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【1】合縁奇縁~おかえりなさい、君を待ってた
ややこしいけどかっこいい制服
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ホットケーキの上には大量のフルーツとかチョコレートシロップとかメイプルシロップとかクリームが乗せられて、もはやホットケーキは敷いてあるだけの分厚いクレープ状態だった。
うまくはあった、腹もいっぱいだ。やっぱりコーヒーは豆から入れられていたものだった。
食事が終わって片付けられると、高杉が大きな風呂敷包みを、持って来た。
「なんすか、それ」
えらく上等そうな、黒い風呂敷に包まれている。
「お前の制服じゃ。着てみんといけんじゃろうが」
「え?でもサイズ、大丈夫だと思うし」
採寸はしてあるから問題はないはずだ。
が、高杉は言った。
「シャツ一枚でも、もし間違ってたらまずいじゃろ。確認は最低限の義務じゃ」
へえ、そういう考え方もあるのか、と幾久は感心した。
そこまで考えたことはなかったからだ。
風呂敷を広げ、その中の箱を出す。
広げられた風呂敷の上を、高杉が叩いた。
「ここに立て。汚れる」
「あ、はい」
靴下のままでいいのかな、と思って戸惑っていると、そのまんまでええ、はよ上がれ、と言われ、風呂敷を踏む。
「服脱げ。で、シャツ」
着ていた服を脱いで、シャツを着る。
しゅるっと袖を通して、幾久は驚く。
(あれ。すごい、なんか、気持ちいい)
シャツの肌触りがすごくいいのだ。
「サイズは正しいか?」
「ぴったりっす」
ボタンをとめていき、履いていたジーンズも脱ぐ。
「で、ちょっと困るのがこれじゃ。ほら」
黒いボトムを渡されて履いた、まではいいが。
「?このズボン、ベルト穴、ないんすけど」
ボトムはベルトを通す部分がなく、手で持ち上げていないと下がってしまう。
こんなのどうやってはけばいいのだろうか。幾久が首を傾げていると高杉が説明した。
「トラウザース、ちゅう言い方をするんじゃ。で、使うのがコレ」
高杉が出したのはサスペンダーだ。
「サスペンダーが制服なんですか?」
「これもブレイシーズ、っちゅう。イギリス式の言い方じゃ」
「ちなみにイギリスじゃサスペンダーって言ったらガーターベルトの事なんだって。ひとつ勉強になったね」
にっこりと久坂が言う。
「えらいお前饒舌じゃのー。幾久の事、気にいったんか」
服を出しながら高杉が言う。
「まぁね」
ふふと笑うが、幾久はその度に心臓が握りつぶされる心地だ。
(こえぇええよぉおお)
イケメンがよく判らない意味で微笑むとなんか迫力あって逆に怖い。
「でもこのサスペンダー、なんか飾りがあるんすけど」
サスペンダーと言えば、ボトムにはさむ金具があるが、その金具に穴が二つ開いた革の小さなベルトみたいな飾りがついている。
「飾りじゃねえ。この金具の上に、ほら、穴、あるじゃろ。ここをこう、外して」
そして金具を取り外し、再び止める。
金具が外され、穴の開いた小さな革ベルトだけが残される。
サスペンダーの金具部分がなく、逆U字型のものがついている。
全く訳がわからない。なんだこの制服。
「で、このトラウザースの内側に、ボタンがある。これにつける」
ひょいひょいと高杉がボタンにサスペンダーを装着する。
「このサスペンダー」
「ブレイシーズ」
「ぶ、ぶれいしーず。なんでベルトじゃないんですか?」
高杉が答えた。
「ブレイシーズだとボトムが皺にならんじゃろ?ラインが綺麗に出るし、太っても着られるから便利、ちゅうことらしいがの」
「ググレカス」
「黙っちょけ、ガタ」
高杉が言うとぴたっと止まる。
三年なのに、なんだろう、この扱いと態度。
まあ、それは昨日大失敗してしまった事なので今はあえてスルーだ。
「普段の制服なら、ベルトつけられる奴も着ていいけど、これは礼服だから。ま、これ着て通ってもいいんだけどね」
なにそれ。
ってことは、礼服と制服が違うってことなのか?尋ねると栄人が言った。
