城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【3】右往左往~幾久、迷子になる

春の海

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「明太子買ってこい」

 日曜日の午後になろうかという時間だった。
 外見がすっきりスリムな割に中身はばっちりのキモオタ山縣(やまがた)が唐突におかしなことを言うのはいつもの事だ。

 またこの三年の先輩は変なネットスラングでも言っているのかと乃木(のぎ)幾久(いくひさ)は思い、しばらく意味を考えていた。
 結果、何秒か呆然としてしまい黙ったまま立ち止まっていると、ちっと舌打ちしてもう一度、山縣は幾久に言った。

「明太子買ってこい」

 やはりその意味が判らなくて幾久はやっと「は?」と聞き返した。
 山縣の意味不明な言葉は大抵ネットスラングだったので、てっきり自分の知らない意味があるのかと思って素直に尋ねた。
「それって何のスラングなんですか」
「ちげーよ!明太子買ってこいっつってんだろ!」
 なにがスラングだ、と山縣がぶつぶつ言っているのを見てようやっと幾久はそれがスラングではなく、本来の意味しかないことに気づいた。
「えーと、明太子、買ってこい?」
「だから!さっきからそう言ってんじゃねーか!ばっかじゃねえの」
 むかむかとした表情で山縣が言い、幾久はやっぱり意味が分からないと思った。
「えーと、なんで?」
「食っちまったから」
「はい?」
「だーかーらー。食っちゃいけねーもん食っちまったの。おまえ明太子買ってこい」
 山縣の少ない言葉を考えるとつまり

 ・食べてはいけない明太子を
 ・間違えて山縣が食べてしまった
 ・ので幾久に買ってこいと言っている

 と理解できた。
「嫌っす」
「はぁ?」
「なんでオレが行く必要があるんすか?そもそもオレ、明太子売ってる店なんか知らないっすし」
「いや、だって俺ダチと約束あるし」
「またまた」
 山縣にろくに友人がいないのはとっくに判っている。
 この休日だって、高杉や久坂は出かけたし吉田だってバイトに行っている。
 幾久ですら、同級生の桂やらから誘いがあったが、荷物もろくに片づいていないし、この前熱を出して寝込んだから今週は静かにしてろと言われて大人しくしている最中だ。
「なんでまたまたなんだよ」
 むっとする山縣に幾久は素直に言う。
「だってガタ先輩、友達なんかいないじゃないっすか。約束とかあるわけないし」
「てめーくそムカつくこと言う奴だな。オンならダチくらいいるわ」
 ああ、インターネットのオンラインか、と幾久は納得した。
 確かに学校に行っているだけであとはどっぷり引きこもりの山縣の友達なんかインターネット上でしかありえない。
「じゃあ連絡したらいいじゃないですか」
 オンラインの友人だというなら、メッセージでもツイッターでもSNSでも使って連絡すればいい。
 その全部を山縣は確かやっていたはずだ。
「だから、いけねえの。今日はギルドの大事な用事があって抜けられねーんだわ。だからおまえに言ってんだろ」
 つまりオンラインのゲームでなにか約束があるらしい。
 そんなこと幾久には関係ないし、そもそも意味が分からない。
「嫌っす」
 幾久はもう一度言った。
「あっそ」
 山縣は引き下がる。あれ、めずらしいなーと思っていると山縣が幾久に言った。
「じゃあおまえが代わりにやっといてくれな」
「ハァ?」
「だから。俺の代わりにゲームしとけ」
「意味がわかんないす」
「だってお前が買い物に行かねーなら俺が行くしかないじゃん?じゃあ俺のゲームをお前が代わりにするしかねーじゃん?じゃあしょうがねーじゃん?」
「全く意味が分からないです」
 そこになぜ『約束を断る』という選択肢がないのか。
「だからゲームしろって」
「無理っす」
 山縣の言うゲームは普通のゲームとわけが違う。
 オンラインで、画面の向こうの人と一緒にどうこうというやつで幾久にはそんなゲームをした経験がない。
「じゃあ明太子買ってこい」
「嫌っす」
「わがままな奴だな!」
「どっちがっすか!」
「フィギュア倒した奴が」
 山縣の言葉にぐっと幾久は言葉をこらえる。
 確かに先日、山縣の大事なフィギュアを棚から倒してしまったことがある。別に壊したわけではなかったが、山縣には確かに何度か世話にもなっている。
「……オレ、このへんの地理知らないっすよ」
 そう言うと山縣はぱっと表情を明るくした。
「大丈夫大丈夫!バスで一本でバカでも判るから」
「バス使うんすか?!」
「使うけどすぐだって。一本だし終点でしかねえし」
 まだここに来たばかりで地理も詳しくないし、バスなんかよけいに判らない。
 だが山縣は平気だって、とうるさそうに言う。
「都会みてーに何本も路線なんかねーし、バス会社も一社しかねえよ。田舎なめんな」
「いや、なめてるわけでは」
 ほらよ、と山縣がタブレットを持ってきて画面を見せる。
「ここの路線をずーっと行くだけ。簡単だろ?」
「確かに」
 山縣が見せたマップの道路は海岸線をずっと走る、一本の道だ。
「赤間ヶ関(あかまがせき)っつうJRの駅があってな、そこ行きのバスならなんでもいいから。あ、これ明太子の金な」
 明太子屋のチラシと、現金五千円を渡され、幾久はチラシをじっとみた。
「駅に売ってるんすか?」
「いや、駅のすぐそばにデパートがあんだよ。そこの地下食料品売場に、そのメモの名前の明太子屋があっから、そこでその丸してる明太子ひとつ買ってこい。バスで二十分くらいだから」
 デパートの階段下りたら最初に目に入る明太子屋だから!と言われてまあバスで行って帰るだけならなんとかなるか、と幾久は軽く考えた。
「まあしょうがないっすね。いいっすよ、そんくらい」
「そうか!お前はできる奴だと俺は判っていたけどな!」
 さっきまでさんざんな言いようだったのに現金な人だ。まあ恩があるのは事実だからしょうがない。
 荷物の片づけといいつつ、元から荷物もそんなにないし、部屋らしい部屋もないので別に片づける必要もないので暇を持て余していたからまあいいか、と幾久は出かける準備をした。

