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二章
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しおりを挟む「ケイトリン様が、わたしを友人にと仰るのは……その、わたしがエヴァンデル侯とお付き合いをしていると」
「やっぱりそうなのね!?」
「いえだから違いますよ! まったくこれっぽっちもそんなことありませんからね!?」
この際言葉遣いは容赦してもらうしかない。恐ろしすぎる誤解を解かねばならないのだ、お上品な口調でそれを成し遂げられる程アニタは立派な淑女ではなかった。
「これっぽっちも……?」
「ええ、そうです! そもそも侯とお会いしたのだって先日の夜会が初めてでしたし!」
「でも……でもでも、ケイリュードの花はダルトン家の紋章に使われているのよね? それを刺繍したハンカチなら、アニタの物でしょう?」
ケイリュードは白く小さな花弁を持つ、鈴蘭によく似た植物だ。鈴蘭と違い毒性は無いが花の香りも弱いので、特産品とするには今ひとつ決め手に欠けている。それでもダルトン家の領地であるコーウェズでは昔から身近にある花なので大切に育てられており、夏になると湖の周辺の群生地で見事な景色を見せてくれる。そんな領地で愛されている花は領主の紋章にも使われており、アニタが最初に覚えた刺繍の模様はこのケイリュードの花の模様だった。
「え……はい、たぶん、わたしのもので……」
す、と最後の言葉はアニタの口から出る前に消えた。大きく目を見開いたまま固まるアニタに、ケイトリンとシンシアは揃って不思議そうな視線を向けるが、アニタはそれに気が付かない。あれだ、あの時の、侯に渡したハンカチだ、とアニタの背中にはダラダラと冷たい汗が流れ落ちる。
迂闊だった。自ら侯爵との繋がりを残してしまっていた。その事に今更気が付いたところで手遅れで――
「そのハンカチをね! ヒューったらとても大切に、いいえ、あれはもう愛おしそうに見つめているの、毎日!」
ぎゃあ、といっそ叫びたいアニタである。恥ずかしい。何が、かはよく分からないけれどもとにかく恥ずかしくて堪らない。瞬時に顔に熱が集まる。そんな反応をしてしまえば一体どうなるか、だなんて考えるまでも無い。
「ヒューは見ての通り格好いいし素敵でしょう? でもね、お小言が多かったり女心に鈍かったりもするの。だからこれまで全くそんな素振りがなかったから、そんなヒューにもやっとお付き合いする様な方ができたんだわって思ったら嬉しくって! しかもそれが、わたくしの親友を助けてくれたアニタだなんて」
「ですから……! それは誤解ですってば!!」
「そうなの……? まあ、そうなのね! それじゃあこれはヒューの片思い……!」
ただでさえアニタにとっては恐ろしすぎるケイトリンの誤解が、さらにとんでもない方向に進んでしまう。最早泣きそうな勢いでアニタは首を横にブンブンと振るが、ケイトリンは年上の幼馴染みが片思いをしているという事実、という名の妄想に大はしゃぎをしている。
「アニタは今お付き合いしている方はいるのかしら? ヒューはお小言が多いけれど、でもそれはそれだけ相手を良く」
「ケイト!!」
扉が壊れるのではないかという勢いで突然開かれた。そして響き渡る声。黒を基調とした騎士服に、炎の様な赤い髪が揺れる。黒と蒼の瞳はきつくケイトリンを睨み付けているが、わずかにその目元が朱を刺しているのは気のせいか。
ヒューベルト・ファン・エヴァンデル侯爵の登場にアニタは椅子ごと後ろに倒れそうになった。
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