「いや、一緒一緒。二本目を作るならベルトのほうが便利。大体みんなそうしてるし、おれのもそうだし」
久坂も言う。
「うちの学校、とにかく式のときだけはきっちりしてないと、即退学って言うくらいだから。調べるわけじゃないんだけどね。その代わり、普段はすごい自由だから」
「そうですか」
面倒くさい学校だなと思うが、式だけならまあいいか、と納得する。シャツのボタンを留めて、トラウザースの中に入れる。
確かにシャツは皺にならないし、パンツラインも綺麗に出る。
「で、これがウェストコート」
「ベストじゃないんすね」
やっぱ呼び方が違うのか、と幾久が言うと高杉がそうじゃ、と答える。
襟のついた黒のベストは、高校の制服っていう感じじゃないな、と幾久は思う。
「お洒落なカフェとかの制服みたい」
「そうそう、うちの学校の文化祭みたいなやつのときはこの制服でカフェやるんだよ。もう女の子がキャーキャーすごいよ!売り上げも!」
売り上げってなんの事だろうと思ったが、高杉から黒いネクタイを渡される。
「結べるか?」
幾久が首を横に振る。
「じゃ、結んじゃる」
幾久に向かい合い、高杉がネクタイを器用に結ぶ。
「上手いっすね」
「毎日やっとるからのう」
それでも自分のネクタイならともかく、向かい合っては難しいんじゃないんだろうか。
そう言うと栄人があはは、と笑う。
「そいつのネクタイ、毎朝ハルが結んでんだ」
栄人が指差したのは久坂だ。
「え」
ひくっと幾久の表情がひきつる。
高杉が言う。
「瑞祥、すげえ寝起き悪りいんじゃ。朝こいつが機嫌悪くてもそれデフォルトだから気にすんな」
「や、ハルも相当だし」
「わしゃお前のネクタイ結ぶくらいにゃちゃんと目が覚めちょお」
……なんかひょっとして、と思ったが、いやいや、余計な事は言うまいと口を引き結ぶ。
「で、これがカフスボタン」
「カフスボタン?!」
黒い地色に白の鳥の家紋が入っている。
この鳥は高校の校章だったはずだ。
「なんか……すごい制服っすねぇ」
次元が違う。これ一体全部でいくらしたんだろ、とげんなりする。こんな制服でどっかに編入したら悪目立ちしすぎる。これなら私服のほうがマシだ。
「まさかタイピンまであるとかないですよね」
幾久が言うと高杉が答えた。
「タイピンは、ベストがある場合はしないんじゃと」
「へぇ、知らなかった」
スーツにそんな決まりが色々あるのか。
「つか、必要ねえじゃろ。ベストでタイは押さえられるし」
カフスボタンをつけられ、ネクタイをきちんと調えられる。
ベストもネクタイもトラウザースも真っ黒だ。
「葬式みたい」
「模様があるじゃろ、一応」
ネクタイの下のほうに小さな白い鳥の、カフスボタンと同じ模様が刺繍で入っている。
「あと、これは式用のネクタイで、普段はクラスごとのネクタイがあるんじゃけど」
箱の中を探ると、グリーンの混じったような灰色のネクタイが入っている。
「あれ?いっくん鳩なの?!」
栄人が驚いて声を上げる。
「本当だ、鳩だね」
久坂も少し驚いている。
「鳩って。クソが」
山縣も言うが、なんだか思い切り馬鹿にされた気がする。
「なんか、悪いんですか」
むっとして幾久が言うと、山縣がはっと笑う。
「鳩なんか千鳥よりマシってくらいだからやっと人間レベルだろ。鳩のくせに御門入んじゃねーよ」
「黙れガタ」
高杉が言うとぴたっとまた止まる。なんなんだこの人。
「鳩ってそんな悪いんですか?」
むっとしつつも尋ねると久坂がまあ、と言う。
「良くはないね。悪くもないけど。普通っちゃ、普通のレベル、かなあ」
普通なら別にいいじゃん、と幾久は思うが高杉が言った。
「幾久は編入試験の時期もあるからな、次は鷹じゃろ。がんばりゃ鳳もいけるはずじゃ」
ええ学校におったしな、と高杉が言う。あれ、と幾久は思う。
どうして高杉が幾久の前の学校を知っているのだろうか。
「先輩たちは、クラスどこなんですか?」
「ガタは鷹。わしらは全員鳳」
それって頭いいってことじゃないのかな。少なくとも、現時点での幾久よりは。
