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【3】右往左往~幾久、迷子になる
ゆく春
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敷地内に住んでいるのに、麗子さんを送ってくるととても紳士な態度で宇佐美も一緒に御門寮を出た。
門の施錠があるからと、結局吉田が一緒に外へ出たが。
山縣は早々に部屋に引きこもった。
そりゃそうだろう、これ以上皆と一緒に言われたら文句とお説教のフルコースだ。
「大変だったねーいっくん」
迷ったルートとそれまでの経緯を説明すると、久坂も高杉も同情してくれた。
「や、でもホント、ちょっとだけ面白かったし。それにロンドンバスとかまさか乗れるとは思わなかったし」
「ロンドンバス?!お前、丁度それに乗ったんか!」
高杉が驚いて言う。
幾久が頷いた。
「なんであれ、走ってるんすか?」
「なんかのプロジェクトで貰ったらしいぞ」
「貰えるもんなんすか?」
「英国領事館があったから、そのあたりの関係じゃない?」
久坂が言う。
そういえば長州市はそういう歴史的なものもあれこれあったっけ、と幾久は思い出した。
高杉が更に説明する。
「あれ、整備して土日だけ運行しとる。けど、冷房ないからの」
「ないんすか?!」
いまどき冷房がないなんて、と幾久は驚く。
「ロンドンバスにはないらしいよ。ロンドンってそんなに暑い日が無いせいだろうね」
と、久坂が言う。確かに思い返せば、バスの中に扇風機がついていたような……
「あと、海岸線走ったんすけど、向こうに見えるの九州なんですよね?マジで!」
道路のすぐ傍を走りぬけるのなんか、けっこう興奮した。鎌倉のようだったけれど、海が綺麗でしかも狭い海峡を大きな船が通っているので迫力もあった。いつかじっくり見に行きたいくらいだ。
「そうそう、向こうに見えるのが門司の太刀の浦。高杉晋作ゆかりの地でもあるよ」
「え、そうなんすか?ハル先輩」
高杉晋作の子孫である高杉にそう尋ねるが「知らん、面倒くさい」と返ってくる。
説明はしたくないらしい。
「時期が丁度良かったね。冷房がいらない時期にロンドンバスで海岸線って、ちょっとした観光みたいで」
「そうっす。だからまあ、いいかなって。スマホ忘れたから写真撮れなかったのが惜しかったけど」
そこではた、と思い出す。
「そういや途中で、なんか変わった施設があったんすけど、あれ何すかねえ」
「なになに、何の話?おれもまぜて!」
門の施錠が終わったらしい吉田が割り込んでくる。
「幾久、ロンドンバスに乗ったんじゃと」
高杉が言うと、吉田が驚く。
「へえ!タイミングよかったねえ」
幾久も頷いて言う。
「丁度二階の席あいてたんで、そっちに乗ったらすごかったっす」
また乗りたいが、冷房がないのは辛い。
「そうそう、それで変わった施設って?水上警察所のところ?」
「水上警察所?」
なんだそれ、面白そう、と幾久は食いつく。
「なんか、白い三角のものが屋根にばーってついてて」
大きな換気扇の扇を上に向けたような形になっていた。あれ動いたりするのかな、水上警察所なのかな、とわくわくしていると、吉田が言う。
「あ、それ大きな警察署の近くだろ?市営駐車場」
「え?駐車場?あの白いのは何なんす?」
「……飾り?」
小首をかしげていう吉田に、幾久はなんだあ、とがっかりする。
「なんか変わった建物だと思って、何の役割なのか気になったのに、ただの飾りかあ」
「ああ、確かにあれ、なにかなあって思うよね」
久坂も頷く。
えーと幾久はがっかりした。
「てっきり動いて風力発電とか、そんなところまで考えたのに飾りとか。なんで無駄に海ナイズするんすかね。オレ、なんか施設かと思ってすごい期待したのに」
「海の町だから無駄に海ナイズするしかないっていうか。ふぐナイズっていうか。そういやいっくん、ふぐの公衆電話見た?」
「なんすかそれ」
