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三章
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しおりを挟む「半年後にはケイトリン様のご結婚も控えてるんですよね? 今が一番忙しい時じゃないですか!」
そうなのかは知らないけど! との言葉は飲み込みアニタはとにかく二人が口を挟む前にこの話を終わらせようと必死だ。
「そんな侯爵様に些末なことで時間を取らせるなどとてもじゃないですけど無理です! それにロニーだって今回たまたまお店の中で言いふらしてしまっただけで、他でもそうするか分からないし、その前にわたしがきちんと話をします! ってことで手紙! 手紙を書くから直接手渡しに行ってもらっていいかしらマレーナ!?」
「おまかせください! 石をくくりつけてド屑の部屋に投げ込んでみせますよ!」
「それはしなくていいからね! 普通にお屋敷の人に渡して!」
「アニタ、これはヒューベルト様にも関係がある事なのよ?」
「でもロニーはそのことについては知らないみたいだから大丈夫です! まかり間違っても侯爵様にご迷惑がかかることはありません」
そもそも知っていたらこんな話を吹聴などできないだろう。相手が誰だか分からない、いや、そもそもいるのかも分からない状態だからこそ、ロニーはアニタが浮気していると言い張って醜聞を広めているのだ。
「そうではなくて、ヒューベルト様がもし後からでも事実を知ったらとても悲しむと思うの」
「はい、お優しい侯爵様ですから、きっとわたしのことを憐れと思ってくださるかと。だからこそ、どうかこの話はシンシア様の胸に止めておいてください。夜会の時も、お茶会の時もとてもよくしていただいたんです。そんな恩人に、余計な心配はかけたくありません」
少しばかり憂いを帯びた瞳でシンシアを見つめれば、彼女は静かに首を縦に動かした。それによりアニタは勝利を確信する。
勝った! 今回の選択肢、わたしはちゃんと選びきったー!!
心の中で両手を挙げて万歳をしつつ、現実ではシンシアに向けて「ありがとうございます」と礼を述べる。
「……けれど、もし、どうにもならない時は、せめて私には連絡をくださる? 貴女は大切な友人なの、私がなんとしても助けてみせるわ」
「そのお言葉だけで充分です……でも、どうしても無理になった時はお言葉に甘えて、全力でシンシア様にもたれ掛かりますね!」
「存分にもたれてくれて構わなくてよ。私これでも力強いの」
小さく笑みを浮かべるシンシアは美しくも可愛らしい。なんだか笑顔がケイトリン様に似ているな、とふとアニタはそう思う。心根の優しい所が似ている二人だから、仕草や表情も似てくるのかもしれない。そんな人達と交流が持てたのだから、自分の醜聞くらいまあどうとでもいいか――腹は立つけど、とアニタはひとまず自分の中でそう結論を付けた。
シンシアが帰宅した後、アニタはすぐにロニーへ宛てた手紙を書いた。マルタンで起きた話も全て書き、とにかく一度直接会って話がしたいと。しかし案の定とでもいうべきか、ロニーから返事は無い。ならば叔父夫婦の帰宅を待って今後の相談を、と考えるが間の悪い事にその叔父からは帰宅が数日遅くなるとの連絡が届く。一緒に行ったパティが熱を出してしまったそうだ。おそらくは旅の疲れによるものだろうから心配はいらない、とありそれ自体は喜ばしくあったのだが、それはつまりはこの問題の解決が遅くなるという事だ。
婚約者殿が大人しくしてさえいれば問題はない。どうか叔父夫婦が帰ってくるまで引き籠もってでもいてくれとアニタは懸命に神に祈る。
そうしてひたすら祈り続ける日が数日続いたが、それはある日突然終わりを迎える。
アニタが何よりも避けたかったエヴァンデル侯爵が動いたのである。
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