったんだと幾久はげんなりする。
「ですよねー、しっつれいしました」
「っていうのはちょっと煽りだけど。実際は飽きたし、部活までしたくないっていうか」
「そうなんすか?」
久坂の言葉に、高杉が頷く。
「子供の頃からずーっとじゃ、そりゃ飽きる。やりたくなったら道場に行けばええだけの話じゃし」
「道場なんか行かなくても、相手に困ることはないよ、僕らはね」
なんで、と言いかけて幾久は思い出した。
この寮に入ったばかりのとき、久坂は高杉を恋愛的な意味で狙っていると幾久に思い込ませていた。
実際はただ幾久をからかっていただけなのだが、それがばれたとき、高杉が怒り心頭で久坂を思い切り投げ飛ばした事があった。
投げ飛ばしただけでは終わらず、高杉は久坂に激しく攻撃をしかけて、しかも久坂は反撃こそしなかったが、高杉を上手にいなしていた。
あまりに見事な技の連発で、幾久は口をあけてみるしかなかったのだが。
「道場に行ったって、どうせハルとやるんだし、だったら行っても行かなくても同じだろ?」
「そりゃそうっすね」
幼馴染で同じ武道もやってて、お互いに分かり合っているのなら、わざわざ道場に行く必要もないし、いつでも相手に困らないというわけだ。
こういう相手が居ない幾久には、久坂と高杉の関係はなんだか凄い、と感じてしまう。
「でも、演劇部かー」
全く自分が思いもよらなかった部活に、名前だけとはいえ所属しているのは幾久は不思議な気持ちだった。
「でもさ、気にすることないじゃん、いっくんは」
久坂が言う。
「だってこの先、報国院にいるかどうかも判らないんだよね?」
「……そうなんすよね」
まだ幾久は、この報国院に残るか東京の学校に編入するのかを決めていない。つまり、夏休みを境にここから離れるという可能性もある。
「じゃあ、することないよ。だって部活は夏休みに入ってから開始になるし」
「え?本当に?」
「そうだよ。桜柳祭があるのは毎年文化の日って決まっててね。それにあわせての活動になるから、実質の活動期間は夏休みからその文化の日まで」
「めっちゃ短いじゃないっすか」
久坂の言う事が本当なら、演劇部の実質的活動期間は三ヶ月しかない。
「そうだよ。だから所属してるんだし」
はー、と幾久は呆れてしまった。
「ほんっとなんかあれっすね。先輩ら、あれっす」
「なに」
「なんじゃ」
正直と言えば確かにそうだけど、なんというか、よく言えば無駄がないし悪く言えば、小ざかしい。
「とにかく、いっくんは考えなくていいんだって。どうせ名前を登録しているだけの関わりだし、他の学校に編入するなら部活が始まるのは夏休みが始まってからだから編入後になるよね?」
確かに、時期を考えるならそうなる。夏休みの間も考えているのかもしれないが。
「もし決まらなくても、夏休みの間くらい部活したっていいんじゃない?」
久坂のいう事は最もだ。
「……まあ、そうっす、よね」
三年間の部活を勝手に決められたのなら腹も立つけれど、まだ期間限定のお試し通学の最中みたいなものだ。
思いがけずこんな僻地に来てしまったので東京に戻りたかった幾久は、戻る条件として父と約束したのは『最低三ヶ月は報国院に通う』ということだった。
いまはやっと二ヶ月。あと一ヶ月で、幾久はどうするかを決めなければならない。
「ホント、どうしようかなあ」
がっくりと肩を落としてため息をつく幾久に、久坂はちゃぶ台に肘をついたまま「ホラね」と言う。
「いっくん、他人にかまってる暇なんかないだろ。自分の事忘れてちゃ駄目じゃないか」
「そうっすけど」
幾久には逃げ道がある。ここが嫌なら東京に戻れば良い。でも児玉は絶対に報国院を辞めないだろう。
「でもオレも、よくよく考えたらタマと同じなんすよね」
「何が?」
「大学とか、そういうの全然見てないし考えてもないし」
「ええ大学に行きたいんじゃなかったんか?」
高杉が言う。
幾久はこの報国院に入学した時からずっと、東京のいい大学に行きたいと言っていた。
幾久自身もそう思っていて、だからレベルの低い地方の学校なんか冗談じゃないと思っていたのだ。
「よくよく考えたら、オレ、自分でいい大学に入りたいって考えたことなんか一度もないんすよね」
母親は昔からずっと幾久の教育に熱心だった。
一人っ子だったし、父親が官僚という立場で東大出身だからそんなものかとなんとなく思っていたけれど、幾久自身は別に大学がどうなんて思ったことは、ない。
「いい大学ったって、うちの母さんが言ってるのはいつも東大だったし」
「東大?!え、いっくんマジ東大目指してたの?!」
食事を終えた吉田が居間に全員分のコーヒーを持ってきたところで、吉田は驚いて声を上げた。
「ずっとそう言ってましたけど、正直理想を言ってるもんだと思ってたんす」
「なんでカーチャン、そんな理想高いの?カーチャンも東大?」
吉田がへえ、と驚きながらコーヒーを配る。
「いえ、女子短大かなにかで。父は東大ですけど」
「えっ!いっくんのパパ、東大なの?」
幾久の父親のファンだという吉田はまた驚いて声を上げた。
「東大っていうのは知ってましたけど、学部がどうとかそういうの聞いたこともないし、興味もなかったし」
「はー、なんかいっくんちょっとぼけてんね。父親が東大ってなんかすごい自慢しそうなのに」
吉田は目をぐりぐり見開いて、幾久の話に興味津々の様子だ。
「父親が昔、オレがまだすっごい子供の頃だったと思うんすけど、なんか東大がどうとか母親が言ってたとき、オレに言ったんすよ。東大は確かに凄い事かもしれないし、自分もかなり勉強したとは思うけど、それは自分のやりたい仕事に一番近い大学だからそこを選んだわけであって、もし他の職種で別の学校のほうが仕事に近づけるなら、そっちを選ぶだけの話だって」
「かっけぇー!出来る人でないと言えない台詞だ!」
しかも東大だよ東大!となぜか吉田は興奮気味だ。
「栄人先輩だって、目指そうと思ったら鳳なんだからいけるんじゃないっすか?」
「は?馬鹿なのいっくん?鳳から東大、京大ってのは、最初からいける奴がたまたま鳳なわけであって、鳳に行けば東大とか目指せるわけじゃないんだよ?そこ大事だから間違えんな!」
「はぁ、そうっすか」
「なんだよいっくん盛り上がらねーな。父親が東大出身の官僚だったらもっと自慢して嫌な奴になれよぉ」
「オレが駄目な奴だったら自慢した分恥かくじゃないっすか。嫌っすよ」
「あーもう、育ちの良いやつめ!」
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