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【3.5】益者三友~どちゃくそ煩いOB達

絶対に笑ってはいけない御門寮

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 幾久は何も判らないのでカートを押していく役目をしたのだが、毛利と宇佐美の2人はどかどかと大量に食料をカゴへほうりこんだ。
 お菓子につまみ、ジュースに缶詰。
「酒は?」
「もう買ってる。あ、いっくん、欲しいものがあったら気にせずカゴに入れていいよ」
「はい」
 とは言ったものの、こうも目の前で大量に食べ物を見ると気分が悪くなってきそうだ。欲しいものなんて特にないのだけど、お菓子を数個カゴに入れた。
 毛利と宇佐美は、一体何人分の食料を買うつもりなのだろうか、というくらいにあれこれ買っていく。
(支払いはともかく、この量大丈夫なんかな)
 自分が支払うわけでもないが、幾久は少し不安になったのだった。


 大量の買い物を済ませ、あまりに量が多いのでカートのまま荷物を運ぶ事になった。
「あ、お前は別にいいから、時間潰してろ。俺と宇佐美で車まで運ぶから、そうだな、本屋とおもちゃ屋どっちで待つ?」
「おもちゃ屋って……フツーに本屋にいます」
「おう、だったら立ち読みでもしてろ」
 そう言って宇佐美と毛利は二人で荷物を運んで行った。
 幾久は毛利に言った通り、本屋に向かうことにした。

 ショッピングモール内の書店は、商店街の小さな書店とはわけが違う。幾久は大好きなサッカー雑誌を探して購入した。
 漫画を買おうかとも思ったが、御門寮では山縣が大量に漫画を持っているので、これといって買う必要もなかった。
 他になにかあるかな、と幾久が書店をうろついていると、突然ものすごいから揚げの臭いが鼻についた。
「おうボーズ、帰るぞ!」
 どうやらから揚げも出来上がったらしいが、それにしてもものすごい匂いだ。
 宇佐美と毛利で、両手でから揚げ屋の袋を抱えている。
「いっくん、帰ろー」
「あ、はい」
 十キロのから揚げは大量で、通り過ぎる人が匂いにぎょっとしていた。

 ショッピングモールの駐車場へ向かい、宇佐美のワゴン車に詰んである発泡スチロールの箱にから揚げを乗せ、幾久は来た時と同じく、毛利のかっこいいスポーツカーへ乗ることになった。

「いっくん、これ食べなよ!」
 宇佐美に渡されたのは小さな袋だった。
「せっかくの揚げたてだから、分けてもらった」
 ほかほかの揚げたてのから揚げが数個入っている。
 小腹がすいていたのでありがたい。
「あ、ありがとうございます」
 毛利が早速、幾久の手にある袋から、から揚げをひとつつまむ。
「じゃ、乗れ小僧。帰るぞ」
 幾久はから揚げを頬張ったまま、うなづいた。
 毛利の車の中は狭いので、あっという間にから揚げの臭いが充満して、毛利は少し窓を開けた。
「今日の客、つーかOBの事なんだけどさ」
「ウス」
 報国院の伝統で、学校に許可さえとれば、元生徒は寮に泊まる事ができるという制度があるのだという。
 ただ、誰でもというわけではなく、いろいろ面倒な決まりごとはあるらしいのだが。
「来る連中、よしひろのプロレスの後輩だから気にすることはねーよ。勝手に食ってるから、お前はいつも通りの生活しとけ」
「ウス」
 今日と明日、御門寮には昔の先輩達、幾久も全く知らない、元御門生が泊まりに来るのだとは聞いた。
「どうせ連中雑魚寝だし、居間が不自由なくらいだからそこだけは諦めろ」
「別にいっす。適当にしてるっすし」
 どうせ明日は高杉と出かける約束をしているので、食事をしたらすぐ寝ればいい。
 知らない人が来ているのなら、無視していればいいだけの話だ。
(久しぶりにゲームでもしようかな)
 幾久がサッカー好きで、某オンラインのサッカーゲームが好きと知った山縣は、TVにゲームを接続してくれている。
 スペック低い空いてるやつだから好きに使えと言われているので、幾久は時々、一人で遊んでいた。
 大人はどうせ勝手に話をするのだろうし、どうでもいいや、と幾久は思っていたのだが。



