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【1】合縁奇縁~おかえりなさい、君を待ってた
知ってる、知らない人
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学校は入るのにはあんなに苦労したのに、幾久が歩いていたもう少し先の角にすぐ入れる小さな門があった。がっかりしながら地図を片手に呉服屋を探す。
神社の近くに商店街があり、その並びの店に呉服屋はあった。
「いらっしゃい」
幾久を見てすぐに生徒だと気づいた呉服屋の丸メガネの老人男性は、読んでいた新聞を傍らに置くとすぐに採寸を始めた。
(……あれ?)
ずいぶんあちこち採寸するんだな、と幾久は不思議に思ったが、これまでと高校なので違うのかもしれない。入学後もお直し致しますので、何かありましたらお越しください、と言われ、はぁ、と頷いたがわざわざ直すまで今日の学校に居ることもないだろう。
(どうせ転校、するだろうし)
とはいえ、そんなことをわざわざ言う事もないので幾久は曖昧に店主のお喋りに頷いていた。
呉服屋を出て時計を見ると、三十分が経過していた。空港へ行くタクシーが来るまではもう少し余裕があったのでほっとする。
(お腹へったなあ)
朝、空港のコンビニで買っていたサンドイッチとジュースがリュックに入れてある。
どこかで休んで食べようと幾久は辺りをうろついた。この近辺は全く判らないので知っている場所から動きたくない。
神社に行けば座る場所があるはず、と幾久は商店街から神社へ向かう。
その向かいにはさっき受験したばかりの学校が見えるから、絶対に場所は間違っていない。
幾久は神社へと入って行った。境内に入るとそこにはベンチが数箇所に置いてある。
「ここでいいじゃん」
ベンチに腰を降ろし、幾久はパックのジュースにストローを刺し、リュックからサンドイッチを出す。
ほっとしてサンドイッチにかぶりついた。
この辺りは地元民じゃないとわかりにくい道ばかりだし、コンビニも遠いから買ってから持って行けと父に言われていたので素直に従って正解だった。
幾久はサンドイッチをほおばりながら、今日何度目かのため息をついた。
(オレ、大丈夫なのかな)
コンビニもなかなかない上に、観光地としてもぱっとしていない。
まだ田んぼが見えない分、田舎じゃないのかもしれないが、それでも視界には山が入る。
(東京と比べりゃ、そりゃどこも田舎だけど。しかし電車が一時間一本程度とか、マジないわ)
区内で育った幾久にとって、山が見える場所というだけでも田舎だ。おまけにこのあたりにはJRの駅すら近くにないというのだから驚きだ。
下手したらここで三年過ごすかもしれないのに、うまくやれるのだろうか。
今更後悔しても仕方ないが、ちょっと失敗したかなあと思う。
サンドイッチを食べていると、鳩が寄ってきた。
神社のせいだろう、やたら鳩が多い。
「餌なんかねーよ」
そう幾久は言ったが、じわりと鳩は距離を詰めてくる。最初は気にしなかったが、幾久の座るベンチの周りに増え続ける鳩に、段々不気味になってきた。
「……んだよっ」
立ち上がり、ベンチから離れようとすると、ずうずうしい鳩が幾久の肩に乗った。
「ちょ、おい!」
どかせようと肩を動かすが、鳩は幾久のジャケットを足で掴み、絶妙なバランスで肩に乗っかり、そして幾久の持ったままのサンドイッチに近づくと。
ずぼっ!
「うわっ!」
つつく、なんて可愛いものじゃない。鳩がサンドイッチに頭を突っ込んだ。
鳩が再び顔を上げると刻んだ卵まみれの顔があって、幾久は驚きのあまり、サンドイッチを思わず投げ捨ててしまった。
「なんなんだよっ!」
ばっと体をねじって鳩をどかせたが、鳩は投げ捨てられたサンドイッチにわらわらと群がって幾久から逃げて行く。
「もーどんだけアグレッシブなんだよ」
ばたばたと上着を手で叩く。
半分は食べることができたが、半分はすでに鳩の餌だ。
コンビニの場所は判らないし、かといって探すのも面倒くさい。腕時計で時間を見ると、空港へ向かうタクシーが来るまで一時間ちょっと。
(コンビニ探して、飯買って、戻ってきてって、面倒くさ)
サンドイッチをつつく鳩を横目で見ながらため息をつく。
なんだか全くついてない。
幾久はパックのジュースにストローをさした。
これでも飲んでおけば少しは空腹が紛れるだろう。
「くっそ、オレの昼飯」
ジュースを飲み干し、箱をべこべこに潰しながらぶつぶつと文句を言っていると、境内の向かいから誰かが近づいてきた。
まるで海外のサッカーチームの選手が着ていそうな、お洒落で鮮やかな細身の明るいオレンジのジャージを着ている。
(……あれ?)