 幾久は私服にショルダーを背負い、バス停へ向かう。
「じゃ、行ってきます」
「おう、頼んだぞ。ミッションの成功を祈る!」
 びしっと山縣が敬礼をするので、ノリで軽く敬礼をしかえして、幾久は御門寮を出た。




 御門寮からバス停は歩いて一分もしない場所にある。赤間ヶ関という駅は下り方面になるので、向かいの道路へ横断歩道で移動する。
「時間、時間……」
 田舎といいながらこの道路は国道だし、このあたりは長州市の中でも都会には入るほうなので、そう待たずにバスは来る。
 日曜日なので流石に本数は少ないが、それでも十五分も待てばバスは来るので大人しく待っていた。
「あ、丁度あんじゃん、赤間ヶ関駅行」
 ちょっと変わったマークが時刻表の前についていたが、まあ大丈夫だろう。
 そう思っていた幾久の目の前に現れたのは、思いもかけないバスの姿だった。

「え?ええ?」
 一瞬幾久は目を疑る。
 なぜなら目の前に到着したバスは、普通のバスじゃない。
 あろうことか、二階建ての真っ赤な、おしゃれで有名なバスだったからだ。
(どう見てもロンドンバス……だよな?)
 どうしてロンドンバスがこんな所に走っているのか全く意味が分からない。
 別にあの有名な魔法学校に入学したわけじゃないよな?何なんだこれ?え?城下町だから?とぐるぐる考えていると、ちんちんと鐘を鳴らしながら、ロンドンバスが止まった。
 バスの後部から乗務員が降りてくる。
 運転手とは別の人だ。
「赤間ヶ関行きでございます」
「……えーと」
 確かに目的地までは行くだろうけれど、これってバス賃とか高いんじゃないのかな。
 そう思った幾久は乗務員に尋ねた。
「あの、これって普通のバスっすか?」
 幾久の質問に乗務員が首を傾げるので、幾久は質問を変えた。
「あの、これって普通運賃っすか?」
 幾久の問いに、今度は判ったとばかりに乗務員が笑顔でうなづいた。
「ええ、普通運賃ですよ。快速なので指定の停留所しか止まりませんが」
「あ、大丈夫っす」
 どうせ目的地は終点の赤間ヶ関駅だ。
 問題はない。気になったのは運賃だけだ。
「では、三百二十円、前払いになります」
「あ、ハイ、え?」
 なんかえらい高いな、と思ったが田舎は交通料金が高いと聞いていたのでそんなものなのか、と思って素直に支払おうとするが。
「えーと……スイカ、使えないっすよね」
「すみません、現金のみになります」
 そうだよなあ、ロンドンバスだもんな、とよくわからない納得をして幾久は大人しく現金で料金を支払った。
 ロンドンバスは二階建てで、幾久は乗務員が勧めるままに二階へと登る。進行方向に向かって左の窓際の席に座る。
 幾久が乗り込むと、バスは出発した。
 二階建てバスから暇つぶしに外を見ていたが、幾久の目の前に一気に海が広がった。
「わぁ」
 思わず声があがった。窓から見える風景は、びっくりするほどきれいだった。
 一面に広がる水面には明るい日差しが反射してきらきらしている。左手方向には海の向かいに島らしきものがあって、たくさんの大きなクレーンが首をもたげている。こちらの道路は本当に海岸ぎりぎりを走っている。二階で高さがあるから余計にそう感じるのかもしれない。
「すげ」
 湾は狭く、向こう岸まで泳いでいけそうな狭さの間を大きな船が行き来している。
(そういや、世界一狭い海峡って言ってたっけ)
 ということは、向かいに見える島らしいものは九州か、と幾久は気づいた。
(え?あんなに近いの?マジで?)
 地図で見る本州と九州はちゃんと離れていたのに、目の前に見えると嘘だ、という気もする。
 その気になれば泳げそうでもある。本当に近い。
 歩道は海と道路の境目にあるが、両手を広げたくらいの幅しかない。
 こちらの岸はごつごつした岩だらけで、でも歩道からすぐに海へ降りられそうだ。
 実際、歩道の脇から釣りをしている人も数人居た。
(すげえなあ)
 バスが進むと目の前に橋が見える。
 岸壁の上から向こう岸まで、つまりこちら本州とあちら九州にかけて大きな橋がかかっている。
(あれが関門橋かあ)
 橋の近くには海底トンネルの入り口があり、その向かいはなぜか大砲と銅像がある。
(えーと、そうだ、壇ノ浦!)
 だったっけ?と幾久は首をかしげる。
 平家と源氏の戦いがあって、あれ、でもその時代って大砲ないよな?
 まあいいや、と幾久は景色を眺める。
 海岸線は見ているだけでおもしろかった。
 海の上に行き交う船の種類はたくさんあるし、見たことのない変わった船もたくさんいる。
 漁船らしき小さい船とタンカーもいたりするが大丈夫なんだろうかと心配になる。
 そのくらい近い場所でどちらもすれ違ったりしているのだから、はらはらしてしまうが心配は必要ないようだ。
 関門橋の下をバスから覗き込んだが、お台場のレインボーブリッジと似たような構造で、あそこに電車とかモノレールとか通ってたら眺めがいいだろうなあ、なんてことを考えた。
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