66 / 416
【5】岡目八目~仲良しと仲悪し
ちょっとだけ顔見知り
しおりを挟む
六月の半ばになった。
一年生にとっては初めての定期テストにあたる、前期の中間試験が終わり、生徒は皆一息ついた所だ。
部活動が活発になりはじめるのもこの時期で、校内は一気に賑やかになる。
お客さん気分だった一年生も報国院の学生らしくなり、寮や学校の生活にもすっかり慣れ、寮生は皆兄弟のような関係を築きつつあった。
クラスメイトも自然、寮生同士で固まることが多くなっていたが、その中でも少しはみ出してしまったり、寮は関係なく上手くやっている人も居た。
その中の一人が、乃木幾久。
寮は離れ小島の御門寮に所属する、たった一人の一年生だった。
仲がいいのは同じ一年鳩クラスで報国寮所属の伊藤俊文と恭王寮所属の桂弥太郎。
同じクラスという繋がりしかなかったが、三人はいつも一緒に過ごしていた。当然、昼食はいつも学食で三人一緒だったのだが。
「あ、幾久、ヤッタ、俺今日学食行かねーから」
いつものように休み時間に教室で喋っていると、伊藤が突然そう言った。
「え?なにトシ、ダイエット中?」
弥太郎が言うと伊藤が「ちげーよ」とむっとして返す。伊藤はやや小太り体形なのを気にしている。
「今日、寮の責任者は会合があんだよ。昼飯もそこで出されるんだとさ」
伊藤の所属は報国寮という一番大きな寮だったが、そこで三年の寮の責任者のサポートみたいなものをやらされている。
伊藤の言葉に幾久が「そういえば」と思い出す。
「ハル先輩が、朝そんな事言ってたな」
ハル、とは幾久の所属する御門寮の責任者でもある高杉呼春の事だ。
「でもトシ一年だろ?なんで代表?」
寮の代表で会合に出るなら、正式な代表が呼ばれるはずだ。その場合、大抵が三年生で、高杉のように二年生でも代表になることは滅多にない。
一年で、しかもまだ入学して二ヶ月程度の伊藤なら尚更ないはずなのに、と不思議に思って幾久が尋ねると、伊藤が肩を落としながら答えた。
「それがさぁ、三年の代表から頼まれてさ。なんか今日、試合があるんだと」
「二年生は?」
三年の代表がいなくても、二年生の副寮長みたいな人がいるはずだが。弥太郎が尋ねると、「そいつも同じく試合だって」と伊藤はふてくされ言った。
ナルホド、と弥太郎は頷く。
「同じ部活ならしゃーないね。で、結果トシってことかぁ」
「まー、会合に行けばハル先輩居るからそれはそれでいーんだけどさあ。面倒でしゃーないわ」
「でも一年なのに任されるってなんか凄くね?」
弥太郎が言うと伊藤は「凄くねえ」とさくっと返す。
「だからさぁ、俺んとこの寮ってお前らんとことは違うんだって。人数多すぎてなにがどうとか把握できてねーし、会合ったって俺に押し付けられるくらいなら、実際たいしたことじゃねーって」
「そうかなあ」
自分の所属する御門寮の責任者である高杉を考えると、そこそこたいしたことのようには思えるのだが。
「ま、どうせ俺なんもわかんねーし。なんかあったらハル先輩に聞けばいいし」
高杉を心酔している伊藤としては、そのほうが重要なのだろう。
「あ、そういや俺も昼、いらないんだった」
突然弥太郎もそう言いだした。
「え?マジで?」
驚き幾久が問い返すと、弥太郎が「うん、マジ、今日だ」と黒板の日付を確認して言う。
「部活の打ち合わせで、昼は部室に行くんだ」
弥太郎は園芸関係の部に所属していて、活動もかなり本気でやっている。ゴールデンウィークには幾久も弥太郎の部活を手伝ったので、そこに所属していることは知っていたが。
「そっかー。トシもヤッタも昼にいないなら、オレぼっちか」