見覚えのある姿に思わずじっと見つめると、ジャージの男は幾久を見つけ、駆け寄り怒鳴った。
「てめ、土塀どうすんじゃ!」
「―――――あ、」
見覚えがあるもなにも。
「さっきの!」
朝、塀を乗り越えた時に幾久の足を引っ張った奴だった。
しかも朝には見当たらなかった、ガーゼが顎に張られている。
「えーと……それ、オレのせい、かな」
うわやべ。まさか本当に後から会うなんて思ってなかった。これだから田舎は。
と、幾久は恐怖のあまり誰かに責任を押し付けたくなる。
男はむすっとして腕を組み、首を傾げ幾久を睨んだ。
「他に誰がおるんじゃ」
―――――じゃ?
年寄りくさい言葉に、幾久はきょとんと目の前の男を見た。
黒いニット帽に、明るいオレンジ色のジャージにはグリーンの鮮やかなラインが入っている。
細身のジャージは正直、東京で見ても多分カッコイイと思えるようなやつだ。どこかの国のサッカーチームのクラブジャージかもしれない。
見たことがないエンブレムだから、幾久の知らない国かもしれないが。
しかしそんな格好にどことなく違和感があるのは、時代劇みたいな言葉のせいだろうか。
男の身長は幾久よりちょっと上だ。
痩せて細いせいか、不遜な態度のせいか、もっと大きく見えたがそうでもないらしい。
目が細く鋭く、神経質そうで、左の耳にU字形のピアスをしている。
「どうせ暇じゃろ。土塀、修理すんの手伝え」
問答無用で幾久の襟首を掴み、ぐいぐいと引っ張っていこうとする男に幾久は驚き、抵抗した。
「ちょ、待ってくれよ!蹴っ飛ばしたのは悪いと思うけどさ」
「じゃあ手伝え」
「無理!無理だって!」
あと小一時間で父が用意してくれたタクシーが学校の校門前に来るはずだったし、あまり場所を移動するとまた道が判らなくなる。面倒に巻き込まれるのはこれ以上ゴメンだ。
「なにが無理じゃ」
「空港までの乗り合いタクシーが来るんだよ。オレ、このへん詳しくないから動きたくない。マジで悪いんだけど」
幾久の言葉に男はふーん、と顎を軽く上げると襟首から手を離した。
「まあ、ええわ。入学したら手伝わせるけぇの」
うっわ。マジで言葉が時代劇みたい。そう思ってふと幾久は気付く。
「入学したらって、あんたもこの学校の入学生?」
「わしは次、二年になるけ、お前の先輩じゃ」
「ってか、決定なんだ。オレ、さっき試験受けたばっかなのに」
落ちるかもよ、と苦笑する幾久に男は言った。
「お前、さっき試験受けたとき、用紙に名前ちゃんと書いたな?」
「?当たり前だろ?」
いくらギリギリに試験会場に入ったからって、そんな凡ミスなんかするかよ、と幾久が思っていると男が言った。
「じゃったら、受かっちょる」
「へ?」
ちょっと待て、と幾久は慌てた。
(じゃ、この学校って、まさかあの、漫画によくあるような、名前書いたら合格とか、そういうレベルの)
ざあっと幾久の頭から一気に血が下がる。
冗談じゃない。
今まで居た私立中学はそこそこのレベルでここまでひどい学校なんて聞いて居なかった。
「うわあ……マジでやばい。学校失敗した」
「なんでじゃ」
「こんなレベル低いなんて聞いてない」
男があからさまにむっとする。
「低いとはなんじゃ。この辺りじゃ一番レベル高い学校なんじゃぞ」
嘘つけと幾久はむくれた。
「名前書くだけで合格とか、レベル低くなけりゃなんなんだよ」
先輩であることも忘れて幾久が言うと、男は笑いながら幾久に告げた。
「ばぁーか。合格するだけでレベルが決まるか」
「え?」
男は続け、幾久に言った。
「確かに名前を書いただけで、この学校自体には合格はするが、残念ながらクラスのレベルは全然違う。お前、この学校がどんなんかも全く知らんのか?」
幾久は頷く。
「全然知らない」
「そんなんでよぉ受けにきたの」
呆れて男が肩をすくめる。だってしょうがない、と幾久は思う。これ以外に自分には選択肢がなかったのだから。
「しょうがないだろ。時期的にここしか受けるところなかったし、ここじゃないと金出さないって親に言われたし」
「ほー。なんで」
「なんでって……父さんがここの卒業生なんだよ。本当は元々通ってた中学からエスカレーターで高校に入るはずだったんだけど、駄目になって」
「トラブルでもあったんか」
びく、と幾久の肩が揺れた。
神社の近くに商店街があり、その並びの店に呉服屋はあった。
「いらっしゃい」
幾久を見てすぐに生徒だと気づいた呉服屋の丸メガネの老人男性は、読んでいた新聞を傍らに置くとすぐに採寸を始めた。
(……あれ?)