そんなもの見てない、と思っていると吉田が言う。
「ふぐの形した建物があって、その中に公衆電話があるんだよ」
「嘘だ!そんなん見てないっすもん!」
吉田はこう見えて人が悪いのでそういうと、やはり嘘だったらしい。久坂が言う。
「まあ、確かに栄人のは嘘だけど、ふぐの像が乗った公衆電話はあるよ」
あ、それは本当にあるんだ、と高杉を見ると、何の反応もない。あ、本当か、とほっとする。
「じゃ、宇佐美先輩が、亀山市場のフクヤマって言われてるって」
「あ、それは嘘」
と、吉田が言う。
「自分では説明してるけど、無駄な頑張りだよね」
と久坂も言う。
「自己紹介はなんでもええんじゃないか?」
と高杉も言う。
相変わらず、歯に衣着せずな人たちだ。
「でも、助かりました。あの宇佐美先輩いなかったら、オレ本当に警察行くしかなかったし」
吉田がぎゅっと幾久の手を握る。
「今度から迷ったら、迷わずタクシーで帰ってくるんだよ!」
「でも、タクシー代が」
「大丈夫!この二人、金持ちだから!」
吉田の言葉に呆れ、久坂と高杉が言う。
「おい」
「待て」
「……財布忘れないようにします。あとスマホも」
本当に、それだけはもう絶対に忘れないようにしよう、と幾久は心底、誓ったのだった。
週があけた。
いつもどおりの面々と顔を合わせておしゃべりをして、いろんな事を話した。
幾久のクラスメイトで友人の伊藤や桂は、全員寮が違うので、うちの寮ではこうで、先輩はこんなで、と互いに喋るだけで何時間あっても足りない。
親から離れ、ほぼ生徒だけ、というのが初めてで、まるで合宿がずっと続いている気分だ。
そして幾久は、伊藤にも桂にも質問責めにあってしまう。
一年生で『御門寮』に入っているのは幾久一人だし、伊藤は子供の頃から高杉を尊敬していたので、とにかく話を聞きたがっていた。
そうしてまた一日が終わり、放課後になった。
職員室の前を通ると、不機嫌そうな先生の姿がある。
幾久の担任ではないが、伊藤の所属する『報国寮』の管理をしていて、一番成績がランク下のクラス『千鳥』の担任でもある毛利先生だ。
三十歳くらいの年令で、髭をはやしている。
スーツはきちんとしたものを着ているけど、態度と雰囲気が悪い、というか柄の悪い人に見える。
幾久は以前、具合が悪くなった時に毛利先生に学校から寮まで車で送って貰ったことがある。
高杉の幼い頃からの知り合いらしいが、詳しくは知らない。
柄と口と態度が悪いが、悪い人ではない、らしい。
毛利先生は機嫌が悪そうなのに、フンフンとなにかの鼻歌を歌っている。
ぺこっと頭をさげて通り過ぎようとすると、毛利先生が足をとめて幾久を呼んだ。
「おーう、メガネ君じゃねーの。今日も俺のかっこいい車に乗りにきた?タクシー代わりにしてんじゃねーぞコラ」
本当に教師のくせに柄が悪いな、と思いながら幾久が足を止める。
「この前はお世話になりました」
「おう、礼儀正しいな」
「……」
なんていえばいいのか困っていると、毛利が言う。
「お前、迷子になったらしいな」
「うわ。誰に聞いたんすか」
どうしてその事を知ってるんだ、と思ったが、毛利は高杉と仲がいいらしいのでそのあたりだろう。
ニヤニヤしながら「誰だと思う~?」とか茶化すように言ってくるので、幾久はやり返した。
「東京のメガネ君、って久坂先輩のお兄さんの事だったんすね。久坂杉松さん」
「おう誰に聞いた、場合によっちゃぶん殴るぞ」
毛利は以前、幾久を車で送った時に、意味ありげに『高杉や久坂が幾久を構うのは、幾久が東京のメガネ君だから』と言っていた。
その時は訳がわからなかったが、宇佐美にいろいろ聞いた今では意味が判っている。
久坂の亡くなったお兄さんと同じような状況で幾久がこの学校と寮にやってきたから、気になってしかたがないのだろう。
「殴るのは宇佐美先輩にしててください」
「なんだあいつか。つっまんねーオチ」
「いやオチとか言われても」
毛利が言う。
いつの間にか煙草に火をつけていて、ふぅーっと煙を吐き出している。
