死に戻りの侯爵様と、命綱にされたわたしの奮闘記

新高

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一章

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 一体どうしてこうなっているんだろうかとアニタは目の前に出された紅茶を凝視したまま考える。が、いくら考えた所で混乱の極みにいる頭では答えが出てこない。
 こうなる切欠になった令嬢はすでにこの場におらず、アニタの腰掛けたソファの向かい、ローテーブルを挟んだ先にはヒューベルト・ファン・エヴァンデルが座っている。こちらも若干俯いた様な、しかし視線だけはアニタから外さない。それがなんとも居心地が悪くアニタは顔を上げようにも上げられずにいる現状だ。

 たしかあの令嬢は迎えに来た従者と共に去ったはず。そしてアニタも立ち去ろうとしたのだが、その姿ではとなにやら強引に別室に連れて行かれそこでドレスを着替えさせられた。
 元から着ていた物と同系色の、しかしどう見たって格上の生地とデザインのドレスに。
 どこから用意してきた物なのかだとか、本来の持ち主は誰なのかだとか、考えてしまうが答えを知るのも恐ろしい気がしてアニタは「こんな時のための物だから気にしなくていい」という言葉を鵜呑みにする事にした。こんな時、とはドレスがなんらかの理由で汚れた時のためなのだろう。さすが王宮主催、準備がいいと、そう思いたい。

「あの……エヴァンデル侯……」

 それにしてもひたすら沈黙が続くのにアニタは耐えきれなくなり覚悟を決めて口を開いた。

「改めて、今回は本当にありがとうございます。着替えに、こんなにも素敵なドレスをお借りしてしまってかえって気が引けますが、とても嬉しいです」

 華やかなドレスを身に纏うのは純粋に嬉しい。ましてやこんな生地もデザインも上等なドレスなど、本来であればアニタの身では手が届かない代物だ。なので素直に喜びと感謝を伝え、そしてこれが本番とばかりに本気の願いを口にする。

「気持ちも落ち着きましたし、叔父もわたしを探している頃かと思いますのでそろそろ」

 お暇を、という一番の、そして切実たる願い。だが、それより先に目の前の侯爵様がそれを遮った。

「――貴女とはどこかで出会った事があっただろうか?」

 は? と口にしかなったのをアニタは自分で褒めた。偉い、我ながらとても偉いと内心で必死に褒め称える。危うく不遜な態度を取るところだった。
 人の話は最後まで聞いて欲しい。あとそんなに凝視しないで欲しい。エヴァンデル侯爵と言えばその武芸・知略は元より、赤銅色の髪と黒と蒼の二色の瞳、スラリとした鼻梁に引きしまった口元と、その整った、もとい、整いすぎた容姿で常に社交界で話題の人物だ。年はアニタより七つ年上の二十四歳。その美形っぷりと社会的立場、さらにはこの年という事もあって彼の妻の座を狙う貴族令嬢は後を絶たないと聞く。
 さらには王太子であるギルバートと、その婚約者であり癒やしの聖女と称されるケイトリンの幼馴染みである事からその人気は止まる所を知らない。この国では特に珍しくもなく、それでもあえて言うならば人よりは少し濃い茶色の髪と、淡褐色の瞳というこれまた特徴という特徴もない容姿のアニタとは雲泥の差だ。
 それ程までの有名人であるからして、社交界に極力関わりたくないと思っているアニタですら、その名と特徴的な容姿は耳にしている。


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