ずいぶんあちこち採寸するんだな、と幾久は不思議に思ったが、これまでと高校なので違うのかもしれない。入学後もお直し致しますので、何かありましたらお越しください、と言われ、はぁ、と頷いたがわざわざ直すまで今日の学校に居ることもないだろう。
(どうせ転校、するだろうし)
とはいえ、そんなことをわざわざ言う事もないので幾久は曖昧に店主のお喋りに頷いていた。
呉服屋を出て時計を見ると、三十分が経過していた。空港へ行くタクシーが来るまではもう少し余裕があったのでほっとする。
(お腹へったなあ)
朝、空港のコンビニで買っていたサンドイッチとジュースがリュックに入れてある。
どこかで休んで食べようと幾久は辺りをうろついた。この近辺は全く判らないので知っている場所から動きたくない。
神社に行けば座る場所があるはず、と幾久は商店街から神社へ向かう。
その向かいにはさっき受験したばかりの学校が見えるから、絶対に場所は間違っていない。
幾久は神社へと入って行った。境内に入るとそこにはベンチが数箇所に置いてある。
「ここでいいじゃん」
ベンチに腰を降ろし、幾久はパックのジュースにストローを刺し、リュックからサンドイッチを出す。
ほっとしてサンドイッチにかぶりついた。
この辺りは地元民じゃないとわかりにくい道ばかりだし、コンビニも遠いから買ってから持って行けと父に言われていたので素直に従って正解だった。
幾久はサンドイッチをほおばりながら、今日何度目かのため息をついた。
(オレ、大丈夫なのかな)
コンビニもなかなかない上に、観光地としてもぱっとしていない。
まだ田んぼが見えない分、田舎じゃないのかもしれないが、それでも視界には山が入る。
(東京と比べりゃ、そりゃどこも田舎だけど。しかし電車が一時間一本程度とか、マジないわ)
区内で育った幾久にとって、山が見える場所というだけでも田舎だ。おまけにこのあたりにはJRの駅すら近くにないというのだから驚きだ。
下手したらここで三年過ごすかもしれないのに、うまくやれるのだろうか。
今更後悔しても仕方ないが、ちょっと失敗したかなあと思う。
サンドイッチを食べていると、鳩が寄ってきた。
神社のせいだろう、やたら鳩が多い。
「餌なんかねーよ」
そう幾久は言ったが、じわりと鳩は距離を詰めてくる。最初は気にしなかったが、幾久の座るベンチの周りに増え続ける鳩に、段々不気味になってきた。
「……んだよっ」
立ち上がり、ベンチから離れようとすると、ずうずうしい鳩が幾久の肩に乗った。
「ちょ、おい!」
どかせようと肩を動かすが、鳩は幾久のジャケットを足で掴み、絶妙なバランスで肩に乗っかり、そして幾久の持ったままのサンドイッチに近づくと。
ずぼっ!
「うわっ!」
つつく、なんて可愛いものじゃない。鳩がサンドイッチに頭を突っ込んだ。
鳩が再び顔を上げると刻んだ卵まみれの顔があって、幾久は驚きのあまり、サンドイッチを思わず投げ捨ててしまった。
「なんなんだよっ!」
ばっと体をねじって鳩をどかせたが、鳩は投げ捨てられたサンドイッチにわらわらと群がって幾久から逃げて行く。
「もーどんだけアグレッシブなんだよ」
ばたばたと上着を手で叩く。
半分は食べることができたが、半分はすでに鳩の餌だ。
コンビニの場所は判らないし、かといって探すのも面倒くさい。腕時計で時間を見ると、空港へ向かうタクシーが来るまで一時間ちょっと。
(コンビニ探して、飯買って、戻ってきてって、面倒くさ)
サンドイッチをつつく鳩を横目で見ながらため息をつく。
なんだか全くついてない。
幾久はパックのジュースにストローをさした。
これでも飲んでおけば少しは空腹が紛れるだろう。
「くっそ、オレの昼飯」
ジュースを飲み干し、箱をべこべこに潰しながらぶつぶつと文句を言っていると、境内の向かいから誰かが近づいてきた。
まるで海外のサッカーチームの選手が着ていそうな、お洒落で鮮やかな細身の明るいオレンジのジャージを着ている。
(……あれ?)
