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 ふと蘇った己と婚約者との会話にジュリアが頭を痛めていると、そこにフレドリックの言葉が重なった。

「オリアーナの心の赴くままに、我慢などせずに自由にいてほしいなと、そう思うんだ」

 あ、よかったこの方はまだアレ程酷くはなっていない、などとこの場において最高に不謹慎な思いをジュリアが抱いてしまったのは致し方ない。
 全身で安堵の息を吐くジュリアを横目で確認したグレンは、ここまでの会話の流れがフレドリックのあちらの方向への進み具合の判断の一つになっていたのだなと今さらながらに知る。それでもどうにかクリアしたらしい事をジュリアの様子から察し、こちらもそっと息を吐いた。

「オリアーナはずっと家のため、家族の為と我慢して生きてきただろう? だからせめて、私の前でだけはささやかな我が儘でもいいから言ってほしいだけなんだ……」

 ああこの王子が根っからの善人で本当によかった! ジュリアはそう天を仰いだ、心の中で。

「だから、別に、オリアーナに国が傾く程の我が儘を言ってほしいとかそういうわけではないからな! お前達は私に対して少し偏見が過ぎやしないか?」

 そこに関してはグレンもジュリアも沈黙を貫くしかない。本人以外の全ての人間が、フレドリックに対して紙一重の危うさを感じているのだと、どうして口にできようか。

「それにだな、そもそもそんな心配が杞憂なんだ」

 フフン、とどこか誇らしげなフレドリックの態度にあ、これまた別の意味で面倒くさいやつ、とグレンとジュリアは身構える。

「どんな事でもいいから我が儘を言ってくれと頼んだ私に、オリアーナはなんと答えたと思う?」
「人に叶えて貰わなければならないような願いはありません、ですか?」

 そう喉元まで出かかった言葉をグレンは腹に力を込めて飲み込んだ。

「いちいちそういった事を口にされるとは、随分と面倒くさいですね王子、などと?」

 ジュリアは唇を横一文字に結び、思考が外に漏れない様に懸命に耐えた。そうした二人の努力の甲斐あって、フレドリックの気分を害する事なく話は進む。

「――そうやって我が儘を口にしてしまえば、その事に甘えてしまっていつか自分が駄目な人間になってしまう、そんな気がするので駄目です、とそう言ったんだよ!」

 キラキラと目映い笑顔を浮かべてフレドリックは二人を見た。その視線を受けて二人はどうにか同時に首を縦に動かす。フレドリックはひとまず置いておくとして、オリアーナのその答えは確かに見事だと思う。

「そういう自制心を取り払って欲しいと思うけれど、しかしだからこそのオリアーナだとも思うわけだ……ああ、やはりオリアーナは素敵だ……素晴らしい……!」

 フレドリックは最早泣きそうな勢いだ。もしかしたら薄らと涙くらい浮かべているかもしれない。
 己の婚約者の素晴らしさに感動に震えるフレドリックをどこか遠い目で見つめつつ、どうかあの方が呆れ果てて離れていく事がありませんようにと、そう切に願うグレンとジュリアだった。


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