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一章
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しおりを挟む「正気じゃない人間の相手は辛いものだな」
「侯がそれを言いますか!」
「はは、大丈夫だよダルトン嬢。俺もその経験があるからよく分かる」
「いやだから笑い事ではなく……って、え……?」
「二人を助けるのがどうしても無理だと言うのなら、だったらせめてどちらかだけでも、と挑戦してみた事があるんだが、そうしたらどっちも見事に狂乱してしまってね」
ケイトリンだけを助けた時は、最愛の相手を失った事でしばらくの間廃人の様になっていた。しかしその後、少しずつ彼女は回復していき、その様子にヒューベルトは僅かとはいえ自分の苦労が報われたと一人喜んだ。だが、回復と同時に、ケイトリンは少しずつ狂ってもいたのだ。
ギルバートを求め彷徨い歩く様になり、見かける男を皆彼だと思い込み求める日々。ついには狂人の娼婦、とまで呼ばれる様になり、ヒューベルトは彼女の名誉がこれ以上傷付かない様にと離宮の奥に閉じ込めた。
そんな彼にまで、ケイトリンはギルバートを重ねて求めてきたのだ。私を愛して、二度と離さないでと――だからヒューベルトは彼女を彼の元に送った。自らの剣で、せめて、痛みも苦しみも感じない様にして。
「あれほど辛い思いをした事はない、と思ったんだが、俺も諦めが悪いと言うか、もうあの時点で正気ではなかったんだろうな」
じゃあ次は、とギルバートだけを助けてみた。すると事態は最速で最悪の結果を招く。
「どうして自分だけを助けたんだ、どうして自分だけが生き残ったんだとこっちも半狂乱になって、短剣を振り回して自害しようとして」
喉元に短剣を突き刺そうとするギルバートと、それを必死に阻止しようとするヒューベルトの攻防を、周囲はただ見守る事しかできない。下手に手出しをすれば王太子に不要な怪我を負わせてしまうかもしれないという危機感と、そして王国最強の騎士というヒューベルトに対する信頼。ヒューベルトもまた己の力ならばギルバートを取り押さえる事はできると、慢心でもなんでもなくそう思っていた。
「でも結局は慢心だったんだろうな。アイツの手が滑って、俺の左目に突き刺さったんだ――剣が」
耳にするだに痛すぎて、アニタは悲鳴すら上げる事ができない。
「それで呆然とでもしてくれればまだよかったんだが、より一層半狂乱になってしまって……結局祭壇にあった燭台で喉を突いて死んでしまったよ」
片目を喪った状態でその光景を見てしまったヒューベルトもまた、そのまま痛みに狂いながら死に至った。
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