まあ、一人で食事ができないとかそんな事はないけれど、いつも一緒の二人がいないのは少し寂しい。
「寮の先輩んとこ行ったら?」
「おお、それいいじゃん。幾久が呼べば先輩達、絶対来てくれるだろ?」
伊藤と弥太郎が言うが、幾久は首を横に振る。
「やだよ、子供じゃあるまいし。昼メシくらい一人でも食えるよ」
「だよね」
「ま、そうだよな」
「じゃあなんでわざわざんな事言うんだよ」
少しむっとして幾久が言うと、弥太郎が暫く考えて言う。
「なんていうか、イメージ?」
「は?」
「なんかさ、いっくんって一人でからあげ定食とか食ってたら、隣のヤツにからあげ盗られても気づきそうにないっていうか」
「や、さすがにそれは気付くよフツーに」
幾久は首を横に振る。
伊藤と弥太郎は笑っているが、幾久はそこまでぼけてねーよ、と思いつつ、そういえばこの前の夕食のからあげを、ひとつ山縣に盗られていた事を思い出したが当然その事は言わなかった。
昼休みになった。
伊藤と弥太郎は宣言どおり二人ともそれぞれの目的地へ向かっていき、幾久は一人で学食へ向かった。
学食はいつも通りの賑わいだ。学校の生徒がほぼ全員寮生活なので、食事は学食かパンを購入するか、コンビニで買っておくか、になる。
殆どの学生が学食で定食を頼むので、昼の学食はかなり人が多い。探せば多分、誰か知った人や、同じ寮の先輩がいるかもしれないが、幾久にとって知っている先輩なんて同じ寮の人たちか、恭王寮の桂 雪充くらいしかいない。
一瞬、(そうだ!雪ちゃん先輩がいるかも!)と探しかけたが、そもそも雪充は恭王寮の代表なので当然、高杉や伊藤が出席している会合に出ているはずだった。
(あとは久坂先輩とか?栄人先輩とか?)
考えてみたが、そこまでするほどでもないな、と思って幾久は一人で食事をとることにした。
学食では二種類の『本日のメニュー』とそのほか簡単なメニューがあるが、幾久は『本日のメニュー』のおかずが和食風なほうを選んだ。
この長州市はとにかく魚が新鮮で、学食でも地産池沼を売りにしていて、美味しい魚が食べられる。
今日は白身魚のフライ定食になっていて、何の魚かは判らないがからっとあげられておいしそうだ。
お茶を自分で入れて、幾久は空いていた二人がけの席に腰を下ろした。
「いただきまーす」
手をあわせて早速味噌汁を飲む。報国院の味噌汁は殆どが白味噌で、幾久の好みにはあっていた。
もくもくと食事をしていると、自然と回りの音が耳に入ってくる。
別のクラスの話題が聞こえてくるのは楽しいが、かといって知らない人の話をずっと聞くのもストーカーみたいだな、と幾久は食事をしながら思う。
(ぼっちってけっこう、暇かも)
いつもなら、食事をしながら伊藤や弥太郎と話をして、食事が終わってもだらだらと学食で話をしたり、人が多ければ場所を移動してひなたぼっこしたりしていたが、一人だと当然喋る相手もいない。
別に寂しいというほどでもないが、間が持たない。
誰かが居れば気にしないことが、一人だと妙に気になってしまう。
まだ休みは始まったばかりで、目の前にはあまり進んでいない状態のランチがある。
黙って食事をしていると、幾久の目の前にランチプレートを持った人が尋ねた。
「座っていい?」
「あ、ドウゾ」
相席するほど人いたっけな、そう思って顔を上げて幾久は少し驚いた。
というのも、目の前に居たのは。
「児玉君」
「おう」
以前、不良に絡まれていた幾久を助けてくれたことはあるが、どうもあまり幾久にいい感情を持っていないらしい児玉の事が、幾久は少し苦手だ。
その苦手な児玉が、目の前に居る。
「めずらしいじゃん、一人」