え?校内で煙草っていいの?っていうか禁煙じゃないの?先生は別にいいの?この学校ってそれはOKなの?幾久は首を傾げるが、毛利は携帯灰皿をジャケットの内側から出して気にせずそこに灰を落す。
「宇佐美ってさー、杉松とは親友だったんだよ。ま、俺もだけど」
え、と幾久は驚く。
宇佐美が久坂の兄と友人らしいのは知っていたが、この毛利先生も一緒とは。
驚いたままの幾久をおいて、毛利は更に話を続ける。二人は職員室の廊下の窓際に移動して、窓枠にもたれて話をした。
「俺らは学生の頃はいっつも一緒でな。特に杉松にとっちゃ、宇佐美は家族みたいなもんだったからさあ。だから余計にこたえてたんだよ、杉松がいなくなったのがな」
ふうー、と毛利が長い煙を窓から吐く。
「ほんっと、いい奴から死ぬってよく言ったもんだよ。俺だって杉松が教師できねえから、かわりに先生やったようなもんだし」
「そうだったんすか」
道理で、毛利に教師は似合わないと思っていた。
「なんつうか、あいつはすげえのよ」
ぼりぼりと後頭部をかいて毛利が言う。
「ほんっと杉松にはすげえ世話になった。アイツ頭よくってなあ。勉強教えて貰わんかったら、俺、高校生の時に学校クビだったかもなあ」
あ、それは想像がつく、と幾久は思う。教師になってもこれなんだから、生徒の頃は酷かっただろう。
「―――オレがその、杉松さんと同じ境遇だから、ハル先輩も久坂先輩も、オレを気にかけてるんすね」
「まあ、全部が全部そうじゃねえけど、大きいだろうな。だからお前が調子こいてたら、とっちみちんにしてやろうかと」
とっちみちんって何だよ、と思いながらも幾久はそんな調子になんか乗りません、と毛利に告げる。
「ま、それっぽいよな。お前、どっか杉松と雰囲気も似てるところあるし。あ、でも杉松はもっとなんていうか、繊細な雰囲気だったから」
「オレが図太いみたいじゃないっすか」
「入寮と同時に三年と喧嘩するやつの、どこが図太くないって?」
入寮日、確かに山縣と喧嘩はしたけれど、どうして知ってるんだ、と幾久はむっとする。
「ストーカー……」
「あん?!生徒の動向に熱心ないい教師だろ!」
毛利が幾久に凄むと、突然怒鳴り声が響いた。
門の施錠があるからと、結局吉田が一緒に外へ出たが。
山縣は早々に部屋に引きこもった。
そりゃそうだろう、これ以上皆と一緒に言われたら文句とお説教のフルコースだ。
「大変だったねーいっくん」
迷ったルートとそれまでの経緯を説明すると、久坂も高杉も同情してくれた。
「や、でもホント、ちょっとだけ面白かったし。それにロンドンバスとかまさか乗れるとは思わなかったし」
「ロンドンバス?!お前、丁度それに乗ったんか!」
高杉が驚いて言う。
幾久が頷いた。
「なんであれ、走ってるんすか?」
「なんかのプロジェクトで貰ったらしいぞ」
「貰えるもんなんすか?」
「英国領事館があったから、そのあたりの関係じゃない?」
久坂が言う。
そういえば長州市はそういう歴史的なものもあれこれあったっけ、と幾久は思い出した。
高杉が更に説明する。
「あれ、整備して土日だけ運行しとる。けど、冷房ないからの」
「ないんすか?!」
いまどき冷房がないなんて、と幾久は驚く。
「ロンドンバスにはないらしいよ。ロンドンってそんなに暑い日が無いせいだろうね」
と、久坂が言う。確かに思い返せば、バスの中に扇風機がついていたような……
「あと、海岸線走ったんすけど、向こうに見えるの九州なんですよね?マジで!」
道路のすぐ傍を走りぬけるのなんか、けっこう興奮した。鎌倉のようだったけれど、海が綺麗でしかも狭い海峡を大きな船が通っているので迫力もあった。いつかじっくり見に行きたいくらいだ。
「そうそう、向こうに見えるのが門司の太刀の浦。高杉晋作ゆかりの地でもあるよ」
「え、そうなんすか?ハル先輩」
高杉晋作の子孫である高杉にそう尋ねるが「知らん、面倒くさい」と返ってくる。
説明はしたくないらしい。