見覚えのある姿に思わずじっと見つめると、ジャージの男は幾久を見つけ、駆け寄り怒鳴った。
「てめ、土塀どうすんじゃ!」
「―――――あ、」
見覚えがあるもなにも。
「さっきの!」
朝、塀を乗り越えた時に幾久の足を引っ張った奴だった。
しかも朝には見当たらなかった、ガーゼが顎に張られている。
「えーと……それ、オレのせい、かな」
うわやべ。まさか本当に後から会うなんて思ってなかった。これだから田舎は。
と、幾久は恐怖のあまり誰かに責任を押し付けたくなる。
男はむすっとして腕を組み、首を傾げ幾久を睨んだ。
「他に誰がおるんじゃ」
―――――じゃ?
年寄りくさい言葉に、幾久はきょとんと目の前の男を見た。
黒いニット帽に、明るいオレンジ色のジャージにはグリーンの鮮やかなラインが入っている。
細身のジャージは正直、東京で見ても多分カッコイイと思えるようなやつだ。どこかの国のサッカーチームのクラブジャージかもしれない。
見たことがないエンブレムだから、幾久の知らない国かもしれないが。
しかしそんな格好にどことなく違和感があるのは、時代劇みたいな言葉のせいだろうか。
男の身長は幾久よりちょっと上だ。
痩せて細いせいか、不遜な態度のせいか、もっと大きく見えたがそうでもないらしい。
目が細く鋭く、神経質そうで、左の耳にU字形のピアスをしている。
「どうせ暇じゃろ。土塀、修理すんの手伝え」
問答無用で幾久の襟首を掴み、ぐいぐいと引っ張っていこうとする男に幾久は驚き、抵抗した。
「ちょ、待ってくれよ!蹴っ飛ばしたのは悪いと思うけどさ」
「じゃあ手伝え」
「無理!無理だって!」
あと小一時間で父が用意してくれたタクシーが学校の校門前に来るはずだったし、あまり場所を移動するとまた道が判らなくなる。面倒に巻き込まれるのはこれ以上ゴメンだ。
「なにが無理じゃ」
「空港までの乗り合いタクシーが来るんだよ。オレ、このへん詳しくないから動きたくない。マジで悪いんだけど」
幾久の言葉に男はふーん、と顎を軽く上げると襟首から手を離した。
「まあ、ええわ。入学したら手伝わせるけぇの」
うっわ。マジで言葉が時代劇みたい。そう思ってふと幾久は気付く。
「入学したらって、あんたもこの学校の入学生?」
「わしは次、二年になるけ、お前の先輩じゃ」
「ってか、決定なんだ。オレ、さっき試験受けたばっかなのに」
落ちるかもよ、と苦笑する幾久に男は言った。
「お前、さっき試験受けたとき、用紙に名前ちゃんと書いたな?」
「?当たり前だろ?」
いくらギリギリに試験会場に入ったからって、そんな凡ミスなんかするかよ、と幾久が思っていると男が言った。
「じゃったら、受かっちょる」
「へ?」
ちょっと待て、と幾久は慌てた。
(じゃ、この学校って、まさかあの、漫画によくあるような、名前書いたら合格とか、そういうレベルの)
ざあっと幾久の頭から一気に血が下がる。
冗談じゃない。
今まで居た私立中学はそこそこのレベルでここまでひどい学校なんて聞いて居なかった。
「うわあ……マジでやばい。学校失敗した」
「なんでじゃ」
「こんなレベル低いなんて聞いてない」
男があからさまにむっとする。
「低いとはなんじゃ。この辺りじゃ一番レベル高い学校なんじゃぞ」
嘘つけと幾久はむくれた。
「名前書くだけで合格とか、レベル低くなけりゃなんなんだよ」
先輩であることも忘れて幾久が言うと、男は笑いながら幾久に告げた。
「ばぁーか。合格するだけでレベルが決まるか」
「え?」
男は続け、幾久に言った。
「確かに名前を書いただけで、この学校自体には合格はするが、残念ながらクラスのレベルは全然違う。お前、この学校がどんなんかも全く知らんのか?」
幾久は頷く。
「全然知らない」
「そんなんでよぉ受けにきたの」
呆れて男が肩をすくめる。だってしょうがない、と幾久は思う。これ以外に自分には選択肢がなかったのだから。
「しょうがないだろ。時期的にここしか受けるところなかったし、ここじゃないと金出さないって親に言われたし」
「ほー。なんで」
「なんでって……父さんがここの卒業生なんだよ。本当は元々通ってた中学からエスカレーターで高校に入るはずだったんだけど、駄目になって」
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