「それよりジャケットあわせえ。一番大事じゃろ」
「ジャケットはジャケットでいいんだ」
幾久が言うと、久坂が言った。
「テーラードジャケット、とか?」
「めんどくさいです……」
もういいじゃんジャケットで、と言うとそれでええ、と高杉が笑った。
ジャケットは金のボタンが二列で四つずつついて八個。
ダブルのジャケットで裾が長めだ。
袖には金のラインがひとつあり、くるんとひとつわっかの模様がある。校章はくすんだ渋い銀色のバッジだ。
「パイロット?」
そう、なにかに似ていると思ったらパイロットの服そっくりだ。
「ちょっと惜しい。これ、英国海軍の制服を元にデザインした、つまり軍服」
「軍服!」
栄人の説明に幾久は驚く。
確かにパイロットの制服は軍服みたいだけれど、この学校は制服がそうなのかと驚いた。
「せめて胸がワッペンならもうちょい制服らしいんだけど。で、こっちが帽子」
「うわ」
もろになんか自衛隊みたいな帽子だ。
つばの部分は黒、中央に派手にデザインされた校章、頭の部分は白だ。
「帽子は始業式、終業式、入学、卒業とかの式以外では使わないから」
そうしてほしい。こんな派手な帽子、毎日被るとか恥ずかしいからだ。
「それにしても、なんかすごい制服っすねぇ」
姿見を持ってこられ、その姿に幾久はうわあ、と驚く。
デザインは派手じゃないはずなのに、金色のボタンとラインと校章で逆に黒に映えて派手だ。
「あとこれもじゃな」
「バッジ、っすか?」
胸の校章がある部分の下に、横長く細いバッジを高杉がつける。
「一年のバッジはこれとクラスの奴、で、その隣が寮の印じゃ。他に部活とか、成績が良かったりしたら略綬が貰える」
「略綬?」
「がんばったで賞バッジ、みたいなもん」
ジャケット左襟の部分のホールに丸いバッジを通す。ネクタイと同じ、グリーンがかった灰色地で鳥のマークが入っている。
「これが鳩クラスのバッジ。あと、学年バッジがこれな。で、右胸に名札」
全部きちんと揃えられると、さすがにちゃんとして見える。
「ぴっかぴっかの!いちねんせい!」
それって小学生じゃ、と思ったが幾久は黙っておく。制服は確かに派手だがかっこいい。悪くないじゃん、と思う。
「新しい制服ってやっぱ綺麗だね」
「これで明日の入学式は大丈夫じゃな」
「ありがとう、ございます」
ぶっちゃけ一人じゃなくて良かった、と幾久は思った。
こんなめんどうくさい制服、一人だったらちゃんと着ることができなかったかもしれない。
「じゃ、そのまま脱いでハンガーに掛けちょけ。あっちの部屋にの、皆使ってる衣桁がある」
「いこう?」
一体なんだ?と首をかしげると、久坂が幾久の肩を掴んだ。
「僕が教えるから」
にっこりと微笑む久坂に違和感を覚えながらも、幾久は、はい、と返事をする。
そんな久坂に高杉が感心とも呆れともつかない風に言った。
「ほんっと、お気に入りじゃのー」
「まぁね。いっくん、着替え持ってきなよ」
「あ、は、ハイ」
制服を着たまま、幾久はさっき着ていた服を風呂敷に包み込む。
抱えて久坂についていくと、小さな和室の襖を開けた。
その部屋は衣裳部屋のように使われているのか、先輩たちの服がおいてあり、あけられた空白には着物がかけられるような、四角い枠の連なったやつがある。
「それが『衣桁』ね。本当は着物をかけるものだけど、みんなハンガー代わりにしてる」
足元に服や鞄が置いてあったり、小さなチェストがおいてあったりで、ここが更衣室みたいなものなのだろう。
「冬になったらコートとかは玄関にかける所があるから。それと、」
「はい、」
振り返るとそこには、久坂の顔が間近にあった。
幾久に覆いかぶさりそうな近くで、どアップのイケメン顔に思わず幾久は後ずさる。
「あ、あの……久坂、先輩?」
上から覗き込む久坂の表情はにっこりと微笑んでいるというのに、そこから優しいものは見えない。
なにこの人。
なんかものすごい怖い。笑顔に見えても、それは表面だけなのだと幾久は気付いた。
顔は笑っていても、本当は笑ってないんじゃないか。
「夕べのことだけどさ」
(!)
