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三章
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しおりを挟む急ぎ用意したお茶の席。マレーナが買ってきてくれたナッツたっぷりのクッキーはアニタが大好きな物だ。淹れてくれた紅茶もこの家で一番のお高い一品である。伯爵令嬢であるシンシアが普段飲んでいる茶葉と比べれば到底足元には及ばないかもしれないが、それでも出来る限りの品でもてなそうという心意気。しかし今はそれどころではない。
お互い向かい合ってソファに座っているが、シンシアはずっと涙を零している。その横ではマレーナがシンシアの背を優しく撫でながら慰めつつ、アニタに対しては「今すぐあのド屑に絶縁状を叩きつけてやりましょう!!」と息巻いてくる。えええ、とアニタは困惑するしかない。
なんだろう、これ、なんかあの夜の侯爵様との時みたい、と若干遠のきそうになる意識の中そんな事を考えていると、ようやく気が落ち着いたのかシンシアが小さな声で「ありがとう」とマレーナに笑みを向ける。
お互い初対面のはずなのになんだかとても親密だ。
「……シンシア様はマレーナのことを前からご存知だったんですか?」
「いいえ、今日が初めてよ」
え、とアニタは驚くが、すかさずマレーナが口を開く。
「マルタンでたまたまお会いしたんです」
「ああ、マルタンはたしかシンシア様の所の」
ウィッキンズ家は王室御用達の乳製品を持っている。マルタンはそれを取り扱う事のできる王都でも有名な老舗の菓子工房だ。富裕層が主な客ではあるけれど、庶民にも手が届きやすい菓子が数多くある。マレーナが買ってきてくれたナッツ入りのクッキーもその店の人気商品の一つだ。
「新しい商品ができたから、それの試食に招かれていて……ああそうだわ、これがそうなのだけれど、アニタもよかったら食べて感想を訊かせてくださらない?」
「え!? よろしいんですか!?」
小さな白い箱を差し出されアニタはパァッと顔を輝かせる。マルタンの新商品、しかもまだ店頭には出ていない物を試食できるだなんて喜びしかない。形だけでも遠慮してみせるのがマナーであるのかもしれないが、アニタは素直に受け取りいそいそと中身を開く、寸前、いやそうではなくてと我に返った。
「どうしたの? 中身はチーズをふんだんに使ってフワフワ柔らかにこだわった一口サイズのケーキよ。アニタはあまり好きではないかしら?」
「大好きです大好物ですありがとうございますシンシア様! なのでこちらは後でじっくり時間をかけていただきます」
今すぐ食べて味わいたいのは山々なれど、それよりも話を聞くのが先であるとアニタは己の欲望を必死に堪える。
「マルタンでマレーナとご一緒になって、それでここへ……?」
「そう! そうなんですお嬢様! 私が思わずド屑に殴りかかりそうになった所を止めていただいてですね」
「待って。うん、待ってマレーナ」
突如溢れる情報の暴力にアニタは思わず真顔で突っ込む。
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