「時期が丁度良かったね。冷房がいらない時期にロンドンバスで海岸線って、ちょっとした観光みたいで」
「そうっす。だからまあ、いいかなって。スマホ忘れたから写真撮れなかったのが惜しかったけど」
そこではた、と思い出す。
「そういや途中で、なんか変わった施設があったんすけど、あれ何すかねえ」
「なになに、何の話?おれもまぜて!」
門の施錠が終わったらしい吉田が割り込んでくる。
「幾久、ロンドンバスに乗ったんじゃと」
高杉が言うと、吉田が驚く。
「へえ!タイミングよかったねえ」
幾久も頷いて言う。
「丁度二階の席あいてたんで、そっちに乗ったらすごかったっす」
また乗りたいが、冷房がないのは辛い。
「そうそう、それで変わった施設って?水上警察所のところ?」
「水上警察所?」
なんだそれ、面白そう、と幾久は食いつく。
「なんか、白い三角のものが屋根にばーってついてて」
大きな換気扇の扇を上に向けたような形になっていた。あれ動いたりするのかな、水上警察所なのかな、とわくわくしていると、吉田が言う。
「あ、それ大きな警察署の近くだろ?市営駐車場」
「え?駐車場?あの白いのは何なんす?」
「……飾り?」
小首をかしげていう吉田に、幾久はなんだあ、とがっかりする。
「なんか変わった建物だと思って、何の役割なのか気になったのに、ただの飾りかあ」
「ああ、確かにあれ、なにかなあって思うよね」
久坂も頷く。
えーと幾久はがっかりした。
「てっきり動いて風力発電とか、そんなところまで考えたのに飾りとか。なんで無駄に海ナイズするんすかね。オレ、なんか施設かと思ってすごい期待したのに」
「海の町だから無駄に海ナイズするしかないっていうか。ふぐナイズっていうか。そういやいっくん、ふぐの公衆電話見た?」
「なんすかそれ」
そんなもの見てない、と思っていると吉田が言う。
「ふぐの形した建物があって、その中に公衆電話があるんだよ」
「嘘だ!そんなん見てないっすもん!」
吉田はこう見えて人が悪いのでそういうと、やはり嘘だったらしい。久坂が言う。
「まあ、確かに栄人のは嘘だけど、ふぐの像が乗った公衆電話はあるよ」
あ、それは本当にあるんだ、と高杉を見ると、何の反応もない。あ、本当か、とほっとする。
「じゃ、宇佐美先輩が、亀山市場のフクヤマって言われてるって」
「あ、それは嘘」
と、吉田が言う。
「自分では説明してるけど、無駄な頑張りだよね」
と久坂も言う。
「自己紹介はなんでもええんじゃないか?」
と高杉も言う。
相変わらず、歯に衣着せずな人たちだ。
「でも、助かりました。あの宇佐美先輩いなかったら、オレ本当に警察行くしかなかったし」
吉田がぎゅっと幾久の手を握る。
「今度から迷ったら、迷わずタクシーで帰ってくるんだよ!」
「でも、タクシー代が」
「大丈夫!この二人、金持ちだから!」
吉田の言葉に呆れ、久坂と高杉が言う。
「おい」
「待て」
「……財布忘れないようにします。あとスマホも」
本当に、それだけはもう絶対に忘れないようにしよう、と幾久は心底、誓ったのだった。
週があけた。
いつもどおりの面々と顔を合わせておしゃべりをして、いろんな事を話した。
幾久のクラスメイトで友人の伊藤や桂は、全員寮が違うので、うちの寮ではこうで、先輩はこんなで、と互いに喋るだけで何時間あっても足りない。
親から離れ、ほぼ生徒だけ、というのが初めてで、まるで合宿がずっと続いている気分だ。
そして幾久は、伊藤にも桂にも質問責めにあってしまう。
一年生で『御門寮』に入っているのは幾久一人だし、伊藤は子供の頃から高杉を尊敬していたので、とにかく話を聞きたがっていた。
そうしてまた一日が終わり、放課後になった。
職員室の前を通ると、不機嫌そうな先生の姿がある。
幾久の担任ではないが、伊藤の所属する『報国寮』の管理をしていて、一番成績がランク下のクラス『千鳥』の担任でもある毛利先生だ。
三十歳くらいの年令で、髭をはやしている。
スーツはきちんとしたものを着ているけど、態度と雰囲気が悪い、というか柄の悪い人に見える。