それはあれだ、久坂が高杉にキスしていたことだろう。
「えと、あの……、オレ、」
ばんっと背中の柱に手を置かれ、ぐ、と久坂が近づいてきた。
「ハルは何も知らないから、黙っててね」
うんうん、と頷くと、久坂はにっこり微笑んだ。
「じゃ、よろしく」
そういうと久坂は部屋から出て襖を静かに閉めた。
和室に一人残された幾久は、風呂敷を抱えたまま、へなへなと座り込んだ。
(こ、こ、こ、こえええええええ!)
背は高いわイケメンだわで無表情で笑顔って迫力ありすぎる。
(めっちゃコエー!)
なんか一番怒らせちゃいけないの、きっと絶対にあの人だ。間違いない。
(なんか、オレ、早く転校してぇ)
入試の時には蹴られるわ、からかって山登りさせられるわ、オタクの三年生とは喧嘩になるわ、イケメンホモには脅されるわ。
(絶対に!絶対にうまくなんかやれねえええ!)
普通が一番、ちょっとだけ普通よりいいのがもっといいとそう思ってきたのに、この学校はなんなんだ。寮じゃないし、制服もまともじゃないし、おまけに先輩もなんかまともじゃない人ばかりだ!
(早く戻りたい……絶対に東京に戻ろう……明日、父さん連れてかえってくんないかな)
入学式には父が来ることになっている。
その時にちょっとだけでも相談しよう、うん、そうしよう。
幾久は大きく長いため息をついて、がっくりと肩を落とした。
うまくはあった、腹もいっぱいだ。やっぱりコーヒーは豆から入れられていたものだった。
食事が終わって片付けられると、高杉が大きな風呂敷包みを、持って来た。
「なんすか、それ」
えらく上等そうな、黒い風呂敷に包まれている。
「お前の制服じゃ。着てみんといけんじゃろうが」
「え?でもサイズ、大丈夫だと思うし」
採寸はしてあるから問題はないはずだ。
が、高杉は言った。
「シャツ一枚でも、もし間違ってたらまずいじゃろ。確認は最低限の義務じゃ」
へえ、そういう考え方もあるのか、と幾久は感心した。
そこまで考えたことはなかったからだ。
風呂敷を広げ、その中の箱を出す。
広げられた風呂敷の上を、高杉が叩いた。
「ここに立て。汚れる」
「あ、はい」
靴下のままでいいのかな、と思って戸惑っていると、そのまんまでええ、はよ上がれ、と言われ、風呂敷を踏む。
「服脱げ。で、シャツ」
着ていた服を脱いで、シャツを着る。
しゅるっと袖を通して、幾久は驚く。
(あれ。すごい、なんか、気持ちいい)
シャツの肌触りがすごくいいのだ。
「サイズは正しいか?」
「ぴったりっす」
ボタンをとめていき、履いていたジーンズも脱ぐ。
「で、ちょっと困るのがこれじゃ。ほら」
黒いボトムを渡されて履いた、まではいいが。
「?このズボン、ベルト穴、ないんすけど」
ボトムはベルトを通す部分がなく、手で持ち上げていないと下がってしまう。
こんなのどうやってはけばいいのだろうか。幾久が首を傾げていると高杉が説明した。
「トラウザース、ちゅう言い方をするんじゃ。で、使うのがコレ」
高杉が出したのはサスペンダーだ。
「サスペンダーが制服なんですか?」
「これもブレイシーズ、っちゅう。イギリス式の言い方じゃ」
「ちなみにイギリスじゃサスペンダーって言ったらガーターベルトの事なんだって。ひとつ勉強になったね」
にっこりと久坂が言う。
「えらいお前饒舌じゃのー。幾久の事、気にいったんか」
服を出しながら高杉が言う。
「まぁね」
ふふと笑うが、幾久はその度に心臓が握りつぶされる心地だ。
(こえぇええよぉおお)
イケメンがよく判らない意味で微笑むとなんか迫力あって逆に怖い。
「でもこのサスペンダー、なんか飾りがあるんすけど」
