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一章
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しおりを挟む「そう、取り乱す程に貴女という存在に救われているんだよ、すでに。本当に、これまで一度たりとも出会ったことがなかったのに、今回初めてなんだ。だから、貴女が切欠で何かが変わるかもしれない」
「……変わらないかも、しれませんよ?」
「そうかもしれない。でもそうではないかもしれない。その不確定要素があるだけでも、俺にとっては一つの大きな喜びなんだ。これでもしまたあの二人を救えなくても、次に新たな要素が増えてそこで変えられるかもしれないと希望が持てる。ダルトン嬢――君がいるという事が、俺にまた次への繰り返しへと進む力になるんだ」
「あの……ひとつ、お伺いしてもいいですか?」
「なんだろう? 貴女の問いには全て答えるよ」
「お二人を助けて、侯の願いが叶ったら……侯はどう……なさるんですか?」
どうなるんですか、とは訊けなかった。きっとそれは問われても本人にも分からないだろう。だから、彼自身がどうしたいのかをアニタは尋ねた。
「死ぬよ。いや、死にたいな」
物騒すぎる言葉には似つかわしくない程の朗らかな笑みに、アニタは一瞬言葉を失う。
「俺だって本来は脇腹を刺されてからの失血死を迎えていたはずなんだ。それが……うん、きっと神に対して怨嗟の念を向けたからだろうな、だから俺自身が繰り返して二人を救えという事になっているんだと思う」
それはきっと、不幸にも命を落としてしまった二人に対する神の慈悲ではなく、不敬にも神を恨んだ男に対する神罰に違いない。
「それもあるからこそ、俺は二人を救う事を諦められないんだ。あんな神からの試練なんかに負けるわけにはいかないからな」
「……わりと今の発言も不敬ですよね?」
「だからまあ、本願成就の暁には死にたい。今生こそ、安らかに死ねたらいいなとそればかりを思うよ」
ダルトン嬢、とヒューベルトは改めてアニタを呼ぶ。
「貴女は俺にとって希望の存在で、そして――諦めずに死ぬための、それまでの命綱にほかならないんだ。なのでもう充分に力を貸してもらっているよ」
「侯……侯、もう一つだけ言ってもよろしいですか……!」
どうぞ、とヒューベルトに手を向けられ、ガックリと頷いたままアニタは心の底から言葉を吐き出した。
「――命綱扱いとか荷が重すぎなんですが!!」
「それはすまない」
重すぎる言葉と場の空気の中、当の本人の言葉はどこまでも軽かった。
「ところでダルトン嬢。ひとつだけ気を付けておいてほしいことがある。それこそ、俺の名前でどうにかできそうな時は思う存分使ってくれ」
「ええと……なにがでしょう?」
すっかり疲れ切ったアニタは軽く視線だけを向ける。淑女としても、それよりも人としてまずもっていただけない態度であるがもうこればかりは仕方がない。ここまでアニタの気力を奪ったのは目の前の相手だ。多少の不敬は見逃してもらいたい。
その念が通じたわけでもないだろうけれど、ヒューベルトは落ち着きのある声で、しかしアニタの不安を煽ってくる。
「ダイアナが貴女に目を付けていないとも限らない」
「ダイアナ様、って、その、例の……? でもわたしまだお会いしてはいないのでは?」
「ん? ああ、貴女は顔を知らないのか。貴女が颯爽と救い出した令嬢がいただろう? 彼女を取り囲んでいたあの場の主、酷く悪目立ちしていたアレがダイアナだよ」
「アレって言い方、っていうかすでにわたし出会っ……巻き込まれ……!?」
「まだそこまで目を付けられてはいないと思う――まだ」
「繰り返した!」
関わりたくなくとも、もうすでにどうにもならない状態ではないのか。アニタの全身を嫌な予感がのし掛かり、そしてそれはいっそ笑えるほどに的中する。
この邂逅から数週間後、アニタは突然王宮から呼び出しを受けた。
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