死に戻りの侯爵様と、命綱にされたわたしの奮闘記

新高

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一章

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 気付けば沈黙が続いていた。呼吸すら忘れてしまっていたアニタは全身で息を吐く。ド、ド、ド、とやけに心臓の音がうるさい。
 そんなアニタに、ヒューベルトは申し訳なさそうに、しかし喜びも含んだ顔を向ける。

「すまなかったねダルトン嬢。いきなりこんな話をされて、君には困惑しかなかっただろう?」
「えっ!……あ、はい、ええと……あの……」

 そうですね、と素直に頷きたいのを必死に堪えるも、どうしたって漏れ出てしまう己の素直さにアニタは泣きたくなる。救いなのは、ヒューベルトがそれを当然と受け止めてくれている事だ。

「正直こんな話、狂人の妄言でしかないのに、貴女は最後まで聞いてくれた。ありがとう」

 最後まで、なのだろうかとアニタは思う。きっとまだ他に話していない事があるのではないか。でも、それを聞く事ができる状況ではない。アニタの許容量はすでに溢れかえっている。
 それがわかったからこそ、侯爵は唐突に話を切り上げてくれたのだ。

「話を聞いてもらえただけで俺としては僥倖だ。君という異物が存在する場合もある……それが切欠で俺がこれまで繰り返してきた未来が変わるかもしれない。そう思えるだけで……希望が持てるだけで、本当に嬉しい。ありがとう」

 希望が持てる、と言う事は、希望が持てなくなっている、と言う事だ。
 それはそうだろう、だって彼は、もう幾度となく自分の大切な相手の死に様を見せつけられてきたのだろうから。
 軽く聞いただけでもその繰り返しは両の手では足りなさそうだ。それが一体どれくらい繰り返されてきたのか。
 何度挑戦しても、何度も失敗してしまう。万の策があろうと、いつかは尽きる。きっと彼はすでにその状況に置かれていたのかもしれない。だからこそ、自分という「異物」に出会ったと、彼はあんなにも喜びに咽び泣いたのではなかろうか。

「突然貴女を巻き込んでしまってお詫びのしようもないが、せめて今後は関わりを持たない様にするよ。貴女は貴女で、穏やかな未来を生きてくれ」
「候は……エヴァンデル候はそれでいいんですか?」

 なにかできるというわけではないし、正直な所関わりたくないというのが本音だ。しかし、だからといってこのまま関わりを絶ってしまうにはあまりにも――彼の泣き様が目に焼き付いてしまって離れない。

 今のこの瞬間も、これまで聞いた話が真実なのかどうかアニタは完全に信じているわけではない。目の前で傷付いた掌が瞬く間に回復するのを見た。それはたしかに驚いたし、目の前で起きた出来事である以上疑いはない。だが、彼の話までもが信じられるかと言うとそれはまた別だ。
 彼が素性を隠す事すらせず、その状態であんなあまりにも「頭がイカレている」としか思えない発言をアニタにする意味が無い。だからこそ、アニタは彼の話が嘘だと一蹴する事ができないでいる。
 そんな状態なので、せめて少しでも、彼の役に……彼が、安心できるような事が自分にできるのであれば、それくらいは手を貸してもいい。これは何も美形の涙に絆されてしまったわけではない。人として最低限の……それこそ、彼に捕まる原因になった、あの令嬢を助けようとした時と同じ、「最低限の優しさ」によるものだ。


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