サスペンダーと言えば、ボトムにはさむ金具があるが、その金具に穴が二つ開いた革の小さなベルトみたいな飾りがついている。
「飾りじゃねえ。この金具の上に、ほら、穴、あるじゃろ。ここをこう、外して」
そして金具を取り外し、再び止める。
金具が外され、穴の開いた小さな革ベルトだけが残される。
サスペンダーの金具部分がなく、逆U字型のものがついている。
全く訳がわからない。なんだこの制服。
「で、このトラウザースの内側に、ボタンがある。これにつける」
ひょいひょいと高杉がボタンにサスペンダーを装着する。
「このサスペンダー」
「ブレイシーズ」
「ぶ、ぶれいしーず。なんでベルトじゃないんですか?」
高杉が答えた。
「ブレイシーズだとボトムが皺にならんじゃろ?ラインが綺麗に出るし、太っても着られるから便利、ちゅうことらしいがの」
「ググレカス」
「黙っちょけ、ガタ」
高杉が言うとぴたっと止まる。
三年なのに、なんだろう、この扱いと態度。
まあ、それは昨日大失敗してしまった事なので今はあえてスルーだ。
「普段の制服なら、ベルトつけられる奴も着ていいけど、これは礼服だから。ま、これ着て通ってもいいんだけどね」
なにそれ。
ってことは、礼服と制服が違うってことなのか?尋ねると栄人が言った。
「いや、一緒一緒。二本目を作るならベルトのほうが便利。大体みんなそうしてるし、おれのもそうだし」
久坂も言う。
「うちの学校、とにかく式のときだけはきっちりしてないと、即退学って言うくらいだから。調べるわけじゃないんだけどね。その代わり、普段はすごい自由だから」
「そうですか」
面倒くさい学校だなと思うが、式だけならまあいいか、と納得する。シャツのボタンを留めて、トラウザースの中に入れる。
確かにシャツは皺にならないし、パンツラインも綺麗に出る。
「で、これがウェストコート」
「ベストじゃないんすね」
やっぱ呼び方が違うのか、と幾久が言うと高杉がそうじゃ、と答える。
襟のついた黒のベストは、高校の制服っていう感じじゃないな、と幾久は思う。
「お洒落なカフェとかの制服みたい」
「そうそう、うちの学校の文化祭みたいなやつのときはこの制服でカフェやるんだよ。もう女の子がキャーキャーすごいよ!売り上げも!」
売り上げってなんの事だろうと思ったが、高杉から黒いネクタイを渡される。
「結べるか?」
幾久が首を横に振る。
「じゃ、結んじゃる」
幾久に向かい合い、高杉がネクタイを器用に結ぶ。
「上手いっすね」
「毎日やっとるからのう」
それでも自分のネクタイならともかく、向かい合っては難しいんじゃないんだろうか。
そう言うと栄人があはは、と笑う。
「そいつのネクタイ、毎朝ハルが結んでんだ」
栄人が指差したのは久坂だ。
「え」
ひくっと幾久の表情がひきつる。
高杉が言う。
「瑞祥、すげえ寝起き悪りいんじゃ。朝こいつが機嫌悪くてもそれデフォルトだから気にすんな」
「や、ハルも相当だし」
「わしゃお前のネクタイ結ぶくらいにゃちゃんと目が覚めちょお」
……なんかひょっとして、と思ったが、いやいや、余計な事は言うまいと口を引き結ぶ。
「で、これがカフスボタン」
「カフスボタン?!」
黒い地色に白の鳥の家紋が入っている。
この鳥は高校の校章だったはずだ。
「なんか……すごい制服っすねぇ」
次元が違う。これ一体全部でいくらしたんだろ、とげんなりする。こんな制服でどっかに編入したら悪目立ちしすぎる。これなら私服のほうがマシだ。
「まさかタイピンまであるとかないですよね」
幾久が言うと高杉が答えた。
「タイピンは、ベストがある場合はしないんじゃと」
「へぇ、知らなかった」
スーツにそんな決まりが色々あるのか。
「つか、必要ねえじゃろ。ベストでタイは押さえられるし」
