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酒に酔ったミラさん その1

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 ようやく素直になったか、と心のなかで思いながら少しだけお酒を注いであげる。
 しかし、ミラさんはコップを下げない。もう一度彼女の方を見ると、再びあごをクイッとしてきた。
 ……足りないのか。いやでも……このお酒結構度数あるからこれくらいにしておかないと完全に酔っちゃうぞ……?
 しばらく注がないでいると、彼女が『早くして』と言ってきた。
 まあ……いいか。本人が良いと言っているんだから俺がとやかく言う必要もないよな。
 俺はコップいっぱいにお酒を注いであげた。


「ねえエリックぅ~、私のことぉ……嫌いになったりしてなぃ~?」

 俺の手を握りながら酒で顔を真っ赤にしたミラさんが話しかけてくる。
 あれから十分。ミラさんは一気飲みはせずにちびちびと味わうようにお酒を飲んでいたのだが……コップの三分の一くらいの量を飲んだあたりで甘えん坊モードに移行した。まあ、つまりは酔っ払ったということである。
 正直言ってめちゃくちゃかわいい。

「なんで俺がミラさんのことを嫌いになったりするんですか?」

 お酒ではなく水を飲み、照れをごまかしながら聞き返す。

「……だってぇ……この前ボコボコに……殴っちゃったもん」

 しゅんとしたような顔で答える。
 まあ、あれは……お互いにとってひどい出来事だったよな。ただ、気にしないで下さいと言ったはずだったが……もう一度言っておくか。

「俺も悪かったんですから、気にしないで下さい。それに殴る蹴るなんていつものことじゃないですか」
「……フォローになってない! 普通殴られたり蹴られたりしたら嫌いになるでしょぉ!? ってことは、エリックはもうすでに私のことを嫌いになっているということね!? そうなのね!? こんな可愛らしくもない女なんて嫌いになっても仕方ないわ! そうでしょ!?」

 あー……これは言うべき言葉をミスった感じですね。
 酒に酔ったミラさんは甘えん坊モードに移行する。しかし、機嫌を損ねるとヒステリックモードになってしまうのだ。
 俺の手を握る彼女の力が強くなっていく。くそっ……とんでもない馬鹿力だ……! 
 握りつぶされないように耐えながらミラさんをなだめようと努力する。  

「いや、そんなことじゃ嫌いにならないですって。俺とミラさんの絆はこんなことで崩れるほどやわじゃないでしょ?」
「じゃあ、いつかは崩れる絆ということなのね!? 私達の絆は、関係は! 何か大きな出来事があれば崩れてしまうものなのね!?」

 ……まあ、正直言って人間関係ってそういうものだと思うのだが……ずっと持続していく絆なんてほんの一握りあるかないかだ。
 ただ、そんなことを言ったら手を付けられなくなりそうだし……いい感じの言葉でこの場を収めよう。

「いや、その心配は無いですって。ミラさんと俺の関係は親子みたいなものですから、何があっても崩れはしませんよ」
「親子だって険悪な空気になったり、お互いを殺したいと思うほど憎らしくなることだってあるわよ! そもそも私はあんたのお母さんじゃない!」

 いや、まあそうだけど……
 酒が入っているのにも関わらずこの人は頭が回るからややこしい。
 ……仕方ないな。行動で示して納得してもらうか。

「……じゃあ、ミラさん。今から三十秒間俺になんでもしてください。暴力を振るったり暴言を吐いてきてもいいです。それで俺の感情をミラさんの特技で読んでみて下さい。俺はポーカーフェイスが出来る人ではないので、その行為によって嫌いになったのかどうか分かるはずです」

 なんともドMというか頭の悪い提案ではあったが、それが一番手っ取り早くて良い方法だと思ったのだ。
 俺は言葉選びを間違うことが多々ある。そんなんだから、ヒステリックモードの彼女をなだめるどころかおかしなことを言って悪化させる可能性があるのだ。

 ミラさんは数瞬考え込むかと思ったのだがーーいきなり立ち上がって強めの腹パンを俺にかましてきた。

「――ごはっ……! ……ちょっとストップ! ちょっと待って! まだ開始の合図を出してない! 俺まだ心の準備をしてないから!」

 なんとか二発目を繰り出そうとしていた彼女の手を掴んで腹パンを阻止することに成功した。
 ……全く、とんでもないな。普通、『じゃあ今からいいですよ』とか俺が合図を出してからやるもんじゃないのか? いや、俺の言い方が悪かったのか? ……まあ、いいか。

 ミラさんが完全にキマっている目でフゥ……フゥ……と荒い息を立てている。
 ……前言撤回したほうがいいかも……これ、最悪シエナを無理やり起こして治療してもらわないといけなくなるかも知れないんだけど……

 最悪の光景が頭に浮かぶが……ミラさんのヒステリックモードを止めるためだ。致し方ない。
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