 御門寮に到着し、自分の荷物とから揚げを抱え、幾久は玄関の扉をがらりとあけた。
 宇佐美は抜け道を通り、かなり先についていたらしく荷物はもう運び込まれている。
 見慣れない靴がたくさんあり、OBがもう来ているだろうことは判った。

「ただいまーッス」

 いつものようにそう言うと、玄関に知らない人が出てきた。
(何だ?)
 顔を上げると、ウエービーヘアに蝶ネクタイに半ズボンにブレイシーズという格好の大人が出てきて、被っていたハットを取ると幾久に挨拶した。

「どーもー!ファレル・ウィリアムスでーす!」

 どこをどう見ても、日本人以外のなにものにも見えない大人はそう言ってにこにこ笑っていたのだが、幾久はつい言ってしまった。

「……お笑い芸人のヒトですか?」

 途端、奥の方から爆笑する声と、『デデーン!』と年末に聞くTVの効果音とともに、『福原、アウトー!』という声も聞こえた。
「は?いま笑ったの、青木君じゃん!」
『福原、タイキックー』
 また声が聞こえ、途端、名乗った蝶ネクタイの男は慌てだした。
「ちょ、ちょ、ちょ、マジでやめろって!笑ったの俺じゃなくて青木く」
 すると奥から、ボクシンググローブをつけ、派手なパンツをはいて両腕をかまえて顔にはプロレスのマスクをつけた、体は細マッチョで上半身裸で沢山刺青が入った男が出てきた。
 片足を上げ、蝶ネクタイの男に近づくと、どぱん!という見事な音と共に尻にキックをかまし、蝶ネクタイの男はそこに倒れこんだ。
「な、な、な、なに?」
 全身刺青の男は幾久をじっと見つめるが、プロレスラーのマスクをかぶっているのでよく顔が判らない。
 幾久を見つめ、グローブのついたままの手を合わせて合掌すると、ぺこりと頭を下げた。
「サワディーカップ」
「???」
「ロブロム、ロードナム」
 この人は日本人じゃないのかな?と幾久が首をかしげると、更に奥から、ピアニカを抱えた大人が出てきた。
 肩までのロングヘアーで、一瞬、すごい美人のお姉さんかと思ったのだが、体つきで男性と判った。
「寮生の子だね、おかえ……」
「……?はい?」
 ロングヘアーのお兄さんは、じっと幾久を見つめている。
「あ、あの?」
 綺麗な人に見つめられると、妙な迫力があってこわい。
「君、が、いっくん?」
「へ?あ、あの、はい、そーっすけども……」
 宇佐美に名前を聞いたのだろうか?ロングヘアーの男は近づくと、幾久の荷物を取った。
「アツ、運べ」
 マスクマンが頷き、幾久の荷物をひょいと抱えた。
「あの、えと」
「今日はお世話になるからね。寮生の邪魔してごめんね?大人しくしてるから」
「あ、あの、はぁ」
 ロングヘアーの男性はなぜか幾久の腰に手をまわし、勝手知ったる御門寮の中へ入って行った。


 なぜか幾久にべったりの先輩を幾久はじっと見つめる。久坂とはまた違ったタイプの、大人っぽい美形の男性だ。
「あの、先輩?」
「うん?僕は青木。アオ先輩、でいいよ」
 ハートマークがいくつも出てきそうな雰囲気で、青木はにこにこと笑って居る。
「オレ、あの、制服なんで着替えてきたいんすけど」
「あー、了解了解」
 そういってなぜか着替えの部屋まで入ってこようとするので、幾久はおもわず青木が入る前に扉を閉めた。
(変な人だなあ)
 OBは確か四人来ると言っていたが、あの青木という先輩と、お尻を蹴られていたお笑い芸人みたいな先輩と、あと全身刺青が入った人がいたが、まさかあの人もOBなのだろうか。
 それにもしそうだとしても、もう一人足りないが、まだ来ていないのだろうか。

 幾久は着替えをすまして扉を開けた。
「うわっ!」

 思わず声を上げてしまったのは、そこに青木が立っていたからだ。
 にこにこ笑ってなぜか両手を広げているので、幾久は「おつかれっす」と言ってさっと青木を避けてキッチンへ向かった。