カフスボタンをつけられ、ネクタイをきちんと調えられる。
ベストもネクタイもトラウザースも真っ黒だ。
「葬式みたい」
「模様があるじゃろ、一応」
ネクタイの下のほうに小さな白い鳥の、カフスボタンと同じ模様が刺繍で入っている。
「あと、これは式用のネクタイで、普段はクラスごとのネクタイがあるんじゃけど」
箱の中を探ると、グリーンの混じったような灰色のネクタイが入っている。
「あれ?いっくん鳩なの?!」
栄人が驚いて声を上げる。
「本当だ、鳩だね」
久坂も少し驚いている。
「鳩って。クソが」
山縣も言うが、なんだか思い切り馬鹿にされた気がする。
「なんか、悪いんですか」
むっとして幾久が言うと、山縣がはっと笑う。
「鳩なんか千鳥よりマシってくらいだからやっと人間レベルだろ。鳩のくせに御門入んじゃねーよ」
「黙れガタ」
高杉が言うとぴたっとまた止まる。なんなんだこの人。
「鳩ってそんな悪いんですか?」
むっとしつつも尋ねると久坂がまあ、と言う。
「良くはないね。悪くもないけど。普通っちゃ、普通のレベル、かなあ」
普通なら別にいいじゃん、と幾久は思うが高杉が言った。
「幾久は編入試験の時期もあるからな、次は鷹じゃろ。がんばりゃ鳳もいけるはずじゃ」
ええ学校におったしな、と高杉が言う。あれ、と幾久は思う。
どうして高杉が幾久の前の学校を知っているのだろうか。
「先輩たちは、クラスどこなんですか?」
「ガタは鷹。わしらは全員鳳」
それって頭いいってことじゃないのかな。少なくとも、現時点での幾久よりは。
「それよりジャケットあわせえ。一番大事じゃろ」
「ジャケットはジャケットでいいんだ」
幾久が言うと、久坂が言った。
「テーラードジャケット、とか?」
「めんどくさいです……」
もういいじゃんジャケットで、と言うとそれでええ、と高杉が笑った。
ジャケットは金のボタンが二列で四つずつついて八個。
ダブルのジャケットで裾が長めだ。
袖には金のラインがひとつあり、くるんとひとつわっかの模様がある。校章はくすんだ渋い銀色のバッジだ。
「パイロット?」
そう、なにかに似ていると思ったらパイロットの服そっくりだ。
「ちょっと惜しい。これ、英国海軍の制服を元にデザインした、つまり軍服」
「軍服!」
栄人の説明に幾久は驚く。
確かにパイロットの制服は軍服みたいだけれど、この学校は制服がそうなのかと驚いた。
「せめて胸がワッペンならもうちょい制服らしいんだけど。で、こっちが帽子」
「うわ」
もろになんか自衛隊みたいな帽子だ。
つばの部分は黒、中央に派手にデザインされた校章、頭の部分は白だ。
「帽子は始業式、終業式、入学、卒業とかの式以外では使わないから」
そうしてほしい。こんな派手な帽子、毎日被るとか恥ずかしいからだ。
「それにしても、なんかすごい制服っすねぇ」
姿見を持ってこられ、その姿に幾久はうわあ、と驚く。
デザインは派手じゃないはずなのに、金色のボタンとラインと校章で逆に黒に映えて派手だ。
「あとこれもじゃな」
「バッジ、っすか?」
胸の校章がある部分の下に、横長く細いバッジを高杉がつける。
「一年のバッジはこれとクラスの奴、で、その隣が寮の印じゃ。他に部活とか、成績が良かったりしたら略綬が貰える」
「略綬?」
「がんばったで賞バッジ、みたいなもん」
ジャケット左襟の部分のホールに丸いバッジを通す。ネクタイと同じ、グリーンがかった灰色地で鳥のマークが入っている。
「これが鳩クラスのバッジ。あと、学年バッジがこれな。で、右胸に名札」
全部きちんと揃えられると、さすがにちゃんとして見える。
「ぴっかぴっかの!いちねんせい!」
それって小学生じゃ、と思ったが幾久は黙っておく。制服は確かに派手だがかっこいい。悪くないじゃん、と思う。