「あ、うん。ヤッタは部活で、トシは報国寮の代表で呼ばれてるって」
「え、あいつ一年なのに代表なの?」
少し驚いたように児玉が顔を上げる。やはり相変わらず雪充がいないと目つきが悪い。
「なんか二年も三年も、代表は試合で留守だって」
「あー、なるほど」
そう言うと児玉は「いただきます」とぱちんと手を合わせてから食事を始める。
児玉とふたりきりなんて初めてで、幾久はやや緊張してしまう。
というのも、児玉にはあまり幾久はいい印象を抱かれていないようだからだ。
いつもなら児玉と同じ寮に所属している弥太郎が居るので深く考えたことはなかったが、あまり自分のことを好きではない相手と一緒というのも緊張する。だけど児玉は全く気にした様子はなく、ばくばくと豪快にランチを食べている。
なんだか前と印象が違うよな、と幾久は思った。
食事をしている児玉の胸元には、少し緩めたネクタイが見える。
金色のそれは、御門寮の二年生がしているのと同じ、報国院では所属する生徒の一割程度しか居ない、選ばれたクラスの特別な色のネクタイだ。
何も知らないときはなんとも思わなかったけれど、この報国院に所属して、鳳クラスの意味が判ってきた今となっては、確かになんだか特別な雰囲気があるようにも見えてくる。
児玉のネクタイが緩んでいることになんとなく気が緩んで、幾久は尋ねた。
「児玉君ってさ、」
「タマでいい。同じ一年だろ」
「……タマ君って」
「君とかつけんなよ。かえって間抜けじゃん」
「なんか呼び捨てしづらいよ」
そんなに親しくもないのに、しかも助けて貰ったこともあるのに猫みたいに呼び捨てなんて。
「みんなそうだからそうすれば」
確かに、児玉がそれでいいなら、それでいいのか。
「じゃあ、タマって呼ぶ。オレも呼び捨てでいーよ」
「おお」
「児玉……タマってそんなだっけ?」
「何が」
幾久の印象では、こんな雑な人の印象ではなかったのだが。
「もっと丁寧な人っぽかったけど」
「雪ちゃん先輩いねーしな、今」
ああ、そういうことね、と幾久は納得した。
「なに?もっと丁寧に接しろって?」
「や、そんなんどうでもいいけど」
「気にしないんだ」
へえ、と児玉が言うと幾久はだって、と説明した。
「うちの寮、ひどいのがいるから。態度が全く違う先輩」
「知ってる。山縣先輩だろ」
「ああ、やっぱ有名なんだ」
山縣は高杉を心酔しまくりの尊敬しまくりで、高杉からは嫌われているのに全く気にしていない。
高杉のいう事はなんでも従うが、それ以外に対する態度は不遜そのものだ。
しかし幾久は一緒に暮らしているうちに『そういうもんだ』と慣れてしまった。
「っていうか、雪ちゃん先輩と一緒だろ」
「あ、そういやそうか」
桂 雪充と山縣は同じ三年生で、山縣は以前鳳クラスに所属していたし、雪充は寮がこの前まで御門寮だったと聞いているから、確かにクラスも寮も同じだったということになる。
「なんかイメージ違いすぎて、あの二人が同じクラスで同じ寮だったって思えない」
大人で優しくて、頼りがいがあって後輩思いな桂 雪充とその真逆と言ってもいいくらいの山縣が、同じクラスで同じ寮という繋がりが全く想像できない。
「雪ちゃん先輩は、たまに山縣先輩の事言ってる」
「へえ、そうなんだ。オレ、ガタ先輩のそういうの聞いたことないや」
山縣の会話なんてインターネットのスラングやアニメや漫画の事ばかりで、クラスメイトがどうとかなんて全く知らない。
(判るのは時山先輩のことくらいか)
山縣と関わりのある三年生なんて時山しか知らないし、実際の時山は幾久を見かけてもスルーなので学校でそう話すこともない。
