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四章
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しおりを挟む「アニタ様は本当にお優しいですね……だからこそ、エヴァンデル侯爵もあれ程心をお寄せになっているんだと思います」
シンシアが普段から愛飲しているという紅茶をまさに口にしようとした瞬間の、不意打ち且つ強烈すぎる言葉にアニタは危うく吹き出しかけた。神の温情でもあったのか、奇蹟的にも琥珀色の飛沫が舞う惨劇は免れたが、アニタの受けた衝撃は計り知れない。
「えっ……え!?」
何故この流れで侯爵の名前が出てくるのか。驚き固まるアニタに、ミーサはどこかうっとりとする様な眼差しを向けてさらなる爆弾を投げ付けた。
「ハイネン伯爵家の夜会にエヴァンデル侯爵も参加なさっていたんです」
「ハイネン伯爵夫人はダイアナの遠縁の方なの。ダイアナの事はもちろん、エリナの事も可愛がっていて……だから、その夜会にはエリナとお相手も参加していたそうなのだけど」
お相手、とはもちろんロニーの事だろう。こちらからの連絡は全て無視しておきながら、優雅に夜会に参加とは、と怒りは湧くが今はそれ以上に気になる点が大きすぎる。
会話の流れからいっても導き出される答えは一つしかないのだが、アニタはそれを怖くて聞きたくない。つい反射的にイヤイヤと首を横に振ってしまうが、今もうっとりとしたままのミーサが一切合切容赦なく切り捨てる。
「アニタ様の不名誉な噂を流している二人を、エヴァンデル侯爵がその場で糾弾なさったんです!!」
――バレたあああああっ!!
飛び出そうになったその叫びを、アニタは死に物狂いで飲み込んだ。 どれだけ動揺を押し隠そうとしてもアニタの身体がガタガタと目に見えて震えている。そんなアニタの様子に気付く事なく、ミーサは次から次に恐ろしい事実を突きつけていく。
「アニタ様のあの勇姿が忘れられなかったんです。きっと初めてお会いしたであろうシンシア様を颯爽と庇って……それだけではないです、あの場でわたしを責めることだって、いいえ、騒ぎを大きくすることだってできたのに、それすらなさらず穏便に済む様にと……」
「……そこまでお褒めいただくようなものではなく……」
さっさと逃げようとしたのはとにかくダイアナが恐ろしかったからだ。目を付けられでもしたら面倒、とできるかぎりの速度で逃げた。結局それは全くの無駄であったわけだが。
「シンシア様にとってはもちろんですが、わたしにとってもアニタ様は恩人なんです。そんな貴女が、謂われの無い誹謗中傷を受けているのが悲しくて……そしてそれをどうにもできない自分の非力さが悔しくて……」
「そのお気持ちだけで充分です! 本当に! わたしにはもったいないくらい!!」
「あの噂の原因はわたしがアニタ様のドレスを汚した時のものですから、だから、わたし、畏れながらもエヴァンデル侯爵に訴え出たんです!」
あーっ!! とアニタは叫んだ。心の中で。なんてことをー!! と思う気持ちも呼吸と共に飲み込む。彼女は丸っと全部善意でそうしてくれたのだ。アニタだって立場が違えば同じ事をしていたと思うので、ここは全身全霊で耐えるしかない。
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