死に戻りの侯爵様と、命綱にされたわたしの奮闘記

新高

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二章

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 それから数日後、アニタは侍女に案内されつつ王宮の廊下を歩いていた。向かう先は当然ながらに王太子の婚約者であり、アニタを呼び出し、もといお茶会へと招待してくれたケイトリンの待つ部屋だ。正直行きたくない。可能ならば今すぐ逃げ出したい。うう、と思わず胃を押さえてしまう。
 勿論逃げられるはずもなく、気付けば扉の前だ。侍女が声を掛け扉を開ける。白を基調とした室内は明るく、しかし穏やかな空気がたゆたっている。その空気の元、とでも言うべきか。すでに茶器が用意されたテーブルを前に、優雅に座っている人物からその空気は流れてくる。

 アニタはケイトリンとは初対面だ。しかしこの瞬間彼女がそうなのだと理解した。癒やしの聖女、との呼び名は伊達ではないらしい。たしかに彼女を前にするとざわついていた気持ちが途端に静まっていく。

「はじめましてアニタ。急に呼び出したりしてごめんなさいね」
「あ! いえ、あの、こちらこそはじめまして、アニタ・ダルトンと申します! ほ、本日はお招きくださりありがとうございます」

 噛んだ。ついでにどもりもしたが、それでもなんとかアニタは貴族の令嬢としてギリギリの挨拶をする。それに対しケイトリンは朗らかな笑みを浮かべると、アニタに優しく声を掛ける。

「そんなに畏まらないで。アニタも知っていると思うけれど、わたくしも元は子爵家の人間だもの、貴女と同じよ。もっと気楽にして?」

 そう言われてもすぐに「はい」などと頷けようか。ははは、と乾いた笑いを浮かべるしかないアニタであるが、ひとまず勧められるままに席へと向かう。
 茶会用の丸テーブルにはもう一人おり、アニタの視線を受けてその令嬢はニコリと微笑んだ。軽く記憶に引っかかりを覚えるその顔にアニタはしばし思考を巡らせるが、ややあってポンと閃く。

「――あの時の!」
「ええ、そうなの、あの時は本当にありがとうアニタ。私はシンシア・ウィッキンズよ、よろしくね」

 アニタも改めて挨拶を交わすが、内心は冷や汗でいっぱいである。ウィッキンズといえばたしか伯爵家で、領地であるエンバッドは酪農が盛んだったはずだ。王室御用達の乳製品を取り扱っており、できればどうにか繋がれないものかとアニタが狙っていた一人。それがまさか、あの時――先日の夜会でご令嬢の集団からアニタが救い出した相手であったとは。

 これぞまさに幸運! 慣れないことでも人助け頑張ってよかった!! 

 思わずそう両手を挙げて喜びたいが、貴族の矜恃でどうにか耐える。緩みそうになる口元もなんとか頬の内側の肉を噛み締めることで凌ぎ、アニタはできる限りの冷静さを保って席に着いた。

「シンシアはね、わたくしの古くからの友人なの。だからアニタ、貴女が彼女を助けてくれたのがとても嬉しくて、ぜひお礼をしたいと思ったのよ」
「お礼だなんてそんな!」

 アニタはブンブンと首を横に振る。あの時は少なくとも打算は欠片もなかった。それがこうして交流を持つに至ったのだから、それだけでアニタは充分だ。
 夢は王室御用達、もあるけれど、それよりも一般家庭に美味しい我が領地の畜産品を届けたい。その為には販路を広げる必要があり、だからこそ人脈をどうにか繋げたいのがアニタの目的だ。今その最高峰とも言える相手が目の前にいる。


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