死に戻りの侯爵様と、命綱にされたわたしの奮闘記

新高

文字の大きさ
上 下
7 / 43
一章

しおりを挟む



 二人折り重なる様に、まるで抱き合う様に、鮮血の中ただ静かに床に倒れ伏している。

 嘘だろう、とヒューベルトは思った。次いで、これはあまりにも惨すぎる、と。
 片や王太子、片や癒やしの聖女、というご大層な肩書はあれど、ヒューベルトにとっては彼らは可愛い年下の幼馴染みでしかない。貴族という面倒くさいしがらみの中で生きるより、自由気ままに外で暮らしたいと切望した事は多々あれど、それでも騎士として力を付け、貴族として生きてきたのは一重に彼らの傍にいたかったからだ。

 王太子であるからと、幼い頃からその責務を自覚して己を律して生きていたギルバート。
 勝手に祭り上げられながら、それでも誰かの救いになっているならばと癒やし続けたケイトリン。

 そんな二人が、肩書さえ外れればただの年頃の少年少女であったのを知っているのはヒューベルトだけで、そしてヒューベルトもまた彼らの前でだけは年相応に戻れていた。

「……あんまりだろう」

 微かな声は血の塊で他者の耳には届かない。それで構わないとヒューベルトは思う。ヒューベルトが聞かせたいのは他ならぬ、慈愛の笑みを湛えたまま物言わぬ肉塊となった二人を見下ろしている――女神の像に対してだ。
 正義と自由、そして真の愛を司ると言われる白亜の女神は、今は頬を朱色に染めている。ギルバートかケイトリン、一体どちらの血によるものか。もしかしたら二人の血が混ざっているのかもしれない。

「ケイトリンは……それこそアンタを信奉する奴らにいい様に使われてきたんだぞ……家族から引き離され、教会に囲われ、誰とも接触できないように飼い殺しにされて……!」

 王族のみが出入りの許される聖域。そこで出会った幼い二人は、徐々に交流を深めていくと共に愛情も深めていった。

「ギルバートだって……誠心誠意、民と、国と、そしてアンタら神に仕えて……自分の欲も望みも極力切り捨てて……諦めて、生きて……そんなアイツが、ようやく見つけた、たった一つの望みだったんだよ! ケイトリンは!!」

 ただただ、これからの生を彼女と共に歩みたいという、そんな小さな、ささやかな願いしか持たなかった。持てなかったのだ、あの王太子は。

「駄目なのか? アイツがそんな望みを持つ事自体アンタら神に対する不敬だとでも言うのか!? 恨み言を言うどころか、これも神が与えた試練だと笑っていたあの子に対する仕打ちがこれなのか、神よ!」

 乗り越えられる試練しか神は与えない、だから天を恨みはしない――そう言っては微笑んでいた彼と彼女の姿がヒューベルトの脳裏に蘇る。
 すでに声は出ていない。視界も霞みロクに何も見えない中、それでもヒューベルトの目にははっきりと、血染めの女神の姿が映る。

「ただ……共にいたいというそんなちっぽけな……ささやかな願いすら叶えてくれない……叶える力もない神なんざいるかよ! なにが神だ! そんな神はくそ食らえだ!!」

 意識が途切れる。その最期の瞬間、ヒューベルトは全身全霊で呪いの言葉を吐く。

「死んでも恨み続けてやる――」

 そうして彼は命を落とした、はずであった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...