幾久は以前、具合が悪くなった時に毛利先生に学校から寮まで車で送って貰ったことがある。
高杉の幼い頃からの知り合いらしいが、詳しくは知らない。
柄と口と態度が悪いが、悪い人ではない、らしい。
毛利先生は機嫌が悪そうなのに、フンフンとなにかの鼻歌を歌っている。
ぺこっと頭をさげて通り過ぎようとすると、毛利先生が足をとめて幾久を呼んだ。
「おーう、メガネ君じゃねーの。今日も俺のかっこいい車に乗りにきた?タクシー代わりにしてんじゃねーぞコラ」
本当に教師のくせに柄が悪いな、と思いながら幾久が足を止める。
「この前はお世話になりました」
「おう、礼儀正しいな」
「……」
なんていえばいいのか困っていると、毛利が言う。
「お前、迷子になったらしいな」
「うわ。誰に聞いたんすか」
どうしてその事を知ってるんだ、と思ったが、毛利は高杉と仲がいいらしいのでそのあたりだろう。
ニヤニヤしながら「誰だと思う~?」とか茶化すように言ってくるので、幾久はやり返した。
「東京のメガネ君、って久坂先輩のお兄さんの事だったんすね。久坂杉松さん」
「おう誰に聞いた、場合によっちゃぶん殴るぞ」
毛利は以前、幾久を車で送った時に、意味ありげに『高杉や久坂が幾久を構うのは、幾久が東京のメガネ君だから』と言っていた。
その時は訳がわからなかったが、宇佐美にいろいろ聞いた今では意味が判っている。
久坂の亡くなったお兄さんと同じような状況で幾久がこの学校と寮にやってきたから、気になってしかたがないのだろう。
「殴るのは宇佐美先輩にしててください」
「なんだあいつか。つっまんねーオチ」
「いやオチとか言われても」
毛利が言う。
いつの間にか煙草に火をつけていて、ふぅーっと煙を吐き出している。
え?校内で煙草っていいの?っていうか禁煙じゃないの?先生は別にいいの?この学校ってそれはOKなの?幾久は首を傾げるが、毛利は携帯灰皿をジャケットの内側から出して気にせずそこに灰を落す。
「宇佐美ってさー、杉松とは親友だったんだよ。ま、俺もだけど」
え、と幾久は驚く。
宇佐美が久坂の兄と友人らしいのは知っていたが、この毛利先生も一緒とは。
驚いたままの幾久をおいて、毛利は更に話を続ける。二人は職員室の廊下の窓際に移動して、窓枠にもたれて話をした。
「俺らは学生の頃はいっつも一緒でな。特に杉松にとっちゃ、宇佐美は家族みたいなもんだったからさあ。だから余計にこたえてたんだよ、杉松がいなくなったのがな」
ふうー、と毛利が長い煙を窓から吐く。
「ほんっと、いい奴から死ぬってよく言ったもんだよ。俺だって杉松が教師できねえから、かわりに先生やったようなもんだし」
「そうだったんすか」
道理で、毛利に教師は似合わないと思っていた。
「なんつうか、あいつはすげえのよ」
ぼりぼりと後頭部をかいて毛利が言う。
「ほんっと杉松にはすげえ世話になった。アイツ頭よくってなあ。勉強教えて貰わんかったら、俺、高校生の時に学校クビだったかもなあ」
あ、それは想像がつく、と幾久は思う。教師になってもこれなんだから、生徒の頃は酷かっただろう。
「―――オレがその、杉松さんと同じ境遇だから、ハル先輩も久坂先輩も、オレを気にかけてるんすね」
「まあ、全部が全部そうじゃねえけど、大きいだろうな。だからお前が調子こいてたら、とっちみちんにしてやろうかと」
とっちみちんって何だよ、と思いながらも幾久はそんな調子になんか乗りません、と毛利に告げる。
「ま、それっぽいよな。お前、どっか杉松と雰囲気も似てるところあるし。あ、でも杉松はもっとなんていうか、繊細な雰囲気だったから」
「オレが図太いみたいじゃないっすか」
「入寮と同時に三年と喧嘩するやつの、どこが図太くないって?」
入寮日、確かに山縣と喧嘩はしたけれど、どうして知ってるんだ、と幾久はむっとする。
「ストーカー……」
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