先輩とわたしの一週間

新高

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二回目の金曜日

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 最早上書きどころではない。これはもう食べられているのと同じではなかろうかと、そう思うほどに葛城は執拗に晴香の肌を舐め回している。腕は当然ながら、そこから手首を辿り掌、手の甲、あげく指の一本一本を舐めて噛んで最終的には口の中に含む。指先を舌でチロチロと舐められると晴香は何度も体を震わせた。くすぐったくて堪らない。しかしそれだけではない感覚も触れられた場所から全身に伝わる。気を抜くと飛び出そうになる声を必死に噛み殺す姿を、葛城は指を舐りながら楽しそうに眺めている。

「せんぱい……っ、も……やだぁ……!」

 与えられる感覚が強すぎて息が詰まる。途切れ途切れの声で必死に止めてくれるよう懇願するが、葛城は聞く耳を持ってくれない。

「上書きするって言っただろ」
「もう消えましたよ……!」
「俺の気が済まない」

 なんですかそれ、と叫びかけた言葉は甘い啼き声に変わる。腕の内側に小さくも鋭い痛みが走り、そこでようやく葛城は腕を解放した。半分涙目の状態でそこを確認すれば赤い跡が一つ。所有の証に羞恥が増す中、今度は別の腕を引かれた。そうしてまた葛城に食べられる。

「そっちは無傷ー!」

 またあの責めが始まるのかと晴香は慌てて腕を引くが、しっかりと掴まれた状態ではビクリともしない。固く閉じた指先を解かれ親指から順に口に含まれる。

「気持ち悪いか?」

 指と指の間にも舌が這う。掌から指先までをゆったりと舐め上げられると堪えきれない声が漏れた。

「く……すぐったい、です」
「まあ指先は一番神経通ってるっていうしな」

 五本の指全部を舐め終え、小指の横から掌、手首へと舌が下がってくる。舌を這わせたまま腕の内側に触れ、そこにまたきつく吸い付いた。
 葛城が腕を離せばそのまま力なくシーツに落ちる。今の時点でもう晴香は限界に近い。息は荒く熱を持ち、目尻からは今にも涙が零れそうになっている。
 晴香も葛城も服は着たままだ。ほとんど乱れてすらいない。それなのにこの場に漂う空気と、そして晴香の体の奥に燻る熱はすでに行為の最中と変わらない。肘まで捲れ上がった両腕は外気に触れ肌寒さを感じるはずなのに、今も熱く疼いている。
 晴香の顔に影が落ちる。葛城が涙の浮かぶ目元に唇を寄せそっと舐め取った。そしてそのまま頬から耳元までをくすぐるように舌で撫で、耳朶に辿り着いた所でふ、と息を吐く。

「んんッ……!」

 堪らず晴香は背を反らす。シーツとの間にできた隙間に葛城は掌を滑り込ませると、ゆるゆると背中を撫でながら舌で耳を責め続ける。耳の縁を舐めたかと思えば柔く唇で挟み込み、欲をたっぷりと含んだ吐息を注ぎ込めば晴香は逃げるように体を反らした。

「やぁッ!」

 シーツから浮き上がり晒された白い首筋。そこに葛城は歯を立てる。痛みを与えない程度に、しかし刺激を耐えられるような弱さではない。
 噛み跡を辿るかのように執拗にそこを舐めて吸い付くと、晴香は何度も短い悲鳴を上げる。その声に合わせて背中も跳ねるが、葛城が上半身を使ってやんわりと押さえ込んでいるので晴香は襲い来る感覚――快感を逃がす事ができない。体に蓄積されていく快楽をどうしていいか分からず、イヤイヤと無意識に首を横に振る。
 葛城の掌が頬に触れた。
 親指の腹で薄らと流れる涙を拭われると晴香の昂ぶった感情も少し落ち着いてくる。

「日吉」

 優しい声音と共に優しいキスが顔中に落ちてくる。両の瞼や鼻先に触れる温もりはやがて晴香の唇にも宿り、そしてそのまま触れるだけのキスが続く。
 しばらくそうしていれば、晴香の呼吸と気持ちも落ち着きを取り戻した。それを見計らって葛城がゆっくりと体を起こす。
 温もりが失われ晴香は寒さに身を震わせる。ずっと抱き合うようにしていたからか。それにしたって寒い、と晴香はここでようやく気が付いた。パジャマのボタンは全部外され前は全開で、それどころか下はすでに脱がされている。

「……手際が良すぎでは!?」
「それだけお前が俺のキスに夢中だったってことだろ?」

 恥ずかしすぎる返しに晴香は真っ赤になって言葉を失う。そこにさらに葛城は追撃を掛ける。

「今日は上下揃ってんのな」

 前回、上下バラバラの下着に悶えていた事を蒸し返してくるこの先輩がひどい。晴香は飛び出そうになる叫びと悪態を抑えるために、今宵も葛城家の枕を頭の下から引き摺り出して顔に上に乗せ抱き締めた。

「なんだよ照れんなって」
「……先輩に罵詈雑言を吐かないための配慮ですよ……!」
「薄い水色のレース……お前こういうのが趣味か」
「じっくり観察するのやめてくださいいいいい!」

