伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高

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小話

愛の日・1

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「メイジー・ディズ?」

 聞き慣れないその言葉に、フェリシアはティーカップを手にしたまま思わず問い直した。






「ええそう、一昨年くらいからかしら? 私達と同じ年頃のご令嬢達の間でも人気なのだけれど」
「フェリシアったらあんまり本を読まないものね」
「失礼しちゃう! ちゃんと読んでます!」
「あなたが読むのって冒険物とか歴史の本ばかりでしょう? この世にはとっても素敵な恋愛小説が溢れているんだからあなたも読んだらいいのに!」
「あらあらミッシェルったらそう言わないの。フェリシアは小説よりももっと素敵な恋愛をしているのだもの、必要ないのよね」

 うふふ、と穏やかな笑みを浮かべるのは今日の茶会の主催であるキャロラインだ。その隣には彼女と親しいマーティナが座っている。「メイジー・ディズ」の名を最初に口にしたのは彼女だ。そしてフェリシアが危うく吹き出しそうになった発言の主でもある。二人はフェリシアとミッシェルより三つばかり年上だが、年齢など関係無しにとても可愛がってくれ、頻繁に茶会や夜会などに声をかけてくれる間柄だ。

 淑女の矜恃でどうにかお茶を吹き出すのだけは堪えたフェリシアであるが、どうしたって動揺は隠せない。ひとまずこれ以上粗相をする前にと、ティーカップを慌てて、しかし音を立てない様に静かにテーブルへと戻す。

「メイジーって……もしかして、あの、作家の方の名前ですか?」

 そう、とフェリシア以外の三人が大きく頷く。ああこれはなんだかとても嫌な展開になりそうだと、フェリシアの背中にゾクリとしたものが駆け抜けた。

「今をときめくメイジー・ディングリーよ! 最近出た本がなんと彼女の歴代売り上げ一位を獲得なんですって! すごいわねフェリシア!!」

 キラキラとした瞳をミッシェルが向けてくる、が、フェリシアはそれを露骨に逸らした。だって私には関係ないですもの、という態度を示す。しかしこの場に味方はおらず、キャロラインがくすくすと笑いながらフェリシアの退路を断つ。

「記憶喪失のご令嬢と、そんな彼女に一途な愛を捧げ続けた氷の騎士の物語ですって。とても素敵なお話で、私もね、彼女の本の中では一番大好きなの。ねえ、大好きなのよ、フェリシア」

 何故二回もダメ押しをしてくるのか、その意味をフェリシアは考えたくはない。だが相手は茶会の主で、記憶喪失になる前、グレンと結婚するにあたってとても世話になった恩人でもあるからして無視などできない。
 同じ伯爵家とはいってもグレンの家はフェリシアの実家よりも格上だった。そんなフェリシアに色々な知識やマナーを教えてくれたのがキャロラインだ。グレンの、一番有力な婚約者候補と言われていた彼女が。


「実話を元にしたお話なんですって……ぜひその方から直接お話を伺いたいものだわ」
「う、伺えたらイイデスネー……ってそれよりメイジー・ディズについてお聞きしたいです!」

 強引に会話を逸らすフェリシアに、キャロラインはそれ以上の深追いは止めてくれたようだ。静かにティーカップの中身に口を付ける。するとそれを継いだとばかりに勢いよくミッシェルが説明を始めた。


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