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四章
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しおりを挟む「申し訳ないが、君について調べさせてもらった」
ビクン、と大袈裟にロニーの肩が跳ねる。侯爵が「調べた」と言うのであれば、それはもう全てが露見したのと同じだ。
「君はとあるご令嬢と懇意にしているそうじゃないか。それこそ、アニタ・ダルトン嬢という婚約者がいるにも関わらず」
今度はエリナが大きく全身を震わせた。そして恐怖に歪みつつヒューベルトを見るが、彼の視線はロニーにこそ向いているがエリナには一切向いていない。とあるご令嬢、と口にしているがそれがエリナである事は当然調べが付いているはずだ。そもそも、今この場においてロニーと親密にしているのはエリナしかいないのだから、あえて隠す必要もないというのに、あえてヒューベルトはそういう言い方をしている。
お前など些末な存在にすぎないのだと、ヒューベルトは言葉では無く態度で突きつけてきたのだ。
エリナは一瞬怒りに支配されるが、だからといって太刀打ちできる相手ではないのは彼女自身も良く理解している。周囲からは憐れみの視線と愉快そうな気配が伝わってくるが、エリナはひたすら耐えるしかない。今やすっかりロニーとエリナは道化扱いだ。共に騒いでいた友人達は早々に二人から距離を取り、あとは必死にエヴァンデル侯爵に見つかりませんようにと祈っている。
そんな彼らの内情など慮る必要など無し、とヒューベルトの舌鋒は鋭さを増す。
「婚約者のいる立場でありながら、それを棚に上げてよく彼女一人を悪く言えたものだな」
この下衆が、という罵倒すら聞こえてきそうな侯爵の侮蔑の声。ただでさえ美形の冷たい声と顔など恐ろしいというのに、そこに本気の怒りと、アニタに対する義憤が加わっているのだから恐怖は倍増だ。ロニーは可哀相に思えてくる程にガタガタと震え上がる。
「アニタ・ダルトン嬢に対する、君が発端で流している話は全くのでたらめだ。彼女の身の潔白は私の名に賭けて証明する。もちろん、私自身も君や神に対して後ろめたい事など何もない。これ以上君達が彼女と私に対して不名誉な話を流布すると言うのであれば、こちらとしても相応の処置を取らせてもらう」
侯爵家が全力で子爵家を潰しに掛かるぞという、それはまさに死刑宣告に等しい。
「君の真摯な態度を期待する――マグレガー卿」
そう言い終えるとエヴァンデル侯爵は踵を返した。背後を振り返る事も、様子を伺う事もせずホールの出口へと向かう。その途中、今回の主催者であるハイネン伯爵夫人に一言二言声を掛けていたのは、単に場の空気を壊した事に対する謝罪であろう。
そうして侯爵の姿が扉の向こうへと消えた途端、ロニーは膝から崩れ落ちる。エリナはそんな彼に見向きもせず、涙を零しながらハイネン伯爵夫人の元へと向かうが軽くあしらわれてしまう。どれだけ可愛がっていようと、侯爵家に睨まれては堪ったものではない。
とんだ喜劇だと言わんばかりに、周囲は早速好き勝手に話を広げ始める。
愚かな子爵家の次男坊と、うっかりそれにちょっかいをかけてしまったこれまた愚かな伯爵家の娘。二人の末路を想像するだけで場は盛り上がる。
そんな中、ひっそりと別の話題も生まれつつあった。
ついぞこれまで浮いた話のなかったヒューベルト・ファン・エヴァンデル侯爵は何故あれ程までに怒気を露わにしていたのか。
清廉潔白な彼にとっては浮気相手と疑われるなど許しがたい事だろう。無実無根の令嬢がその渦中にあったと言う事も逆鱗に触れていたのは間違いない。
しかし、だからといってわざわざ夜会の場に赴き、これだけ衆人観衆の目のある中で断罪までする事だろうか。
もしや、侯爵は秘めた思いを抱えていたのでは――
いやいや、むしろこの件で初めてその気持ちを抱いたのでは――
ではあの子爵の息子は、自ら墓穴を掘っただけなのではないか――
事実など塵でしかない。どれだけ自分達が愉しめるかが一番である。
新たな火種はこうして生まれ、それは爆発的な速さで広まって行くのであった。
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