城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【4】夜の踊り子

はじめてのお試験

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 五月も半ばを過ぎ、一年生も寮の生活になじみ始めた。
 そんな頃に発表されるのが前期、つまり一学期の中間テストの範囲だ。
 報国院高校、全寮制の男子高校であるこの学校では定期テストと言うのはかなり重要な意味を持っている。
 というのも、この定期テストの結果で所属するクラス、寮、が違ってくるからだ。
 上位十五パーセントが所属する『鳳』は報国院のある長州市でもトップになるレベルで、寮も殆ど希望する寮に入ることが出来る。
 成績がよければ信用されるという制度なので、当然寮生の自由度も高くなる。
 そのまま成績が下がればその分寮での拘束も増すので自由が欲しい生徒は当然勉強に励むことになる。

「おい幾久、試験勉強見ちゃろうか」
 夕食後にまったりとしていた幾久に、そう声をかけたのは同じ御門寮に所属する、二年生の高杉呼春だ。
「え、いいんすか?ハル先輩は?」
「わしらの範囲は想像がつくけぇ。それよりお前の成績をどうにかせんにゃあいけん」
 皆がいう所の「年より臭い」長州弁まるだしで高杉が言う。寮は家のようなものなので、つい気が緩んで方言丸出しになるらしい。
「あ、それはいいね、いっくんには是非、鳳に来てもらわないと」
「そうそう、やっぱ御門は鳳だよね!」
 高杉と同じ二年生で、しかも幼馴染である久坂と吉田もうんうんと頷く。
 この三人組の二年生は全員が最高クラスの『鳳』に所属している。つまり、成績のいい人たちだ。
 それを見ていた三年の山縣がケッと馬鹿にしたように言う。
「は?なにが鳳だ。鳩ごときが来れる訳ねーじゃん。調子のってんじゃねえよ」
 嫌味な言い方をするのは幾久が嫌いだから、という訳ではない。山縣は常に、誰に対しても何に対しても全方向にこうなのだ。
「たかが『鷹』のくせに山縣うるさい」
「そうそう、たかが。鷹だけに」
 そう二年生の吉田と久坂がたたきつける。
「なにそれ、ギャグのつもり?まじ笑えないんすけど」
 気にせずに山縣が言うが、高杉が静かに「ガタ黙っちょれ」と言うとぴたっと言葉を止める。
 山縣は三年のくせに二年生の高杉を心酔していて、絶対に高杉には逆らわない。
「でもガタ、ぼちぼち鳳に戻らないとまずいんじゃないの?御門、希望者出てるよ」
「はぁ?そんなん余裕ですしおすし。夏前に一気にブーストかけるっつうの」
 ごろんごろん転がりながら、それでも目は持っている携帯ゲーム機に釘付けだ。
「ガタがだらけるのはいいけど、いっくんの邪魔すんなよ。大事な一年生なんだから」
 幾久をねこ可愛がりする吉田が言う。
「しねーよ。そもそも鳩だろ?御門のレベル下げてんのそいつじゃん」
 本当の事を言われれば幾久も反論できない。
「それより幾久、教科書持って来い。傾向と対策練るぞ」
「あ、ハイ」
 山縣が出てくると面倒になるので、幾久は高杉に言われたとおり教科書を持ってくる。
 性格や考え方に癖のある先輩達だったが、勉強の実力は本物だからだ。
 教科書を持ってくると、居間のちゃぶ台の上に広げられ、二年生があれこれ話を始めた。
 あの先生ならきっとこういう問題だ、いや、それは去年だから今年はこうだ、このあたりが狙い目だ。
 多分、入学してすぐなら幾久も先輩達を疑いもしただろうけれど、いざ授業が始まってから幾久の目からは鱗が何十枚も落された。
 クラスのレベルの違いを確認するという意味もあって、報国院では別の学年、クラスの授業を受けることが出来るのだがそれを受けて幾久はびっくりした。
 鳩、鷹については鳩のレベルが上がったのが『鷹』という感じではあったが、鳳はすでに大学の授業のようだった。
 聞けば『鳳』は二年生の時点で高校の授業を全て終えて、三年は受験対策をしつつ、基礎力を磨きなおし、尚且つ学校生活も充実させるのだという。
 授業のスピードも内容も半端なく、皆が『鳳は別物』という意味が嫌と言うほど理解できた。
(確かに、あの成績ならなんも言えねーわ)
 その鳳の中でも上のレベルにいるという二年生三人がこの寮にいるのだから、試験に関しては心強い。
 普段の態度からは考えられないが、やはり勉強ともなるときちんとしていた。
「試験の対策はいいけどさ、流石に一気に鳳まで上がれるかなあ」
 うーん、と吉田が唸る。
「さあねえ。僕ら鳳以外知らないし」
 久坂の言葉に幾久が尋ねた。
「え、そうなんスか?」
「おお。わしら全員、ずっと鳳なんじゃ」
「お前とはレベルがちげえわ」
 やはり山縣のツッコミが入るが、高杉が睨むと大人しくなる。
「まあでも、できる限りやるっす。いい成績とりたいし」
 そうでなければ、またヒステリックな母親がなんというか。
 そう答えると久坂が言う。
「この前いっくんにやらせたテスト見ると、悪くないと思うんだけどね。あとは他の連中がどう出てくるか」
「他?」
 幾久の問いに吉田が頷く。
「だって上位からのランキング制なんだからさ、いくらいっくんが頑張っても他がもっと凄けりゃ追いつかないわけだし」
「あ、そか」
「他がサボってくれればいいんだけど」