 キッチンには毛利がおり、クッキングスケールを取り出し、肉を小分けしていた。
「なにしてるんスか?」
「おう、分けてんだよ。瑞祥んとこに持ってってやんの。どうせハルも瑞祥ん家いるだろーしな。あと、栄人ん家も寄ってやろーと思ってな」
「へえ」
 メモにグラムの計算までしてあって、案外毛利はマメなようだ。
「お前、明日は祭り行くんだろ?」
「はい。ふぐ汁食いに」
「だったら乗せてってやる」
 毛利の言葉に幾久は驚いた。
「先生もふぐ汁食いにいくんすか?」
「なんでだよ。俺はよしひろの手伝い。あいつら明日、プロレスの試合すんの。祭りのイベントでな」
「ああ、なんかそんなの言ってましたね」
「で、お前も手伝え」
「あー……はいっす」
 なんかひょっとして、そんな事を言われるような気がしたのだが、やっぱりか、と幾久は苦笑した。
「ハル先輩との約束にかぶらなかったらいいっすよ」
 高杉とは昼前に会う約束をしている。おいしいものを食べさせてくれるそうなので、ちょっと期待している。
「午前中だから大丈夫だって。リング作るの、手がいるんだよな」
「リング?リングって、プロレスのリングっすか?!あれって作れるんすか?!」
 プロレスを実際に見たことがない幾久は驚くが、毛利は「たりめーだろ」と言う。
「作んなかったらどこで試合すんだよ」
「なんかこう、あのまま家具みたいに、がらがらーって運び入れるのかと」
 幾久に毛利はあきれて言った。
「んなデケーもん、もって来れるかよ。ポール一本だけでオメーより重いぞ」
「えええ……そんなんオレに運ばせるんスか?」
 幾久がげんなりしていると、背後からぬっと玉木が現れた。
「大丈夫、小鳥ちゃんのお仕事は小枝運びよ」
 うふふ、と笑っているけれど相変わらずでかい玉木だ。
「玉木先生、」
「はぁい小鳥ちゃん。今夜はお世話になるわね」
 ばっちんとウィンクするが、なんとなく含む言い方はやめてくんないかな、と幾久は思う。
「会場にパイプ椅子を運んだり、僕達に飲み物を運んだりいろいろお仕事はあるから不安にならなくてもオッケーよ」
「あ、それならできそうッス」
 幾久はほっと胸をなでおろす。
 午前中にそういったものを運ぶ程度ならまあいい。
「ところで小鳥ちゃん、おなかは大丈夫?すいてない?」
「あ、さっき買い出しの時にから揚げ食ったんで、まだ大丈夫っす」
 確かに夕食の時間に近いのだが、そこまで空腹でもない。
「よっしゃ!小分け終わったんで、俺ちょっと出てきます!」
 毛利がから揚げと買い物の袋を抱えている。
 さっき言っていたように、久坂の家と、栄人の家に行くのだろう。
「行ってらっしゃいっす」
「おう、行ってくるわ」
 毛利はそう言って御門寮の玄関から出て行った。


 じっと毛利の後を目で追う幾久に玉木が気づいた。
「どうしたの?」
「いや、毛利先生が御門寮出身って、そうなんだなあって」
「ん?」
「玄関、けっこう段差あるじゃないっすか」
 御門寮は昔ながらの和風建築なのだが、玄関はけっこう位置が高く、慌てているところびそうになることもある。
「先生、小走りで簡単に降りたんで、やっぱ寮生なんだなーって」
 ここに住んでやっと一か月の幾久は、慌てていると玄関の段差でひっかけそうになってしまう。
 だけど先輩たちはその段差にとっくに慣れていて、慌てていても転ぶことは無い。
 毛利がひょいっと降りるのを見ると、同じ寮はああいう所に出るのかな、と思ったのだ。
「ま、あの子は運動神経いいからね。よっちゃんもだけど」
 よっちゃんとはよしひろの事だ。玉木はよしひろと幼馴染で、その呼び方が抜けないらしい。
「御門寮って、いま五人しかいないけど、昔から寮なんすねえ」
 そう思うと、面倒そうなOBもちょっとだけ親近感が湧く。
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