 堪らず枕から顔を離し叫ぶ。ついでに身を捩ってうつ伏せになろうと試みるが、腰元に葛城が馬乗りになっているので無駄な足掻きでしかない。半分浮いた上半身もあえなく元に戻される。

「ばぁかしっかり視……堪能させろよ」
「視姦って言いかけた……!」
「まあ視姦するよな」
「正直に認めればいいってものでは……」

 そこまで口にして晴香は葛城をじっと見つめる。ん? と見つめ返す葛城の表情がいつもと違う。
 いつもより、この間より、なんだかとても

「……嬉しそう?」
「そりゃ嬉しいに決まってんだろ」
「こ……うなってる、からです、か?」
「まあそうだな。お前をやっと抱けるんだから嬉しいさ」
「だから正直すぎるのもですよ?」
「それももちろんだけど、お前が俺に抱かれてもいいって、覚悟を決めてきたってのがなによりも嬉しいんだよ」

 泊まる準備は当然ながら、前回の反省を踏まえて今回は下着も揃えて来た。そうやって、晴香も自ら望んでくれているというのが一番嬉しい。

「そこまでしておきながら自覚したのがさっき、てのがお前らしいよな」
「だから自覚はしてましたってば! ええと、ほら、なんて言うかあれですよ……腑に落ちたのがさっきだったってだけで」
「同じだ馬鹿」

 軽く額を指で弾かれる。痛い、と睨み付けるが、葛城は嬉しそうに笑ったままだ。

「久々の飲み会だってのに、酒も飲んでないんだろ?」
「そうです、ね」

 下手にアルコールを摂取して途中で寝落ちしてしまったらどうなるか。初めてこのベッドに押し倒されてからの数回、全て晴香は途中で意識を飛ばしている。最初はアルコールのせいだったが、その後も、自分の部屋で「指導」を受けていた時も。だから今日はなんとしても最後まで起きているのだと、その為にもアルコールは駄目だとひたすらソフトドリンクだけを飲んでいた。

「あれ? わたしそんな話しましたっけ?」
「してねえけど分かるだろ」
「どうしてですか?」
「お前の口の中、酒の味しなかったから」

 言葉が耳に入って脳に届いて数秒。ようやく意味を理解して晴香は枕に顔を埋めて叫びを上げる。くぐもった雄叫びがしばし続いた後、隙間からチラリと葛城を睨み付ける。

「……せ、せんぱいだってのまなかったくせに!」
「素面で抱くためにな」

 玄関に引きずり込まれる寸前に聞いた言葉だ。晴香はまたしても枕に顔を埋めて悶える。

「お前を抱いた後に、あれは酔った勢いで、だなんてまかり間違っても考えないように飲まなかったんだよ」
「……そこまで徹底しなくてもよくないですか」
「お前が逃げ出す口上を一つでも潰すためだ」
「そんなに……?」
「そんなにまでして、お前が欲しいんだよ」

 抱き締めていた枕が葛城に奪われベッドの下に落とされる。隠れる物が無くなった状態で正面から見据えられると、晴香の肌は途端に熱を帯び始めた。休憩は終わりだとばかりに葛城の瞳が欲に濡れる。落差についていけずに晴香はギュと瞳を閉じるが、葛城は構わず顔を寄せ口付けを開始した。



 優しくも執拗に腔内を舐られる。背中のホックもいつの間にか外されており、葛城の大きな掌が素肌を撫で回す。背中から脇を通り柔らかな膨らみを下から掬うように持ち上げる。ゆったりとした動きで揉みしだかれると、治まっていた快楽の火種が再び灯った。
 だんだんと葛城の手の動きは大胆になり、やがて指はツンと尖った先端を掠める。ビクン、と晴香の体が大きく跳ねるが、またしても葛城に抑えこまれる様に抱かれているので逃げ場がない。
 先端を人差し指と中指の間に挟み込まれ前後に擦られる。ジンジンと痺れを感じる程にまで固く尖ったそこを爪で引っ掻かれるとひとたまりもなかった。背中が反ったまま戻らない。晴香は嬌声を上げるが、しかしずっと唇を塞がれたままなので全て葛城の腔内へ吸い込まれる。口の中も、弄られる胸も、抑え付けられる体も、全てが晴香に快楽を刻みそして追い込んでいく。
 逃げ場がなく発散させる場所もない。蓄積される快楽は熱を生み、晴香の肌に汗が滲む。

「は……あッ……」

 息継ぎに解放された口から艶めかしい声が漏れた。

「せんぱい……」

 頬も肌も朱に染まり、未熟ながらにも官能に震えている。そんな晴香を見やり、葛城は緩く口角を上げた。すっかり出来上がった据え膳状態であるのを気付かぬは本人ばかりだ。

 だからこそとんでもない剛速球がこの期に及んで飛んでくる。

「もう……挿れてください」

 ぐ、と葛城が息を飲む。それにより晴香も熱に浮かされた状態から一気に正気に戻った。 今自分はなんと言ったか。とてつもなく誤解を招く発言をしてしまった。

「あああああまちがえました! ってちがう、ま、まちがえでもないけど! でもちがうんです!!」

 慌てて訂正しようとすればさらなるドツボに嵌まる。
 泥沼、のまさに生きた見本となったまま晴香はひたすら「まちがえ、じゃないけどまちがえました!」と繰り返した。


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