一年生にとっては初めての定期テストにあたる、前期の中間試験が終わり、生徒は皆一息ついた所だ。
部活動が活発になりはじめるのもこの時期で、校内は一気に賑やかになる。
お客さん気分だった一年生も報国院の学生らしくなり、寮や学校の生活にもすっかり慣れ、寮生は皆兄弟のような関係を築きつつあった。
クラスメイトも自然、寮生同士で固まることが多くなっていたが、その中でも少しはみ出してしまったり、寮は関係なく上手くやっている人も居た。
その中の一人が、乃木幾久。
寮は離れ小島の御門寮に所属する、たった一人の一年生だった。
仲がいいのは同じ一年鳩クラスで報国寮所属の伊藤俊文と恭王寮所属の桂弥太郎。
同じクラスという繋がりしかなかったが、三人はいつも一緒に過ごしていた。当然、昼食はいつも学食で三人一緒だったのだが。
「あ、幾久、ヤッタ、俺今日学食行かねーから」
いつものように休み時間に教室で喋っていると、伊藤が突然そう言った。
「え?なにトシ、ダイエット中?」
弥太郎が言うと伊藤が「ちげーよ」とむっとして返す。伊藤はやや小太り体形なのを気にしている。
「今日、寮の責任者は会合があんだよ。昼飯もそこで出されるんだとさ」
伊藤の所属は報国寮という一番大きな寮だったが、そこで三年の寮の責任者のサポートみたいなものをやらされている。
伊藤の言葉に幾久が「そういえば」と思い出す。
「ハル先輩が、朝そんな事言ってたな」
ハル、とは幾久の所属する御門寮の責任者でもある高杉呼春の事だ。
「でもトシ一年だろ?なんで代表?」
寮の代表で会合に出るなら、正式な代表が呼ばれるはずだ。その場合、大抵が三年生で、高杉のように二年生でも代表になることは滅多にない。
一年で、しかもまだ入学して二ヶ月程度の伊藤なら尚更ないはずなのに、と不思議に思って幾久が尋ねると、伊藤が肩を落としながら答えた。
「それがさぁ、三年の代表から頼まれてさ。なんか今日、試合があるんだと」
「二年生は?」
三年の代表がいなくても、二年生の副寮長みたいな人がいるはずだが。弥太郎が尋ねると、「そいつも同じく試合だって」と伊藤はふてくされ言った。
ナルホド、と弥太郎は頷く。
「同じ部活ならしゃーないね。で、結果トシってことかぁ」
「まー、会合に行けばハル先輩居るからそれはそれでいーんだけどさあ。面倒でしゃーないわ」
「でも一年なのに任されるってなんか凄くね?」
弥太郎が言うと伊藤は「凄くねえ」とさくっと返す。
「だからさぁ、俺んとこの寮ってお前らんとことは違うんだって。人数多すぎてなにがどうとか把握できてねーし、会合ったって俺に押し付けられるくらいなら、実際たいしたことじゃねーって」
「そうかなあ」
自分の所属する御門寮の責任者である高杉を考えると、そこそこたいしたことのようには思えるのだが。
「ま、どうせ俺なんもわかんねーし。なんかあったらハル先輩に聞けばいいし」
高杉を心酔している伊藤としては、そのほうが重要なのだろう。
「あ、そういや俺も昼、いらないんだった」
突然弥太郎もそう言いだした。
「え?マジで?」
驚き幾久が問い返すと、弥太郎が「うん、マジ、今日だ」と黒板の日付を確認して言う。
「部活の打ち合わせで、昼は部室に行くんだ」
弥太郎は園芸関係の部に所属していて、活動もかなり本気でやっている。ゴールデンウィークには幾久も弥太郎の部活を手伝ったので、そこに所属していることは知っていたが。
「そっかー。トシもヤッタも昼にいないなら、オレぼっちか」
まあ、一人で食事ができないとかそんな事はないけれど、いつも一緒の二人がいないのは少し寂しい。
「寮の先輩んとこ行ったら?」
