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小話
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しおりを挟む図星を指されたわけではない。が、そんな不埒な考えが一瞬たりとも浮かばなかった、とは言い切れず、グレンはひとまず深呼吸を繰り返して気を落ち着かせる。まったくもってあの乳兄弟は自分をからかうのが好きなのだから困った物だ。
少しだけ冷静になると、改めて眠るフェリシアに視線を落とす。いまだ夢の中の彼女ではあるが、その腕に抱いたシャツを握り締める力は強い。それだけ自分を求めてくれているのかと思うと嬉しさが募るが、それと同時に、こんなにも寂しい思いをさせているのかと申し訳ない気持ちに押し潰されそうにもなる。
仕事である以上グレンが手を抜くわけにはいかない。それこそ一国を揺るがす事態を招きかねないのだから当然だ。フェリシアだってそれは理解してくれているし、なんなら少しでも彼女との時間を取ろうとするグレンに対し「お仕事中はとにかくそちらをー!」とグレンの食事・睡眠・休養をなによりも優先してくれる。
自分よりも八つも年下の妻の配慮に甘えてしまっている己の不甲斐なさに、グレンの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。
お互い気持ちを隠したまま過ごした三年の結婚生活。そこからようやく通じ合い、本当の意味での夫婦になれたというのに、これではいつまた離婚の書類にサインを書かれるか分からない。
「それだけは嫌だなあ……」
頬にかかった髪を指先でそっと払えば、その感触がくすぐったかったのかフェリシアの口から小さな声が漏れた。それから少しして睫がフルリと震え、ゆっくりと瞼が開いていく。
「……グレンさま?」
「ああ……おはよう、と言う時間ではないけれど、おはようフェリシア」
起こしてしまってすまない、とベッドの縁に腰を下ろして愛しい妻の頬を撫でると、その掌にフェリシアも自ら頬を擦り寄せてくる。それから嬉しそうにふにゃりと笑うものだから、グレンの中でまたしても「可愛い」の嵐が吹き荒れた。
「グレンさまだぁ……」
ふふ、と小さな笑い声と共にフェリシアは抱き締めていたシャツを引き上げ顔に近付ける。頬に触れたままのグレンの掌にも自ら手を重ね、まるでグレンの体温と香りを確かめているかの様な動きに、グレンの心臓がドクリと跳ねた。
「グレンさまが、ちかくにいるみたいで、今日の夢はとてもすてき」
フェリシアはまだ夢心地なのだろう、だからそんな事を口にしてクスクスと笑っている。が、それを聞かされたグレンとしてはもう堪ったものでは無い。常に愛でていたい、触れていたい、その身も心も心の底から求めている相手からの、とんでもない威力を含んだ言葉だ。それの直撃を受けて落ち着いていられる人間がはたしてこの世にいるだろうか。少なくともグレンには無理だ。そこまで人間ができていない。あげく、拗らせまくった三年間、からの解放のおかげでここ最近はすっかり箍が外れやすくなっている。
いまだ半分夢の世界の住人とはいえ、完全に寝ているわけではない。ならば先程の忠告の対象外だろうと、グレンは身体を傾ける。
ギシリと軋むベッドの音が、やけに大きく響いた。
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