「新しい制服ってやっぱ綺麗だね」
「これで明日の入学式は大丈夫じゃな」
「ありがとう、ございます」
ぶっちゃけ一人じゃなくて良かった、と幾久は思った。
こんなめんどうくさい制服、一人だったらちゃんと着ることができなかったかもしれない。
「じゃ、そのまま脱いでハンガーに掛けちょけ。あっちの部屋にの、皆使ってる衣桁がある」
「いこう?」
一体なんだ?と首をかしげると、久坂が幾久の肩を掴んだ。
「僕が教えるから」
にっこりと微笑む久坂に違和感を覚えながらも、幾久は、はい、と返事をする。
そんな久坂に高杉が感心とも呆れともつかない風に言った。
「ほんっと、お気に入りじゃのー」
「まぁね。いっくん、着替え持ってきなよ」
「あ、は、ハイ」
制服を着たまま、幾久はさっき着ていた服を風呂敷に包み込む。
抱えて久坂についていくと、小さな和室の襖を開けた。
その部屋は衣裳部屋のように使われているのか、先輩たちの服がおいてあり、あけられた空白には着物がかけられるような、四角い枠の連なったやつがある。
「それが『衣桁』ね。本当は着物をかけるものだけど、みんなハンガー代わりにしてる」
足元に服や鞄が置いてあったり、小さなチェストがおいてあったりで、ここが更衣室みたいなものなのだろう。
「冬になったらコートとかは玄関にかける所があるから。それと、」
「はい、」
振り返るとそこには、久坂の顔が間近にあった。
幾久に覆いかぶさりそうな近くで、どアップのイケメン顔に思わず幾久は後ずさる。
「あ、あの……久坂、先輩?」
上から覗き込む久坂の表情はにっこりと微笑んでいるというのに、そこから優しいものは見えない。
なにこの人。
なんかものすごい怖い。笑顔に見えても、それは表面だけなのだと幾久は気付いた。
顔は笑っていても、本当は笑ってないんじゃないか。
「夕べのことだけどさ」
(!)
それはあれだ、久坂が高杉にキスしていたことだろう。
「えと、あの……、オレ、」
ばんっと背中の柱に手を置かれ、ぐ、と久坂が近づいてきた。
「ハルは何も知らないから、黙っててね」
うんうん、と頷くと、久坂はにっこり微笑んだ。
「じゃ、よろしく」
そういうと久坂は部屋から出て襖を静かに閉めた。
和室に一人残された幾久は、風呂敷を抱えたまま、へなへなと座り込んだ。
(こ、こ、こ、こえええええええ!)
背は高いわイケメンだわで無表情で笑顔って迫力ありすぎる。
(めっちゃコエー!)
なんか一番怒らせちゃいけないの、きっと絶対にあの人だ。間違いない。
(なんか、オレ、早く転校してぇ)
入試の時には蹴られるわ、からかって山登りさせられるわ、オタクの三年生とは喧嘩になるわ、イケメンホモには脅されるわ。
(絶対に!絶対にうまくなんかやれねえええ!)
普通が一番、ちょっとだけ普通よりいいのがもっといいとそう思ってきたのに、この学校はなんなんだ。寮じゃないし、制服もまともじゃないし、おまけに先輩もなんかまともじゃない人ばかりだ!
(早く戻りたい……絶対に東京に戻ろう……明日、父さん連れてかえってくんないかな)
入学式には父が来ることになっている。
その時にちょっとだけでも相談しよう、うん、そうしよう。
幾久は大きく長いため息をついて、がっくりと肩を落とした。
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サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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