「おお、それいいじゃん。幾久が呼べば先輩達、絶対来てくれるだろ?」
伊藤と弥太郎が言うが、幾久は首を横に振る。
「やだよ、子供じゃあるまいし。昼メシくらい一人でも食えるよ」
「だよね」
「ま、そうだよな」
「じゃあなんでわざわざんな事言うんだよ」
少しむっとして幾久が言うと、弥太郎が暫く考えて言う。
「なんていうか、イメージ?」
「は?」
「なんかさ、いっくんって一人でからあげ定食とか食ってたら、隣のヤツにからあげ盗られても気づきそうにないっていうか」
「や、さすがにそれは気付くよフツーに」
幾久は首を横に振る。
伊藤と弥太郎は笑っているが、幾久はそこまでぼけてねーよ、と思いつつ、そういえばこの前の夕食のからあげを、ひとつ山縣に盗られていた事を思い出したが当然その事は言わなかった。
昼休みになった。
伊藤と弥太郎は宣言どおり二人ともそれぞれの目的地へ向かっていき、幾久は一人で学食へ向かった。
学食はいつも通りの賑わいだ。学校の生徒がほぼ全員寮生活なので、食事は学食かパンを購入するか、コンビニで買っておくか、になる。
殆どの学生が学食で定食を頼むので、昼の学食はかなり人が多い。探せば多分、誰か知った人や、同じ寮の先輩がいるかもしれないが、幾久にとって知っている先輩なんて同じ寮の人たちか、恭王寮の桂 雪充くらいしかいない。
一瞬、(そうだ!雪ちゃん先輩がいるかも!)と探しかけたが、そもそも雪充は恭王寮の代表なので当然、高杉や伊藤が出席している会合に出ているはずだった。
(あとは久坂先輩とか?栄人先輩とか?)
考えてみたが、そこまでするほどでもないな、と思って幾久は一人で食事をとることにした。
学食では二種類の『本日のメニュー』とそのほか簡単なメニューがあるが、幾久は『本日のメニュー』のおかずが和食風なほうを選んだ。
この長州市はとにかく魚が新鮮で、学食でも地産池沼を売りにしていて、美味しい魚が食べられる。
今日は白身魚のフライ定食になっていて、何の魚かは判らないがからっとあげられておいしそうだ。
お茶を自分で入れて、幾久は空いていた二人がけの席に腰を下ろした。
「いただきまーす」
手をあわせて早速味噌汁を飲む。報国院の味噌汁は殆どが白味噌で、幾久の好みにはあっていた。
もくもくと食事をしていると、自然と回りの音が耳に入ってくる。
別のクラスの話題が聞こえてくるのは楽しいが、かといって知らない人の話をずっと聞くのもストーカーみたいだな、と幾久は食事をしながら思う。
(ぼっちってけっこう、暇かも)
いつもなら、食事をしながら伊藤や弥太郎と話をして、食事が終わってもだらだらと学食で話をしたり、人が多ければ場所を移動してひなたぼっこしたりしていたが、一人だと当然喋る相手もいない。
別に寂しいというほどでもないが、間が持たない。
誰かが居れば気にしないことが、一人だと妙に気になってしまう。
まだ休みは始まったばかりで、目の前にはあまり進んでいない状態のランチがある。
黙って食事をしていると、幾久の目の前にランチプレートを持った人が尋ねた。
「座っていい?」
「あ、ドウゾ」
相席するほど人いたっけな、そう思って顔を上げて幾久は少し驚いた。
というのも、目の前に居たのは。
「児玉君」
「おう」
以前、不良に絡まれていた幾久を助けてくれたことはあるが、どうもあまり幾久にいい感情を持っていないらしい児玉の事が、幾久は少し苦手だ。
その苦手な児玉が、目の前に居る。
「めずらしいじゃん、一人」
「あ、うん。ヤッタは部活で、トシは報国寮の代表で呼ばれてるって」
「え、あいつ一年なのに代表なの?」