「どうなんっすかね」
 素直に疑問を口にする幾久に、吉田が難しいじゃないの、と言う。
「入りたい寮とか狙ってたクラスに入れなかった、って一年が一番頑張るのがこの最初の試験だからねえ」
 報国院は全員が寮に入る決まりだが、寮がいくつもあり、寮ごとに特色がある。
 その中でも一番際立っているのがこの御門寮で、問題児ばかりと言われる御門寮だったが、それを希望する変わり者もいる。
 一年で、鳳クラス、現在は恭王寮に所属している児玉もその一人だ。
「タマちゃん、本気出してくるだろうね」
 ぷぷっと吉田が楽しそうに言うのを見て、幾久はやめてくださいよ、と言う。
「ほんっと、すごい本気ですよ、児玉君」
 鳳になって御門寮に入りたかったという児玉は、鳳クラスでもないのに御門寮に所属している幾久にひっかかるものがあるらしい。
 とはいえ、からまれた幾久を助けてくれたこともあるのでそこまで嫌っているわけでもないだろうが。
「まあでも鳳にいればここに来る可能性もあるわけだからねえ。タマちゃんもがんばって欲しいよね」
「いっくんに引きずり下ろされなければいいけどね」
 久坂がいつものように、穏やかならないことを言う。
「いや、そこは一緒に頑張ればいじゃないですか」
「いっくん、ほんっとあれだよ、正しいよね」
 どこがどうそうなのか、感心して久坂が言うと吉田もうんうんと頷く。
「ほんっと、この素直さ、瑞祥もありゃねえ」
 瑞祥とは久坂の名前だ。幼馴染のこの三人は互いを名前で呼んでいる。
「本当にそうじゃぞ。見習え瑞祥」
「ハルまで」
 なんだよ、と瑞祥も言うが決して気分を悪くしたわけでもないらしい。御門の日常はこんなものだ。
 御門ではなぜか、幾久は常にやれ、素直だ、真面目だ、と言われている。
 自分では決してそんなつもりはないのだが、言われることが多い。
 それというのも原因は、幾久が亡くなったという久坂瑞祥の兄、久坂杉松に似ているせい、らしい。
(オレ、んな真面目でもねえと思うんだけどなあ)
 他人と比べても自分がそう真面目なタイプとも思えない。
 しかし先輩達の目には真面目で素直に映るらしい。
(まあ、なんか判らんでもないけど)
 幾久が特別素直なのではなく、この御門寮にいる人たちがなんというか、幾久の想像とはまた違って問題児なのだった。
 それでも去年よりはよっぽど大人しいと先輩に聞いて、一体去年はなにをやらかしたんだと不安になるレベルだったが。
 先輩達が教えてくれる勉強は、流石トップクラスというだけあって判りやすかったし、傾向も対策もなるほど、というものが殆どだった。
「でも先輩ら、いいんすか?自分の勉強もあるんじゃ」
 いまは五月の中旬、テストは五月の最終週から六月の頭までの週にある。
 当然二年も同じ期間が試験週間なので自分たちの勉強もあるはずだが。
 二年のトップクラスにいる三人はけろっとして言う。
「まあ、大丈夫じゃろ。大体判る」
「そうそう、毎日ちゃんとやっとけば、ちょっと復習すればいいわけだし」
「一応、勉強はしてるよ」
 そうなのか、と幾久は納得する。
「ま、いっくんは風邪ひいたりしないように、それが大事っしょ!」
 吉田が言うと、高杉も頷く。
「そうじゃ。なによりそれが一番じゃぞ」
「いや、もうこの季節なんで大丈夫っす」
 すでに暖かくなっているし、風邪をひくような無理もしていない。
「それより先輩らのほうが気になるッす」
 気にするな、と言われても鳳のレベルは高い。
 自分にかまけて成績が落されたらやっぱりいい気持ちはしない。
「じゃ、ここで僕らもやろうか」
 久坂が言うと、高杉がそうじゃな、と言う。
「そうじゃの。そうすりゃわしらも気兼ねなく、幾久に教えてやれるしの」
「そうだねえ。そしたら休憩もできるし」
「俺反対!」
 山縣が言うが、吉田が言った。
「試験終了まで、居間を勉強部屋にすることに賛同するものは挙手!」
 え、え、と幾久が戸惑っている間に吉田、久坂、高杉の三人がばばっと手を挙げる。
「派閥政治反対!」
 山縣が言うが、吉田がニヤニヤと山縣に尋ねた。
「で、ガタはどこ派閥?」
 そんなの聞かなくても判っている。
「……高杉派」
「はい、けってーい。賛成多数により、居間を勉強部屋にする案が可決されましたー」
 ぱちぱちぱち、と拍手がおこる。幾久はまたか、と呆れた。
 これが御門の日常で、つまりは二年生の独裁政治そのものだ。ただ、その内容にそこまで不満もないので幾久は何も言わないが。
 山縣もどうせ高杉に従うんだからやめとけばいいのに、性格なのかよく突っかかる。
 その度にさっきのように、賛成多数可決をされてしまうのだが。
「ガタ先輩も勉強しましょ?」
 幾久が言うと山縣が突っかかった。
「てんめぇ、いま俺に同情したな」
「いやしますよ、だってガタ先輩かわいそう」
「鳩が同情なんかすんじゃねえ!」
「煩いガタ。勉強部屋では静かにしろ」
 高杉が言う。
「そうそう、みんなの迷惑ですよ、めーいわーく」
 茶化すように吉田が言い。
「だってさ」
 と、久坂がイケメンを発揮してすごい笑顔で言う。
 むっとした山縣が「風呂!」と怒鳴って風呂場に向かった。
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