少し驚いたように児玉が顔を上げる。やはり相変わらず雪充がいないと目つきが悪い。
「なんか二年も三年も、代表は試合で留守だって」
「あー、なるほど」
そう言うと児玉は「いただきます」とぱちんと手を合わせてから食事を始める。
児玉とふたりきりなんて初めてで、幾久はやや緊張してしまう。
というのも、児玉にはあまり幾久はいい印象を抱かれていないようだからだ。
いつもなら児玉と同じ寮に所属している弥太郎が居るので深く考えたことはなかったが、あまり自分のことを好きではない相手と一緒というのも緊張する。だけど児玉は全く気にした様子はなく、ばくばくと豪快にランチを食べている。
なんだか前と印象が違うよな、と幾久は思った。
食事をしている児玉の胸元には、少し緩めたネクタイが見える。
金色のそれは、御門寮の二年生がしているのと同じ、報国院では所属する生徒の一割程度しか居ない、選ばれたクラスの特別な色のネクタイだ。
何も知らないときはなんとも思わなかったけれど、この報国院に所属して、鳳クラスの意味が判ってきた今となっては、確かになんだか特別な雰囲気があるようにも見えてくる。
児玉のネクタイが緩んでいることになんとなく気が緩んで、幾久は尋ねた。
「児玉君ってさ、」
「タマでいい。同じ一年だろ」
「……タマ君って」
「君とかつけんなよ。かえって間抜けじゃん」
「なんか呼び捨てしづらいよ」
そんなに親しくもないのに、しかも助けて貰ったこともあるのに猫みたいに呼び捨てなんて。
「みんなそうだからそうすれば」
確かに、児玉がそれでいいなら、それでいいのか。
「じゃあ、タマって呼ぶ。オレも呼び捨てでいーよ」
「おお」
「児玉……タマってそんなだっけ?」
「何が」
幾久の印象では、こんな雑な人の印象ではなかったのだが。
「もっと丁寧な人っぽかったけど」
「雪ちゃん先輩いねーしな、今」
ああ、そういうことね、と幾久は納得した。
「なに?もっと丁寧に接しろって?」
「や、そんなんどうでもいいけど」
「気にしないんだ」
へえ、と児玉が言うと幾久はだって、と説明した。
「うちの寮、ひどいのがいるから。態度が全く違う先輩」
「知ってる。山縣先輩だろ」
「ああ、やっぱ有名なんだ」
山縣は高杉を心酔しまくりの尊敬しまくりで、高杉からは嫌われているのに全く気にしていない。
高杉のいう事はなんでも従うが、それ以外に対する態度は不遜そのものだ。
しかし幾久は一緒に暮らしているうちに『そういうもんだ』と慣れてしまった。
「っていうか、雪ちゃん先輩と一緒だろ」
「あ、そういやそうか」
桂 雪充と山縣は同じ三年生で、山縣は以前鳳クラスに所属していたし、雪充は寮がこの前まで御門寮だったと聞いているから、確かにクラスも寮も同じだったということになる。
「なんかイメージ違いすぎて、あの二人が同じクラスで同じ寮だったって思えない」
大人で優しくて、頼りがいがあって後輩思いな桂 雪充とその真逆と言ってもいいくらいの山縣が、同じクラスで同じ寮という繋がりが全く想像できない。
「雪ちゃん先輩は、たまに山縣先輩の事言ってる」
「へえ、そうなんだ。オレ、ガタ先輩のそういうの聞いたことないや」
山縣の会話なんてインターネットのスラングやアニメや漫画の事ばかりで、クラスメイトがどうとかなんて全く知らない。
(判るのは時山先輩のことくらいか)
山縣と関わりのある三年生なんて時山しか知らないし、実際の時山は幾久を見かけてもスルーなので学校でそう話すこともない。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる